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第37話 追手


セラスたちが街道を駆けていると、背後から馬に乗った誰かが迫り来るのが見えた。


「もしや、エルザが追い付いて来たか? いや、それともリリスが?」


セラスは目を凝らして良く見るが、遠すぎてよく見えない。だが、その馬の速さは尋常じゃない。通常の馬より足が速い気がする。


そして、その馬が近づくにつれ、それが誰なのかセラスは理解した。


それは、処刑人ジョーだったのだ。


セラスは自分の目を疑ったが、その黒い人影はジョーに間違いはなかった。


「なぜだ! あいつの馬は斬ったはずだぞ!」


セラスの顔は真っ青になっていた。

追いかけて来たのが、なぜエルザではなく、ジョーなのか。


「まさか、私を追ってきたエルザを倒して、その馬を奪ってきたのか?」


セラスは悲痛な顔をしていたが、憶測で物を考えるのは悪い癖だと思いなおした。とにかく、今はあのジョーをなんとかしなければならない。


魔剣の大技はもう使い切った。


セラスもバートンも剣の腕には自信があるが、あのジョーという男は次元が違う……話にならない。


ジョーはなぜ、そんなにスピードを出せるのか。下り坂はスピードが乗って危ないというのに……。峠を越えてから続く下り坂も、三日月湖にかかる吊り橋まで続いている。


その吊り橋までもう少しという所で、とうとう2人はジョーに追いつかれてしまった。


セラスは覚悟を決めた。


「バートン! 私は覚悟を決めたぞ! 2人で立ち向かおう! 死んだら死んだ時だ!」


「はっ! お嬢様! 私も決死の覚悟で臨みますぞ!」


そういうと、2人は馬首を返して、ジョーへの戦闘を開始した。


セラスとバートンは、グレイブを振り回しながらジョーへと立ち向かった。バートンはグレイブの名手だったが、ジョー相手では力不足のようだ。バートンは2、3回、グレイブで斬りかかったが、ジョーは邪魔とばかりに斧を一閃。その斧をバートンはグレイブで受けたが、そのまま馬から叩き落とされてしまった。


そして、ジョーの攻撃はセラスへと集中する。だがセラスも負けてはいない。狼のような咆哮を上げながら、ジョーへ渾身の斬撃を放っていった。


「おのれ……おのれこの盗賊! ……私は、こんな所で死ぬわけには……死ぬわけにはいかんのだっ!」


セラスは鬼のような形相をして、ジョーと斬り合っていった。槍の穂先と石突と交互に繰り出したり、時に上段から斬り入れたり、様々な攻撃を行ったが、ジョーはすべて、両手の斧でさばいてみせた。


セラスが疲れを見せ始めた頃、今度はジョーの攻撃が始まる。段々と斧の連撃が早く、重くなっていき、セラスはグレイブを振り回しながら防御に必死となる。


「ああっ、これは! 突破される!」


セラスは悲痛な表情をしながら、とにかく体の動く限り腕を振り続けた。

だが、セラスに疲労の影が見え始めた頃、ジョーの斧がセラスのグレイプを横にはじいた。


「うっ!」


セラスの体が馬上で右へ泳いだ時、ジョーの斧がセラスの首筋へと飛んだ。


「あっ!」


セラスは思わず身を捩った。


その時、馬から落ちたはずのバートンが、徒歩でジョーの馬前に飛び出し、身を挺してジョーを押しとどめた。


そのせいで、ジョーの斧は軌道がずれてしまった。しかし、セラスの肩の鎧の隙間へと斧が入って、セラスは血を吹きながら馬から落ちた。


ジョーは止めを差そうと馬首をセラスの方へ向ける。

そこへ、捨て身のバートンが、グレイプで突いて攻撃する。ジョーはその突きを躱すと、グレイプそのものを脇で挟んで固定してしまった。


身動きが取れないバートン。


そしてジョーは、バートンをまるで竹でも割るかのように斧で両断した。


「お嬢様ぁっ!」


バートンは絶叫してその場へ倒れ伏した。


ジョーは改めてセラスの方を見た。


すると、セラスは走って逃げようとしていた。


「どこへ行く!」


ジョーはセラスを追おうと馬の手綱を掴んだが、背後から何やら人の気配を感じて振り返った。


すると、ジョーの顔に向かって、柔らかい鞠のようなものが飛んできたので、思わず手で払ってしまった。すると、その鞠が破裂して、中の液体を顔から被ってしまったのである。


「む? この臭いはっ!」


ジョーがその鞠を投げて来た相手を見ると、赤い髪の女……エルザだった。


「燃えよ! 魔剣・フレイム!」


エルザが大声で叫びながら剣を振るった……。だが……ほんのちょろっとだけ火の粉が飛んだだけだった。


「あっ」


エルザは拍子抜けしてしまった。


だが、ジョーにかかった油へ引火するには十分である。


飛んだ火の粉を浴びたジョーの上半身は、炎を上げて燃え上がった。


「があああ!」


ジョーは馬上で身悶えした。だが、その火はすぐに収まってしまい、相手に火傷を負わせることすらできなかった。


「あれ? こんなものなの?」


エルザは拍子抜けしてしまったが、今はそんなことはどうでも良かった。


「とにかく今は逃げないと!」


エルザはセラスの方へ駆けだしていた。


ジョーはギロリとエルザの背中を見た。


「さっき、メスラーに捕まっていた女だな」


ジョーは、熱くなった自分の顔をなでると、馬の腹を蹴った。



エルザはジョーを無視してセラスの元へと走っていく。



エルザは剣と手綱を右手に持ちかえて、馬の左側へ体を乗り出す。


視線の先で、セラスが膝をついて呻いているのが見えた。


エルザは左手を伸ばしてセラスの襟首をつかむ。


「セラス様! 失礼を……むおおっ!」


エルザは左腕に力を込めてセラスを持ち上げた。


そして、そのまま鞍までひっぱりあげようと振り返ってみると、エルザの右側には、ジョーが馬をぴったりと寄せていた。


そしてジョーは斧を振りかぶった。


目と目が合った。


そして、ジョーの斧が落ちてくる。


エルザはとっさに、セラスの方へ飛び落ちようと右のつま先を鐙から離した。鞍から尻が浮いて、体が落馬していく。


左手に感じるセラスの重みが、体を逃がす助けになった。セラスには悪いがもう一度落ちてもらおう。


そこにジョーの斧が落ちて来る。躱そうと動くエルザに、ジョーの斧は容赦なく飛ぶ。そしてジョーの斧は肉を断った。


「ぬおおおっ!」


ジョーは咆哮し、力を込めて斬り下げて行く。そこから猛烈に立ち上がる血柱。


ジョーは、自分の斧が肉を斬り裂き、骨を断つのを、斧を持つ手に感じていた。


倒れる馬のいななきで耳がいっぱいになり、噴き出る血柱で視界が赤一色になった時、血柱の中からキラリと光る何かが現れた。


それが何だったのか。


ジョーは己の首から血を吹くのを見て、ようやく気が付いた。……あれは落馬間際に振り上げたエルザの剣先だったのだと。


なまじ、かわそうとのけぞったジョーは、そのまま落馬までしてしまった。





エルザはしたたか背中を打った。


猛烈に痛かったが、ジョーの追撃が怖かったので、歯を食いしばって立ち上がった。だが、幸いなことに追撃がない。


エルザは自分のズボンを見た。股のあたりが切れているようだった。


「パンツは無事みたいだけど……」


エルザは本当に紙一重だったのだと思うと、ゾッとしてしまった。


エルザが倒れざまに振った剣が、偶然当たったのだろうか。


血柱が立っていて良く見えなかったが、追撃がないということは、当たったのかもしれない。



エルザはジョーの方を見た。ジョーは馬から落ちて、首筋を押さえながら、睨むようにしてエルザを見ていた。首からは血がビュッ、ビュッと吹いているように見えた。



エルザは、セラスを立ち上がらせると、ジョーを遠巻きに巻いて、吊り橋の方へと後ずさりして行った。


「セラス様……歩けますか?」


「ああ……すまない……」


エルザは声を掛けるが、肩の傷が痛むのだろう。セラスの声は力なさげだ。


ジョーは追ってこない……そう。お願いだからそのままじっとしていて……エルザは心底そう思った。


エルザは、今回だけはさすがに死んだと思った。


だが生きていて、さらにジョーも追ってこれそうにない……。


これほどの幸運があるだろうか。


エルザは、元気が出て来た。そして、セラスの手を引いて吊り橋へと向かっていった。


そしてエルザとセラスが、フラフラと吊り橋まで来た時、剣を持った3人の男がフラリと現れた。


エルザはぎょっとした。


男たちは、5匹のブラックウルフという魔獣を引き連れており、こちらの方を睨みつけている。テイマーのコレタとその部下たちである。



コレタが連れている2人の部下は、新たな魔獣をテイムするための別働隊である。リリスに突き落とされたコレタは、森を移動して別働隊と合流し、反撃に現れたというところだ。


「さっきはよくもやってくれたな! さっそくだが新しい魔獣を捕まえてきたので、もうひと暴れしてやろうと思うんだが」


そう言っていやらしく笑った。


エルザは叫んだ。


「セラス様!走って!」


セラスは泣きそうになりながら、急いで吊り橋へと駆けこんで行く。



エルザは橋の入り口に立ち、ブラックウルフを待つ。


なだれ込むブラックウルフを、エルザは剣を振るってぶちのめしていく。


ギャイン!ギャウン!


エルザは、ブラックウルフを適当に痛めつけた所で、コレタに背を向けて、吊り橋を全力で走り出したのだった。



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