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女剣士エルザが行く王女救出の旅  作者: あんことからし
1.エルザの弟子入り
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第4話 剣術修行


セドリックの修行は、なかなか厳しいものだった。


最初の3年間は、基礎と型稽古を中心に訓練をした。10歳の子供にはなかなか辛い訓練に見えたが、エルザは文句ひとつ言わず、激しい練習メニューをこなしていった。


毎日続く猛稽古に、エルザは何度も限界を感じたことようだが、時折、その限界を超えたときの甘美な達成感も経験するようになっていった。


そして、エルザが13歳になった頃、稽古の内容が変わってくる。これまでの基本に忠実な指導というよりも、より実践的な訓練へと変わってきたのだ。技術的な訓練では、所作に注意するよう指導された。


「エルザよ。今から剣を抜く動作をするから、体全体の動きをよく見ておけ。刃を向けるが慌てて動いたりするなよ? 危ないからな」


「うん、わかったよ先生」


そういって、セドリックは剣を抜く動作をした。そして、急に剣先がエルザの前へ現れてきた。


剣撃が速い!


エルザには、目の前に剣先が現れるまで、全く見えなかった。


エルザは聞いた。


「繰り返し練習したら、先生みたいに速く剣を抜けるようになるの?」


するとセドリックは首を横に振った。


「それは違う。人はいくら鍛えても、体の構造が同じ人間である以上、獣のような力や速さに至ることはない。ゆえに高位の剣士は様々な工夫を凝らしている。……次はゆっくりやるからもう一度良く見ておれ……少し、右に寄って斜めから見たほうがいい」


そういって、セドリックはゆっくりと剣を抜く動作を始めた。


「柄を握って剣を抜こうとすると、当たり前だが肩や腕の筋肉に力が入るだろう。相手はそんな筋肉の動きなど読み取って、攻撃が来ると気付くのだ。だからな、まずはこうやって……」


そう言いながらセドリックは、右手は柄を握って動かぬまま、鞘を持つ左手を引いて刀身を出し始めたのだ。


「あっ!」


セドリックはニヤリと笑って


「前から見て見ろ。ワシが鞘を引いてるのが見えんだろう」


「ああ……全然見えないわ……」


「そこで、こう、パッと出す」


セドリックは剣を振ってエルザの前に出した。


「どうだ、面白いだろう。剣を抜く動作に入ったと相手が思った時には、すでに剣を半分以上抜いているからな。一瞬で抜いたように見えるってわけだ」


「へえー!驚いた!」


エルザは感心してしまった。


「だから、戦闘中、鞘を体に隠すような動きを見せた時は、剣を抜いているかもしれないんだよ。まあ、ちょっとした手品みたいなもんだな」


エルザは首を傾げた。


「先生、手品って何?」


「お前は、手品を見た事ないのか?」


「うん、知らない」


「そうか……じゃあ、ちょっと見せてやろう」


そう言ってポケットから銅貨を6枚取り出して見せた。


「今から銅貨を盗み取る手品をしよう。いいかエルザ。ここに銅貨が6枚ある。今からこの銅貨を1枚づつお前の手の平に落としていこう。6枚すべてが手の平に落ちたら、ギュッと握って俺から盗まれないようにするんだ。いいな?」


「うん、わかった」


「いいか、自分の手のひらに落ちて来る硬貨を良く見て、パッと握るんだぞ」


「うん」


エルザは真剣な面持ちで手の平を出した。


セドリックは銅貨を1枚づつ、エルザの手の平に、チャリン、チャリンと落としていく。


「1……2……3……4……5……6!」


セドリックが6と言った時、エルザはグッと硬貨を握りしめた。それは、絶対に中の硬貨は渡さないという力の入れようである。


「ちゃんと6枚、間違いなく入ったな? いいか、エルザ。今からその手の中から1枚盗み取るから良く見ておけ」


そう言うと、セドリックはエルザが銅貨を握りしめた拳の下へ左手を置いて、右手でエルザの拳を上からトントンと叩き始めた。


「エイッ!」


セドリックが気合いを込めると、エルザの拳の下に添えてあった左手の上に、ポトリと銅貨が1枚現れた。


「あっ!なんで?」


エルザは目を丸くして、慌てて手の平の中にある銅貨の数を数えだした。


「5枚しかない……嘘! 先生どうやって取ったの!」


エルザは信じられないといった様子だった。


これにはセドリックも笑いを堪えきれなかった。


「あっはっはっは! どうだ、恐れ入ったか!」


セドリックは手品がうまく決まって得意気だ。


「先生!一体どうやったの?」


「知りたいか?」


「うん、そりゃあ、知りたいわ!」


するとセドリックは、エルザから銅貨を受け取ってもう一度手品を始めた。


「いいか、ワシはお前の手の平に1枚づつ銅貨を落としていっただろう。だがな、実は5枚しか落とさなかったのだ」


「え!でもチャリンっていったよ!」


「まさにそこだ。5枚目の銅貨なんだが、手の上にある銅貨にカチンと当てて音を鳴らすと、落とすフリだけして、そのまま落とさず手の中に戻したんだよ」


「えー!」


「そして、6枚目をチャリンと落とす……そしたらお前は銅貨を握るよな? そしたら、ワシがだな、お前の拳の下から取り出したフリをしながら、さっき隠し持っていた銅貨を見せるって寸法さ」


「なんだー! 全然わからなかったわ!」


「だろう? だが今、仕掛けがわかってしまったらどうだ? ワシがもう一度この手品をやったら、お前はもう一度ひっかかると思うか?」


「今度はわかっちゃうと思うわ」


「だろう? 剣も一緒なんだ。こっそり刀身を出す技も、知らない者が見たらたちまち斬られてしまうだろう。だが、仕掛けを知っている者には通用しない」


「なるほど」


「高位の剣士になると、このような工夫をこらした技をいくつも隠し持っている……。そんな隠し技を初対面で放たれたら、今の手品みたいにだまされて、斬られてしまうのさ」


「じゃあ、本気で斬り合うことになった時に、こんな工夫をこらした技を使うのね?」


「まあ、そうだな。だがな、こういった技はやっぱり手品と同じで、一度見られしまうかともう駄目だ。高位の剣士には対応されてしまう。だから、本当のとっておきは、みんな内緒にしてるのさ。技を見せた相手は確実に殺す……必殺技ってやつをな」


「へえ、必殺技って怖いのね……」


「だが、必殺技だと言って有り難かったり、出し惜しみをしているようじゃダメだ。ワシなんかは、そんな切り札を10個くらいは持ってるぞ。多少見られた所で困ったりせんよ」


「すごいね! 先生!」


エルザは感心していた。


「じゃあ先生が生きてるってことは、そんな必殺技を何度も破って来たってことなの!?」


セドリックはちょっと得意気にフフンと鼻を鳴らした。


「どうだ、ワシはすごいだろ。工夫と言ってもタネがわかればどうということはないのさ。レベルの低い剣士が必殺技を気取っておっても、タネを知ってるワシには通用せんのさ。逆に高位の剣士同士の戦いとなると話は別だ。さっきワシも10個くらい技を持っていると言ったが、相手も10個くらい技を持っているとしよう。そういう者同士の戦いは、お互い知らない技を繰り出して来るから怖いんだよ」


エルザはふーんと感心して頷くと、


「じゃあ、先生でも、その必殺技に気付かなかったことがあるの?」


「もちろんあるさ。ワシだってへまをしたことはいっぱいある。運よく飛びのいて難を逃れたこともあれば、斬られたりもしたさ。」


「先生が斬られたの? それはどんな技なの?」


エルザは驚いて前のめりになっていた。


「そうだな…。じゃあ昔の話をひとつしようか」


「ええ! ぜひ聞かせて欲しいわ!」


そういって、セドリックは椅子に腰をかけて、自身が斬られた時の体験談を語り始めた。


「あれは5年ほど前のことだったか……ワシは王国の西にある街へ反乱軍の鎮圧に向かったことがあった。ワシが敵のアジトへ突入するとな、敵のリーダーを見つけたので、すぐさまそのリーダーを追いかけたんだ。その時、ワシの邪魔をしたのがリーダーの護衛でバクスという男だ」


「そのバクスって言う人に斬られたの?」


「ああそうだ。その時、ワシはリーダーを追いかけたくて焦っていたんだな。それに、盗賊の護衛につくような剣士くずれに、遅れを取るとも思っておらんかったしな。実際、バクスは、ワシの攻撃に手も足も出んじゃった。だが、最後にな、必殺技を出して来おったのよ」


「それはどんな必殺技だったの!」


エルザは唾をゴクリと飲み込んだ。


「まあ聞け。その時のワシは小競り合いばかり続けるバクスにイライラしておってな。リーダーを逃がすための時間稼ぎをしていると思ったのだ。それで、ワシも勝ちを急いで強引に斬り込んでしまったんだよ。その時、相手の間合いに入ってしまってな、バクスが待ってましたと剣が2度ほどキラ、キラと刃を煌めかせて、斬り込んできたわけだ。剣の煌めきを見た時は、もう鎖骨と太腿が浅く斬られていた」


「それが必殺技?」エルザが聞いた。


「ああ、とっておきだったんだろうな。だが、俺は慌てて躱したから鎖骨と太腿で済んだが、まともに食らっていたら、腹と首筋、心臓のどれかは斬られていただろう」


「先生はその技をどう分析しているの?」


「この技はおそらく、円を描くように切っていると思う」


「円?」


「ああ、円だ」


そういうと、セドリックは立ち上がって木剣を構えた。


そして左右に剣先を往復させた。


「例えば、真横に剣を往復させると、戻る時は一旦勢いが殺されて遅くなってしまうだろう」


「うん」


「だから、∞のマークのような軌道で刀を振るんだよ」


そう言って、頭の上で∞マークのような円運動で連撃を放った。


「こうすると、遠心力を使って連撃するので、勢いや力を殺さずに済む」


「そうなの?……連撃って何回も振りかぶって振り下ろすことだと思っていたわ……」と、エルザは驚いていた。


セドリックは木剣を構えた。


「この技は2連撃だな……振りかぶって、振り下ろす。この動作の繰り返しは、力を打ち消し合ってるから、円運動を使って力や速度を殺さず2連撃をするわけだが……。今回の場合は、腕を折りたたんでコンパクトに懐で手首を回すと、あの技になる……と思うんだがな」


セドルは木刀を手に持って中段に構え、器用に胸元でクルクルっと斬撃を放って見せた。


「そして、この動作に突きの動作を加えるんだ……」


「おお、すごい」エルザは感心して思わず声が出てしまった。


「足を半歩前へ踏み出すことで剣先が奥まで届き……」


「はい」


「そして、さらに……」


セドリックは剣を右手だけを持ち、前へ伸ばした。


「また伸びたわ……」


「そうだ。両手で剣を持つより、片手で振る方が攻撃範囲が広がるんだ。お前もやってみろ」


エルザは剣を持って、片手で突く動作をやってみた。


「体半分伸びるわけね」


「両手で持つと、突く動作が腕の長さに限られるからな。そういう錯覚もあって、結構決まるんだよ」


「なるほど」


エルザは感心していた。


「これらを組み合わせて、奴の技は出来ている。ということは、片手で突いて伸びきった時は、横から見たら体が開いているだろ。こいつは致命的なスキだ。例えば下段から切ってみろ。自分から斬られに前へ出てくるようなもんだろうが」


「はあ、なるほど」


「……こういうのが剣の技というものなのね?」


すると、セドルはニヤリと笑った。


「まあな。だが、こういった錯覚を利用することだけが技ではないぞ」


「え?」


そういうと、セドリックは木剣を持って、エルザの前に立った。


「エルザ。危ないから動くなよ?そして、よくワシの動きを観察していろ」


そういうと、セドリックはエルザに向かって剣撃を放った。


セドリックの剣は、瞬時に、エルザの鼻先へと現れた。


「あっ!」


エルザは驚いていた。


「見えなかっただろう」


「ええ……全然見えなかった……」


「これはさっきの技とはちょっと違うんだ。これはな、相手に気付かれるような筋肉を動かさないように剣を振ったんだよ」


「そんなことが出来るの?」


「もちろんだ。剣を振る時に肩や腕の筋肉に力が入るし、体軸もずれる。そこを動かさないように剣を振る練習をするんだ。相手の攻撃が見えないというのは、純粋に速さだけの話じゃないんだ。気付くのが遅ければ攻撃が当たってしまうってことだよ」


エルザは黙って頷いた。


「こんなの避けられないわね?」


「そうだな。……じゃあ、もしこんな攻撃を仕掛けられたらどうするんだ?」


「うーん……そうね、気付いた段階で躱すしかないけど、せめて第二撃は防ぎたいわね」


「そうだな。この技には短所もある。気付きにくい振りだが威力を乗せにくい。一発で倒すには心臓か頭にうまく一撃を入れないといけないだろう。だから、この見えない剣で一撃をいれてから、第二撃で仕留めてもいい……つまり、守る側からすれば、第二撃に備えるべきだよな」


「下手な人はどうなの? 相当慣れないとバレそうな気もするけど」


「そうだな……。未熟な者がやると挙動が現れてしまう場合もある。お前もこの技を使う時は相手を良く見ろよ? バレたら避けられたり、逆に斬られたりするからな」


「じゃあ、慣れないうちは、無理して心臓を狙わずに、太腿とかを狙うなら、挙動を見せずに斬れるんじゃかしら?」


「そういうことだな。自分の挙動を良く考えて、どこを狙うのがわかりにくいか、色々考えて、自分の戦いの中に組み入れていくといい」


そういうと、セドルは手に持っていた一振りの剣をエルザに手渡した。


エルザは剣を受けとった。ズシリと重い剣だ。


エルザは驚いて、セドルを見た。


「これはな、練習用の剣だ。お前も13歳になっただろう。本物の剣を一振持っておけ」


「抜いてもいいかしら?」


「ああ、少し振ってみなさい」


エルザは抜刀した。エルザには問題ないが、普通の剣士が扱うには少し重い剣だ。少し振ってみるが問題なく扱える。


「少し重めの剣ですね」


「ああ。重い剣だな。だが、お前なら問題なく振れるだろう。」


「はい、大丈夫です。」


エルザは納刀した。


セドルは言った。


「エルザよ。お前は力が強いから、初太刀を全力で振り下ろせば一太刀で相手の頭を割ることができるだろう。例え相手が防御しようと、そのまま強引にな。重さはその助けになる。」


「私の必殺技ってところですか」


「そうだな」


そういうと、セドルは笑った。


「悪いが、お前は一見、強そうに見えない。細腕の華奢な女の子だ。そこに相手の油断がある。上段に振りかぶって振り下ろせば、その太刀を受けるものもいるだろう。細腕の女の子の剣だからな。だが、受けきれず死ぬ」


そういってセドリックはエルザを見た。


「もちろん、避けられる可能性もあるんだが、剣が予想以上に早ければ受けざるを得ない。だから、この技は決まりやすいと思うんだ。だから、よく練習しておくんだ。わかってると思うが、これもバレたらただ躱されるだけだからな。まあ、お前に教えた切り札の一つだと思って練習しておけ。」


「先生、こんな大切な剣を…。ありがとうございます」


「いや、いいんだ、ワシは他にも何本か持ってるし、引退した身としては、もう必要のないものだからな……。出来れば、実際に使うことなく過ごすことが出来れば一番いいのだが、この道を歩んだからにはそうもいかん。きちんと手入れして、いつでも使えるよう心構えしておくんだぞ」


そう言うとセドリックは、エルザに微笑んで見せたのだった。

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