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第35話 象の魔獣


展望所から逃れたセラスたち3人は、街道を急いでいた。

先頭はバートン、続いてセラス、殿(しんがり)はリリスである。


セラスは馬を走らせながら、オルトランたちへ申し訳ない気持ちで一杯だった。


「みんなすまない……その想いは決して無駄にはせぬ。必ずや薬を持ち帰るからな!」


セラスはそう、強く思うのだった。


「あそこに残ったエルザはどうしただろうか……。無事だと良いのだが」


だが、あの黒い戦士のことを考えると、嫌な予感しかしない。


「だが、数々の強敵を倒したエルザなら、もしかしたら倒せるかもしれない……」


セラスはそうも考えてみたが、すぐに頭の中から追い払った。……駄目だ駄目だ。……物事を自分の願望をベースで考えては判断を誤る。


「とにかく今は、この局面を逃げ切ることが大事だ。だからこそ、オルトランも、私を先に行かせたのだからな」


セラスはそう言って、気合を入れなおした。


そんな3人の背後から、馬の蹄の音が聞こえてきた。


追手が迫ってきているのだ。


リリスはセラスのそばまで馬を寄せていった。


「セラス様。どうやら追手が2人、接近しているようです……私が足止めして参りますので、先へお急ぎください」


「追手のことは放っておいて、先を急げば良いのではないか?」


「いえ……もし、この先待ち伏せでもあったら、挟み撃ちになりますので……」


「リリス殿一人で大丈夫か?」


「はい、考えがありますので、ご安心ください」


そういうと、リリスは馬の速度を落としていった。





キースとヘクターは、セラスたち3人を追っていた。


道は、木が生い茂ってはいるが、左が崖であり、右は山肌が壁のように立っている。

そういう地形なので、左カーブを走っている時はセラスの姿が見えるが、右カーブを曲がる時は山肌に隠れて、セラスたちの姿はしばらく見えなくなる。……だが、これくらいの距離感で付いていくのがいいのだ。姿をチラチラ見せる程度で、付かず離れず追いかけていく。彼らの役割は、この先へ待ち伏せしている仲間のもとへ追い立てることだからである。



「この感じじゃ、貴族のお嬢様の首は、俺たちが取りそうだな」


「焦るんじゃない、攻撃はコレタの元まで追い込んでからだ」


「分かってるって」


そうニヤニヤと笑いながら、キースは軽く馬を走らせてながら、カーブが近づいてきたので馬の速度を落としていく。


「こうやって追いかけて行って、コレタの待ち伏せにブチ当たってからが勝負だ。あいつらはそれなりにやるみたいだが、背中に魔獣を背負っていては満足に戦えるもんじゃない。ましてや俺たちを相手にしていては、そんな余裕はないだろう」


キースはそういうとニヤリと笑った。その笑みは、狩りをする猛禽類のように獰猛だった。


しばらく行くと今度は右カーブである。キースたちは馬の速度を落としてカーブへと入っていったのだが、その、曲がった先の岩陰に馬に乗ったリリスが待っていて、何やらネバネバとした樹脂のようなものを投げつけて来た。


「あっ、なんだっ!」


死角からの不意打ちに驚いて、キースとヘクターは馬の手綱を引いたが、その樹脂は2人の馬の首筋に付着して、そのままボン!という音を立てて爆発したのである。


「うわっ!」

馬が一声ヒンと嘶くと、そのまま前倒しに崩れ落ち、キースとヘクターは落ちる寸前に飛び降りた。


キースが着地してから前を見ると、爆薬を投げたリリスははるか先へと逃げていた。


「くそう! あの女め!」


「ほれ、言わんこっちゃない……キース。お前がつまらないことを言うからこんなことになるんだぞ」


「なに? 俺が悪いのかよ?」


「気が抜けてただろ……まあ、今さらどうのこうの言っても仕方がない。展望所まで戻って、死んだ騎士様か誰かの馬を拝借して来ようぜ」


「えー! この距離を戻るのかよ!」


「つべこべ言うな。まだちょっとしか走ってないだろ……ここからなら走って10分もあれば戻れる。それとも、ここから先を歩いて進むのか?」


キースはしばらく思案していたが、頭をガックリと垂れた。


「わかった……戻る」


「よろしい」


そういうと、キースとヘクターは、展望所へ向かって走り始めた。





キースとヘクターを退けたリリスが、セラスの元へ追いつくと、2人はもうすでに、象のような似た魔獣に襲われていた。


「やはり待ち伏せはあったか! だがなんだ? あの魔獣は?」


この象に似た魔獣は、頭上に座るテイマーに操られており、猛烈な力で暴れながら前進して来ていた。大岩なども軽く転ばし、倒れた幹もマッチ棒のようにポキポキと折る有様。さらに象の尻に隠れて弓兵が矢を放って来ている。


この攻撃の組み合わせにより、近づくにも離れるにも窮地しかなく、ただただ、攻撃をしのぐのが精一杯。セラス達は、狼狽してただ逃げ惑うしかなかったようである。


「やはり、待ち伏せされていたか!」セラスは歯ぎしりした。


象の魔獣は高さが8メートル、幅が3.5メートルほどの大きさで、その巨体は道幅一杯に広がり、セラス達が通れそうな隙間はどこにも見当たらない。


魔獣とは、魔力が使える獣のことで、そこが普通の動物とは違う所である。蛇が毒を使い、スカンクが臭気をとばすように、魔獣は己の身を守るために、己の特性に合わせた魔力を使うのだ。


この、象の魔獣はガビアンと言って、鼻から水弾を放つ魔獣である。その水弾は少し粘性があって、当たると肌を突き破るほどの威力がある。遠距離攻撃も出来るので、とても厄介な魔獣だ。



後退してくるセラスたちに、リリスが合流する。


「お嬢様、一体何ですか? あの魔獣は?」


「いや、我々も今しがた急に襲われたのだ……近寄ろうにも魔獣は水弾を放つし、後ろから隠れて矢を放つものもいるし……とても厄介なのだよ」


そこで、思い出したようにバートンは言った。


「あれはおそらくガビアンという魔獣です。以前、他国の騎士が作成した討伐資料を見たことがあるのですが、ガビアンは馬のように後ろ足で蹴り上げることができないので、後ろから攻撃するのが良いそうです。他国の騎士は、尻にナイフを突き刺して背に上がり、頭上から大剣で突き刺した、と記憶しております」


それを聞いてセラスの顔はパッと輝いた。


「バートン、良く覚えてたな!」


「いえ……ですが、そんな知識だけでは解決にはなりませぬゆえ……」


「いやいや、それでも手がかりは出来たぞ……。しかし厄介だな……弓兵を置いているのは、魔獣の後ろに回られないためなのだな」


セラスは厄介な相手だと思った。


するとリリスが言った。


「良くわかりました。それでは、その攻撃は私がやりましょう」


「何か策はあるのか?」とセラスが聞くと、


リリスは頷いて、一つの魔道具を取り出した。


「これは隠ぺいの魔道具と言って、起動させると30秒間、相手は私を認識することが困難になります。その間に魔獣の脇から背後へと抜けてみましょう」と、リリスは提案した。


セラスは、頷いて、


「では、私とバートンで敵の目を引きつけておこう。すまんが頼むぞリリス殿。必ずこの礼はするからな」と肩に手を置いた。


リリスは笑って、


「わかりました。お任せください、セラス様」


リリスはそう言って魔道具を起動した。


それからのリリスの行動は早かった。風のようにガビアンの脇を駆け抜けたかと思うと弓兵の前へと到達し、あっという間に弓兵全員斬り倒してしまった。


そして、横向きにした2本のナイフをガビアンの尻に突き立て、自分の槍を使って棒高跳びのように飛ぶと、ナイフを足場にしてガビアンの背中へ飛び上がったのだった。


ここで隠ぺいの効果が切れたが、テイマー如きに遅れを取るリリスではない。素早く接近すると、テイマーへ向かって槍でバシバシ殴打した。


「なんでここにっ!」


テイマーのコレタはあまりの痛さに泣きながら、ガビアンの背中で逃げ回っていた。


「こら、そこのテイマー、覚悟しろ! こんな魔獣まで引っ張り出しやがって! 許さんぞ!」


リリスはそう言うと、逃げ惑うコレタを槍の柄で叩きまわしたのだった。


「痛い! 痛い! 助けて!」


「助けてじゃない! この、くそが!」


リリスは、アデルのことが脳裏に浮かんでいた。もしかしたら、怪我をしているかもしれない。そう思うと、理不尽だがコレタを殴る槍を持つ手に力が入るのだった。


「痛い! 痛い! ごめんなさい! 許して!」


「何が許してだ! さんざん人を殺してきたくせに!」


リリスが容赦なく攻め立てるので、コレタはあまりの痛さに飛び上がって、はずみで魔獣の背中から落ちてしまった。

 

「あっ!」


リリスはやりすぎたかと思って、下を覗き込んだが、大きな音を立てて繁みの中へ落ちていった。


リリスは見なかったことにして、ガビアンの頭の上へ戻った。

そして、ガビアンの首筋に槍を突き立てたのだった。


ガビアンはたまらず、鼻を振り上げて水弾を放って来たが、そんなものはリリスにはあたらない。そして、狂ったように前へ駆け出したが、もとより狭い山道、足を踏み外し崖へと身を落としてしまったのだった。


リリスは、落ちる直前にガビアンの背中からヒラリと飛び降りて街道へ立つと、巨体が落下する様を見送っていた。


セラスとバートンがすぐに駆け寄って来て、


「リリス殿! 素晴らしい戦いぶりだ! 見事だったぞ!」と、飛び跳ねて笑顔を見せた。セラスは、さすがにこの難解な局面を打開できたことに、喜びを隠すことは出来なかったようだ。



その時、遠くから馬の蹄の音が響いてきた。その音からして、やってくるのは1頭だけ。


「蹄の音? エルザが追いついて来たのか?」


そう思ってセラスたちは振り返った。


だが、山影から姿を現したのは、黒い戦士姿。


やって来たのは、エルザではなく、処刑人のジョーなのだった。


セラスの顔からは笑顔が消え、顔色は真っ青になっていた。


まさかエルザは死んでしまったのか。



リリスが声をかけてきた。


「お嬢様、バートン様……逃げましょう……急いで!」



3人は、ジョーから逃走する。


殿はリリスである。



馬の走る速さは、およそ時速60キロほど。そんな速さで走る中、リリスは、ジョーへ接近し、

相手めがけてフリスビーのような小型円盤を投げた。ジョーはそれを斧ではじいたが、その瞬間爆発した。


「ぐぬっ!」


ジョーが呻いたその瞬間、リリスは槍で殴打していく。刃側と石突側の、棹の両端を交互に打ち付けながら、熟練の技で高速8連打をジョーの体に打ち込んでいった。


ジョーは、リリスへ向かって斧を振るうが、その斧は空を切った。


躱されたと思ったら、次は馬めがけて鉄球が飛んできた。


ジョーはそれを斧の腹ではじいたが、その大きな衝撃音が馬の驚かせていた。

慌てて手綱をさばくジョー。


そして、混乱に乗じて、リリスは槍の連撃を放つ。


相手の攻撃を払ったかと思うと、その勢いで攻撃へと転ずる。リリスの攻撃は攻防自在で読みにくいものだった。


「ええい、うっとおしい!」


苛立ちを隠せないジョーは、力任せに斧を振るってみるが、リリスは巧みに馬を操り斧を躱していく。


だが、峠を越え、下りの急カーブに差し掛かかった時、状況は大きく変わった。


カーブを曲がるために馬の速度が落ちたので、ジョーは馬をリリスの馬へと体当たりをぶちかましたのである。これには体重の軽いリリスは大きくバランスを崩してしまった。その隙を見逃すジョーではない。ジョーはさらに2本の斧で突き押しをして、カーブの途中で、リリスを道の外へとはじき飛ばしたのだった。


「あーーーっ!」


リリスは、森の下り斜面へと馬首を突っ込んで転び、そのまま10mほど斜面を滑っていった。やがて立木にぶつかって落下は止まったものの、馬は骨折していてもうだめだ。


「しまった!」


リリスは歯ぎしりをしたが、馬を降りると街道へと戻るために斜面を登りはじめた。だが、道でもなんでもない場所である。登って街道まで出るのは簡単ではなさそうだった。


リリスが落ちた所から、ジョーがリリスを見ている。


そして、リリスがあがってこれそうにないのを確認すると、セラスを追うために、ジョーは馬の腹を蹴ったのだった。



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