第62話 赤いつむじ風
アルマは思わず走っていた。
兵士が、タミル族の女性に鞭を打ち始めたからである。
「私が姿を現したせいで、彼女たちがひどい目に……」
アルマは責任を感じて、唇をかみしめていた。
部屋の中へ入って、兵士たちの背後へ回ってストーンバレットの拳銃を構えた。
背後に回るのは、相手を攻撃しやすいということもあるが、それ以上の理由がアルマにはあった。
射撃をする時に、薄っすらと隠ぺい魔法が解けるのである。
つまり、敵に姿が見られてしまうことになるのだ。
時間にしてみれば一瞬だし、薄くしか姿が現れることはないのだが、位置が特定されることは避けたいアルマだった。
「女性たちに当たらないように狙わなきゃ……」
アルマは射撃には自信があった。だが、まだ人を殺す勇気は持てていない。
"なんだ、人を殺せないのか? とんだ甘ちゃんだな"
ノイマンに言われた言葉を思い出す。
アルマはブルブルと首を振った。
違う違う。
私だってやれるはず。私だって戦える!
「私だって、役に立つんだから!」
そう言うと、アルマは、ストーンバレットを発射した。
「ぐああっ!」
タミル族の女性に鞭を打っていた兵士が倒れ、皆が一斉にアルマを見た。
「網にかかったぞ! みんな、かかれっ!」
その瞬間、部屋の扉が閉まり出した。
ゴゴゴゴ……
「しまった!」
アルマは焦りながら首を左右に振って、出口を探したが、そんなものがあるはずもない。
やはり、罠だったのか!
「全員突撃!」
隊長バズの号令によって、どこから現れたのか20名ほどの男たちが、アルマめがけて駆け寄ってくる。
アルマの頭の中は、もう真っ白になっていた。
出口なき狭き空間で、掴みかかってくる20人の兵士の腕から逃れ、泣きそうになりながら駆けずり回るアルマ。
姿を消して隠れ続けた方がいいのか。
それとも、ストーンバレットを放った方がいいのだろうか。
20名もの兵士が近づくにつれ、怖くなったアルマはストーンバレットで兵士を撃ち始めた。
「うわっ!」
「ぐああっ!」
アルマの正確な射撃に、兵士は次々と倒れていくが、兵たちの走る速度が緩まることはない。
「姿が見えたぞ! 取り囲め!」
アルマは走って逃げながら、ストーンバレットを打ち続ける。
だが、進行方向へ青い髪をした男に先回りされていた。
「お嬢ちゃん、俺に捕まった方がいいと思うよ~。あんなゴリラたちに捕まる前にね」
「嫌っ!」
アルマは銃を向けようとすると、その青い髪の男がひらりと距離を取って、鉄球のようなものを投げてきた。
そして、それはアルマの腹に突き刺さった。
「きゃああっ」
青い髪の男は、ヘラヘラと笑った。
「おっと、ごめんよ? 痛かったかい? お嬢ちゃんのストーンバレットはなかなか当たりがいいから、ちょっと対処されてもらったよ」
アルマが前を見上げると、アルマを見下ろす青い髪の男の姿が見えた。
アルマはその男を睨みつけた。
「なんで、そんなひどいことをするの? 人をさらって、鞭で痛めつけて……あなたたち、それでも人間なの!」
アルマは怒りにまかせて怒鳴った。
「やれやれ、とんだ甘ちゃんだな……お前、素人だろ? ここで働いているタミル族に友達でもいるのか?」
そう言いながら、ケビンは一瞬のうちにアルマとの距離を縮め、即座に蹴りを放った。
「隙だらけだ……」
「ぐふっ!」
アルマは腹に強烈な痛みを感じて、自然と涙があふれた。
「ああっ……」
捕まってしまう!
アルマは必死で起き上がり、人影の見えない方へと体を走らせた。ストーンバレットを撃つけれど、それはもうめくら滅法に撃っているだけで、誰にも当たらなくなっていた。
そして不意に両手を掴まれて、高く持ち上げられた。アルマが持ち上げたその主を見上げると、隊長のバズがアルマを睨んでいた。
アルマの両足が床から離れて宙を蹴った。
「離して! 離してよっ!」
アルマは足をジタバタさせて泣き叫んだ。
その、暴れっぷりに少々困った顔をしながらも、バズは自然と笑みがもれたいた。
「本当かよ? 魔道具じゃなくて、本物の隠ぺい魔法持ちか! すげえのが手に入ったな」
ケビンが声を上げた。
「お嬢ちゃんよ、もう一人の友達はどこへ行ったんだ? 2人いたことは知ってるんだぜ?」
「とっくの昔に逃がしたわよ! この部屋には私一人で来たんだから!」
それを聞いたバズは、軽く舌打ちをした。
「もう一人はタミル族だったな……逃がしたか。ケビンは怪我をしていない者10名ほど連れて、タミル族の女を捜索しろ」
「あいよ」
「それからユーリはタミル族の女を指揮して、怪我人の治療にあたれ。それからベルクは所長を連れて来てくれ。怪我をしているらしいから、担架をもってな」
「はい」
「さて、この甘ちゃんはどうするかね? 縛り上げて、じっくりと話を聞かせてもらおうか」
バズはそういうと、アルマをロープでグルグルと縛りあげた。
そして、アルマの髪を強く掴んで顔を上げると、強めの張り手を一発、パシリと入れた。
「痛いっ!」
アルマの瞳はたちまち涙で一杯になった。
「さて、聞かせてもらおうか……お前は一体何者だ?」
アルマは黙り込んでしまう。
何を話していいのか、わからないからだ。
黙って答えもしないアルマに、バズは平手で頬をバシン!と叩いた。
「痛いッ!」
アルマは涙を流して睨みつけた。
「返事をしないからだ。次は拳で殴るぜ」
バズはそう言うと、熊のような顔を凄ませてアルマを睨みつけた。
「いいか。もう一度聞くぞ。お前は何者だ」
バズが睨むとアルマはボソボソと言った。
「友達がタミル族の子で、その子の仲間を助けたかった……」
アルマはそう言うと、涙を流した。
「友達だと? 本当のことを言え。お前らの背後には、エスタリオン王国が絡んでいるのだろう? なあ! 正直に話せよ、おい!」
そう言うと、バズはアルマを拳で殴った。
「ううっ!」
アルマは涙を流し、口から血を吐きながら、バズの暴力を受け続けた。
「なんとか言え!」
バズは容赦なく殴り続ける。
しかし、それ以来、アルマはうめき声と叫び声だけしか発しなくなり、何一つ話すことはなかった。
見かねてケビンが口を挟んで来た。
「おいおいバズ。そのくらいにしてやれよ。その子はたぶん、カタギだぜ」
だが、その一言はバズを怒らせることになる。
「馬鹿かテメェは! だから女に甘いってんだ! こういう奴は何か隠してる。そいつが何か聞き出すまで、痛い目にあわせてやるのさ!」
バズはそう言うと、顔や腹などをビンタしていく。ビンタといっても、ただのビンタではない。バズの団扇のような大きな手の平は、アルマの意識を飛ばしてしまうほどの、強い痛みなのだった。
バシン! バシン! という音が部屋中に響くたび、アルマの白い頬が赤く腫れる。
「嫌! 痛いっ!」
その絹を裂くような悲鳴を聞いたタミル族の女たちは、顔を背けることしかできなかった。
その時である。
突然、部屋の扉がミシミシッと音を立てたかと思うと、木っ端微塵に吹き飛んだのである。
ドガンッ! ガラガラッ! ガシャ!
切風5人衆をはじめ、20名ほどの兵たちは、一斉に扉の方を見た。
そこには、白銀の軽鎧を着た大きな男が1人、立っているのである。
「何者だっ!」
バズがそう声をあげると同時に、その白銀の戦士は両手の斧を握りしめて奥へと走りだした。
そして、その白銀の戦士の背中から、髪の赤い女が飛び出して来て、まるで赤いつむじ風のように、アッという間にバズの目の前へと接近して来たのである。
「なんだ貴様は!」
その髪の赤い女は、バズを隠ぺい魔法の女から引き剥がそうと思ったのか、両手を振り上げて掴みかかってきたのである。
バズはとっさに丸太のような両手を前へ突き出し、赤い髪の女の両手のひらに、己の手のひらを合わせた。
「なめるなあっ!」
バズは渾身の力を込めて、目の前の、赤い髪の女をねじ伏せようと力を入れる。
「ぬおおお!」
赤い髪の女も、負けじと力を込めて対抗する。
「えええええい!」
「ぬうううう!」
バズの眉間に血管が浮かび、奥歯が削れるかと思うほどギリギリと軋んだ。バズも故郷で大熊とまで呼ばれた男。力で負けるわけにはいかなかった。
「でえええい!」
赤い髪の女も、細い眉を吊り上げ、顔を真っ赤にしながら、口を尖らせて力を込めてくる。
「えええええい!」
その気合いとともに、バズが押されて背中が反りかえっていった。
「な、なんて力だっ!」
バズの額に脂汗が噴出した。
バズは顔を真っ赤にして、額に血管を浮かべながら、上下の歯をギリギリと軋ませていった。
力と力のぶつかり合い。
互いの力はほぼ拮抗していて、その差はほとんどないはずだが、ちょっとでも気を抜いたら、あっという間にねじ伏せられてしまう。
「この! 負けるかああ!」
バズは腹に力を込め、己の全体重を両腕にかける勢いで力をぶつけていった。
「うおおおおおお!」
だが、その渾身の力も、赤い髪の女を屈服させることは出来なかった。
「えええええい!」
逆に、赤い髪の女から、バズには抗えないほどの圧力が加えられ、ギリギリと圧力が増していく。
「ぐわあああ! 何者だお前は!」
そして、バズはついに両膝を床へつけてしまった。そして、組んだ両手はそのままギリギリと捻られ、その痛みからさすがの大熊と悲鳴をあげた。
「痛つああっ!」
手首の痛みは、想像以上の圧力によって、耐えがたいレベルのものとなり、
「ああああっ!」
赤い髪の女はバズの腕を捻りながら、機を見て横へと転がすと、バズの腹を床に押し付け、その背中に乗って腕を捻じ上げた。
「えええいっ!」
「うがああーっ!」
そして、そのまま手首の関節を捻り折ってしまったのである。バズは全身から汗を吹き出し、涙と涎を垂らしながら絶叫した!
赤い髪の女は、そのままバズの背中に馬乗りとなり、左手の指先でのど仏あたりをガッツリと指先で摘み、頸動脈を圧迫し始めた。バズは、顔を真っ赤にしながら、抵抗した。
「何者だお前はっ……やはり、お前たちはっ! エスタリオンの! 痛だっいっ!」
バスは、必死で抗おうと体を動かしていたが、エルザはさらに腕を捩じ上げて拘束を強めた。今度は肘を粉砕する。
「お前は家族が攫われたら、助けたいとは思わないのか! 私らがここに来たのは、そんな仲間の家族を助けるために決まってんだろ!」
バスはギリギリと首を回して、チラリとエルザの顔を見た。
エルザはバズを睨み返した。
そして、ガクッと意識を手放したのだった。
◆
時間は少し戻って……。
エルザとジョー、シンディは、地図に示された第一のポイントへと向かっていた。
「確か、このあたりのはずなんだけど……」
シンディが地図を見ながら首を振ってあたりを見回していた。すると突然ジョーが馬から降りて、森の方へと静かに歩き出した。
「ジョー。どこへ行くの?」
するとジョーは振り返って口に人差し指をあてた。
「俺たちは運がいい。今日中に3ヶ所回って調べようと思っていたが、一発目から当たりを引いたようだぞ」
ジョーはそういうと、ひょいと小娘を摘みあげた。
エイミーである。
「キャア!」
「エイミー!」
「え? エルザ?」
きょとんとするエイミーをジョーはニヤリと笑った。
「ふふふ、それで隠れているつもりか? 丸見えだったぞ」
ジョーはそう言うと、エイミーをエルザの前に降ろした。
「えーーーっ!」
エイミーは小声で叫んだ。
「迎えに来たよ。ほら、シンディも一緒だ」
そんな知った顔を見ると、エイミーは涙をポロポロと零しはじめた。
「エルザ! アルマが危ないの! 助けてあげて!」
エルザはもちろん、頷いていた。
「案内して頂戴!」
エイミーが、施設のある方向をエルザに伝えると、エルザはエイミーを抱き抱え、すぐさま施設目掛けて駆け出して行った。
エルザのすぐ脇を、ジョーがついて走る。シンディは真後ろだ。
そして、出会う兵士が声を上げる前に、ジョーが斧で斬り倒し、4人はアッと言う間に建物の中に入っていった。
「そこの階段を下った地下の部屋です! タミル族のみんなとアルマはそこにいるはずですが……」
エイミーの言う部屋の扉は閉まっていて、中から悲鳴や殴る音などが聞こえる。
「この声! アルマだわ! やっぱり捕まったんだわ!」
エイミーが顔を青くして叫んだ。
「マズイな、突撃するぞ! エルザ!」
「ああ! シンディ! ゴメン! エイミーを守って!」
「わかった!」
そう言って、エルザがエイミーを床に下ろした時、ジョーは斧で扉を叩き壊して、足で蹴破って行った。
バキバキッ!
ドガアッ! ガラガラッ!
大きな音を 立てて扉を破壊すると、中には20人ばかりの兵士と、タミル族らしき女が確認出来た。
その瞬間、アルマを見つけたエルザがジョーの背中をすり抜けて走って行った。
それを見て、ジョーは状況判断をしていた。
つまり、エルザの方へ敵を向かわせないことが……。
「今の、俺の仕事って訳だな」
ジョーはそう言うと正面の敵に向かって駆け出して行った。




