第33話 剣と剣
ガストンを斬った後、エルザは展望所の混乱を見て驚いていた。
エルザがガストンと戦っていたのは、ほんの15分くらいのことだ。
その短い時間にかなりの騎士たちが斬り倒されていた。展望所の真ん中で暴れている黒い戦士がやったのだろう。その黒い戦士は、今も、騎士3名を相手に互角の戦いをくり広げている。
「セラス様! お逃げください……ここは私が足止めします!」
遠くでオルトランの叫ぶ声がする。
エルザは思った。あんな化け物と戦っていたら、ヴァルハラへ行くどころの話ではない。ここで全滅させられてしまうだろう。
そして、オルトランの声の従ったのか、セラスがリリスたちを伴って街道を走って行くのが見えた。エルザはその判断が正しいと思いつつ、黒い戦士が追ってくる前に、セラスだけは逃がさなければならないと思った。
エルザは迷った。
ここで止まって足止めをするべきか、セラスを追って護衛するべきか……。そう逡巡している時、キースとヘクターがセラスを追って行くのが見えた。
キースとヘクターはA級冒険者……リリスと同じA級なのである。彼らは甘く見てもかなりの手練れと見て間違いはない。エルザが黒い戦士を足止めしたところで、セラスがキースとヘクターに斬られては元も子もない。
エルザはセラスを追うと決めた。
ただせさえやっかいな2人の追撃に加えて、この先どんな待ち伏せが待ち受けているか分からないからである。
「よし! 一刻も早くセラス様と合流しなければ……」
エルザはそう思って馬のもとへ駆け寄ろうとした時、一陣の風がエルザに向かって放たれた。エルザは、頭を下げて剣を振り上げ、ガキン! と音を立て、襲い来る剣を弾き返した。
「フハハハハ。まあ、この程度の攻撃は躱せるレベルはあるようだな!」
エルザは男を睨みつけた。
「お前はベリー!」
キースとヘクターはすでにセラスを追って走り出している。エルザは急いでいるのに足止めされてイライラしていた。
名前を呼ばれたベリーは、エルザを嘗め回すように見ながら薄らと笑った。
「騎士の坊ちゃんと遊んでいたら、お前と戦うことになるなんてな。ラッキーだぜ」
「どいてよ! 急いでるんだから!」
そういうとベリーはハハハと笑って
「それは何の冗談だ? 逃がすわけがないだろう。なんなら夜まで付き合ってくれよ? 羽毛布団のある部屋へ案内するぜ、エルザ」
「気持ち悪い!」
エルザがイライラしながらそう言うと、ベリーは口髭をはやした口の端をクィッと上げて、ハハハと笑った。
「ところで、どうやってガストンを倒したんだ? あんなに密着して……色気で誘って不意打ちでもしたのか? エルザよ。剣士なら、正面から斬り合ってこそ、己が磨かれるというもの……剣で勝負しろよ、剣で」
エルザはそれを聞いて、カッと頭に血が上っていた。
「何勝手なこと言ってるのよ! 味方ヅラして背中から斬り付けておいて……どのツラ下げて卑怯とか言ってるわけ? この腐れ剣士!」
エルザは気が立ってしょうがなかった。
だが、エルザが怒れば怒るほど、ベリーを喜ばせるだけだった。
「ほほう、それはそれは……少しは楽しませてくれるようだな、いいだろう、相手になってやろう」
ベリーはそう言うと、剣を中段に構えた。
ベリーの攻撃はすぐに飛んできた。ベリーは、にらみ合いといったことはしない性分だ。動いて、かき回す。それが彼のやり方である。
剣撃が横薙ぎに飛ぶ。
エルザは頭を下げてかわし、体を起こすと同時に木の葉ように裏返ると、ベリー自身の腕で死角になる位置から切り上げて、顔面へと剣先を伸ばした。
「うっ!」
ベリーは少し焦りながらもそれをかわし、逆に自身の刃をエルザの腹へと突き出しながら後ろに飛び退いた。その、引き際の剣は、思った以上に伸びてきて、エルザは後ろに下がって回避するしかなかった。
こいつ! これまでの奴らと違う!
エルザは冷や汗をかいた。
「ほう、思ったよりやるもんだな。さっきの騎士よりマシな動きだ。……だが、そろそろ死んでもらおうか」
エルザは内心イライラしていた。そして焦ってもいた。
さっきからいちいち癪に障るベリーの物の言い方……それに加えて早くリリスを追いたいという焦り。早くベリーを倒さないと、黒い戦士がこちらの戦いに介入し、2対1で相手をしなければならないことなど……色々なことが頭に浮かんで、エルザの頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
エルザの焦りは剣の乱れにつながっていく。そしてエルザの剣は、次第に大味なものとなって、ベリーにはさっぱり届かなくなってしまっていた。
そんな中、横で叫び声が響き渡った。アントニーが斬り倒されたのだ。
エルザに冷や汗が流れた。
これはマズい!
この剣士だけでも攻めあぐねているのに、もし、黒い戦士までこられたら堪ったものじゃない。その様子を察したベリーはにやけて言った。
「どうした、顔が青いじゃないか? おトイレでも行きたいのかね?」と、寒い冗談を言っていた。
エルザはうまく行かない現状に苛立っていた。
だが、こんな感情は断ち切らなければならない。
腹を括ったエルザは、黒い戦士のことを考えるのをやめた。静かに呼吸を整え、剣を中段の少し上に構える。そして相手の右手側が見えるように移動しながら、攻撃の機会を伺った。
それを見たベリーは、エルザが焦ってると考えた。
(今、動きが変わったな。何か仕掛けくるつもりか?)
そう思ったベリーは、エルザのペースを乱してやろうとけん制の突きををしかけていった。
ガラ空きになっているエルザの腹の方へベリーの突きが飛ぶ。
だがそれはエルザの罠だった。
エルザは、ベリーの斬撃を剣の側面で受けて、そのまま剣に沿わせてスライドさせ、剣の鍔と鍔が重なるようにぶつけたのだった。
ガキィンと鍔と鍔がぶつかる。
ゴントでエルランディが使ったこの技”鍔鳴き”は、怪力のエルザに適した技だとしてよく練習したものだった。
自分の鍔で相手の鍔をドンと突いた衝撃を、相手の伸びきった腕を通して、肩へと衝撃を伝える技である。
「うっ!」
伸びきった腕から伝わる肩への強い衝撃に、ベリーの上半身はのけぞって、うめき声をあげた。
その瞬間、エルザは鍔の重なりを外し、そのまま剣を前へ突き出す……鍔鳴きから流れるような動作で繰り出される顔面への突き……。
ゴント村での訓練では、エルランディがリリスに回避された技である。
ベリーはのけぞるように避けたが、剣は鼻を裂いて左目へと、頭蓋骨の表面を滑るように切り進み、ベリーの額を割った。ベリーの額が血を吹く。
ベリーは意識を失いつつも腕を振り、エルザへと剣を向けたが、エルザはすでの飛び退いており、その斬撃は空を切った。
エルザは飛び退いた先で立ち、中段に構え、反撃に備える。
だが、ベリーは遠心力を失った独楽のように、フラフラと揺れながら、ドウと倒れた。
エルザは右目だけでチラリとジョーを見た。
5メートルほど先に、黒いジョーの姿と、倒れたオルトランとアデルの姿があった。
ジョーは馬をエルザの方へと進めた。
そして、普段は無口なジョーが珍しく口を開いたのだ。
「面白そうな女だな。多少、剣は振れるのか?」
そう言って、ジョーはエルザに斧を向けた。
「俺を楽しませてみろ」




