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第36話 魔剣の煌き



セラスとバートンは逃げていた。


あれだけメンバーがいたのに、今、セラスのそばにいるのはたった一人だけ。


どうしてこうなってしまったのか……。思わずセラスは唇を噛み締めてしまう。


これだけの犠牲を払わずに、目的を果たす方法は他になかったのだろうか。セラスは考えずにはいられなかった。


そんな2人の背後から、馬の蹄の音が聞こえてきた。


その音に思わずセラスは振り返る。もしかしてリリスか?


セラスはそう思って目を凝らしたが、見えて来たのは黒い姿……その蹄の音はリリスの馬のものではなく、死神が忍び寄る足音だったのだ。


「あのリリスが()られたのか!」


セラスの顔色は、もはや真っ白なくらい、血の気が引いていた。


ジョーは怒涛(どとう)の勢いで馬を走らせる。もはや、邪魔者はいない。標的のセラス目掛けて、ジョーは突進していた。


バートンは、セラスを庇って前へ出ようとしていたが、それをセラスは止めた。


「バートン。下がっていろ」

「しかし!」

「いいから、任せておけ」


セラスはそう言うと、剣を抜いて下段に構えた。


その剣の柄にある大きな赤い魔石が煌々(こうこう)と輝き始める。


そんな魔石の輝きをジョーに悟らせないために、セラスは半身(はんみ)に構えて刀身を身体で隠している。


ジョーは突進してくる。


その距離5メートル。


馬の足なら一瞬でセラスへと届く距離へ、ジョーが入ってきた。


そして、ジョーかセラスへと斬りかかろうと斧を振り上げた時。


セラスが剣を振り上げた。


「はああああっ!」


セラスの振るう魔剣・グラムドレイクは、その刀身を真っ赤に燃やして、セラスの影から姿を現した!


「燃えよ! グラムドレイクっ!」


セラスの叫び声に応えるかのように、グラムドレイクの横薙ぎの斬撃の軌道から、真っ赤に燃える炎の刃が、ジョーに向かって飛んでいった。


「うおおっ!」


ジョーは慌てたが、この速度では止まることも躱すことも出来ない。セラスの飛ばした炎の刃は、馬の首を両断し、そのままジョーの鎧を焼いた。


「ぐああっ!」


ジョーは馬ごと倒れ伏し、地面へと崩れ落ちた。

斬撃を直に受けてはいないものの、ジョーが受けたのは炎の魔法攻撃である。鎧が焼けて火傷を負っていることは明らかであった。


「ぐうう……」


ジョーは焼けた鎧を剥ぎ取り、胸に風を当てる。


セラスとバートンはその姿を見ていた。


「行くぞバートン。あいつはきっと、すぐに立ち上がってくる」

「はい」


セラスはそういうと、馬に飛び乗り、馬の腹を蹴った。





セラスが去るのを見送るしかなかったジョーは、脱いだ胸の鎧を、腹立ち紛れに投げ捨てた。鎧は熱くてしばらく着れそうもない。


「くそう……逃げられたっ、失敗だっ!」


ジョーは悔しげに呟いた。


これまで、頼まれた依頼は全て達成してきたジョーだったが、今回は、逃げられてしまった。初失敗である。


身体は火傷を負い、腕も負傷している。こんなことは初めてた。


ジョーは立ち上がると、トボトボと、来た道を歩き出した。

腕の傷や胸の火傷が痛い。失敗したという苦い気持ちが、その傷口をさらに痛く感じさせた。


歩きながら周囲を見渡すと、急いで駆け抜けた時には見えなかったものが、見えてくることがある。


今日のジョーも、そうだった。


ガサゴソと、草叢から動く音が聞こえると思って顔を向けると、なんと馬がいるではないか。いつも無表情なジョーも、この時ばかりは思わず笑顔になっていた。


「そうか、コレタたちの馬だな」


ジョーは馬の元へ、草叢を掻き分けて歩いていく。数頭の馬がいたが、一頭だけ足の速い競走馬が混じっていた。


「さすがはテイマーだ。いい馬を手に入れている……」


ジョーはその馬を草叢から街道まで引き出して来て、その背中に飛び乗った。

そして、自分が脱いだ鎧のある場所まで馬を走らせて戻った。


転がっている鎧を触ってみたが、まだ熱くて着れそうにない。


ジョーは馬の首から流れる血液を鎧にかけた。ジュージューと音を立てながら水分が蒸発していき、やがて、熱はかなり下がった。血は固まって鎧にこびりついたが、ジョーはそれを雑に払って、それを装着した。


「良し!」


ジョーは気合が入って来た。


「俺はまだ戦える!」


ジョーはひとりそう叫ぶと、馬に飛び乗り、馬の腹を蹴った。馬は、走り出すとすさまじい速さを見せた。これはいい……これならセラスに追いつける……ジョーはそう思った。なにせ、三日月湖はとてつもなく大きく、また迂回路もない。いずれ、追いつくだろうからだ。


セラスたちは、まさかジョーが馬を手に入れたとは、夢にも思っていないだろう。むしろ、死神から逃げきって、安堵の気持ちで馬を走らせているに違いない。そんなセラスたちの背後に、最も危険な男が迫ろうとしていた。





展望所まで這い上がってきたエルザは、そこに転がる仲間たちの死体を見て、悲しい気持ちになっていた。そして、その悲しみに浸ることも、亡骸を葬ってやることも出来ぬまま、まだ戦い続けなければならない。


「早くセラス様を追わなければ……」


エルザは立ち上がった。

先ほどエルザを拘束していたバウドンとネイダーは、逃げてしまったのか姿は見えない。まさか崖下に転落したわけではないだろう。


エルザは、彼らに奪われた自分の剣が、どこかに転がっているはずだと思って探し回った。

すると、メスラーたちと揉み合ったあたりで転がっているのを発見する。


「あった!」


エルザは嬉しかった。

先生にもらった大事な剣。これを失うわけにはいかなかったからだ。エルザはぼろ布で刀身を拭いて、腰に差している鞘へと納めた。


それから自分の馬を探したが見当たらなかった。

仕方がないので、エルザは残された誰かの馬に乗ろうと思って、馬が繋いである街道の方へと歩いていった。


そこへ。


バッタリと、どこかで見た人物と出会う。


エルザは即座に剣を抜いて斬りかかっていた。


キースとヘクターである。


「うわっ!」


ヒュン、ヒュンと空振りするエルザの剣。


剣を抜く暇を与えない、素早い連続攻撃。


キースたちは剣を抜く間もなく逃げ回り、襲い来る剣をかわし続けた。


エルザとしても、出来ればこのまま、剣を抜く暇を与えず倒してしまいたかったが、この2人はそう甘くはない。2人はすぐさま左右に離れて距離を取り、どちらか片方にしか攻撃出来ないように位置取りをした。


エルザは歯噛みをしながら、ヘクターへと攻撃の矛先を集めた。


距離を取ったキースは魔剣・フレイムを抜いた。やはりA級冒険者2名相手にして、一気に斬り倒すのは難しかったようである。おかげでエルザはヘトヘト、肩で息をする有様である。


キースが抜いたと見るや、ヘクターは腰に差した剣の鍔をエルザに向けて、ストーンバレットを発射した。

ヘクターの剣から発射された石礫は、エルザの心臓へと命中した。


「うぐっ!」


だが、エルザの胸当てに入れられた厚い金属板のおかげで、命だけは助かったが、その衝撃はすさまじく、エルザはのけぞりながら、背中から地面へと倒れ落ちた。


「がはっ!」


ストーンバレットの衝撃は、エルザの肺を圧迫させ、呼吸困難に陥らせていた。


その隙に、ヘクターも剣を抜いた。そして、すでに剣を抜いているキースも剣を握って駆けよってくる。


2人は剣を下に向けて突き刺してくる。


エルザは息を止めたまま、苦し気にゴロゴロと転がり、かろうじてそれを躱す。


転がり回るうちに、2人の剣が、エルザの耳元をグザグサ突き刺していく。そんな音を顔の横で聞きながら、エルザは転げ回っていた。


エルザは逃げているうちに、ヘクターの右足が手の届く場所にあるのが目に入った。そして、そう思った時、エルザは右手の剣を伸ばしていた。


「むぅ!」


エルザは転がりながら、その回転の勢いも借りて剣を振り、ヘクターの右足を切断していた。


「ぐぉ!」


ヘクターは悲鳴をあげた。それは、一瞬の出来事だった。地面へ剣を突き刺していたら、足が斬られているのだ。


ヘクターが前のめりに倒れながら、エルザに向かって剣を伸ばすが、それは空を切った。転がったエルザはすでにヘクターの足元へと移動していて、ヘクターはそのエルザに覆いかぶさるように倒れ込んでいった。


「ぐああっ!」


エルザに覆いかぶさるように倒れ込むヘクターの背中から、エルザの剣が突き抜けている。


「ヘクター!」


キースはすぐさまヘクターの元へ駆け寄ったが、ヘクターの体が蹴り飛んできて、それを避けると、今度は剣撃がビュンと飛んで来た。


キースはそれを剣で受けて、再度踏み込もうとしたが、その時、小さな短剣が太腿に刺さっていることに気が付いた。


「ぐああっ! なんだこれは!」


エルザの放ったのは、麻痺の小刀であった。だが、毒を塗った小刀だと思ったキースは、3秒ほど麻痺させられた後、すぐさま抜き捨てていた。


「はぁはぁはぁ……」


キースが、麻痺から解放されて、肩で息をしていた。たった3秒程度だが、その効果は絶大だ。

向こうでは、エルザが立ち上がって、ゲホゲホと咳込んでいた。キースはヘクターを見る……ヘクターは腹から血を流しながら倒れている。


「おのれエルザ! よくもヘクターを!」


キースは丸い鞠のようなものをエルザへと放った。

エルザは剣の腹でそれを横へ払ったが、その時、やわらかな鞠のようなものが割れて、中の液体がエルザの胸から右腕あたりへかかった。その液体の臭いを嗅いで、エルザは思った。


「これは油!」


エルザがそう叫ぶと、キースはニヤリと笑みをこぼした。まるで、勝ったといわんばかりの表情だ。


「はっはっは、終わりだエルザ。この剣の名はフレイム。その名の通り炎を纏う剣……」


キースの剣は赤く炎に包まれ、チロチロと揺らめいている。


「これが魔剣?!」


エルザはこの先の展開が容易に想像できた。


おそらくあの剣が火を吹くのだろう。エルザは即座に踏み込んで、斬りかかって行った。


「馬鹿め、自分から燃えに来たか!」


エルザの剣を、キースは魔剣フレイムで受ける。


越え広がる魔剣フレイムの炎に触れ、エルザの胸と右腕に火があがった。エルザは刀身を横にはじいてそのまま前へ立ちおろす。燃える右腕が炎をゆらしながら、エルザの剣先はキースの右手首から先を切り落としていた。


「ぐうああ!」

「くうっ!」


キースは魔剣・フレイムを取り落としていた。そして、エルザの体についた火は、エルザの長い髪へと引火する。燃える髪をふりみだしながら、エルザは、小手を切った剣先を上に向けて、キースの動脈を突きあげるように斬った。


「あーーーっ!」


キースは思わず、左手で首を塞いだが、エルザは返す刀でその手首をも斬り落とした。


キースの首筋と手首から噴出する血を浴びながら、エルザは自分の体に着いた火を手で叩いて消していった。


そして、後ろでひとまとめにした髪が燃えていることに気付き、慌てて髪の毛に引火した火を消した。ボロボロになった髪を手に取り、その無惨な姿にエルザは少しショックを受けたが、目の前で人が死んでいることに比べたら大したことはなかった。


エルザは剣で、バッサリと髪を断ち落とした。


「これが魔剣……初めて見た」


エルザは自分の剣の血を振るって鞘に納めると、麻痺の小刀を回収した。

そして、悩んだ結果、キースとヘクターの魔剣を回収していくことにした。


「何か、役に立つことがあるかもしれない」


エルザはそう思った。


エルザは魔剣を背中へ斜め掛けに括り付けると、元気の良さそうな馬を選んで背中に乗った。


「さあ、追うわよ……」


エルザはそう馬へ声をかけると、街道へと進んでいった。



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