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第34話 忍び寄る影



「俺を楽しませてみろ」



ジョーは珍しく口を開いていた。


盗賊仲間でさえ、ジョーの声を聞いたことがないという者が多いくらいで、仕事に必要な言葉以外でしゃべることがないのだ。


ましてや敵である女に声を掛けるなんて見たことがない。


もし、ここに盗賊共がいたら「ジョーが女としゃべった」といって、大いに話題をさらったことだろう。


ジョーは馬を前に進めてエルザに接近し、ぞんざいに斧を振り下ろしてきた。


エルザは攻撃を避けようと、位置取りに注意しながら移動して、斧を横から叩いて受け流すと、ついでとばかりに馬の右前足を両断した。 


「ムっ!」


馬は前倒しに落ち、馬上のジョーは体勢を崩しつつも馬上から飛び上がり、地面へフワリと降り立った。


その着地の瞬間を狙って、エルザは背後に接近し、振り返り見るジョーの眉間へ、渾身の力を込めて剣を打ち下ろした。ジョーはそれを片手斧で受けたが、思っていた以上に力が強かったので、斧の背中を兜にぶつけ、ガツンと大きな音を立ててしまった。


ジョーは唸っていた。


「むうぅ、侮っていた。女とは思えない重い力」


だが、渾身の振り下ろしを受けられたエルザも少しショックを受けていた。セドリックの言っていたとおり、上には上がいることを知る。


つまり、力負けしたのだ。


リールの騎士団のオルトランたちを打倒したこの黒い戦士に、力で劣る自分がどう戦えばいいのか。


エルザは全身で黒い戦士の動きに集中し、どこか付け入る隙はないか観察していた。


そこに、エルザの油断があった。


後ろから忍び寄る3人の男がいて、エルザの首に腕を巻き付け、締め上げてきたのだ。


「きゃああっ、何をするのっ!」


エルザはうろたえて叫んだが、3人がかりでおさえつけ、拘束しようと襲い掛かる。一人は剣を持つ手を、もう一人は足を押さえつけていく。3人が3人強い力で押さえつけるので、エルザは全く動けなくなっていた。



「がははは、ジョー、女相手になんて様だ! 無様な真似をさらしやがって! 腕が鈍ってるんじゃねえのか!」


そう叫んでいるのはメスラーである。


そういうお前は3人がかりで女を押さえつけているくせに、よくそんなことを言う、とエルザは思った。


エルザを両脇から押さえ付けているのは、怪力自慢の男、バウドンとネイダーである。この2人は、エルザを確保するためにメスラーがわざわざ呼び寄せた男だった。そんな人選をするくらい、メスラーがいかにエルザのことを警戒していたかがわかるだろう。


そして、エルザは手に持った剣を、ネイダーによって"てこ"の原理で外され、剣を奪われてしまう。


バウドンとネイダーは、左右からエルザの腕をねじって後ろに回し関節を痛めるように締め上げてくる。そして足はからめ、空いた手は腰に手を回して逃げられないように拘束してくる。

メスラーは、さすがのエルザも身動きが取れない様を見て、満足気に頷いていた。


「おい、女。エルザとか言ったな? よくも親分を殺してくれたな。今日はその礼を言いに来たぞ!」


エルザは思い出した。

ガスタを倒した時、そばにいた盗賊のことを。


「……おまえはあの時の盗賊か!」

エルザは息を絞り出すようにいった。


「そうさ、あの時親分の横にいたのが俺さ。会いたかったぜ」


エルザの首を絞めながらメスラーは笑った。



その一部始終を見ていたジョーは大声で怒鳴る。


「メスラー! その女は俺の獲物だ! 俺は今、その女と戦っていたんだぞ! 邪魔をするな!」


ジョーは叫んだ。



メスラーは目を剥いて言い返した。


「何言ってやがる! バカかてめえは!」


メスラーは唾をペッと地面へ吐いた。


「今回の仕事は、こいつとセラスを殺すことだろうが! こいつは俺がとっ捕まえたんだから、お前は、手勢を連れてさっさと貴族の娘を殺してきやがれ!」


そう言われると、ジョーはぐッと押し黙ってしまった。


ジョーの手勢は、1人の役立たずを除いて殺されてしまったからである。


しかも、その役立たずは、今どこにいっているのか。姿も見えない。


痛い所を突かれて、口下手なジョーはうまい返しも出来ず、無言でそのあたりに野放しにされていた馬を引いてきた。そして、名残惜しそうにメスラーを見た後、セラスを追うべく山道へと走って行った。 


エルザは筋力でメスラーの首絞めを耐え、血管を圧迫されないように首を動かしたりしていた。メスラーは、なかなか意識を手放さないエルザに苛立ち、頭突きをしたり髪の毛を噛んでひっぱったりした。


「うううっ」


エルザはメスラーがとても気持ち悪かったが、それ以上に息が苦しかった。


もし頸動脈が圧迫されているとしたら、意識が落ちるまであと数十秒といったところだろう。


エルザは声を振り絞って言った。


「……なぜ、貴族のお嬢様を狙うわけ……あなたは私を殺せば満足なんでしょ……」


メスラーはせせら笑った。


「そりゃ、あの女の命を望むお方がいるからに決まってるだろ! 馬鹿なのか」


そう言ってエルザの頬をペロリとなめた。それはもう鳥肌ものだったが、今はそんな元気はない。


「……貴族を殺す金で人を集めて、ついでにお前も殺そうっていうのがガストンの作戦だったのさ!」


メスラーはそう言って鼻で笑った。


「じゃあ、あなたたちはエルランディ様を殺した仲間とグルなのね?」


「エルランディ? なんだそりゃ? 姫様のことか?」


そういうとメスラーはハッハッハッハッと笑った。


「さあな。だが、あの貴族の娘はなんのためにヴァルハラに向かってるんだ? それを考えたら、馬鹿でもわかる理屈だろ?」


「こいつ……」


エルザは拳を握りしめた。


やはり、こいつらに仕事を依頼した貴族が、エル姉に毒を盛った奴らってことなのか!


エルザの全身に怒りが込み上げてくる。


「早く諦めて意識を手放せ……そうすれば楽になる」


メスラーはそう耳元でつぶやく。


メスラーの言う通り、エルザがどんなに首の位置をずらしても、苦しさは少しも楽にならない。

抵抗するエルザの動きも、だんだんと鈍くなってきていた。


「さて、そろそろ、落ちる頃か」


そうメスラーが言った時、エルザは吠えた。


「うおおおおおおおっ! ふざけるなああ!」


エルザを左右から押さえつけているバウドンとネイダーの、腹かどこかの肉を指先で思いっきりつまんで、もぎ取らんばかりにつねりちぎった。


「いだだだだ、痛い、痛い、痛いっ!」


男は飛び上がって痛がった。


その瞬間、男の拘束が少し緩んだ。


その瞬間にエルザの体は、まるで知恵の輪を外すかのようにブルブルと動き、両腕の関節技を解除する。だが、まだ男3人の両腕は、エルザに巻き付いていた。


その組み合った状態まま、エルザはバウドンとネイダーの服を握りしめて持ち上げ、体を傾けて地面を蹴り、崖へとダイブした。



「あっ! 馬鹿! 死ぬ気かっ!」


死ぬ気もなにも、このまま何もしなければ、エルザ一人が死ぬだけではないか。


両端の2人は手を離して離れようとしたが、エルザは服を引っ張って道連れにした。




崖へ飛び落ちてから約1秒後。




エルザ達は空中で暴れ、もみ合いながら、2m下の斜面へと落ちた。落ちた衝撃でバラバラっと左右の男がはじけ飛んでいき、後はエルザと、その首を絞めるメスラーの二人きりとなった。


バウドンとネイダーは、エルザと心中するつもりはないらしい。


だが、メスラーは首を絞めたまま離さない。


2人は約40mほどある草の斜面を、時速15キロほどの速さで滑り落ちていく。滑りながらエルザは、冷静に隠し持っていた麻痺の小刀を抜くと、メスラーの股座、陰茎めがけて突き刺し、横へと掻き切った。


「あーーーーーっ!」


メスラーは絶叫していた。股座からは鮮血が飛び散っている。


そして、メスラーが麻痺をしている数秒間。


エルザは全力の握力で首絞めを剥がしにかかっていた。指1本、1本折るような勢いで。


「うおおおおおおっ!」


エルザは雄牛のように吠えた。


エルザは、緩んだメスラーの腕の中で体を回して、メスラーと向き合うような位置になった。


とりあえず、血管への圧迫は無くなったように思うが、エルザもまた、意識が朦朧としていた。今のエルザの顔は、鬼のような形相をしているに違いない。



数秒後、麻痺から解放されたメスラーは、怒りに燃え上って、怒鳴り散らしていた。


「なんてことを! なんてことをしたのだ、エルザっ! なんてことを! 貴様ぁ!」


メスラーはエルザの細い首を両手で絞め上げながら絶叫していた。メスラーは目を血走らせ、眉毛は吊り上がり、その形相は鬼のようだった。


陰部を斬られたことが、よっぽど腹が立ったのか。メスラーは指の力をギリギリと強めていく。このままでは、今度こそエルザの意識が落ちてしまう。


斜面を滑る勢いはだんだんと増していく。


エルザも、麻痺の小刀を持っていない方の手で、メスラーの首を絞めた。

本当のところ、エルザはそれどころではなかったのである。


谷底に落ちないよう、足で滑る方向を調整するのに必死だったからである。


そして。


ドン!


という音とともに、木の幹にぶつかった。


エルザは、メスラーを下敷きにして木に衝突していた。

これが、エルザの考えた、谷底に落ちない方法だった。


だが、エルザも無事ではなかった。


衝突の衝撃で顔面を強く打って、鼻血を吹いていた。


メスラーは木にぶつかった衝撃で失神しており、股間からは大量の鮮血と小便が染み出していた。


エルザは、うまく木に着地出来て良かったと安堵した。

そして、メスラーをそのまま放置して、ゆるゆると起き上がった。


エルザは、ブーツの靴裏に仕込まれているナイフを展開してつま先へ刃先を出した。母がくれた変わったブーツだが……思えばこのブーツが一番、人を殺しているかもしれない。


エルザは斜面をキックしてつま先を突き刺し、手には麻痺の小刀を持って地面へ突き刺し、少しづつ這うように登っていった。


「こんな所でブーツが役立つとは思わなかったけど……」


エルザは力なくそう呟いたが、元々氷壁を登るためのものなのだから、考えてみればこちらの方が、本来の使い方に近いといえる。


なんとか登り返して展望所へあがったエルザは、呼吸を整えながら周囲を見渡した。


展望所には、何名もの死体が転がっていた。息のあるものはいないか、見て回ったが、生きているものは誰もいなかった。


目の前に、朝、言葉を交わした美男子アデルの死体があった。

あの時はリリスを冷やかしたものだったが、こんなことになるなら、思い出などいらなかったと、エルザは悲しくなった。


エルザは、亡骸を葬ってやることも出来ぬまま、今すぐセラスを追って走らなければならない。


エルザは深く息を吐いた。




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