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第50話 ヴァルハラ


突如、横壁が倒壊して、何者かがエルザたちに襲いかかる。


夜の暗さに加えて、壁の倒壊による砂埃でよく見えなかったのだが、エルザはその闇の中へ剣を突き入れて見た。


「ええい!」


エルザが半身になって腕を伸ばすと、剣先に硬い物に当たり、ガンと音を立てて弾き返された。


「何これ、硬いわ!」


すると、闇の中から姿を現したのは、ハンミョウのような昆虫型魔獣だった。


「ギギギギ……」


「気持ち悪……これって魔獣なの?」


ハンミョウは突然、飛び上がって突撃してきたが、予想外なことに3匹もいたのである。


「ひいぃっ!」


虫の嫌いなエルザは青ざめていたが、それをかわして壁に背をつけた。


休む暇もなく、1匹のハンミョウが飛びかかってくる。


「ひやあぃっ!」


エルザはかわしながら、とっさに剣を突き出した。


エルザの剣は、魔獣の眉間を叩き割り、ハンミョウは悲鳴をあげながら後ろへ飛び下がった。


「エルザ! これ!」


シンディがそういうと、懐から道具をいくつか取り出し、ひとつをエルザに渡し、そのうちのひとつをすぐ先の地面へと投げつけた。


すると、カッ!とものすごい光線が発せられ、あたり一面が真っ白に染まる。


夜間だったこともあって、ハンミョウは、このような光線を浴びて視力を失い、めくら滅法に暴れまわっていた。


シンディがエルザに渡したのは、閃光弾を使用する時に使う、色眼鏡だった。


二人はその混乱に乗じてその場から奥の空間へと脱出する。


振り返ると、エルザたちがいた休憩スペースは、十数匹ものハンミョウたちが、くんずほぐれつ暴れまわっていた。もしあの場にいたら、怪我くらいではすまないくらいに。


ハンミョウの魔獣は全長2メートルくらいで、太さが1メートルほどある。

天上の樹に生息する芋虫を捕食する、肉食の昆虫型魔獣だ。芋虫は幹を食い荒らすので、このハンミョウがいることで生態系が維持されているのだろう。


「シンディ、よくあんなものを持っていたわね」

「武器屋で勧められたのよ。まさか使うとは思わなかったけど……でも、あの一発限りだから、次はないわよ!」


「ええ、わかったわ!」


入口に何か魔獣の好む何かがあったのか……。最終的には15匹ほどのハンミョウで溢れかえり、とてもじゃないが人が通れる状況ではなかった。


「弱ったな、あれじゃ通れないわ」


「奥へ進んでみようよ。風の流れを追って、外につながる他の出口があるかもしれないわ。こういった芋虫の道は、ヴァルハラの地下街につながっているっていう話もあるから」


「迷ったりしないかしら?」


エルザはそんなに方向感覚に自信があるわけでもないので、迷路のように伸びる芋虫の道が、どこへ向かっているのかわからないことが心配だった。


「わからないわ……でも、あの入口には、どんどん虫も増えてるし……ここにいたらまずいわよ。奥へ行ってみようよ」


「そうね……私もあの虫の中を掻き分けて外に出る自信がないわ……。奥へ行ってみるしかないわね。最悪の場合、ここへ戻って来れるように印を付けてすすみましょう」


2人はそう決めると、奥へと進んでいく。


「奥にハンミョウはいるかしら?」

「ハンミョウは、自分で穴を掘って進めないので、移動はこの穴よ……どこかで出会うかもね」


「あまり出会いたくはないけど……」


「もし会っても、切るのは慎重にね。ハンミョウの体液には、弱いけど毒性があるのよ」


「気持ち悪い!」


そんなエルザたちの背後から、なにやら騒がしい音がする。


「何よ、あの音は……」


「嫌な予感がするんだけど」


エルザとシンディが振り返ると、数十匹のハンミョウが、ワシャワシャと音を立てながら、エルザたちの元へと向かって来ているのだった。


「ひいいいっ! 何あれ!」


「逃げるわよ!」


エルザたちは、ハンミョウたちに追いつかれないよう逃げた。もし、挟み撃ちされたらどうしよう……そんな不安を抱きながら、2人は走った。


そんな2人の不安が的中したのか、前方から別の魔獣が近づく気配を感じた。


「前から何か来るわ……」


「まだ、何かいるの……?」


二人は青い顔して、近付くものの存在を待ち構えた。


そして、エルザたちの前に現れてきたのは、芋虫の背に乗ったテイマーたちだった。


「もしかして、ヴァルハラのテイマーじゃない?」


エルザたちは前へ進んでいって、手をあげてから話かけた。


「すみません! 穴で休憩していたら、ハンミョウの魔獣に襲われました! 助けて下さい!」


エルザがそう言って手を振ると、芋虫の上にいた男が任せてくれと言わんばかりに手を振った。


「ちょっと端っこへ寄っててくれ!」


テイマーはそう叫ぶと、ハンミョウが苦手とするような忌避剤を投げ、何やらネバネバとした液体を打ち込んで行った。前方のハンミョウたちはそのネバネバから抜け出せずその場で膠着状態となり、奥から来ていた後続は、忌避剤によって退散していったのだった。エルザは、ハンミョウのうごめく様を見て青ざめていたが、やがてテイマーたちのところへ歩いていって礼を言った。


「助けて頂いてありがとうございます。私たちはヴァルハラに行こうと思って登ってきたんですけど、途中の横穴でハンミョウに襲われまして……。戦っているうちにここまで来たんです。……まず、私たちですが怪しいものではありません。王家の一大事でヴァルハラの薬師の方を訪ねるものです」


エルザは一気にそう言って、バクスター家の紋章入り短剣を見せた。男はその短剣を確認すると、姿勢を正して頷いていた。エルザは、そのまま話続けた。


そういうと、テイマーの一人が声をかけてきた。


「大変だったね。僕の名前はエリック。ヴァルハラで工事を担当している職人だ。参道にハンミョウが溢れて出てきているの? これはちょっと自警団に報告しなきゃいけないな……それにしてもえらい災難だったね。ハンミョウたちが騒がしいので様子を見に来たんだけど……」


エリックは、芋虫魔獣から降りながら、エルザに話しかけた。


「実は、王都の要人が毒に倒れて、その治療薬がヴァルハラにしかないと聞き、大慌てでここまでやってきたのですが……通路はハンミョウに塞がれて戻れないし、急ぎの用事なので困っています。どこか、ここから抜け出す道などあれば教えて頂けませんか?」


そういって、エルザは懐からバクスター家の短剣を取り出すと、エリックに見せた。エリックはそれを見て驚いていた。


「これはバクスター家の紋章じゃないか」


エリックは頷くと、エルザの方を向いて言った。


「いいよ、この芋虫に乗るといい。怪しい人じゃないのはわかったし、このままヴァルハラまで連れて行ってあげよう」


エリックがそう答えると、エルザとシンディは顔を見合わせて笑顔になった。


「ありがとうございます。助かります……」


「じゃあ、こっちへ」


エリックに案内されて、エルザとシンディは、芋虫へと乗った。虫が苦手なエルザは顔面蒼白だったが、今はそんなことを言ってる場合ではない。エルザは冷や汗を流しながら芋虫にまたがっていた。


芋虫で運んでもらった先には、一つの大きな穴があった。


見上げると、その穴は空まで続いているようだった。そして、その穴の中を、ロープでつられた箱が上下しながら人を運んでいるのが見えた。


「お待たせしました。これが、ヴァルハラ名物の「箱」という乗り物です。これで、薬局まですぐに行けますよ……さあ、乗った、乗った」


エルザとシンディは、この箱を見て驚いていた。


「……すごいわね……さすがヴァルハラだわ」


エルザたちは、箱に乗り込んだ。

エリックが合図をすると、箱はスルスルと真上に上がっていく。


「ひゃあ、面白いわね!」

「これは最高。あの苦しい樹皮の道が嘘みたい」


2人はそう言いながら、箱の中でキャッキャと喜んでいた。


垂直に開けられた穴を通るように、ロープで吊るされた箱が上下する。


エルザたちは、上へ上へとグングン登っていった。


ヴァルハラには、一番頂上に平地があって、そこから地下が掘られている。

標高3000mの地下というと変な感じだが、ヴァルハラではそう呼ぶらしい。


「いま、私たちは、ヴァルハラの地下を上がっているのね?」


エルザが尋ねると、エリックが答えてくれる。

「ええ、そうですよ」


「確かに大きい樹だけど、こんなに掘って折れたりしないかしら?」


「あはは、一応、ここに住めるのは御神体であるこの天上の樹を信仰している人だけですから、そんなに無茶な開発はしていませんよ」


「じゃあ、掘っているのは一部だけなの?」


「そうですよ。それに、我々は、ご神体の中で生活することで、感謝の気持ちを信仰として捧げているんです。とてもこの樹のことを大切にしているんですよ」


エルザとシンディを乗せた箱は、薬師のいる地下5階へ到着した。2人は箱から降りると振り返って、エリックへ礼を言った。


「エリックさん、色々とありがとう」


「いえいえ。では道中、お気をつけて」


そういうと、エリックは箱の扉を閉めて、上へと上がって行った。


エリックと別れた2人は、教えてもらった薬師の店へと向かった。


店はすぐに見つかった。店の看板には「アリス薬品店」と書いてあった。


「やっと……やっとね!」


エルザは、ようやく目的地の薬品店に来ることができた。


「たった3日のことだけど……なんだかとても長く感じるわ」


「ええ。お疲れ様、エルザ。でも、またここで半分よ」


「そうね……これから王都まで、届けなくちゃいけないから」


エルザは、思わずシンディと抱き合っていた。そして、胸がジーンと熱くなるのだった。


エルザとシンディは、「アリス薬品店」の中に入っていった。


店の中はこじんまりとしていたが、清潔で隅々まで清掃が行き届いていた。薬品類はきちんと分類されて棚に陳列されていたので、エリス薬品店が取り扱う薬品の、効能の幅広さに、エルザは驚くばかりだった。


「あなたの傷はどうしたの? 顔もそんなに腫れちゃって」


店主のアリスは心配して言った。


アリスは薬師らしく、動きを制限しないゆったりとしたワンピースを着て、その上からエプロンをつけていた。瞳の色は琥珀色で、長いまつ毛と二重まぶたがその瞳を引き立てていて、男なら守ってあげたくなるような可愛らしさだと思った。身長は160cmくらいだろうか。ピンクがかった金髪をふわりと揺らしながら、エルザを見上げていた。


「私のことは大丈夫……それより、ちょっと変わった薬を探していて、このお店にあるというのでやって来たんです」


エルザはそう言うと、バクスター家の紋章の入った短剣を出しながら、患者はある虫に刺されて命が危ないこと、そのためとても急いでいることなどを告げた。


それを聞いてアリスは驚いていたが、すぐに薬を出してきて、少しだけ薬の解説をしてくれる。


「その虫は南方の大陸に棲息するカミキリムシの一種で、名前をセアカカミキリといいます。捕食動物に食べられないために毒を持っているのですが、その毒が遅効性でして、人間がその毒を受けると流行り風邪のような症状が出ます。そしておよそ10日ほどした時、容態が悪化して命を失うといわれています」


アリスは、図鑑を広げて虫の絵を見せた。見るからに毒々しい、赤いカミキリムシだった。


「そのため、南国では、病に見せかけた暗殺に使われたりもするので、解毒剤は常備されているんですよ。でも、この王国で取り扱う店は1、2店あるかないかでしょうけどね」


そう言ってアリスは、取り出した薬を小袋に詰め、エルザに渡した。


「アリスさん、ありがとう」エルザは礼を言った。


エルザは、この薬をもう1セットもらい受け、エルザとシンディで一袋づつ持った。


「それと、お節介を言うようだけど、ちょっと奥の部屋まで来てくれますか?」


「それはいいけど、どうして?」


エルザが小首を傾げて聞くと、アリスは笑って


「少し治療してあげるわ。あなた、ひどい怪我よ」


エルザは驚いた顔をして


「いいの? うれしいわ!」


「私は治癒魔法が使えます。……まず薬を塗ってから、治癒魔法をかけるの。薬効成分も使いながら、治癒を早めることが出来るのです」


「ありがとう……。ここへ来る間にも、たくさん襲われたのよ。しばらく、泣きながら我慢しなくちゃいけないのかなって思ってたの」


そう言って、エルザは笑った。


エルザが横になると、アリスは治療を始めた。


(特にひどい肩の傷と、肋骨のヒビだけでもなんとかなれば、まだ戦えるんだけど……)


口に出しては言わないが、エルザは内心そう思っていた。


アリスの治癒魔法は、とても心地の良いものだった。


「ねえ、アリスさん……私の友達で治癒魔法が使える女の子がいるの……。帝国からやってきたタミル族という少数民族の女の子なんだけど、タミル族って、帝国が軍で働かせるために誘拐しているのですって。それで、命からがら逃げていたの」


その話を聞いて、アリスは顔を青くしていた。


「エルザさん……治癒魔法を使える人って、本当に少ないってご存じですか?」


「ええ……私もアリスさんが治癒魔法が使えるって聞いて、驚いていました」


「エルザさん……その、タミル族の女の子の名前はなんとおっしゃるのですか? ……実は私もタミル族なのです」


「ええっ!」


エルザは驚いてしまった。


「アリスさんもタミル族だったのですか?」


するとアリスはにっこりと笑った。


「ええ。私もタミル族よ。昔、両親と帝国を出て、エスタリオン王国へ移住してきたのだけど、帝国の人買いがしつこくて、逃げ出してきたのよ」


「そうだったんですか……。その子はエイミーと言って、帝国からリールにいる親戚の家へ向かう途中に知り合ったの」


それを聞いて、アリスは驚いていた。


「エイミー! エイミーですって?」


「ええ、そうだけど……まさか知り合い?」


今度はエルザが驚く番だった。


「ええ……エイミーが探していたリールに住む親類って、おそらく私たちのことよ……」


「そうだったのね……帰ったらエイミーに伝えなきゃ……。あの子、たぶん、もうすぐガムランに来るはずよ」


「ほんとに!」


「ええ。ガムランでエイミーと会ったら、ヴァルハラへ向かうように伝えるわ」


「ありがとう……うちは父も母も、ここで元気に暮らしているわ。ヴァルハラはとても安全なの。樹皮の道が険しくて攻めて来るところもないし、自警団も強くて人買いも入って来れないのよ。エイミーも、ここで私たちと一緒に暮らすといいと思うわ」


「リールで足取りが途絶えた時は、本当にどうしようかと思ったの。でも、偶然だけどエイミーの親類が見つかって良かったわ」


「ええ。本当にうれしいわ。エルザ。エイミーに会えるのを、私も楽しみにしてるわ」

アリスはそう言ってエルザに微笑んだ。


それからしばらくして治療が終わった。エルザの肩の傷は塞がり、肋骨のヒビはくっついているかのように、痛みはなかった。


「今日、私の出来るのはここまでだわ。大きな怪我を中心に治療したから、体中の小傷は手つかずだけど」


「とんでもない、思いがけず治療してもらって……ありがとう。このご恩は忘れないわ」


「いいのよ。帰りは無茶しちゃダメよ」


アリスは、笑ってそう言った。


殺伐とした日々を送っていたエルザは、この癒されるひとときに、温かい気持ちでいっぱいになっていた。





エルザたちが立ち去った後、ハンミョウの蠢く穴の中では、テイマーとおぼしき男が歯ぎしりをしていた。


「逃げられてしまいましたね」


部下らしき男に声をかけられた男は、シャドウ No.5のバグである。


「ああ……ヴァルハラの奴らめ、これから俺たちが奇襲攻撃を仕掛けて、あの二人をぶっ殺す流れだったのにな」


「芋虫の連中ごと、殺っちまえば良かったんじゃねえですかい?」


部下がそう言うと、バグはゆっくりと首を振った。


「あいつらはとても面倒くさいんだ……神を熱烈に信仰しすぎてる。そのためか、命知らずなんだ。そのうえ自警団は恐ろしく強い。俺はともかく、お前らじゃ多分死ぬぞ」


「そんなに強いんですかい?」


「ああ。とにかく樹皮の道に戻って、もう一度町へ目指そう。次は街中で襲撃する。パラシュートで降下するかもしれねえから、急いで登るぞ」


「へい、準備します」


「それからな、兄者たちに鳥を飛ばしてくれ」


「へい、何と送りましょう?」


「魔獣を使っての襲撃は失敗した。パラシュート降下地点で待てとな」


「へい」


部下は返事をすると、背嚢から鳥かごを取り出し、中に入っている小さな小鳥の足に括り付けられている小さな筒へ手紙を入れ、空へと放った。鳥はヒューンと素早く飛んで、瞬く間に穴の奥へと飛んで行った。


「よし。他のものは、とりあえず急ぐぞ。やつらは薬を手に入れたら、さっさとパラシュートで飛び降るはずだ。早く行かないと逃げられちまう」


そういうと、男たちは樹皮の道へと歩いていった。



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