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第57話 メラーズの屋敷



メラーズ男爵夫人・ベルメージュは、恐ろしい女である。


10年ほど前、王国の南部にて、たった一人で王国軍を相手に戦争を仕掛けたという、劫火の魔女。


なぜ劫火の魔女と呼ばれるかというと、ヤタガルの証という、古代文明が生み出した生体兵器を体に宿していて、それがもたらす強大な魔力を使って、すべてを焼き尽くす、火炎魔法を得意とするからである。


ヤダガルの証とは、周辺に漂う魔力を吸収し、己の魔力とする機能を持つ兵器。


この兵器のすごいところは、敵の魔法攻撃でさえ、己のエネルギーとして吸収することができることである。つまり、ベルメージュに魔法攻撃したつもりが、実は敵に魔力を供給していたということになるわけである。


そうなると、ベルメージュを倒すには、物理攻撃で力押しするしかないわけだが、ベルメージュには超回復魔法が使えるため、腕の欠損程度のことではすぐに回復してしまい、殺すことは不可能なのである。


10年ほど前の戦争では、兵という数の暴力で、多大な犠牲を払いながら、なんとか倒したそうであるが、結局のところ、ベルメージュの遺体は見つからなかったという。世間では、あまりにも過激な攻撃によって肉片と化し、骨1本残らなかったのだと言われているが、実際はそうではない。


ベルメージュはその後、ひそかに隠れ住んで時を待ち、メラーズ男爵家へ入り込んで、最終的には夫人の座に収まったというわけなのだ。


ベルメージュの部屋はメラーズ邸の2階にあった。部屋の中にあるランプの、蝋燭の炎がゆらゆらと揺れて、美しいベルメージュの横顔を照らしている。

 

そんな部屋の静寂を破るように、扉がノックされた。ベルメージュは扉の方へ視線を向けると、透き通るような声で言った。


「入って頂戴」


ベルメージュがそう促すと、男がぞろぞろと6人入ってきた。


その6人とは、メラーズ男爵とボーマン伯爵……そして、隣国ウインザー帝国の軍務大臣、ヴァルトである。


そして、彼らの後ろから影のように入ってきたのが、彼ら3人の護衛騎士だった。


護衛3名は誰もが見劣りしない立派な体格の持ち主で、それぞれが名のある剣士である。


メラーズ男爵の護衛、グロウ。

ボーマン伯爵の護衛、ラスティ。

ヴァルト大臣の護衛、レガシィ。


彼らは、それぞれの主が席につくと、その背後を守るように後ろへ立った。


「遅かったわね」


ベルメージュがそう言うと、夫であるメラーズ男爵は軽く頭を下げた。ベルメージュは、世間的にはメラーズ夫人ということになっているが、実際のところは、メラーズ男爵がベルメージュに隷属していると言った方が正しい。


「色々と予定外のことが起きたもので……」


ベルメージュは、返事の代わりに鼻をフンと鳴らした。


「ジェームズは、間に合わなかったのね?」


ジェームズの名前が出て、メラーズ男爵は少し動きが止まったが、すぐに口を開いた。


「彼は今、南部の貴族へ工作に行っておりますので、今日の招集には間に合わなかったようです」


メラーズ男爵がそう言うと、ベルメージュは腕を組んで椅子の背に身体を預けた。


「まあいいわ……。南部の説得はほぼ終わっているのでしょう?」


「はい。南からキレンの伯爵家とその寄子である3つの男爵家が反乱を起こす予定です」


それを聞いて、ベルメージュは頷いた。


「予想外のことが起きていないならそれでいいわ。……それよりも、そちらの話を聞かせてくれるかしら?」


ベルメージュがそう言うと、メラーズ男爵が話しはじめた。


「まず、エルランディへ解毒剤が投与されることを、阻止することができませんでした。3つの盗賊団と、我が子飼いの隠密・シャドゥの主力メンバーが全滅……。王都の使用人を使って薬のすり替えも図りましたが、バクスターが直接、医師に手渡すことにこだわったため失敗に終わっています」


メラーズ男爵の報告を聞いて、ベルメージュは少しため息を吐いた。


「……それにしても、恐ろしい手練れがいたものね。あの化け物みたいな強さを誇るシャドウまでやられるなんて」


ベルメージュがそう言うと、帝国の大臣ヴァルトは笑いながら話し出した。


「ははは、シャドウが化け物のような強さと申されましたが、それをおしゃるなら、あなた様こそ本当の化け物並みの強さでございましょう」


ヴァルト大臣がそう言うと、メラーズ夫人は、その美しい瞳で大臣を見つめた。


「ヴァルト殿……戯れとしても、女性に向かって化け物呼ばわりは失礼でしてよ?」


ヴァルト大臣は、それを聞いてニヤリと笑った。


「ははは、これは失礼……。私は強さのことを言ったのです。……もちろん、美しさも人間離れしていますがね、夫人。いや、劫火の魔女、ベルメージュ様とお呼びした方がよろしいですかな」


「そんな昔の名前を持ち出さないで欲しいですわね。今は男爵夫人として、静かに暮らしているのですから」


「ははは、ご冗談を。これからこの王国に大騒ぎをもたらそうというのに。我が国のエドワード王子も、あなた様がお立ちになるというから、ご助力しようと思ったわけですから。あなた様にはそれだけの力がある。……ヤタガルの証という力がね……そうでしょう? ボーマン伯爵。あなたのような名家が王家の打倒に手を貸そうと思ったのも、ベルメージュ様の力あってのことでは?」


そういうと、ヴァルト大臣は椅子の背に体を預けた。


「もちろんだ。10年前に起きた南部動乱の際には、ベルメージュ様が王国軍を壊滅させ、街一つ滅ぼしたのを、目の当たりにしていますからな。……お誘いの話が来た時は驚いたが、ベルメージュ様がこちらにつくなら、勝ったも同然だろう」


ボーマン伯爵は、そう言ってメラーズ男爵を見た。


「王都の南側への段取りはついたとのことだから、北と南から王都を挟み撃ちというわけだな」


「はい。……そこへエドワード王子の加勢があるわけです。つまり、魔剣を保有するボーマン伯爵家、メラーズ男爵家が北から王都を攻め、それに呼応して、南から軍を動かし、西から魔杖を保有する帝国が攻撃に加わるわけです」


「なるほど、これでは王国も、兵力を分散させざるを得ないわけね?」


ベルメージュはニヤリとした。


「そういうことです。……王都側には魔剣が2本。王宮とバクスター家に1本づつあるだけ。魔剣の数において我々が勝る上、ベルメージュ様のヤタガルの力があれば、もはや勝ったも同然と言えるでしょう」


メラーズ男爵は、そう言って笑った。


「ふふふ、それじゃ、実行はいつ頃の予定かしら?」


「準備もあるので、半月後といった所でしょうか?」


「それは駄目。計画が生温(ぬる)いわ。……実行は一週間後よ。南部の貴族たちがそれに間に合わないなら、それはそれでいいから。半月って、あなた。それだけ時間があれば王国側に準備されてしまうでしょ? こういうものは、虚を突かなければ駄目」


「はい……では、ここにいるボーマン伯爵家、メラーズ男爵家、そして帝国軍は一週間後に事を起こすということでよろしいですか?」


メラーズ男爵がそう声をかけると、ボーマン伯爵とヴァルト大臣は大きく頷いた。


「それでは、打倒、エスタリオン王国を祈って……乾杯でもしましょうか」


メラーズ男爵はそう言って、ワイングラスを持った。


「乾杯!」


男爵の掛け声のもと、そのに着席していた4名は、ワイングラスの中身を飲み干した。それは、血よりも赤い、むしろどす黒くさえ思える濃い赤のワインだった。


「ふふふ……いよいよだわ……血が(たぎ)るわね……」


ベルメージュのつぶやきを拾って、ヴァルト大臣が声をかけた。


「戦いを前にして、気持ちが昂ぶりますかな? なにせ、この世に3人しかいない、ヤタガラスの証を持つお方としては」


「正確には2人よ。1人は、ガムランに住んでいたけど、私が最後に会った10年前の時点でかなりの高齢で、魔法を使う気はなさそうだったし、年と共に死んでるはずだわ。もう1人は南部の奥地で隠遁生活をしていて、俗世に興味はないはずよ」


「つまり……邪魔されることはないと?」


「もちろん」


ベルメージュはグラスに残ったワインを飲み干すと、ゲラゲラと笑い出した。


「ふふふ………ははははは!」


「これはこれは……嬉しさのあまり、笑いが堪えきれませんでしたかな?」


「笑いを堪えるですって? そうかもしれないわね。私は南部で暴れ回った時、自分のこの、ヤタガルの証がもたらす膨大な魔力で、すべてを滅ぼせると思っていたわ。だけど、数の暴力に負けた。だから、今度はあなたたちと手を組んだわけ。私が求めているのは暴れることよ。後の残骸をどう切り分けるのかは、あなたたちの好きにするといいわ。……ただし」


ベルメージュは、3人を睨み回して言った。


「裏切ったら殺すからね」


ベルメージュの言葉に、一同の背中に汗が伝う。


「もしかして、そんなこと出来るのかって、思ってる? 思ってるでしょ?……いいわ。いいもの見せてあげる。……ちょっと。そこのあんた。こっちへ来なさい」


ベルメージュはそう言うと、ヴァルト大臣の護衛騎士・レガシィを呼んだ。


「はい。一体、なんでございましょうか?」


するとベルメージュは、美しい指先を上へ向けて立て、レガシィを睨み付けた。


「あなたね、今からその腰の剣で、私の指先を斬り飛ばしなさい」


「えええっ!」


レガシィは狼狽えてしまった。


「しかし、男爵夫人に剣を向けるなど、そんな不敬、私には出来かねます」


「私がいいって言ってるのよ。後で咎めたりはしないから。面白いものを見せてあげる」


「しかし……」


そこへ、ヴァルトが話に割り込んできた。


「レガシィ。いいからやれ」


「し、しかし……」


「いいんだ。男爵夫人といっても、その実態は魔女ベルメージュ様だ。お前の剣くらいでどうにかなるようなお方ではない」


「そうですか……では……」


レガシィは脂汗を浮かべながら、慎重に剣を構える。


「それでは……参ります」


レガシィは、ヴァルトとベルメージュを交互に見た。そして、大きな気合とともに、剣を横薙ぎに一閃させた。


「えいい!」


掛け声と共に、ベルメージュの指先が吹き飛ぶ。


レガシィは脂汗を流しながら、その後の展開を息を潜めて見つめていたが、なんと、今、斬り飛ばしたはずの指先が、みるみるうちに、復元されていくのである。


ベルメージュの指先は、グチュグチュと音を立てながら、元の指へと復元していく。


「ゆ、指先がっ!」


レガシィは狼狽していた。それを見て、ベルメージュはニヤリと微笑む。


「私の体は治癒魔法が常時展開されているのよ。でも、痛くないわけじゃないから、遊びで斬ってみせるのはこれっきりだけど。……ヤタガラスの証の力は、周囲の魔力を吸い尽くし、己の魔力とすること。だから、無限に魔法が打てるし、治癒魔法を常時展開出来るわけ。だから、私を殺そうと思っても無駄なのよ」


「一体、どうやったら、そんなことが……」


「さあね。古代文明のアーティファクトだから、仕組みはわからないけど。でも、これでわかったでしょ?私を裏切ったらどうなるか……逃げても逃げても追いかけて行って……いつかきっと殺すわよ」


それを聞いて、一同は肝を冷やす。


「よくわかりましてございます」


一同は絞り出すように、そう答えた。


「わかればいいのよ。権力の類はくれてやると言ってるんだから、あなたたちには、むしろ私を利用出来て好都合でしょう? 裏切らないという条件なんて、可愛いものだと思うけどね」


「おっしゃる通りで……。攻撃魔法は魔力として吸い尽くされるし、物理攻撃は超回復が常時展開されている……ベルメージュ様を倒すことなど、まさに不可能なわけですな」


「そのとおり。もし、王都の連中が宝剣で私を攻撃してきたら、その時は奴らの最後よ。その魔力を吸収して、火球としてお返ししてあげるわ」


それを聞いて、ボーマン伯爵は冷や汗を流していた。


「恐ろしい……本当に味方で良かったですな」


「いいのよ。私だって、一人では何もできないもの。あなたたちと協力関係を築けてうれしく思うわ」


「ありがとうございます……」


ボーマンは、思わず頭を下げていた。


「まあまあ、戦いの話はこれくらいにして、今日は意気を上げるといいますか、景気よくグッと飲みましょう。これからの前途を祝して……それからベルメージュ様の美しさに……」


ヴァルト大臣の言葉を聞いて、ベルメージュは笑った。


「ありがとうヴァルト大臣。それでは、私の美しさに乾杯して頂戴。これから大勢の人が死ぬわ! そんな凄惨な光景を血で塗りつぶすような、この真っ赤なワインで乾杯よ! あははは、あはははははは!」


そう言って、ベルメージュは高笑いした。

その場にいた面々は、ただ冷や汗を流すしかなかった。


ベルメージュの高笑いが続く中、突如、床がグラつき、熱を持っているのを感じた。


「ん?」


「何かしら?」


ベルメージュが床へ目を向けたその時。


突如、ベルメージュの足元から大爆発が起った。


ゴーンという耳をつんざくような轟音とともに、部屋の床が崩れ落ちていったのである。


「なな、なにごとだっ!」


「うわあっ!」


ベルメージュと3人の貴族、3人の護衛は、崩れ落ちた床とともに1階へと落下していった。


そして、3人の貴族は落下の衝撃で足や腕の骨を折るなどの重傷を負い、身動きが取れなくなってしまう。


3人の護衛は、ひどく体を打ち付けはしたものの、さすがに受け身を取るなどして戦闘態勢に入っていた。


そして、ベルメージュ。彼女の足元には念入りに爆薬が仕掛けられており、その衝撃で四肢はちぎれ、顔や体は焼けただれていた。


「おのれ~っ! おのれおのれおのれっ! 許さん! 許さんぞっ!」


ベルメージュは怒り狂った形相で、赤い髪をした襲撃者を見回した。

その赤い髪をした女は、ベルメージュの元へ迫っていく。


「ジョー、手筈どおり、速攻でいくわよ!」

「おう!」


そういうと、白銀の甲冑を着た大男とともに、ベルマージュへと迫る。


「うおおおおっ!」

「ええええいっ!」


その気迫に、ベルメージュは狼狽えた。


「何なのよ! あなたたちは一体、何なのよ!」


ベルメージュの叫び声が止む前に、ジョーの斧がベルマージュの頭蓋に叩き込まれ、そのまま胴体を縦へ両断する。そして、その半身を、エルザに向かって足で蹴り飛ばした。


「エルザ! 受け取れ!」

「まかせて!」


ベルメージュは半身の肉塊となりながらも、驚異的な勢いで手足が復旧していく。だが、追いつかない。


「何を!……何をする!」


「こうするんだよ、この化け物め!」


そういうと、エルザは胴体を横に切り裂いた。


「ぐああああ!」


そして、ジョーも斧を持って駆けつけ、再生を繰り返す体を切り裂いていく。


「やはり、聞いたとおりね。体のどこかにある核を中心に再生していくわ。切り刻んで、核を取り除くわよ!」


「お前、なぜそれを知っている! やめろ! やめるんだ!」


「あなたのおかげでえらい目にあったわ! 覚悟して頂戴!」


「嫌だああ!」


「遅いわ!」


そう言いながら、二人は再生を繰り返すその体を切り刻んでいく、血が吹き飛び、肉がとび散っていた。そして、心臓の奥に形成されていた丸い塊を見つけたエルザは、それを力任せに引っぱる。


「えええええいっ!」


ブチブチブチッ! と肉がちぎれる音がしながら、エルザはその丸い塊をむしり取った。それと同時にベルマージュの肉体は再生をやめた。


「がああああ!痛い!痛いっ!」


ベルメージュは、しばらくそう言って、血をまき散らしながら暴れまわっていた。


「おのれ、おのれぇ!」


エルザはその暴れる様を、眉間に皺を寄せながら睨みつけていた。


「あんた、自分が何人殺したか知ってるの? その痛みを十分味わってから死になさいよ」


エルザがそういうと、ベルメージュは言葉にならない音を発しながら、もがき苦しむ。


「があああ、ひゅうう……」


そして、しばらくの間はジタバタともがき叫んでいたが、血が流れ出るにしたがってだんだんと動きが鈍くなり、最後は静かになった。



エルザは、手に持った丸い肉塊を床に置くと、剣の柄で叩いた。


ガイン!という金属音がしてはじかれ、床を転がる。


「堅っ!」


エルザがそうつぶやくと、ジョーが割って入った。


「ちょっと、俺にやらせてみろ」


ジョーはそういうと、丸い肉塊を床に置いて、斧を振り上げた。


「むん!」


ジョーは気合をひとつ吐いて、一気に斧を振り下ろした。そして、見事丸い肉塊を真っ二つにしていた。


「すごいなあ、結構難しいのに」


「ふん、こんなもの、大したことはない」


そう言って、割れた肉塊を見ると、堅い殻で覆われた丸い球が半分に割れ、中で何やら生物のようなものがうごめいていた。エルザは思わず眉間に皺を寄せた。


「……なんだか生きてるみたいね」


「ああ……寄生虫のように見える」


エルザは球の中へ剣の柄を突っ込み、中の肉をすり潰すようにこねくり回し、肉塊の息の音を止める。そして、柄についた肉塊を部屋のカーテンでぬぐいながら、エルザはため息をついた。


「気持ち悪いわね……私の体の中にもこいつが潜んでいるのかしら?」


「お前は、こいつの力を一度も使っていないのだろう。だったらまだ望みはある」


「そうだといいのだけど」


エルザはそう言いながら、後ろを振り向いた。


「他の人はどうなったかしら?」


「さあな。お前の先生なのだろう。心配あるまい」


「そうね。じゃあ、先にあの貴族どもをふん縛ってしまいましょう」


エルザはそう言いながら、ボーマン伯爵やメラーズ男爵、そして帝国のヴァルトを縄で縛りつけるのだった。


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