第55話 新たな目的地へ
どれだけ眠っていただろうか。
エルザが目を覚ますと、見覚えのないテントの中だった。
「ここは一体……」
エルザは周囲を見回したが、真っ暗で何も見えなかった。
外からは虫の声がして、テントの隙間から月明りが入ってきていた。
しばらくボーッとしていたエルザだったが、ふと、思いついたように首筋へ手を当てた。
「治療されてる??」
エルザは、斬られた首筋に包帯が巻かれ、治療が施されているのがわかった。だが、動くと痛む。
「もしかしてエイミーが? 治してくれたのかな……」
エイミーには、いつも治療してもらって、エルザは申し訳なく思った。
「エイミーがいなかったら、私は死んでいたかも」
エルザはしみじみと、そう思った。
エルザは、テントの外へ出て、星空を見上げながら歩き出した。
朝方近くだったのだろう。東の空が少しだけ、オレンジ色に染まっていた。
エルザは芝生の上へしゃがみこむと、空に広がる満天の星空をぼーっと眺めていた。
「寝てないと、駄目じゃないか」
その声に振り返って見ると、長身で金髪の女が立っていた。
「ビールでも持ってきてくれたのかしら?」
それを聞いて、ザカは破顔した。
「はっはっは、覚えていてくれたのか、エルザ。だが、酒は怪我が治ってからにしておけ。ほら。茶を持ってきた。温まるから飲んでおけ」
「冗談よ。私はお酒を飲まないもの……。お茶の方が本当に有難いわ」
エルザはそう言いながら、ザカから温かいお茶を受け取った。2人は並んで座って、お茶をすすった。
「でも、どうしてあなたがここにいるの? どちらかといえば、敵側の人じゃなかったっけ?」
「それを言われると辛いものがあるが、まず伝えたいのは、セドリック様が心配して、何度もテントを覗いていたぞ」
唐突にセドリックの名前が出てきたので、エルザはビックリしてしまった。
「えっ! 先生が? ここに来ているの? なんで?」
「そりゃ、王都での事件についての知らせが行ったのだろう。……今は別のテントで眠っているよ。後で会いに行くといい」
「そうだったのね……」
「セドリック様と私の父は面識があるのだ。だからもう少し早くに到着していれば……父を止められたのかもしれないのにな」
「父を止めるって……もしかして、あの義手の男?」
「ああ、そうだ。それにしても、エルザ。お前、よく父の、あの攻撃を躱したな。さらに反撃までしてしまうとは……お前は本当に恐ろしい女だな。正直戦いたくない相手だと思ったよ」
「嘘ばっかり。ガムランでは散々殴ってきたくせに」
「それはお互い様だろう」
そういうと、2人は微笑んだ。
「それで、あなたのお父さんは大丈夫だったの?」
「ああ。なんとかな……命だけは取り留めたよ」
エルザは顔をあげた。
「良かった……ごめんなさい、あなたのお父さんを怪我させてしまって」
「謝るなエルザ。エイミーがいなければ、お前だって死んでいたんだからな」
「やっぱりエイミーのおかげなのね」
「ああ。馬車の中から、お前がぶっ倒れるのを見ていたそうだ。それからすぐさま駆け寄ってな。治癒魔法をかけ続けていたんだぞ。血まみれになって、おいおい泣きながらな」
「……そうなんだ……」
「一度に使える魔力は限りがあるからな。ギリギリだったと思う。……今は魔力切れで眠ってるよ。また明日目覚めたら、また治療しにテントへ来るだろうよ」
「ありがたい話だわ……」
エルザはそんな話を聞くと、目に涙が滲んでくる。
エルザはザカの方へ顔を向けて、覗き込むようにザカの顔を見た。
「ねえザカ……あなたの名前って、お母さんが付けたの?」
「なんだ急に。その通りだがどうした?」
「ううん……なんとなく、女の人が付けた名前じゃないかなと思って」
するとザカは嬉しそうに笑った。
「……ザカという言葉はな、ルフラン語で "花咲くところに腰を下ろす"という意味なのだ。剣を振り回す、雑な女なのにな。……だが、私は気に入っているんだ。母は、私に女らしさを忘れてほしくなかったんだろう」
「そう……いい名前よ、ザカ」
「ふふふ、照れるじゃないか……さあ、病人はもう一寝入りしろ」
「わかった。……言うことを聞くわ」
2人はそう言って立ち上がった。
歩きながら、エルザはザカに尋ねた。
「ねえザカ……私ってあと2、3日したら戦えるかしら?」
ザカは口の中に含んだ茶を、全部吹き出していた。
「何を馬鹿なことを言ってるんだ! お前はしばらく絶対安静だっての!」
そう言われてエルザは肩をすくめていたが、ザカは額に手をあててあきれ返っていた。
◆
翌朝、エルザが目を覚ますと、エイミーとセドリックがそばに座っていた。
「起きたか、エルザ」
「先生……それとエイミーも」
「ああ。エイミーはずっと、お前を看病していたんだぞ」
それを聞いて、エルザは目を閉じて、涙をこぼした。
「夜中に目が覚めて、首筋を見たら治っていたから……エイミー、私、あなたになんとお礼を言ったらいいか」
「いいのよエルザ。それはお互い様よ」
エイミーはそう言うと、エルザに微笑んでみせた。
「本当にお前は心配ばかりかけおって……。アランからリールで暴れた話を聞いた時はおったまげたぞ」
それを聞いてエルザは笑っていた。
「ところで先生、セラス様たちは、無事に王都へ着いたのかしら?」
「ああ、今日の昼くらいには王都へ着くだろうな。お前も連れて行きたかったが、なにせあの怪我だ。回復を待ってから王都に向かうわけにはいかなかったのでな……なにせ2日も眠っていたのだから」
それを聞いて、エルザは静かに首を振った。
「私のために、みんなが残ってくれて、本当に申し訳なかったわ……。私はエル姉のもとへ、無事に薬が届けばそれでいいの。それより帰り道で、セラス様たちが襲われたりしないかしら?」
「それは大丈夫だろう。セラスにはメイスが付いているし、バット、リリス、シンディが護衛としてついて行った。また、王都から騎士団が、途中まで迎えに来ているはずだ」
それを聞いて、エルザはホッと息を吐いた。
「そう……それなら良かったわ……」
その時、エルザのいるテントにアルマとザカが入ってきた。
「エルザ。起きたのね?」
「アルマ……いろいろと迷惑かけてごめんね。ありがとう」
「いいのよ。何言ってるの」
そう言ってアルマは笑った。
エルザは顔を上げて、セドリックとザカを見た。
「それと……これからのことなんだけど……」
「なんだエルザ。ちゃんと町まで連れていって、宿か何かで休ませてやるつもりだが?」
すると、エルザは首を振った。
「そうじゃないの。この後……王都へ行く前に……メラーズを襲撃しに行きましょう」
セドリックは、椅子から転げ落ちそうになっていた。
「な、なにを言い出すんだ、お前!」
ザカはそう言うと、目を大きく見開いてエルザを見た。セドリックはちょっと呆れたような、驚いたような顔をしていた。
「ワシも長い間生きてきたが、お前みたいな突飛なやつは知らんぞ。それにメンバーはどうするんだ? まさかワシとザカとお前の3人で襲撃するのか?」
「実はもう一人協力者がいるのよ。メンバーは一応、その4人。ピンポイントで黒幕の、メラーズ夫人を討ち取ります」
「で、その協力者って言うのはどんな奴だ?」
「シャドウナンバーズの、地獄の3兄弟を倒したくらいの実力があるわ」
「お前がやられそうになった所を救ったっていう、あの男か? 名前はなんていうんだ?」
名前を聞かれて、エルザは少し目が泳いでいた。
「それは……ジョー……ジョージって言ったかな?」
そんな回答にザカは呆れて鼻息を荒くした。
「言ったかなって、あんた。恩人の名前くらいちゃんと覚えときなよ」
「ははは……ごめんなさい」
「それで、その男がメラーズ襲撃に協力してくれるというのか?」
「うん。個人的にメラーズに恨みがあるみたいで、協力はとりつけてあるの」
「強いのか?」
「少なくとも、私では全く歯が立たなかったわ」
「ん? なんだ? 戦ったことがあるのか?」
「え! いや、多分そうだと思うくらい強いってことよ……」
エルザはタジタジになりながら言った。
それを聞いてセドリックは顎に指を当てながら唸った。
「だが、4人ではちょっと少ない気もするなあ……あと2人……少なくとも誰か1人は欲しいな。どこかで仲間を入れたいところだが……」
「オーウェンに声を掛けてみようか」
ザカがそう言った時、後ろからアルマが立ち上がった。
「私が行きますよ!」
「アルマ……」
「大丈夫か? 貴族の屋敷を襲撃しに行くんだぞ?」
すると、アルマは両手に二丁拳銃を、銃口を上にして構えた。
「私にはこれがあります」
「なんじゃそれは?」
セドリックの問いに、エルザが答えた。
「先生は見たことないわよね? 変な形だけど、魔術師の作った杖の一種なのよ。土魔法の魔石が埋め込まれていて、ストーンバレットが発射されるの」
「まあ、見てもらった方が早いかもしれません」
アルマは、銃を構えて、テントの外にある木を狙った。
「行きます」
アルマはそう言うと、バン!という音とともに弾丸を発射した。すると、弾丸が木の幹に命中し、大穴を空けた。
「ほう、これはすごいな……だが、アルマよ。お前さんはこれをどのように運用するつもりだ?」
するとアルマはニコリと笑って
「それはこういう風に使うつもりです……」
そういうと、隠ぺいの魔法を発動させて、セドリックとザカは背後に回った。
「ここで、バン!というわけです」
これにはセドリックもザカも関心して
「セドリック様……これはすごいですね……。シャドウに入ってもらいたいくらいです」
「隠ぺいの魔法が使えるのか? これは怖い……。気配を探る技に長けてなければ、ほぼやられてしまうだろうな」
そう言って舌を巻いていた。
「ありがとう、アルマ……心強いわ」
「ええ、エルザ。私も守られてばっかりじゃ、嫌だもの。練習したのよ」
そう言ってアルマは笑った。
「それじゃあ、これからどうするつもりだ、エルザ」
「とりあえず、ガムランへ戻って、武器を仕入れたいわ。そして、ジョー……ジョージと合流するまでの間に、ヴァルハラへ行きたいの。ヴァルハラの魔道具店で、この文様に詳しい人に会ったから、メラーズ夫人と戦うために、何か弱点とかないか、情報を仕入れてきたいの」
「じゃあ、その間、ワシたちはガムランで待機だな」
「ええ。それとザカ。悪いけど、だれか手紙を運んでくれる人はいないかしら?」
「ああ。私の部下に行かせよう。例の、ジョージとやらへの手紙か?」
「ええ、そうなの。……早く届けたいの」
「よし。すぐに手紙を用意しろ。部下たちへ指示するから」
「ありがとう」
そういうと、みんなが立ち上がった。
「さあ、出発するぞ」
そう言うと、全員でテントの外へ出た。
ザカは、エルザの元へ寄ってきて、礼を言った。
「もとより、私は一人でもメラーズに挑むつもりだったが、お前やセドリック様が一緒に戦ってくれると聞いて心強く思う」
「いいのよ。私だってメラーズには怒っているんだから。大切な人を殺されかけて、多くの仲間を失い、私自身も大きな怪我を負った。……今度はこっちの番よ。追い詰めてやりましょう」
「ああ。メラーズをぶった斬ってやる」
そういうと、エルザとザカは、固い握手を交わしたのだった。
これで、第4部が終了です。
長らくお待たせしましたが、9月12日から第4部公開致します。
引き続き、ご覧頂ければ嬉しいです。
よろしければ、ブックマークお願いします。
最後まで、頑張って書いて参りますので、★★★★★評価頂ければ本当にうれしいです。モチベーションが上がりますので、面白いと思って下さった方は、ぜひとも★★★★★評価お願いします。
※ザカの名前について
本文中では、物語上「ルフラン語で "花咲くところに腰を下ろす"」と書きましたが、実際のところ、語源は中国語です。
漢字で書くと"坐華"となります。李白の「春夜宴桃李園序」の1節で、 花咲くところに腰を下ろし、月を眺めて酒を楽しむ……という部分に心惹かれ、キャラクターの名前に使ってみました。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
 




