第58話 護衛騎士との戦闘
ゴーンという耳をつんざくような轟音とともに、部屋の床が大爆発を起こして四方に石礫を飛ばした。
身体中に石を打ちつけられながら、崩れ落ちる床とともに、メラーズやボーマン、ヴァルドは無様に悲鳴をあげながら落下して行った。
「なな、なにごとだっ!」
「うわあっ!」
護衛対象たちが、口々に悲鳴を上げる。
床の崩壊とともに、テーブルもグラスも、何もかもを飲み込んで1階へと落下していく。落下地点は様々な障害物で溢れかえっていて、まともに落下すれば怪我でもしかねない状況だ。
そういうわけなので、護衛対象の3人は、ただ落ちただけで大怪我をしていた。
だが、護衛騎士はそうはいかない。
3人とも落下地点をよく見てうまく転がり、すぐさま戦闘態勢を整えていた。
「何者だっ!」
いち早く体勢を整えた護衛騎士ラスティは叫んだ。刃を相手に向けてけん制し、グロウとレガシィが戦闘態勢に入る時間を稼ごうと思ったのである。
しかし、周囲をよく見ると相手は女と老人、たった二人。ラスティは、そのうち女の方だけ面識があった。……それは、シャドウナンバーズのザカである。
ベルメージュ様の方へ目を向けると、そちらへも兵士らしき者が2人向かっている。だが、あの超回復のベルメージュ様だ。あんな兵士が2人など相手にならないだろう。
「おい、ザカ。貴様、メラーズ男爵家の禄を食んでおりながら裏切るつもりか!」
ラスティの発言に、ザカはこめかみに青筋を浮かべた。
「私はとっくの昔にシャドウの人間じゃねえんだよ! 今回来たのは仇討ちだ。自分たちの都合の良いように、親父や仲間たちを使い捨てにしやがったメラーズにな。今日の私は怒り狂っているんだ。剣を向けるつもりなら、殺すから覚悟しな」
ザカはそう言ってラスティを睨みつけた。
「あの女、何者だ?」
後ろからグロウが声をかける。
「ザカという、凄腕の女剣士だ。女だからって油断するなよ。……魔剣使いだが、魔力はベルマージュ様に吸われるから、ここでは使えんはずだ。つまり、剣の腕だけなら、俺の方が一枚上手かもしれねえ」
それを聞いたザカは鼻で笑って、剣をラスティへ向けた。
「ハン! 笑わせるわね。あなた程度で私に勝てるとでも思っているの? いいわ。相手してやるからかかってきなさい」
ザカはそう言って、見下すように睨みつけた。その態度にラスティはカーッとなって睨み返していた。
「なめるなよ? 俺だって、王都ではそこそこ名の知れた剣士なのだからな?」
そう言うと、ラスティはザカへ向かって剣を向けた。
「馬鹿! ここは連携を取って戦うんだラスティ。相手の言うことをまともに受け取ってどうする!」
グロウがそう叫ぶと、すぐさまレガシィがそれに賛同した。
「グロウのいう通りだ。どうせ、ベルメージュ様がすぐにこちらへやってきて、魔法で吹き飛ばしてくれるはずだ!」
そう叫んでいる2人の元へ、もう一人の老人が剣も抜かずにゆっくりと近づいてきている。
「……護衛のくせに他人の助けを当てにするなど、ずいぶんと気の弱いことだな」
目の前に歩み寄る老人に馬鹿にされ、レガシィはついカッとなって叫んだ。
「じじいはすっこんでろ!」
そのレガシィの熱の入った怒りに、老人はただ、冷たい視線を向ける。
「愚かだな。まだ、身に迫る危機がわからんのか」
「なんだと?」
「間合いに入ったといったのさ」
「何! それはっ……」
そう言ってレガシィが剣を抜こうとしたその刹那、老人の拳がレガシィの鳩尾に食い込んでいた。
「ぐあっ!」
「ふふふ、こちらが剣を抜いてないから油断したか?」
うめくレガシィに老人は、さらにもう一突き、拳を突き入れようとしていた。
レガシィは、思わず突き入れてくるその手首をつかむ。
するとその瞬間、レガシィは両膝を折って床に叩きつけられ、次の瞬間、真横に投げ飛ばされていた。
「あっ!」
レガシィは、自分が何をされたのかさっぱりわからなかった。小柄な老人が、人一倍、体格の良いレガシィ自身を軽くねじ伏せ、そのまま投げ飛ばしたからである。一体、どんな技を使ったのか、まるで見当もつかなかったのだ。
レガシィが驚いている間もなく、老人は剣の鞘でドッと鳩尾を突き入れた。
「むむゥッ……」
レガシィは、老人に手も足も出ず、白目をむいて昏倒してしまった。
「レガシィっ!」
護衛騎士であるレガシィが、あっという間に戦闘不能に陥ったのを見て、慌ててグロウが駆けつけてくる。
その護衛騎士は、老人の前に立つと、あっ!と一つ声をあげ、一礼をした。
「私はボーマン伯爵家の騎士で、無双流のグロウ・メイリーズと申します。……剣聖・セドリック様とお見受けしますが」
そう聞いた老人は、ニヤリと笑って、顔をあげた。
「いかにもワシが、セドリック・バクスターだ。わかっておるなら、剣を引いてくれんか」
セドリックがそう言うと、グロウは申し訳なさそうに少し 頭を下げた。
「はい。本心ではそうしたいところですが、主には、大恩がありまして……ここで護衛の仕事を放棄するわけには参りません」
セドリックは、少し残念そうに息を吐いた。出来れば殺したくないと思ったのである。
「この男は拳だけで眠ってしまったが、お前は、このワシに剣を抜かせてくれるのだろうな?」
「ご期待に添える程度には、修練を積んでおります」
「ははは、言いよるな。では、参るぞ」
セドリックは、一気にグロウの元へ飛ぶと、剣の柄で胸を突いた。
そして、拳の握りを変えながらタタタッと、急所を数カ所、打ち込んでいた。
「グゥッ!」
グロウはあまりの痛さに悶絶していたが、歯を食い縛ってそれに耐え、ババッと小さく飛んで両足の位置を入れ替えると、体の回転を使って剣を抜き、そのままセドリックへ横なぎの一閃を振り払っていた。
「ええい!」
セドリックは剣を抜きざまにそれを上へと受け流し、そのままグロウへと袈裟斬りに剣を振り下ろした。グロウはそれを半身でかわすと、セドリックの剣を横へ払い、刀身を滑らせながら前へ出た。そして、セドリックの胸元目掛けて斬り上げていく。
「うおおおっ!」
セドリックはその刃を躱したが、顔の横をブオン…と風が通り、剣先が頭上へと通り過ぎて行った。その剣先が上がり切った時、セドリックの拳がグロウの鳩尾へと突き刺さっていた。
「ぐふう!」
グロウは、思わず後ろへ飛ぶ。
その瞬間、セドリックは、グロウへと真剣での突きを放った。
後ろへ飛んだ瞬間に、追撃の突き入れ。
グロウはさらに後ろへと逃げようと体を捩り、胸を反らせて足さばきも使った。
だが、その突きは、グルグルと弧を描くように突き進み、下がっても、横にかわしても斬られるような感覚をグロウに与えたのだった。……秘剣・竜巻(改)といったところだろうか。
「この技は一体?!」
グロウは下がりながら横へ逃げ、セドリックの剣はグロウの胸元でクルッと円を描いて軌道を変えて、グロウの腿を切り裂いた。
「くっ!」
グロウの足が熱を持ったように痛く、血で服が足に貼りつく。だが、傷口に意識を向けている場合ではない。無双流は攻防一体の技を多くもつのだ。すぐさま次の攻撃が、グロウに迫っているはずなのである。
グロウは大きく後ろへ体捌きで移動した。
しかし、セドリックも眼前に迫ってきていて、タタタッと、喉と眉間に変わった握りをした拳を叩き入れられた。
「があっ!」
そして、次の瞬間脇腹へ、セドリックのつま先が突き刺さり、グロウが悶絶している所を投げ飛ばされてしまった。
この時、剣を手放さなかったところまでは良かったが、グロウはもうここまでである。最後は鳩尾につま先で蹴り入れられ、そのまま昏倒したのだった。
◆
一方、ザカとラスティは、ガンガンに斬り合っていた。
技と技……というより、力対力と言ったほうが良いのだろうか。
その戦闘はとにかく激しいものだった。
ガン! ガン! ガキン! ガツッ!
剣が折れる……そんなことも厭わない、そんな太刀さばきで斬り合っていく。
だが、2人の剣は丈夫さには自信のある大剣。
魔力は込められてはいないとはいえ、魔剣メイルストロムはかなりの頑丈さを持っているし、対するラスティの大剣もまるで船のオールのように巨大で、斬るだけでなく撲殺さえ出来るのではないかと思うほどである。
「いい加減、死にやがれ!!」
「てめえ、邪魔するな!」
「うるせえ!」
そんな悪口を言い合いながら、ラスティとザカは斬り合っていく。
そこへ、ひょいとセドリックが姿を現した。
「まだ、やっとるのか?」
ザカはそれを見て、汗を飛ばしながら言った。
「先生! 危ないですから下がっていてください!」
「そうだ、じじいはおとなしく座ってろ!」
そう言った瞬間、ラスティの股座にセドリックの蹴りが入った。
「があっ!」
あまりの痛さにラスティは白目を剥いてしまったが、そこにザカの大剣が飛んできたのでたまらない。ラスティは、受けた大剣ごと地面へ叩き伏せられてしまって、そのまま気を失ってしまった。
「もう、先生!」
ザカに睨まれて、セドリックは頭を掻いていた。
「いや、すまん、すまん」
それからしばらくして、ラスティや、レガシィ、グロウが目を覚ましてきて、そのまま床に座り込んでいた。
その3人の前へザカはゆっくりと歩いていった。
「あんたたち、もう降参しな。ベルメージュもやられたみたいだしさ」
ラスティはそう聞かされて、周りを見た。
「嘘だろ? あの血だまりが、ベルメージュ様だって言うのか!」
ラスティは、驚愕のあまり、膝立ちになって見入っていた。
「まさか……、あのベルメージュ様まで……」
試し斬りまでやったレガシィは、信じられないといった顔をしながら、呆然と血だまりを眺めていた。その視線の先には、ただの肉塊となったベルメージュと、確かに彼女のものであろうドレスの切れ端があった。
ザカは、その呆然とした3人の姿を見て鼻で笑った。
「何を驚いているんだ。我々が何も対策してこなかったとでも思っているのか? ヤタガルの証対策で、魔力を使う兵器は一切使用せず、火薬を大量に用意して少人数で侵入してきたってわけさ。もっとも、魔剣士である私からすると、魔剣の力が使えない分戦闘は面倒だったけどな。だが、私はちゃんと剣術を鍛えているからね。あんた程度にゃ負けやしないよ」
ラスティはザカを睨みつつ言った。
「しかし、ここには領兵もいるのだぞ? いくらお前たちが強いからと言って、この広大な敷地と大勢の兵たちを制圧は出来んだろう?」
ザカは、今度は大笑いして言った。
「だからちゃんと備えていると言っただろう? もうリールから領兵が、そして王都騎士団、セラス・バクスター様も到着される頃だろう」
「何!」
「奴らの動機は王都転覆なのだろう。これまでやられっぱなしだったが、とりあえず王女様の命は救えたということで、すぐさま反撃に出たわけさ。ちょいと素早い行動だったろう? それだけに、準備はかなり忙しかったぜ」
ラスティたちはそれを聞いて、ガックリと項垂れてしまった。
「だから、もうお前は降参しろ。つまらんことで命を落とすな。家族もいるのだろう? 生きていれば再起のチャンスもあるはずさ」
ザカがそういうと、ラスティは両手をあげて降参の意を示した。
「わかった、降参だ。協力出来ることは、協力しよう」
ラスティはそう言うと、ザカはニヤリと笑った。
「いい心がけね。あなたの助けがあると心強いってもんさ」
そういうと、ザカは真面目な顔になった。
「……後で、ルフラン王国から来た移民のことについて教えて欲しい」
「ルフランの民? 確か城の北部で静かに暮らしているはずだが……」
「そうなのね……。実は私、ルフラン出身なのさ。……私の父は、あのベルメージュという女に、いうことを聞かなければルフランの民が暮らす住処に、火球を落とすと脅されていたんだ」
「なんだって?」
「これで、わかったろ? 我々がメラーズに対して忠誠を誓うどころか、恨み辛みがたくさんあるのさ」
そう言うと、ザカは窓の外に浮かぶ、月を見つめた。
懸念だったベルメージュを無事、討ち取ることが出来、首謀者一味を生かして捕えることも出来た。これからは次のステップに入ることになる。
「親父……ルフランの民は、きっと私がなんとかするからな……」
ザカはそう言って、月へ誓いを立てるのだった。




