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第61話 切風5人衆



奴隷商人ベッキオが、メラーズ男爵からあてがわれていたのは、屋敷の一番北の端の部屋だった。


屋敷の一番端ということは、何かあった場合、屋敷の中で一番逃げやすいということでもある。


「この部屋の位置から考えると、アルマがベッキオを追って屋敷の外を出たというのは、なんだか当たりのような気がするわね……」


エルザは、ジョーとともにベッキオの部屋へむかった。するとそこには、セラスの護衛騎士・メイスが立っていた。


「メイス様、お疲れ様です」


「ああ、エルザ殿、どうしたのだ? こんな所へ」


メイスがそう問うと、エルザは少し困ったような顔をして言った。


「実は、エイミーとアルマが、奴隷商人を探してこの部屋へ来ていたはずなのですが、見かけませんでしたか?」


メイスは首を傾げた。


「いや、見ていないが……」


「そうですか……」


アルマとエイミーがいない。やはり、アルマたちは、ベッキオを追いかけて行ったのだろうか。


エルザは今にも屋敷の外へ飛び出して、アルマたちを探しに行こうと思ったが、ただ、やみくもに走り回ったところで、アルマたちの行方がわかるわけがない。


まずは部屋の中に何か手がかりがないか探してみるべきだろうと思った。


メイスはエルザの後ろに立っているジョーを見た。


「ところでその方は?」


メイスに問われて、エルザは体を一歩横へ移動してから、ジョーを紹介した。


「彼の名はジョーデンセン。ガムランの町で知り合った冒険者の方です。私にとっては命の恩人であり、ベルメージュを討ち取ったのは事実上、ジョーデンセンさんなのです」


エルザの言葉にメイスは驚きを隠せなかった。


「おお、あなたが!」


メイスにそう言われると、ジョーはうつむきながら、ボソボソの返事をした。


「ジョーデンセンだ……育ちが悪いもので、貴族と話すすべを知らない……ご無礼などあればお許しを」


それを聞いてメイスはにこやかに笑った。


「何をおっしゃる! 国を救ってくれた英雄が何を言う。エスタリオン王国の危機を救ってくれたのだ。つまらぬ作法などどうでも良い……気楽に接してくだされ」


そういうと、メイスは笑った。


「英雄などどはとんでもない……俺はただ……エルザに頼まれたのでやっただけ。学もないし、何も考えてない……ただの平民だ……」


ジョーは、事実として思っていることを口にした。


「えらく謙虚なんですな。だが、そうだとしても、英雄であることは変わらんのです。あなたの行動を、世間は見ているわけですからな。その結果、英雄と呼ばれることになるでしょう」


そういうと、メイスはにこやかに笑った。


「メイス様……実はこの部屋へ滞在していたベッキオという奴隷商人ですが……。何か逃亡先に関する手がかりなどは残してしないでしょうか?」


「ああ、そのあたりのことは、何も捜索していないんだ。中に入ってみてみるといい。……ただし……」


「ただし?」


「部屋の中に危険な生物がいるから気を付けるように」


「危険な生物?」


エルザは首を傾げた。


「まあ、中に入ってみなさい」


メイスはそう言いながら、エルザを部屋の中へと連れて行った。


するとまあ、驚いたことに、部屋の中には奇妙な草や虫、ヘビやカエルなどが置いてあるのだ。


これにはエルザも仰天してしまった。


「メイス様! これは一体?」


エルザの驚きようを見て、メイスはニヤリと笑った。


「毒だよ。メラーズは、ベッキオに世界各地の毒を集めさせ、そのどれかを使ってエルランディ様を暗殺しようと考えたのだろう。……そして、採用されたのがこれだ」


そう言って、メイスが指差す先には小さな虫かごがあって、中には赤いカミキリムシが入っていた。


「これが、セアカカミキリムシという虫ですか……」


「そうだ。息のかかった使用人に持たせるには丁度良かったのだろうな。……単に殺傷能力だけでいえば、こっちのメタルホーネットの方が確実に命を奪うことができただろうが、たかが使用人がメタルホーネットのような危険な虫を管理することは難しいからな。それで、赤いカミキリムシが選ばれたのだろう」


「こんな危険な蜂、どうやって使うんですか?」


「さあな。騎士がこういうものを使うことはないから、さっぱりわからん」


メイスがそういうと、ジョーは棚の上にあった黒い鞠のようなものを取り出して見せた。


「この鞠の中に入れて使うんだ。中には餌と、蜂の寝床のようなものが作られている。この中に15匹ほど蜂を入れて持ち運ぶんだ。そして何かあった時には、これを投げつける」


「投げて当たったら、割れて蜂が出てくるってこと?」


「そうだ。安全装置を外してから投げるんだ」


「詳しいな……使ったことがあるのか?」


「いや、俺は戦士だから、このような毒の類を使うことはしない。だが、毒を使った攻撃に対する備えはしておかなければならないから、そういう情報はできるだけ仕入れるようにしている」


「それはすごいな……」


「でも蜂は敵味方問わずに攻撃するじゃない? 自分も危ないでしょ?」


「そこはつかいどころだ、エルザ。少人数で行動していて、大勢に追われたりした時など、相手に投げつけるだけで、逃げる時間くらい稼げるだろう」


「なるほど」


「後、部屋の中に投げ入れるとかな」


「そうなんだ……投げ込まれたくはないわね」


それを聞いて、エルザは肩をすくめた。


「でも私、こういう、陰でコソコソ謀を企む輩は嫌いですね」


エルザがそう言うと、メイスは意外そうな顔をした。


「そうなのか? 騎士になるというから、そういう清濁併せ飲むような度量があるのかと思ったが」


「貴族の世界とは、そういう謀が張り巡らされるものなのですか?」


「ああ。貴族の世界というのは、腹の探り合いだからな」


メイスの言葉に、エルザは大きなため息をついた。


「私、護衛騎士なんてやって行けるかしら?」


「ははは、慣れだよ」


メイスはそう言うと大きく笑った。


エルザは少し肩をすくめると、部屋のあちこちを見渡した。

すると、部屋の奥に机があるのが見えた。


「メイス様。少し、調べさせて頂きますね」


「ああ、好きに見るといい」


エルザは部屋の奥へと入って行き、机の上などを調べ始めた。すると、宝石や金貨なども残っているようだった。


「ジョー。どう思う?」


エルザはジョーの方へと振り返って顔を向けた。


「ベッキオは、俺たちがメラーズ夫人を襲撃した時、取るものも取らず逃げ出したはずだ。なぜなら、まさかベルメージュが負けるなどと考えていなかっただろうからな。本当に負けたと知って、慌てて逃げたのだろう。手がかりは、どこかにあると思う……」


「そうよね……何かないかしら?」


「そうだな……奴らの拠点情報なら、メラーズの部屋にもあるかもしれないがな……」


「確かにそうね。ベッキオが知っていて、メラーズが知らないなんて、ありえないものね」


「だが、ベッキオ個人の隠れ家や、商品の隠し場所などに隠れたなら、お手上げだがな……」


「そんな場所へ入られたらやっかいね」


そんな会話をしながら、エルザは机の中を漁っていく。


「まて、エルザ!」


ジョーが体を前に出してきて、エルザの隣に並んだ。そして、エルザが見ていた紙束をめくりだした。


「これ……。これだ」


「この絵が何?」


ジョーが摘み上げた紙には、雑に書かれた線や丸が、簡単に描かれている。


「ここにギザギザの線があるだろう?おそらくこれは、国境線だ」


「あ!」


エルザは驚いてしまった。


「これって地図なの?」


「たぶんな。そして、おそらくこの赤い印が拠点なんじゃないか?」


「ジョー。あなたすごいわね!」


エルザは感心して、おおきな声を上げた。


「だが、印がこうも多いと、どこへ逃げたのか絞りきれないな……」


「うーん、そうよね……」


そこに、一人の女が慌てた様子で部屋に駆け込んできた。


「エルザ!ここにいたの?」


「シンディ!」


「無事で良かった!」


「あなたも無事で良かったわ! ところでアルマがいないの! 聞いた話では、誰かを追って、森の奥へと入っていった女の子がいるって話だけど……もしかしたらそれがアルマじゃないかと思って……エルザ! あなた何か知らない?」


「私たちも、アルマを探していたの。シンディ、これを見て」


エルザは机に紙を広げた。


「これは何?」


「これは、どうやら地図らしいのよ」


「これ、地図なの?落書きかと思った」


「そう。この線が国境線らしいのよ」


「あー!そういうことなんだ! じゃあ、位置的に見て、この印あたりがメラーズの屋敷ね」


「よくわかるわね?」


「このあたりの土地勘はあるわよ」


「じゃあ、アルマは森のほうへ行ったらしいから、この国境方向へ行ったことになるわね?」


「そういうこと。つまり……」


シンディは、地図を指でつついて示した。


「候補はこの3箇所。ここと、ここと、ここね」


「このうちのどこかにいるってこと?」


「その可能性が高いと思うわ」


3人は顔を見合わせた。


「じゃ、アルマを迎えに行こう」


「うん。……ジョーもついて来てくれる?」


エルザがそう言いながら振り返ると、ジョーは頷いてそれに答えた。


「少人数の方が早く動けるわ。この3人で行こう!」


そういいながら、顔を叩いて気合を入れた。







その頃、バズはタミル族の女を一列に並ばせ、一人づつ鞭打つということを始めていた。


バシッ、バシッと打ち響く短鞭の音が鳴ると、女の悲鳴が響き渡る。


その光景を、物置くら隠れて見ている男が3人いた。


ケビンとベルク、ライオスという3人だ。


隊長のバズと女性兵士のユーリを加えた5人でいつも行動していて、彼らはそれぞれ、個の戦闘力は高い。


彼らの生まれ故郷、ザクセンは傭兵の町。魔法や剣術が盛んで、優秀な剣士や魔法使い、兵士を数多く輩出している有名な町なのである。特に風魔法が得意な魔術師が多く生まれた町なので、風の町ザクセンとも呼ばれている。


その中でも特に優秀とされる有名な5人の戦士……つまり、ここにいる5人のことなのだが、彼らのことを、帝国では"切風5人衆"と呼んで重用していたのである。


その5人衆の1人、ケビンは、バズが行っている鞭打ちを、眉根を寄せ、嫌な顔をしながら見ていた。


ケビンは中肉中背の筋肉質で、青い髪をさわやかに伸ばす美男子で、いかにも女ったらしな感じの男である。


「あーあ、女の子に鞭なんか入れちゃって。兵士に鞭を入れられたら、痛くて彼女らが泣いちゃうよ? 俺たちに心を閉ざしちゃうじゃん」


「ずいぶんと物言いが軽いな、ケビン。これは作戦なんだろう?」


ケビンにそう返すのは副長のベルクである。ベルクは黒髪をサラリと揺らし、切れ長の瞳でケビンを見た。物静かな雰囲気で、あまり感情的な物言いをする男ではない。


「えーっ、ベルクは隊長の味方なのか? もしかして、女の子の悲鳴とか聞いて興奮するタイプ?」


「馬鹿を言うな! 兵士も加減して鞭を打っているに決まっているだろう」


「へへへ、冗談だよ、冗談」


そういうと、ケビンは笑った。


「しかし、あんまり気持ちのいいもんじゃねえな、ライオス」


「ああ、全くだ」


ライオスと呼ばれた大男は、目を閉じたまま頷いた。

クセの強い金髪をワシワシと搔きながら、大きなため息をひとつ吐いた。


「我ら、切風5人衆とまで呼ばれた戦士が、つまらぬ政治的な嫌がらせのためにこんな施設に送られるとは……全く……全くつまらんな」


「そう言うなライオス。今はこんなつまらん施設に閉じ込められてはいるが、もうすぐ戦争が始まる。そうなると、我らの出番が必ず来る。戦争とは、体面だけでは勝てぬものだ。馬鹿な貴族どもも、負けが込んでくると、必ず我らのことを思い出すよ」


ベルクがそう言うと、ライオスはチェッと舌打ちをした。


「それはそれで癪に障るけどな。まあ、こんな所にいるよりましか。だが、なんで隊長はこんな回りくどいことをしているんだ?」


ライオスの問いには、ケビンが答えた。


「相手は隠ぺい能力を持っているから、この部屋に閉じ込めてしまいたいのさ」


「この部屋に閉じ込める? 所長は匂い玉を使えって言ってなかったか?」


「だからお前は馬鹿だって言ってるんだよ。そんなことしたら、部屋中、匂い玉の臭いだらけになってしまうだろ」


「あー」


「あ、じゃねえわ。部屋が臭くなったら、それこそ女がどこにいるかわからねえだろ。あの所長はお貴族様だから、そんな実戦のことは知らないのさ」


「なるほどなぁ。まあ、俺もそんな小細工には興味ないがな」


ライオスはそう言いながら、鼻くそをほじくっていた。


「全くライオスにはびっくりするわね。頭の中まで筋肉なのかしら?」


その声に一同が振り返ると、女性兵士のユーリがいた。


「ユーリ。隊長のそばにいなくていいのか?」


「冗談はよしてよ。私は普段、あの子たちと一緒に仕事をしてるのよ? どの顔下げてあの場に立っていろって言うのよ」


そう言って、ユーリは肩をすくめた。


「違えねえ」


ケビンは首を縦に振った。


「だが、本当に来るのか? 普通の斥候ならもう逃げているだろう」


ベルクがそう言うと、ユーリはジッとベルクを見て言った。


「普通ならね……だけど、侵入した小娘は、ノイマンの野郎を殺せなかったんだって。ストーンバレットを撃つ変な杖を持っているらしいけど……頭や心臓へは撃つことが出来なかったみたい。つまりね。こんな茶番を見逃せない、甘ちゃんってわけよ」


そういうと、ケビンがヒューと口笛を鳴らした。


「可哀そうに。そんな穢れを知らない女の子が、幼い正義感に駆られてやってくるってわけか」


ユーリはケビンを鼻で笑った。


「小娘だと思ってなめてたら怪我するよ。相手は隠ぺい持ちなんだからね。突然、背後に現れてズドン! ……なんて洒落にならないことだってあるんだから」


「わかってるよ。だから、俺たちはこの小部屋で待機してるんだろ」


「小娘が入ってきたのがわかったら、外で待機している兵士が扉を閉めるから。そこからは魚の漁と一緒よ。端から端まで大勢で追いかけて壁際に追い詰めて捕まえる」


「なるほど」


「兵たちには少し怪我をしてもらうけどね」


「まあ、死なないならいいんじゃない。どうせ後でタミル族に治療してもらえればいいんだから」



その時、部屋の扉が急に閉まって、大きな音を立てた。


ケビンはその音とともに飛び起きて、兵士や鞭を打たれているタミル族の女の方を見た。


鞭を打っている兵士が倒れていくのが見え、その後ろに薄っすらと女の姿が見えた。


「おいでなすったぜ! みんな行くぞ! それからストーンバレットを放つ時に一瞬姿が見えた! どうやら、攻撃の瞬間だけ、隠ぺい魔法を維持出来ないみたいだな。いいか、その瞬間を逃すなよ!」


「言われなくても、私らも見えてた」


「俺も見えてたぜ」


ライオスはニヤリと笑って言った。


そんなやりとりを見たベルクが一同を一喝した。


「無駄口を叩くんじゃない! いいか、弱点がわかればどうということはないんだ。……追い詰めるぞ!」


「おう!」


そう言うと、4人は小部屋から飛び出して行った。






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