第38話 吊り橋
「待ちやがれ!この野郎!逃がすかっ!」
コレタは怒鳴った。そして、魔獣たちへ追いかけるよう指示を出した。そして、その後を追うように吊り橋へと足を踏み入れていった。
エルザはセラスが吊り橋を渡り終えるのを確認しながら、揺れる吊り橋を急ぐのだが、さすがに疲れてきた。
これまで連戦に次ぐ連戦で休まる暇がない。
エルザは休息を求めて叫び出したかったが、自分の尻めがけて狼が走ってきていることを思えば、泣く泣く走るしかなかったのだった。
ブラックウルフという魔獣は、身体的には通常の狼と変わらないのだが、魔獣としての特性を持っていて、隠ぺいの魔法を使うことができる。
ブラックウルフに捕食される動物は、攻撃されるまでその存在に一切気付かず、知らず知らずのうちに接近を許して攻撃され、命を刈り取られるのである。
コレタは手を振って、魔獣たちに攻撃の指令を出した。5匹同時攻撃である。ブラックウルフたちは、その身に隠ぺいをほどこし、エルザに向かって走りだした。
幸いだったのは、これが広い場所ではなく、細い吊り橋だったことだ。ブラックウルフの気配がわからなくても、この狭い範囲であれば攻撃の手段もまだあるというものだ。
エルザは自分の剛鉄剣の他に、魔剣フレイムを抜いて二刀流で構えた。見えない敵だけに、両手で振り回して当たる確率を上げようという、苦しい作戦である。
そして、吊り橋の中央に仁王立ちして、エルザは剣を構えた。いくら隠ぺいの魔法が使えるといっても、来るとわかっていたら、多少なりとも変化は読めるものである。自分の存在に関するものは隠ぺい出来るが、吊り橋の揺れや風の動きなどを隠すことはできないからだ。
エルザは目を閉じて集中した。
橋の揺れが大きくなり、獣が接近してくるのがわかった。エルザは両腕で円を描くように振り回し、ブラックウルフの風圧を感じると、めくら滅法に剣撃を走らせていった。
ギャウ!ギャン!
2匹のブラックウルフが血を吹いて倒れ、湖に落ちていく。
「……あと3匹か」
エルザは構えを解かず、攻撃に備えていた。残り3匹のブラックウルフは数メートル手前で隠ぺいを解いて、その姿を現した。
うなり声を上げながらこちらを睨んでいる。
後ろからコレタたち3名が追いかけてくる。彼ら個人の戦闘力は不明だが、テイマーだからそんなに強くはないとエルザは思っている。
そんなことを考えていると、ブラックウルフ達は隠ぺいで姿を隠してからこちらへ向かって走り出した。
エルザは剣を構えていたのだが、なんと1匹のブラックウルフは、エルザの頭上をはるか高く飛び越えて、セラスの方へと向かったのだった。
「あ! しまった!」
姿が隠ぺいされていたので、動きが読めなかったのである。もちろん、今も見えていないが橋の揺れ具合を見ればわかるというもの。エルザはセラスを追いかけていったブラックウルフを追いかけようとしたが、そのタイミングで残りの2匹が攻撃を仕掛けてくる。
エルザは剣を振る。
ブラックウルフは少し下がってかわす。
エルザが逃げる。ブラックウルフは追う……。
……行かせてもらえない!
エルザは歯ぎしりした。怪我で剣を振れない今のセラスに、ブラックウルフを倒すのは無理だ。気持ちは焦るのだが体は二つないからどうしようもない。
とりあえず、こちらから片付けないといけないようである。
仕方がない……。エルザは気持ちを切り替えることにした。
突然、エルザはセラスを追って駆け出した。
するとブラックウルフはすぐさま追いかけてくる。そして、ブラックウルフはたちまち、エルザの背中へと接近したが、とたんに、エルザは急反転。両手の剣を振るって斬り刻んだのだった。だが、目には見えない相手を斬るのである。振り回しているうちに、運よく当たったというだけだ。
「ちくしょう! 手ごたえは薄かったけど!」
斬られてたまらず隠ぺいを解いたブラックウルフは、尻尾を巻いてコレタの元へと逃げてしまった。
「ええい、情けない奴らめ!」
コレタは激怒して、
「こうなったらお前らがあの女を殺してこい!」
と怒鳴った。
「わかりました!」
「お任せを」
2人の男がエルザを追って駆け出していく。
エルザはテイマーだから弱いのではないかと考えていたようだが、この二人は元軍人。軍の資金を不正に使い込んで逃亡し、盗賊団に逃げ込んだという経歴の持ち主である。
名前はウルとアトと言う。2人とも似たような小麦色の肌をした筋肉達磨で、身長は180cmくらい。
たまたまテイマーの才があることがわかったため、コレタの部下へと配属されてはいるが、本来はガチガチの武闘派。王国式格闘術をマスターしており、仲間からは魔獣をテイムするより、そのまま闘った方が強いのではないか、といわれるほどである。
その頃エルザは、一つ目の橋を渡って島の中を走っていた。
この吊り橋のある場所は、三日月湖の南北の幅が最も狭い場所。幅は1.4kmほどあるが、真ん中に幅800mほどの島があった。吊り橋は、この島の南北に2つ架けられていた。
この小さな島の中には、結構、魔物がいるようで、エルザは、追っ手のテイマーに利用されたら厄介だと思いながら駆け抜けていく。
しばらく行くと、セラスが叫び声をあげて、慣れない左手で剣を振り回しているのが見えた。
セラスはエルザの姿を見つけると、
「エ、エルザーっ! なんだこれは! ブラックウルフか? 見えない、見えなくて厄介だっ!」
と言って、半泣きになっていた。
エルザは大急ぎで駆け寄ると、ブラックウルフのいるだろうと思われる所めがけて、体当たりしかけた。
きゃあ!
ギャウ!
セラスも一緒に突き飛ばしてしまったが、剣を振ると危ないから仕方がない。エルザはこういうところに、あまり躊躇しないタイプだった。
倒れて、肩の傷口を押さえるセラスを優しく抱きかかえると、吊り橋の入り口まで走った。
吊り橋にたどり着くと、セラスを下ろして言った。
「お嬢様。先程は失礼しました。ここは私が足止めします。……とりあえず、吊り橋を渡り切った所で隠れてお待ち下さい……それでは走って下さい!」
「あ、ああ、わかった……わかったぞ……」
セラスは青い顔をしながらフラフラと渡っていった。
エルザは、吊り橋の入り口に陣取って、ブラックウルフの襲撃に備えた。
エルザは、ブラックウルフを片付けたら、先に吊り橋を渡り、吊り橋を切って落とすつもりだった。そのためには、まずはセラスに向こう岸へ行ってもらわなければならない。
エルザはやってきたブラックウルフを二刀流で斬りつけていると、遠くからテイマー3人組の姿が見えた。
エルザは二度見した。
なんだか巨大な熊の魔獣を連れているのだ。
森からテイムしてきたのだろうか。
「ちょっと嘘でしょ!!」
エルザは顔を青くした。
そして、剛鉄剣を鞘へ納め、魔剣フレイムを背中の鞘へと収納すると、橋を全力疾走した。
振り返って様子を見ると、ウルとバス、二人の黒マッチョが猛スピードで追いかけてくる。
そして、なんと吊り橋の半ばあたりでエルザは追いつかれてしまった。そしてエルザは、追いついて来たウルに殴り飛ばされていた。
「へぶっ!」
エルザは、吊り橋から落ちそうになるのを踏みとどまって吊り橋にしがみつくと、今度はアトの蹴りが腹に入る。
「ぐうーっっ!」
これは効いた。エルザはちょっと涙が出た。
エルザは逃げながらかろうじて防御をとり、体制を整えながら、一息に腰の剛鉄剣を抜き払った。だが、疲れて力のこもっていないエルザの剣撃は、2人にかろやかに交わされ、逆にウルからワン・ツーとパンチをお見舞いされる羽目になった。
「うぐう!」
テイマーだと甘く見ていたら、ガチガチの武闘派だった! エルザは涙と鼻血を流しながら、人を見かけで判断してはいけないと学習していた。
「おとなしく、命はおいてゆけ」とウルが言う。
「さもなくば、殺す!」とアトが言う。
……どっちにせよ殺すのかよ! ……エルザには突っ込みを入れる元気もなかった。
エルザは大きく肩で息をしながらセラスの方を見る。ああ、なんとか橋は渡ったようだ。
エルザは走りながら、大きなため息をついた。
お母さん、私はもう疲れましたよ。
もうこいつらを倒して向こう岸まで走る元気がありません。
「では、さようなら」
エルザはひとつ長いため息をついた後、おもむろに剣で吊り橋を切り落とした。
「あっ!」
エルザが吊り橋を斬り落とすための動作に入った時、ウルはそれを阻止しようと駆け寄って来たのだが、もう遅い。
視点がグルリと反転したと思ったら、みんなもう落ちていた。
ああああーっ!
橋のあちこちで叫び声が聞こえる。
エルザは、橋を切った瞬間、落ちると同時にウルも方へと飛んでいた。
ウルはあおむけに落ちながら、正面で一緒に落下してくるエルザを見ていた。ウルの目には、腰だめに剣を構えてウルの上へと落ちてくる、顔を腫らした女が写っていた。
その直後。
ドボーン!……と。
コレタも熊も、狼も、みんな湖に落ちて、大きな水柱を上げた。
次の瞬間、エルザは水中にいた。
そして、エルザの剣は、着水と同時にウルの胸を突き刺していた。
エルザは、ウルを足蹴にして剣を抜き、腰の鞘へと納刀した。
そして、靴裏に収納されている刃を展開し、さらにヒールを回転させてカバーを外した。
すると踵の中から太いアイスピックのような仕込み刃が出現した。
そして、麻痺の小刀を鞘ごと口にくわえて泳いでいく。
筋肉のもう一人アトは、近くに落ちたはずだ。警戒しないといけない。エルザはそう思いながら、慎重に水面へと上がって行った。警戒しながら水面に顔を出し、大きく呼吸した。
それから水の中に顔を入れて、人影がないか探してみたが、どうやら近くに人はいなさそうだった。
再度、水面から顔を出して周囲を確認すると、狼と熊は島の方へと泳いで逃げていた。どういう原理かわからないが、テイムが解けたのだろうか。
いずれにせよ、エルザにとっては良いことだった。
遠くで水しぶきをあげているのは、おそらくコレタだろう。あいつは泳げないのか? 落ちた吊り橋にしがみつきながら、なんとか島へたどりつこうともがいているようだった。
コレタがあの調子ならば、危険なのは筋肉アトの方だ。
こいつに警戒しながら岸の方へ泳いでいこう。エルザはそう考えて、大きく息を吸った。
その時。
エルザの右足をいきなり掴む者がいて、そのまま水中へ引きずり込んだのである。
それは、筋肉アトだった。
アトは、エルザの右足を掴んですごい勢いで水中へと引きずりこんでいく。
捕まれている足首はガッチリとホールドされていて、そう簡単にほどけそうもない。
エルザは腹に力を込めて、アトの眉間を踵で踏み抜いた。
ゴボゴボ……!
踵のアイスピックは、アトの眉間に深々と突き刺さり、靴底は額へと密着していた。……アトは即死した。
エルザの足首を掴んだまま……。
アトの重みでゆっくりと湖底へと落ちていくエルザ。
エルザはしゃがんで、足をつかんでいる筋肉アトの指1本、1本をゆっくりと力づくで剥がしていく。
30秒ほどかかって、ようやくすべての指が離れた。エルザはアトから解放されると、急いで水の上へと上がっていった。
エルザは息がもう限界だった。だが、なんとか水上に顔を出すことが出来て、カエルのように大きく息を吸った。そして、しばらくは陸にあがった魚のように、苦し気に、荒い呼吸を続けたのだった。
エルザは全身の力を抜いて、しばらくの間、水面に浮かんでいた。そして、目を閉じて、呼吸を整えていった。
数分後、息を整えてから、エルザは岸へと泳ぎはじめた。
岸へたどり着いた時、橋の上を見上げた。橋の入り口には、セラスがこちらを見ているのがわかった。
「ちゃんと、そこで隠れていてくれたんだな」
エルザは少し安心した。
岸のとっかかりは、浸食された岩場だった。
季節によっては、水位が上がって、この草の生えていない岩場あたりまで水に沈むのだろう。
エルザはその岩場をよじ登り、ようやく草木のある斜面へと取りついた。
そこからは、木にしがみついたり、根っこをつかんだりしながら斜面を登っていき、ようやく街道へ出た。
そこでエルザが見たものは、何者かに抱え上げられ、連れ去られていくセラスの姿だった。
その者たちは、もう400mほど先まで走り去っていた。
エルザは地面の小石を蹴り飛ばした。
「ちくしょう!」
エルザはセラスたちを見失わないよう、すぐさま走り出したのだった。
いつも読んでくれてありがとうございます^_^
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