第49話 夜の訪問者
少し時間は遡り、昨日の夕方頃のことである……。
それは丁度、セラスが悪魔教教団に攫われたあたりの時間だ。
セラスたちとは別行動で出発していたメイス、バット、エイミーの3名は、三日月湖を通らず、周囲の山脈を迂回するルートでガムランへ向かっていた。
セラスたちより6時間ほど早く出発していたにも関わらず、移動距離が長いため、まだまだガムランまでは時間がかかりそうだった。
3人が馬で走っていると、前方で砂煙が上がっているのが見えた。何か動物か魔獣でもいるのかと目を凝らしてみると、1人の剣士が大勢の盗賊と戦闘しているようだった。
「むむ、誰かが盗賊に襲われているぞ」
「盗賊ですかい?」
「ああ……小さな女の子のようだが……小さな女の子のようだが強いな! 何者だ? 一体?」
「出来ればこっちも穏便に通り過ぎたいってのが本音なんだがなあ……女の子が困ってるっていうなら助けなきゃならねえか」
「バットよ、見捨てて通りすぎることはできまい」
「そうっすねぇ……しょうがねえなあ、助けに行くかね」
そう言いながら近づくと、小柄な女の子が盗賊相手に馬上で剣を振り回しているのが見えた。
「げええっ! ありゃあ、リリスじゃねえか!」
「なんだと!」
「こうしちゃいられねえ! エイミーちゃん! ちょっとばかし、飛ばすからしっかりつかまっててよ!」
「は、はいっ!」
エイミーはそう言って、馬の鬣に顔をに伏せた。
「おらおらおら! 盗賊共め、その首置いてゆけ!」
そういうとバットは、リリスを追う盗賊たちを背中から槍で突き刺してゆく。
「ぐあああ!」
「なんだ!」
「新手だぞ!」
「援軍か!」
そう言いながら、盗賊共は大きく体勢を崩していた。
「男が大勢で、寄って集って、一人の女の子を攻撃するなんざ、関心しないねえ」
「うるせえ、なんだ手前、新手か? すっこんでろ!」
「こっちは、あの女に仲間を何人も殺られててんだ!」
そう言いながら、盗賊たちは怒鳴り散らしていた。
「ああ、そうかい、じゃあしょうがないから相手になるけど……あんたたち死ぬよ?」
「やってみろや!」
そういいながら、盗賊のリーダー格といった男がバットめがけて槍を振るってくる。バットは、それを軽く受け、反動を利用して、槍の尻で顔面を殴った。そして、その反動で逆に回転させ、今度は槍の穂先で顔を突く……その連続攻撃を、ババババッと瞬時に当てられたので、盗賊のリーダーは思わず馬ごとフラついてしまった。
バットは盗賊の馬の尻へ尻へと自身の馬を寄せ、盗賊の背後を取ると、そのまま槍を首筋に突き立てたのだった。
「ギャーーッ!」
血しぶきとともに、響き渡ったその絶叫は、盗賊どもを怯えさせるのに十分な効果があった。
「ガットの兄貴がやられた!」
「やばい!」
「一旦、引け!」
そう言うと、盗賊たちは総崩れで逃げ始めた。
「バット!」
バットを見かけたリリスは、馬を走らせてきた。
「大変だったな、なんとか間に合って良かった」
「助かったわ。もうヘトヘトだったの」
「そうかい、じゃあ、俺は追撃してくるから、この子を預かっておいてくれ」
「うんわかったわ……エイミー、ほら、手を貸して……」
エイミーはリリスの手を取ると、バットの馬の鞍に足をかけて飛び、リリスの鞍に腰を下ろした。
「よし、じゃあ行って来るわ」
「あまり深追いしないでよ」
「ああ、わかってるって」
そう言いながら、バットはメイスと共に、残党狩りと称して暴れまわっていた。
それから30分ほど経った頃……。
バットとメイスは、リリスの元へ戻ってきていた。
「リリス。怪我はないか?」
「ああ、おかげ様で……大した盗賊じゃなかったから助かったわ」
「その割には、随分大変そうだったけど?」
「当たり前でしょ? 私、何時間戦って来たと思っているのよ? それに、もっと強敵と戦ってきたんだから」
リリスは腰に手を当て、ふくれっ面をしてみせた。
「そんなに強い相手がいたのか?」
「いたも何も、やっぱりガストンは裏切り者だったのよ!」
それを聞いたバットとメイスは微妙な顔をした。
「大丈夫だったのかよ? あいつS級だろ?」
「そうよ。ガストンと、あいつが連れてきた3人のA級冒険者でしょ? そいつらを退けるのはホント苦労したわよ」
「今の話じゃ、ガストン以外にも厄介な相手はいたような口ぶりだな?」
リリスは大きく息を吐いた。
「もちろん、いたわよ。象のような魔獣を操るテイマーとかね。……それから黒い鎧を着たとてつもなく強い斧使いがいたわ。その黒い斧使いが強すぎて、リールの騎士団はそいつ1人に全滅させられたのよ」
「え! そんなに強いのかよ! お前、よく生きていたな!」
「私は馬を乗りながら戦って、最後は崖の下に突き落とされたの。幸いなことに私に怪我はなかったけど、馬は駄目だったわ。……それで、崖を這いあがってから歩いていると、盗賊が乗り捨てていた馬を見つけて、そのまま乗ってきたのよ。そしたら、盗賊の増援が船から上がってきてね。戦闘しながら逃げて来たってわけよ」
「大変だったなあ」
「でしょ? 途中から熊の魔獣も出て来るし、魔道具も爆弾も使い果たしたし、最後は槍も落とすし、もう最悪だったんだから」
そう言ってリリスは肩をすくめた。
「それで、セラスお嬢様はどうなったか知らぬか?」
「セラス様は、おそらく無事だと思うわ。セラス様を追いかけていた黒い斧使いが、道端で治療を受けているのを見たの。だから、おそらく撃退して逃げたと思うのよ」
「そうか……それなら良かった」
メイスは少し安心したような顔を浮かべた。
「ねえバット。何か食べるものはないの? もうほんとにお腹がすいちゃって」
「ああ、あるぞ。ゆっくりと食え」
するとメイスがみんなに提案した。
「リリスも疲れているだろうし、ちょっと馬を降りて休憩したらどうだ? エイミーちゃん、悪いがちょっと、リリスに治癒魔法をかけてやってくれないか?」
「はい、もちろんです。リリスさん、そこへ座って楽にしてもらえませんか」
「うれしいわ、実はあちこち、打撲や切り傷でいっぱいなの」
そう言いながら、リリスは大きな岩に腰を下ろした。エイミーは、リリスに治癒魔法をかけていく。
エイミーの治癒魔法が、じんわりと体中に効果を及ぼしてゆき、リリスは体が癒されていくのを感じていた。
「あー、なんだか心地良いわね……癒されるわ」
リリスはそう言うと、うっとりとした顔をしていた。
「そうだろう? エイミーちゃんの癒し効果は格別だからな!」
「バットさんに治癒した覚えはありませんけど!」
「ははは、このくらい言ってた方が、治りが早いんだぜ? 気持ちの問題ってやつだ」
「ほんとですか? あまり変わらないと思いますけど」
「ほんとだって。なあリリス。お前もそう思うだろ?」
ふと、リリスに目をやると、リリスは居眠りをしていた。
「なんだか静かになったと思ったら……リリスのやつ。寝てしまったぞ」
「よっぽど、疲れていたんだな」
「しょうがない……俺が背中におぶって、先を急ごうか」
「ああ。そうしてくれ。お嬢様より先に町へついておきたいからな」
メイスはそう言って、バットの背中にリリスを乗せて、紐で括りつけた。
「エイミーちゃんは、メイスさんに乗せてもらうといい」
バットは、そう言って、背中のリリスを少し揺すって、落ちないか確認した。
「落ちるなよ、リリス……」
バットはそう言いながら馬の鞍に腰を下ろすと、馬の腹を蹴った。
◆
メイスたちは、それから休みなく走り続け、ガムランの町に到着したのは翌日日が暮れてから……星の輝く夜になってからであった。
一行はとりあえず、メイスの案内で待ち合わせの納屋へと向かったが、そこには倒壊した納屋の残骸があるのみだった。
「な、なんだこれは!」
「セラス様は一体どこへ!ご無事なのか!」
メイスたちが狼狽えて、辺りをウロウロと歩き回っていた。
メイスが歩き回っていると、不意に背後から声をかけられた。
「メイス……何を狼狽えておる」
メイスは振り返った。
「その声はセラス様!」
メイスは声のした方向へ目を凝らした。
するとそこに、ぼんやりと浮かび上がって来た人影があった。
「セラス様っ!」
「メイスよ、無事だったか」
メイスは、セラスの姿を見て、喜びを溢れさせていた。
「一体どこから? 隠ぺいの魔法ですか?」
「その通りだ。メイス……みんな無事だったか。それとリリス……よく生きていてくれたな。安心したぞ」
「セラス様こそご無事で嬉しく思います」
そう言いながら、2人は笑顔で再会を喜んでいた。
「みんな聞いてくれ。実は、この納屋は監視されている。みんな揃ったことだし…移動しようと思うのだが、よい場所はないか」
「それなら、ガムランに私の叔父の屋敷がございます。そこへ参りましょう」
「良いのか? 迷惑をかけねば良いが」
「大丈夫です。私は叔父上とは仲が良いので」
「それでは、すまぬがお願いしようか」
「はい、お任せを……では出発しましょう」
その時、リリスは伏し目がちにしながら、セラスの前に立った。
「あの! セラス様! ……エルザは……エルザは無事ですか?」
セラスはリリスの目を見て、ニッコリと笑った。
「ああ。エルザは今、怪我をした私の代わりに、薬を取りに行ってくれている」
リリスはホッとした顔をして、伏せていた顔をあげた。
「良かった」
「ああ。詳しい話は屋敷に行ってから話そう。話したいことは山ほどあるし、紹介したいアルマという仲間もいるしな」
そう言って、セラスは馬車の方へと歩いて行った。
「エルザが帰ってくるのは、おそらく明日の昼飯時だ。そこでもまた、戦闘があるかもしれない。それまで、みんな身体を休めて、英気を養っておこう」
こうして、再会した仲間は、メイスの叔父が住むという屋敷へと向かった。そこでは、栄養のある食事と風呂、そして温かい寝床が用意されていて、皆はようやく、休息をとることが出来たのである。
◆
エルザはしばらく、大枝の上で横たわっていた。
精神的に疲れていて動く元気が湧かなかったからである。やはり、何といってもあの、神経をいじられるような激痛を与える骨屋の攻撃には、心が折れてしまいそうになったのだった。
だからと言って、こんなところへいても、助けがくるとは思えない。エルザは樹皮の道へ戻れるルートはないか、探しはじめた。
命の危機が去ると、今度は痛みが現実的になってくる?
「痛い……身体中が痛い……」
エルザは泣き言を言う。
エルザは顔をしかめながら、樹皮の道へと向かって、下に落ちないよう、気にしながら大枝を這っていく。
危機が去った後の、気のゆるみが一番危険である。エルザは慎重に、暗い中を杖の光で照らしながら、ゆっくりと進んでいった。
しばらくすると、木の幹の方から声がした。
シンディである。
「おーい、大丈夫かぁ?」
「シンディ~、私は無事よ……よく私がいる場所がわかったわね」
「光よ。杖の光」
「ああ、そうか……」
「……でも、とにかく生きていてほっとしたわ。 怪我はない?」
「身体はまだマシなんだけどね……なんだなかね、痛みの神経を直接触ってくるような奴がいてね……もう気持ちがボロボロにされたのよ」
エルザが弱々しい声でそういうと、シンディは驚いてしまって立ち上がって励まし始めた。
「しっかりしなさいよ、エルザ! そんな弱気じゃ木から落ちるわよ! こっちから糸を飛ばすから、それにロープを結んで」
そういうと、シンディは矢に糸を付けてエルザの近くへ飛ばしてきた。
エルザはその糸の掴んで、引っ張り、エルザは自分のロープを結びつけた。すると、シンディがロープを引っ張ってくれる。シンディは、そのロープを樹皮の道の柵に括りつけると、シンディは叫んだ。
「いいわよー! 登ってきて!」
その声を合図に、エルザは樹皮の皺へと取りついた。
しかし、そこからが大変だった。樹皮の道は、15mほど上にあったので、よじ登らなくてはいけなかった。
シンディがロープを引っ張ってフォローしてくれるが、体は痛みで力が入らないし、気持ちもすごく落ち込んでいるし……
「エルザ!頑張って!」
「ううん、もうだめー」
「もうちょっとよ!」
そして、30分ほどかかって、ようやく樹皮の道へと戻ることが出来た。
エルザとシンディは、肩で息をしながら、樹皮の道で背中をつけて横になっていた。
「シンディ……あなたには本当に感謝しかないわ」
エルザは肩で息をしながら言った。
「何言ってるのよっ」
「矢で援護してくれてたでしょ?……あの猿みたいな小男が足に矢傷のようなものを負っていたので、動きがちょっと鈍かったのよ」
「あいつが飛び降りる瞬間を狙って矢を放ったのだけど、当たってたのね? 良かったわ」
「おかげでなんとか勝てたけど……あの猿がもし、万全な状態で攻撃してきていたらって思うとぞっとするわ……ありがとうね」
シンディは、なんだかモジモジしていた。
「このロープだって……あなたがいなかったら、私、樹皮の道まで戻って来れなかったかも」
「やめてよ、エルザ。気にしないで。なんだかムズムズするわ」
「ふふっ……ありがとう。あなたとは一生の友達でいたいわね」
「うれしいこと言ってくれるわね」
そういってシンディは笑った。
時刻はもう深夜になっていた。
感覚的なものだが、そろそろ日付が変わっていてもおかしくない時間だ。
「さすがに疲れたわね…もうちょっと登って、虫のあけた穴で休みたいわ。出発しましょうか」
「その前に、簡単な治療だけさせて」
「助かるわ……シンディ」
シンディは、エルザの切り傷などを簡単に治療すると、2人は、またヴァルハラめがけて登り始めた。
そして、それから2時間くらい経った頃。
ようやく虫の横穴を見つけた。
「エルザ……もうここにしましょう」
「そうね……私ももうダメ。これ以上、歩けないわ……」
2人はそう言うと、横穴に転がるように入っていった。
シンディは言った。
「まずは私から見張りをするから、エルザは先に寝て」
「いいわよ、私が見張りをするから、シンディ、あなたが眠って」
「何言ってるのよ。あなた、ボロボロじゃない。ちょっと休んだ方がいいって」
「私、痛みで眠れそうにないの。だから目を閉じていても気配は感じられるわ。シンディ。私はあなたを頼りにしているから、今のうちに体を休めておいて」
「……わかったわ。ありがとう。じゃあ、先に休むわよ」
シンディはそういうと、壁に背中を預けて目を閉じた。
この横穴を開けた芋虫魔獣は、この天上の樹にだけ住む珍しい魔獣である。ヴァルハラでは、神の下僕だとも言われていて、ヴァルハラのテイマーは、この芋虫魔獣を好んで使役していた。
天空都市ヴァルハラは、天上の樹の一番上に1.5キロ四方の平らな土地があるだけだが、人が住んで生活するには少し狭い。
そこで、芋虫魔獣を使って、下へ、下へと地下を掘り進み、街が伸びているのだ。
あまり大規模に穴をあけることは出来ないが、それでも真ん中に5m四方の穴が開いており、その穴の周囲に店や居住スペースが広がっているのだという。
エルザたちが休んでいる横穴は、もともと芋虫魔獣が開けた穴を、信者の方が奥に続く穴を塞いで個室にしたものだった。
エルザたちは、何者にも邪魔されることのないこの静かな空間で、ゆっくりと身体を休めていった。
それから数時間が経った。
深夜の3時頃だろうか。
エルザは相変わらず眠れなかったが、そのため、異変にもいち早く気がつくことができた。
壁から何か音がするのである。
姿は見えないけれど、何か気配がする。
エルザはみじろぎひとつせず、耳を澄ました。
ピリピリとエルザの中で警報が鳴っている。
エルザは起き上がって、シンディをそっと起こした。
「何か来てる」
エルザがそう言うと、シンディは頷いて、軽く身支度を整え、急な出来事に備えた。
エルザも大事なものは身にまとい、毛布だけが床に落ちている状況だった。
コリコリと、音がする。
どこから聞こえるのか……。
耳を澄ましていると。
突如、エルザの右手にある横壁が倒壊した。
「シンディ!」
「わかってる!」
2人は大きく飛び退いた。
そして、横壁の暗闇から何が来ているのか。
エルザは杖の光を向けようとしたその時、何者かが暗闇から飛び出して来て、エルザたちへ襲いかかったのである。




