第44話 シャドウ
エルザたちがアラタカ山へ到着したよりも、少し後……。
二人の男が、アラタカ山に現れた。
一人は白髪の小柄な男で、一見、隠居老人のようだったが、背筋はシャンと伸びていて、眼光は鋭く引き締まった体をしている。もう一人は若い男で、身長は180cmほどあり、筋肉質でガッシリとした体をしていて、濃い眉毛と切れ長の眼をした、美男子だった。
傍から見ると、この二人の姿は隠居老人に従者が付き従っている……そんな風に見えるのだが、実態は違う。この二人は、メラーズ男爵の食客、シャドウの頭領と筆頭幹部の二人なのだった。
「天上の樹か……ここに来るのも久しぶりだのう? ロイド」
「は……ダイカン様……5年ぶりになります」
ダイカンはロイドの方を向いて、上目遣いに鋭い視線を向けた。
「で、どうだったのじゃ?」
「はい。手下を使って調べたところ、ボーマンとメラーズが言っていた話と随分違うようでございます」
「違うとは?……どう違うのじゃ」
「はい……。我々はメラーズから、他国に与する反乱分子の殺害を依頼されておりますが、実際のところ、殺害依頼を受けているバクスター家のセラス嬢にそのような事実はございませんでした」
「うむ。ではなぜ、あの娘はヴァルハラなどへ行こうとしているのだ」
「それは、メラーズが第二王女を毒を盛ったので、その解毒剤を取りに行こうとしている、というのが真相のようです」
「……メラーズは、わしらに嘘をついたのだな」
「はい。他国と密通しているのは、むしろメラーズの方かと」
「バルチック帝国と繋がってるという話だろう?……我らが故郷・ルフラン王国を滅ぼした帝国と手を組むとは、メラーズは本当に我々を馬鹿にしているな……。 だが、我が故郷の人民が人質になっているのだ……やみくもに逆らうわけにもいかぬが、どうしたものか……」
ダイカンたちはそう言うと、馬を走らせて行った。
町に入ると、ダイカン達は町の中心部へと向かい、大通りから2本ほど裏の通りへと入っていった。そこには目立たない、どこにでもあるような古ぼけた家が建っていた。
「よし着いたぞ……」
ダイカンとロイドは馬を降りると、リードを柵へと括りつけた。そして2人は建物の扉を開け、念入りに戸締りをした。そして、侵入者避けの仕掛けを施した後、暖炉の横にある隠し扉の中へと消えた。
扉の向こう側に出ると、そこには数人の男が座っていた。
この男たちこそ、シャドウの幹部……通称ナンバーズ呼ばれる者たちである。
「もう、全員集まっとるか?」
「いえ、ザカ様がまだ……」
「またあいつか。女という生き物は、本当に時間を守らぬ生き物だの……我が娘ながら嫌になるわい」
ダイカンは眉根を寄せて苦い顔をした。
ナンバーズは全員で9人。
No.1 頭領のダイカン
No.2 呪縛のロイド
No.3~5 地獄の三兄弟・ガイ、レイ、バグ
No.6 骨屋のダズル
No.7 竜巻のザカ
No.8 蜘蛛のアスター
No.9 ましらのオーウェン
いずれもA級冒険者クラスの戦闘技術を持つ戦士である。
「よし。メラーズからの依頼内容を伝える。女二人組がヴァルハラへ向かうのを阻止せよ……との依頼だ。万一、ヴァルハラ行きを阻止できなくとも、アラタカ山から生かして出さなければそれで良いとも言っておった。そこでだ」
ダイカンは皆を見回してから言った。
「ダズルとアスターは、樹上で待ち伏せせよ。ガイ、レイ、バグの3兄弟は、ヴァルハラからのパラシュート施設を張り込め。ワシとロイドは、ガムランにある奴らの隠れ家を探る。そして、発見次第、急襲するんだ……いいな」
「おう!」
「よし。では早速動け。奴らはついさっき町へと入ったはずだ。おそらく今日にでも動くはず。早くしないと先を越されるぞ。いいか。奴らは女とはいえ、数々の強敵を打ち破ってきた猛者だ。決して舐めてかかるでないぞ……わかったな」
「おう!」
「よし!! 行け!」
ダンカンがそう言って送り出そうとした時、隠し扉の戸が開いた。
「ちょっと待ちな!」
全員が警戒しながら振り返ると、そこに立っていたのは金髪の女だった。身長は170センチくらいあって、猫のようなしなやかな体をしていた。ボディラインは美しいカーブを描いているが、それは脂肪ではなく、引き締まった筋肉によるものである。切れ長で大きな目をした青い瞳は、まるで宝石のように輝いていて、白い肌は絹のように透き通って見えた。
「ザカ。遅いぞ! 何を考えているのだ」
「ハン! 何言ってんだい! 金に目がくらんで、クソみたいな仕事引き受けちゃってさ……あんたたち、メラーズが影でクソみたいなことをやらかしているのを知っているのかい?」
「メラーズがやらかしていること? 心当たりがありすぎて答えられぬわ。それに、女子がクソクソ言うでない!」
「クソにクソと言って、何が悪いんだよ!」
「わしらが敗戦の夜、故郷を逃げ出して頼った先がメラーズだったのだ。今でも一般市民を受け入れてもらっているのも、わしらの働きあってのこと。それにな、今回の仕事が終わったらメラーズがらみの仕事から解放すると約束しておる。報酬を受け取って、故郷のルフランへ戻ろうではないか」
「はぁ? 親父の目は節穴になっちまったのか? そんな約束、メラーズが守るかよ」
そういうと、ザカは周囲のナンバーズたちを睨み回した。
「あたいは御免だね! あの男は保護しているって言ってた元ルフランの人間を攫って、人身売買をやってるんだよ。それにな、ルフランを滅ぼした帝国とも繋がってる。それでも奴らの手伝いをするって言うのかよ!」
それを聞いて、ダイカンは激怒した。
「ええい! 聞き分けの無い! そんなことでは、7番の称号をはく奪するぞ」
「ああ、結構だとも。とにかくあたいは降ろさせてもらうよ。こんな忌々しい仕事なんざ、あたいは死んでもやらないからね」
「ふん!勝手にしろ。この馬鹿娘が!」
「フン! 辞めるにあたって、こうやって義理を通したんだ。これからはシャドウとは縁を切るからな。じゃあ、お先に」
そう言って、ザカが出ていこうとすると、ダズルとアスター、オーウェンが前に立ち塞がった。
「ちょっと待てい!」
ザカが振り返ると、ダズルたちがザカを睨みつけている。
「なんだ?」
「さっきから勝手なことばかり言いやがって!」
「なんだ、私に文句でもあるっていうのか?」
「あたり前だ。お前はいつも勝手ばかりだ。ここはシャドウという組織なのだぞ。お前もシャドウの一員なら、組織のなすべきことに従わねばならんだろう。お前の個人の考えなどどうでも良いのだ!」
「だから手前は馬鹿だって言うんだ。そうやって考えることを辞めて、命令だけ受けてりゃ、さぞかし脳みそも楽だろうさ」
「何だと!俺たちを馬鹿にしてるのか!」
「何ィ?やんのか?」
「おう、相手になってやる」
すると、ザカは剣の柄を握った。ダズルとアスター、オーウェンの3人は飛び上がって、ザカへと迫った。
ダズルは暗闇に消え、オーウェンは天上へと飛び、アスターは正面から迫ってきた。
「ザカ! その高慢な鼻をへし折ってくれるわ!」
「ハン! やれるもんならやってみな!」
そういうと、アスターからは、いくつもの投げ分銅が飛び出して来てザカの体をグルグル巻きにしてしまう。
「ははは、ちょろいもんだぜ!」
アスターは笑う。
そこへ天上からオーウェンがナイフを逆手に持って落ちてきて、背後の暗闇からはダズルが浮かび上がってくる。
「ぬおおお!」
ザカが力を込めて魔力を込めると、その腰に差している剣から風の刃が飛び、たちまちアスターが絡みつかせたロープを断ち切ってしまった。これがザカの持つ魔剣メイルストロムである。
「クソっ!」
「遅せえんだよ!」
ザカはメイルストロムを脇固めに構えて、回転するように剣を振るった。
「なぎ倒せ! メイルストロム!」
ザカが叫びながら剣を振ると、ザカの体を中心として、渦状に黒い雲のような波紋が広がって行き、その黒雲には雷撃が含まれていた。そして、部屋中の家具や備品などを雷撃で滅茶苦茶にブチ壊しながら、ガラスや木片をまき散らして行った。
「うわっ! やめんかザカ!」
ダイカンやロイドは飛び上がって、これを躱していた。
もちろん、アスターたち3人も、簡単に倒せる相手ではない。オーウェンはかろうじてその攻撃を躱すと、猿のように壁を飛び回ってザカへ蹴りを入れる。
「ぐううっ!」
ザカは、その蹴りを腕で防御して、すぐさま剣撃を走らせる。その剣は空を切ったが、ザカの剣先から渦巻状の風が飛んで、風に含まれた雷撃がバチバチッと走り、オーウェンの足を痺れさせた。
「うぐっ!」
オーウェンは、なんとか着地すると、ザカから距離を取った。
ザカがオーウェンに雷撃を放っていたその隙に、闇に紛れてザカの背後にダズルが現れ、ザカの背中に手を当てて、何やらギリギリと押すと、ザカは痛みで絶叫しながら倒れた。そこに、オーウェンがナイフを持って飛び掛かっていく。
「くそっ!」
ザカは、ダズルの神経を直接触るような指攻撃を振りほどくと背後に飛んだ。そして、ザカが反撃しようと、剣に魔力を込めようとした時、ロイドが動いた。
「いい加減にしないかっ!」
そう叫ぶと、魔剣・ウェイステッドを振るった。
「うっ!」
「くっ!」
ロイドが魔剣・ウェイステッドを振った瞬間、ザカやダズル、オーウェン、アスターの動きが止まっていた。ロイドは一種の状態異常のような効果を魔剣から放っていたのだった。
「うぐぐぐ……」
ほんの2秒といったところだが、電撃で体が痺れたようになりながらヨロヨロと距離を取った。
「あーっイライラする! つまんねえ技は止めやがれ! 手前の技は気持ち悪いんだよ!」
イライラしながら、ザカが叫んだ。
「やめんかザカ! 味方同士で潰しあってどうする。この馬鹿者めが!」
「うるせえ!ジジイ! あたいは、あたいの好きなようにさせてもらうよ! とにかくあたいはメラーズが気に入らねえんだ! ……止めるんじゃないよ!」
「わかったわい! もうお前など親でも子でもないわ!とっとと行くがよい」
すると、ザカは扉を開けて出ていこうとする。そして、扉の手前で振り返って、ロイドをにらみつけた。
「このクソ野郎! 今度あったら、シバき倒すからな!」
そう言って、扉を思いっきり閉めたのだった。
ダイカンは大きなため息を吐いて、仲間の顔を見回した。
「すまぬな、うちの馬鹿娘が、迷惑をかけたわい」
「いえ、こちらこそ、失礼を……」
「ついカッとなってしまいまして……」
「それは良いのじゃ。そのくらいの血の気がなくてはこの仕事は務まらん。……それよりも仕事じゃ。くれぐれも遅れるでないぞ。必ず相手より先に登ってしかるべき場所にて待ち伏せをするのじゃ。たとえ己の腕に自信があっても油断するな。お前らの腕が一流なのはワシも良く知っとる。じゃが、その上で地の利、時の利を得て戦えば負けぬということだ。……メラーズの手先になるのもこれで最後じゃ」
そこで、ガイが小声で尋ねた。
「しかし、もしメラーズが約束を違えた場合はどうなさるおつもりで?」
「その時は、わしがメラーズと、メラーズ夫人を殺す」
一同は押し黙った。
「みんなも少し休んだら、腹ごしらえして出発するのじゃ。良いな!」
「おう!」
そういうと、ナンバーズたちは隠し扉から出て行った。
それぞれが、戦いの準備をして、万全の体制で標的を待ち伏せる。
「セラスよ……わしらは盗賊のように甘くはないぞ……」
そう言うと、ダイカンは目を閉じたのだった。




