第53話 新手
エルザは青白くなっていた。
地獄の3兄弟だけでも死にかけているのに、新手が来るとは……。
しかも、それがなぜ、選りに選ってジョーなのか……。
エルザは額から流れる血と汗を手で押さえながら、ジョーの姿を見ていた。
「お前は闇の銀狼のジョーだな。余計な口を挟まないでもらおうか」
そう言われてもジョーは表情を変えず、ガイの発言を鼻で笑い飛ばした。
「お前の事情など俺には関係ない。お前こそ引っ込んでろ。この女はもともと俺の獲物なのだ。お前には渡さん。どうしても譲れんというのなら、先に俺が相手になってやるが」
ジョーの発言に、ガイとバグは凍りついていた。
「なんでそうなるんだ、この馬鹿!」
「お前の女なのかよ!」
ジョーは無言で首を振った。
「勘違いするな。この女は稀に見る強い剣士。……俺はこの女との決闘を所望しているのだ。お前らが正々堂々、美しく戦うのであれば俺は口出しはせん。しかし、なんだお前たちの戦い方は。手負いの女を3人がかりで嬲り殺すなどと、不細工な……とてもじゃないが、見ていられなかったぞ」
それを聞いて、ガイは激怒していた。
「何を勝手なことを言ってやがる! そんなつまらん美学を披露するために俺の弟を殺しやがったのか!」
それを聞いたジョーは、鼻で笑った。
「止めようと思って、けん制で投げた斧なのだがな。……そんな適当に放り投げた斧にやられる貴様の弟の方がドジなのだ」
ジョーの言い分に、ガイとバグは涙を流さんばかりに怒り狂った。
「弟を殺しておいてその言い草……もはや生かしておくわけにはいかん!」
「兄者の仇! 先にお前を始末してくれるわ!」
そういうと、ジョーの周りを滑るように走り始めた。
「くらえ! 地獄の業風!」
ガイとバグがトリッキーな動きをしながら接近し、ジョーへ斬りかかろうとしたその時。
ジョーは手に持っていたマジカルジャミングを起動させたのである。
「うわっ!」
「おおっ!」
浮いていた体が急に落下して、地面で躓きそうになる2人……。
そこへ、馬上から斧を持ったジョーが飛び降りてくる。
のけぞるように、落下してくるジョーの巨体を避ける2人。
だがその瞬間、ジョーの剣がガイの首を半ばほどから切断し、そのままバグへと剣を振り下ろした。
「のあああっ!」
バグは叫びながら、ジョーの剣を受けたのだが、ジョーは強引にそのまま剣を押し込んでいった。
「があああっ!」
メリメリメリ……と、ジョーの刃は力づくで押し込んでいき、バグの頭蓋をそのまま割っていく。
あっという間だった。
エルザは呆然としながら、ジョーを見上げていた。
ジョーはゆっくりと、エルザの元へと歩いていった。そんなジョーを見ながらエルザは言った。
「あなた、本当に強いわね」
エルザはそう言ったが、ジョーからの返事はない。
ジョーは兜を脱いで、小脇に抱えた。
「ひどい怪我だな……」
意外なことに、顔は男前というわけではないが、男らしい顔をしていた。眉は太く、目は切れ長で、黒い髪が汗でキラキラしていた。
「ええ、お陰様で」
エルザがそう言うと、ジョーは、手に持っていた魔道具をポイと放り投げてきた。
エルザはびっくりして、ジョーの顔を見た。
「これは……?」
エルザは尋ねるような顔つきでジョーを見た。
「これはな、マジカルジャミングといって、起動している魔道具の動きを攪乱させるものだ。剣士なら1つくらい持っておけ」
エルザはきょとんとして、ジョーを見ていた。
「くれるの?」
「ああ……。お前はいつも戦っているからな。そんな調子で怪我をされちゃ、いつ、俺と戦えるのか予想もつかないからな」
エルザは、ジョーの顔を覗き込むように見た。
「やっぱり、私と戦いたいわけ?」
「ああ。もちろんだ。ちゃんとケリを付けたい」
「私じゃ、あなたに勝てないのに?」
「そんなことはない。お前は、他の誰よりも強かった。……現に俺を傷付けている」
「あれは、マグレよ」
そういうと、ジョーは鼻をフンと鳴らした。
「でもね、あなたと戦うには、条件が一つあるの」
「条件?」
「ええ。たった一つだけ、条件を付けさせて。でないと私は本当に死んでしまうかもしれないから」
ジョーはしばらく黙り込んでいたが、しばらくして重い口を開けた。
「その条件とはなんだ」
エルザは顔を上げて、ジョーを上目遣いで見た。
「私、メラーズ男爵家を襲撃するのよ。手伝って」
「なんだと!」
ジョーは目を剥いてエルザを見た。
「メラーズはやめておけ。命がいくつあっても足らんぞ」
「知ってるわ。夫人が呪い持ちなんでしょ?」
「知っているならなぜ、襲撃などするんだ」
「メラーズが許せないの。それに、この国を他国へ売ろうとしているわ」
「そんなことは、お前の仕事ではないだろう」
「でも、私が姉のように思っている人を毒殺しようとしたわ」
「毒殺? あの王女とお前は何か関係があるのか?」
「剣術の、姉弟子なのよ」
「そうだったのか……」
「だから、メラーズ……特に夫人は倒しておきたいの」
エルザは腕の文様をジョーに見せた。
「それと、これを見て」
エルザはそう言って、ヤタガルの証を見せた。
「お前! その証をどこで!」
「ガムランよ。納屋で変な玉に触ったら、こんなことになったのよ」
「それで、お前はその力を使って、ボーマンと戦うのか?」
「いえ、私はこの力を使うつもりはないの」
「なぜだ?」
エルザはジョーを見て言った。
「剣士だからよ。さっきの三兄弟を見た? 魔道具を封じられた途端、嘘みたいに弱くなっちゃって。私、そんな魔剣士と何人か戦ったわ。だから思うの。魔法に頼っていたら、剣が下手になる。この文様だって同じことよ。あなたもそう思わない?」
エルザはそう聞くと、ジョーはぎこちなく頷いた。
「俺も……同じ意見だ。だから俺は魔剣を使わない」
エルザはにっこりと笑った。
「そうよね! あなたなら、わかってくれると思うけど……。私、あなたの戦い方を見ていると、自分の戦い方と似てるって思うのよ。技を使って戦うところや、時折強引に力で押し込んだりするところがね……」
ジョーは黙って聞いていた。沈黙はしばらく続いたが、やがて大きく頷いた。
「いいだろう。手伝ってやる」
「ほんとに?!」
「ああ……本当だ」
「ああ、ジョー! 私嬉しいわ!」
「俺の方は、別にうれしくはないがな……全く……ただ働きではないか」
「大丈夫よ。ちゃんと報酬は出るようにしておくわ」
「フン。期待しないが、もらえるものならもらっておこう」
「ありがとうね、ジョー」
エルザは礼を言った。
それだけ話をするとジョーは、エルザに背中を向けた。
「では、また連絡をくれ……」
そういうと、ポケットから何かを取り出し、エルザへと投げた。
「気休め程度にしかならんが、無いよりはマシだろう」
エルザはそれを拾って中身を見ると、痛み止めや傷薬などが入った、携帯用の薬箱だった。
「優しいのね」
エルザがそういうと、ジョーはキッと睨みつけた。
「仲間が来る前に死なれては困るから、渡しただけだ」
そういうと、ジョーは馬の方へと歩いていった。
エルザはジョーが立ち去るのを見送ったが、ジョーはただの一度さえ、振り返ることはなかった。
エルザはふと我に返って思った。
「私ってば、なんでまだ生きているのだろう?」
エルザは本当に不思議だった。
「それもだけど、なぜこんなに死にそうな目にばかりあっているのか……それも納得のいかないわよね」
エルザはジョーが見えなくなってから、薬箱を開けた。そして、そこから血止めの葉っぱを取り出し、額に当てて目を閉じた。そして、体中に痛みを感じながら、目を閉じたままジッとしていたのだった。
◆
あれからどのくらい、時間が経っただろうか。太陽の日差しがポカポカと、温かく感じていた。瞼をうっすらと開けると、まつ毛の隙間から、日の光がキラキラと入ってくる。
遠くから、何やら声がする。
「……エルザぁ……」
エルザは顔を上げた。
「シンディ?」
エルザが声のする方向へ顔を向けると、シンディがこちらへ走ってくるのが見えた。
「エルザ、大丈夫?」
エルザは、シンディを心配させまいとにっこりと笑った。
「シンディ……みんなとは会えたの?」
「ええ、もちろんよ。みんなガムランを出て、パラシュート降下場へ向かって来ている途中だったのよ。町の入口でみんなと会ったんだけど、エルザが心配だったので、取り急ぎ、リリスたちと馬で急いできたのよ」
シンディがそう言うと、エルザはシンディの向こう側に立つ、3人の姿が見えた。
「メイス様、バット……それからリリス!」
エルザはガバッと立ち上がった。
「リリス! 無事だったのね!」
リリスはにっこりと笑って、エルザの元へ駆け寄ってきた。
「ああ、エルザ。……君も無事で良かった」
そう言って、リリスはそばに寄ってきたが、エルザはエルザは上目遣いで両手の平を前に出して、リリスを制止した。
「あのねリリス。今、体中、傷だらけなの。だからギューとかするのはやめてね?」
そう言うと、リリスは目を丸くした。
「なかなか、ハードな戦いだったんだな」
「今度だけは死ぬかと思ったわ」
「でも、あの3人はあなたが倒したのでしょ?」
すると、エルザはゆっくりと首を横に振った。
「私、もう少しで殺される所だったんだけど、たまたま通りかかった剣士の方に助けられたの」
これにはリリスも驚いていた。
「え! そんなことってある??」
「まあね……今、あったのよ、そんな不思議なことが」
エルザもまさかジョーに助けられたとは言えなかった。だが、逆にリリスの目は輝いてくる。
「ねえエルザ。その助けてくれた人って男の人でしょ?」
「うん……まあ、男の人だけど……」
「カッコよかった?」
「うん……かっこいいというより、男らしい感じかな……」
エルザはそう言うと、顔面が硬直しながら答えた。すると、リリスはパアッと笑顔になった。
「いいじゃない! エルザ! 惚れたんじゃないの? そこ、惚れるとこでしょ?」
リリスの問いにエルザは大いに動揺した。
相手はあのジョーである。ないない……。絶対ない。
「そ、そんなわけないじゃない!」
エルザは思わず大声を出していた。
「えー。連絡先は聞いたんでしょうね?」
「え、ええ……一応、連絡先は聞いたけど……」
「じゃあさ、付き合っちゃえば?」
「じょ、じょ、冗談じゃないわよ!」
エルザは、決闘を申し込まれているのである。これから命のやりとりをしようという男と付き合えるはずがない。エルザはこのことを、リリスに話せないもどかしさを感じていた。
言うと、リリスもセラスも卒倒するだろう。……そう思うと、エルザは心の中で苦笑いするのだった。
「エルザ、ご苦労だったな」
背中で声がしたので振り返ると、そこにはセラスが立っていた。セラスはエルザのそばに寄って、そっと肩を抱いた。
「よく薬を持って来てくれた。ありがとう」
「いえ、セラス様……これでようやく半分です。これから王都まで、もう少し頑張りたいと思います」
セラスは大きく頷いた。
「そうだな。エルザよ。辛い旅だがもう少しだけ、私に付き合ってくれよ」
「もちろんです。なんとしても、エルランディ様をお救いしましょう」
「ああ。では行こうか! エルランディ様の待つ王都へ!」
そう言って、2人は頷くのだった。
◆
ガムランにあるシャドウの隠れ家から少し離れた路地裏で、1人の老人が立っていた。シャドウの頭領のダイカンである。
その老人が見つめる先にあるものは、ボロボロに壊された隠れ家の跡だった。
前日の深夜に、何者かによって破壊されたということだったが、その日の夕方に発生した納屋の爆発事故と同じように、突如火柱が上がってこの1軒のみが破壊されたのだという。
その話を聞いて、ダイカンはその火元がどこにあったのか、およその想像はついていた。
「……ワシはどこで間違ったんじゃろうな」
ダイカンは冷めた目をしながら、呆けたように立っていた。
つい今し方、地獄の三兄弟、ガイ、レイ、バグの3人が死んだと報告を受けたのである。その報告を聞いたダイカンは、ただ目を閉じて、頷くのみであった。
「なんとも凄まじい奴らだの……これで残ったのは……ザカとワシと、オーウェン、お主だけじゃの」
「はい」
名前を呼ばれて、ひとりの男が前に出た。
「お前に頼みがある。ザカを探してくれ。そして、生き残っているシャドウの面々を集めて、取りまとめるようにと……このダイカンが最後の言葉と伝えてくれい」
「頭領、それは……」
「ここからはワシ一人で行く。お前たちは一切、手出しするでないぞ。お前たちは生きてな、ザカとともに故郷の民を救ってくれ」
「頭領……まさかお一人で敵陣へ突っ込むおつもりですか!」
「これはケジメなのじゃ。ナンバーズの大半を失って、ワシだけがのうのうと生きているわけにはいかぬ」
「しかし! ……それでは我らもお供を!」
「いかん! 頼む。お前たちは生きてくれ。これ以上、犠牲者を出したくはない」
「……わかりました。それではザカ様を探しに行って参ります」
「うむ……頼んだぞ。ザカとともにルフランの民のこと、よろしく頼むぞ。よいな、決してワシの後を追うでない」
そう言うと、ダイカンは、ただ一人で馬に乗り町を出て行ったのだった。




