第54話 救援
その頃、セドリックは夜通し馬を走らせ、昼過ぎにはオーツの町までたどり着いていた。
町に入る手前で減速し、セドリックは馬を並足で走らせて町へと入って行った。
「ようやくオーツか……年寄りには堪えるわい」
そう言いながら、少しだけ休憩を取ることにした。
セドリックは、町中にある適当な食堂の前で馬を停めると、リードを柵へ括り付け、食堂の中へ入って行った。
食堂に入ると、セドリックはメニューも見ずにサンドイッチを頼み、持参した水筒へ水を満たしてもらうよう依頼した。
注文したサンドイッチがテーブルの上に出されると、セドリックはそれをテキパキと平らげ始めた。
すぐに食べられる冷たいハムなどが入ったサンドイッチだと思っていたのだが、食堂が出してきたのは、チーズなどを挟んでオーブンで焼いたホットサンドだった。
「熱いから頬張ることは出来んが……これはこれで旨いものだな……」
そういうとセドリックは、すきっ腹をホットサンドで埋めていった。
「さて……ここからが問題だが……」
時間的に考えると、おそらくセラスたちはヴァルハラを発つ頃だろう。
おそらく、三日月湖を通るルートか、山脈の外側を迂回するルートのどちらかに絞られるが、さて、どちらへ向かえばいいものか……。
「なるべく早めに合流したいもんだがな……」
そんなことを考えながら水を飲んだ。すると、セドリックの席へ人影が近付くのが見えた。
「失礼ながら、バクスター侯爵家のセドリック様とお見受けします」
セドリックが声のする方へ顔を向けると、背の高い金髪の女が立っていた。
「そうじゃが、なんだね?」
すると女はお辞儀をしてからセドリックへと目を向けた。
「先生、お久しぶりです。……以前、お会いした時は、私もまだ子供でしたので、お忘れかもしれませんが、ダイカンの娘、ザカでございます」
それを聞いて、セドリックはパアッと顔を上げた。
「おお、ザカか! 背が高くなったなあ」
「おかげ様で体だけはどんどん大きくなりまして……」
「そうか、そうか……お父上はお元気かね?」
セドリックがそう言うと、ザカは瞳を曇らせた。
「実は……そのことで、緊急のご相談があるのですが……」
「緊急の相談事……?」
この時、セドリックには、妙な勘が働いていた。
考えてみれば、ダイカンはメラーズの世話になっているはずだ。セラス襲撃と何か関係があるのかもしれない。
「相談事とは……?どんなことだい?」
「はい……大変申し上げにくいのですが、父が先生の姪であられるセラス様の命を狙っているようなのです」
「……メラーズに指示されたのだな?」
「はい……。ガムランから天上の樹において、すでにシャドウの一味がセラス様と、護衛のエルザに攻撃を加えたようですが、失敗に終わったようです」
セドリックは、ザカの目を見つめた。その瞳はまっすぐにセドリックの瞳を見据えていた。
「場所を変えよう。……詳しい話を聞かせてくれ」
「はい……では、こちらへ。お急ぎのことは重々承知にて……話は10分で終わらせます」
そういうと、ザカは先に立って店の外へと向かった。
◆
町外れにある小屋。
ここに、シャドウの一味が集結していた。
ザカは全員を外へ出したうえで、セドリックへこれまでの経緯を話した。
「……というわけで、父は単身、死ぬつもりでセラス様の元へ向かったようなのでございます」
それを聞いて、セドリックは腕を組んで考えこんだ。
「ふーむ。ダイカンも早まったことをしたものだな。……やはり、ルフランの民はバクスターで受け入れた方が良かったのかもしれんな」
「……本当にそう思います」
「よし。ザカよ。良く言ってくれた。ここはお互い力を合わせようではないか。すべてがうまくいった時には、ワシが悪いようにはせんと約束しよう。だがな……」
セドリックはザカの目を見た。
「王家の大事を妨害し、姪の命を狙ったことは、中々大変な事件なのだぞ? これ以上、事が大きくなったら手が付けられん。もし、セラスが死にでもすれば、色々な意味で取り返しがつかんぞ」
ザカは顔を伏せた。
「はい……それは重々承知しております……」
「ザカ……。ダイカンを止めるぞ。それは我々にしか出来んことだ。ダイカンもつまらん所で命を散らす必要はない。死ぬ場所を間違っておるだろう……お前もそう思わんか」
「はい……どうせ死ぬならメラーズと刺し違えて……私はそう思っております」
その返事を聞いて、セドリックは大きく頷いた。
「バクスター家としても、メラーズとボーマン……こいつらをこのままにしてはおけん。そして、ルフランの民も救わねばな。それから帝国の動きも気になるから、紛争に発展する前にメラーズたちを黙らせたい……。ザカよ。その時はお前たちにも十分に働いてもらうぞ?」
ザカは目に炎を宿したかのような鋭い眼光を光らせ、セドリックへ大きく頷いて見せた。
「もとよりそのつもりです。必ずお役に立ってご覧にいれましょう」
それを聞いて、セドリックは立ち上がった。
「よし! 今は、この局面をどう乗り越えるかだ。いくぞザカ!」
「はいっ!」
そう言って、2人は小屋を飛び出して行った。
◆
ガムランを出発したセラスたちは、オーツの郊外にある草原まで来ていた。
馬車なので移動が遅いが、馬車で休みながら馬を交代で乗り継ぎ、夜通し駆け続ける予定である。
エルザは馬車の中でエイミーに治療を受けていて、傷口も随分とましになってきたため、いつの間にか眠ってしまっていた。
「エルザさん……一体、どれだけ酷い目にあったんでしょうか……こんなにも傷ついてしまって」
「私はともかく、エルザは本当に大変だったよ。樹から落ちたり、魔獣に追われたり、パラシュートを破られたり……」
そう言って、シンディは天上の樹であったことを語り始めた。話を聞いたセラスやエイミーは、驚きすぎて顔を青くしていた。
「……付いていかなくて正解だったな……」
「はい……セラス様のあのお怪我では、相当なご苦労をされたかと思います」
そんな話をしていると、突然、外からドーンと大きな爆発音がした。
そして、馬車が大きく揺れた。
「敵襲か!」
セラスが窓の外を見ると、全長が10mはあろうかと思われる細長い虫が、口から白いねばねばとした唾液を垂らしながら迫っていた。
「なんだあれは!」
見たこともない大型の魔獣に、セラスは驚いて目を見開いていた。太さは直径で5~6mはあるだろうか。手足はなく、うねるようにして馬車へと迫っていた。
「セラス様! あれはサンドワームです! 我々が引きつけますので、先に行ってください!」
メイスがそう叫ぶと、セラスは頷いていた。
「ああ、わかった!」
「我々が引きつけますので、その間に先を急いでください!」
そう言って、騎乗組のメイス、バット、リリスの3名は、サンドワームの足止めをするため、後方へと下がっていった。セラスたちの乗る馬車は、その間にオーツへと走り去るつもりである。
「なんとか逃げ切ることが出来るといいのだが……」
セラスは馬車の窓から、鎌首をもたげる巨大なサンドワームを睨みつけた。
その時、またしても馬車が大きく揺れる。
ガガガがッと擦れる大きな音を立てて、セラスたちの乗る馬車が急停止した。
「うわっ! 今度は一体なんだ!」
車内で腰をかけていた者たちは皆吹き飛ばされ、床へ転げ落ちていた。
そんな中で、シンディだけはすぐさま立ち上がった。敵襲の可能性も考慮して、シンディは自分の弓を手につかむと、すぐさま馬車から飛び降りて御者台へと向かった。
「アルマ! 大丈夫?」
「私は大丈夫よ!」
横倒しになってはいたものの、アルマは目立った傷などはなさそうだった。
「良かったアルマ」
「それよりも、一体何が当たったのかしら?」
アルマが御者台から降りてみると、車両の側面にベットリと白い粘液のようなものが引っ付いていた。
「これは一体、何?」
アルマが白い粘液の飛んできた先へ目をやると、そこには5mはあろうかと思われる、巨大な蜘蛛がこちらを見ていたのである。
「きゃあああっ!」
「どうしたアルマ!」
アルマの悲鳴を聞いて、シンディが走ってくる。
「うわっ!なんだこの化け物は!」
シンディは弓を取り出して、矢を番える。
すると、攻撃されると分かったのか、粘性のある糸を吐き出してくる。
「うわっ!」
「キャーッ!」
2人は慌てて飛び退った。
「アルマ! 大丈夫か?」
「ええ、私は大丈夫よ」
アルマは大蜘蛛の不気味さに震えながら、シンディを見た。
「とにかくここは駄目だ。馬車の影に隠れよう」
「うん」
そういうと、シンディはアルマの手を引いて、御者台の裏へと回った。
そして、矢を番えて大蜘蛛の顔めがけて矢を放った。
ところが、大蜘蛛はうっすらと白い膜のように糸を展開していて、矢を絡めとってしまう。
「あっ!」
シンディは驚いていた。
「矢を絡めとってしまうのね……」
シンディの額に汗が流れた。
「どうしよう! シンディ!」
「大丈夫よ、心配しないでアルマ! 私に任せておいてよ!」
シンディはそう言うと、弓に矢を番えて蜘蛛の顔へと構えた。
そして、弓に魔力を注いでいく。
「こんな時のために、高い弓を買ったんだから」
シンディはそういうと、矢を放った。
魔力を纏ったその矢は、放たれた瞬間から火を纏い、大蜘蛛の糸を断ち、膜を破って大蜘蛛の右目に刺さった。
「キイイイイイ!」
大蜘蛛は、断末魔の悲鳴を上げて、白い糸を吐きまくっていた。
「危ない! アルマ! こっちへ来て!」
「キャーッ! シンディ!」
アルマはシンディに抱き着くと、シンディはアルマの頭を下げさせて、糸に触れないようにした。それからしばらくは、蜘蛛の糸があちこちへ飛んでいたが、やがて、その攻撃は止んだ。
シンディがこっそり覗くと、大蜘蛛は動かなくなっていた。
「死んだのかな?」
「死んだと思うけど、わかりにくいわね……」
シンディは、ちょっとホッとして、馬車を背中にしゃがみ込んだ。
アルマも、シンディのすぐ横に腰かけて、シンディに抱き着いていた。
「シンディ! ありがとうね!」
アルマにそう言われて、シンディは照れながら、ニッコリとほほ笑んだのだった。
◆
「うわっ! 一体なんだ!」
馬車が急停止をした時、軽鎧姿のセラスは、慣性でモロに吹き飛ばされて床に背中を打ち付けていた。
「敵襲か!?」
セラスが起き上がろうとすると、いち早く体勢を整えたシンディが、弓を掴んで飛び出してゆく。セラスは周囲を見渡して、エイミーとエルザだけが車内にいることを確認すると、魔剣・グラムドレイクを抜いた。
「あと、今ここで戦えるのは私だけだ。私が賊めを叩き斬ってくれる!」
セラスはそのまま扉から飛び出そうとした時、屋根の上から気配を消したまま、セラスへ刃を突き刺そうと襲ってきた人影があった。
ダイカンである。
ダイカンは完全に気配を消していて、セラスはダイカンの攻撃に気付くことはなかった。
ダイカンの刃が、セラスの鎧の隙間へと吸い込まれそうになった時、車内から駆けてきたエルザの飛び蹴りで、セラスの体が吹っ飛ばされたのである。
「なああっ! エルザ!?」
セラスは驚いて振り返ったが、その時には既に、ダイカンとエルザの斬り合いが始まっていた。
セラス蹴ったことで体勢が崩れたエルザに、ダイカンが短剣突き刺そうとする。
エルザは短剣を持つ右手首を握って捩じる。
すぐさまダイカンの左拳がエルザの腹に突き刺さるが、エルザはわずかに右手で払い受けており、そのまま左手首も握りしめた。そして、ギリギリと捩じ上げていく。
「ぐああっ!」
ダイカンの顔が苦痛に歪む。
剣を抜く暇がなかったエルザは、ダイカンの両手を拘束するしかなかったのである。しかし、それでは決め手に欠ける。エルザはこれから展開するべきか、頭を悩ませていた。
エルザがそんなことを思った瞬間。
ダイカンの懐から3本目の腕が伸びてきて、エルザの首筋へと短剣を伸ばしてきたのである。実は、左手が擬装用の義手であり、この3本目の手が本物の左手なのだった。
「なんだぁっ!」
エルザは首をひねって躱すが、そんなものでは躱せるものではない。ダイカンの短剣は、エルザの首を掠めるように切り裂いたのだった。
「うわっ!」
動脈が切れて、脈動とともにビュッ、ビュッと吹き出す血液……だが、エルザはそのことを気にする様子はない。エルザはダイカンの擬装用の義手をつかむ手を離すと、エルザを斬った腕の「3本目の腕」を掴み、その腕を強烈な力でねじり折り、その手に握る短剣をダイカンの腹へと突き刺した。
「うおおおおおっ!」
「ぐうっ!」
それから、左手で掴んでいたダイカンが右手に持つ短剣を、力づくで相手の顔面へ突き刺したのである。その短剣は左頬を割いて、右頬へと刃先を突き出していた。
そして、ダイカンを突き刺した刃を抜いて投げ捨てると、義手である義手である左手を掴んで、体ごと捩じり、もぎ取ったのである。
「うぐぐぐ!」
さすがのダイカンも悲鳴をあげた。
体に固定してあった金属の義手がもぎ取られ、固定していた革のバンドや金属片で、ダイカンの肩は血だらけになっていた。
エルザは、もぎ取った金属の義手を両手で持つと、力任せにダイカンを殴り倒していく。
バキッ、ドカッ、ガスッ……
ダイカンは殴られて、段々と動きが鈍くなっていく。
「うっ! ぐう! がは! ……」
エルザは、朦朧としながら殴り続ける。
そして、その攻撃の最中に、エルザは意識を失った。




