第32話 バトルアックス
一行が大休止をしている時、突如現れた黒い鎧の戦士。
彼の登場を合図に、ベリーが、ヘクターが、……そしてキースが、セラスや周囲の騎士たちに襲いかかったのである。
彼らが得意気に飛び掛かった割には、周りの騎士たちになぜか対応されてしまい、初手で誰一人傷付けることが出来なかった。リリスたちが徹底してマークしていたので、不意打ちの被害はほとんど出なかったのだ。
「チーッ! どうなってんだ! バレてたのか!」
「知るかよ!」
そして、逆にセラスやリリス、バートン、アデル、オルトランと錚々たるメンバーで集中的に攻撃を受けていた。
「ちょっとやばくね?」
「おう、お前ももっと本気を出せ!」
そう言いながら、キースたちは奮闘していた。
セラスたちは、キースたち赤龍のブレスに気を取られるあまり、黒い鎧の戦士への意識が薄かったのだが、奥の方から慌ただしい物音と悲鳴が聞こえたことによって、それが間違いだと気付かされた。
通常ならば、赤龍を先に倒すという判断で間違いなかっただろうが、今回は相手が悪かったようだ。
全員の視線を集めた、その禍々しい黒の鎧姿。血にまみれた、鎖のついた二挺のバトルアックス。
飛びかかったテッドとエドウィンは、もうすでに血まみれになりながら、地面へ倒れていたのだった。
「テッド! エドウィン!」
オルトランは青くなって叫んだ。
テッドとエドウィンは、リール騎士団きっての手練れである。その2人が瞬殺されたのである。オルトランですら互角ともいえるあの2人を、あの黒い戦士はどうやって倒したのか。想像すらできない。
オルトランは青くなっていた。
あの黒い斧使いはやばい。
オルトランの直観がそう告げていた。正直なところ、オルトランには、セラスを守りながら斧使いを相手にする自信がない。
オルトランはセラスのそばへと駆け寄った。
「セラス様! お逃げください……ここは私が足止めします!」
「なぜだ! 全員で当たればよいだろう!」
セラスはそう叫んだが、オルトランは真剣な目つきで首をふった。
「あの男の強さは尋常じゃない……我が騎士団最強と言われたテッドとエドウィンが、あっけなく倒されてしまったのです……こうなっては、セラス様だけでも逃がすことが最優先! 護衛騎士とリリス殿を伴い、先へお急ぎください!」
「それではあなたたちが……」
「いえ! なりません! セラス様! これは我々だけの問題ではありませんぞ!」
2人が話し込んでいるその場へ、テッドとエドウィンを倒したジョーが、馬ごとなだれ込んで来たのである。
「うぬおお!」
ジョーは、敵も味方も関係なく、二挺の斧を振り回した。
これにはキースやヘクター、ベリーもたまげてしまった。
「うわわわ!」
「あぶねえ!」
「こっちは味方だぜ、ジョー!」
赤龍のブレスは、口々に抗議するが、ジョーの耳には届いていない。
まさかの強者出現に、セラスたちは総崩れとなってしまった。
オルトランは、ジョーの前に立ちはだかり、槍をしごいてジョーへと斬りかかって行った。
その一部始終を見ていたアデルは、リリスのそばに駆け寄って言った。
「リリス殿もバートン様と一緒に騎乗の準備を!」
「アデル様!」
リリスが叫ぶと、アデルは振り返って言った。
「リリス殿! 待ち伏せがあるやもしれませぬ……お嬢様をお願いします」
アデルはそう言うと、リリスの美しい瞳を見つめた。
「アデル様! ……必ずお戻りを……」
「ありがとう、リリス殿……」
アデルは、目に焼き付けるようにリリスをみつめると、馬首を返してジョーの方へと馬を走らせて行った。
セラスはその光景を見つめながら、彼らの思いを無駄にしてはならないと思った。
「みんなすまぬ! その想い……このセラスは忘れぬぞ!」
セラスはひらりと馬に飛び乗り、街道へと入っていく。そして、騎士バートンとリリスがそれに続いた。
リリスは後ろ髪が引かれる思いをしながら、それを振り切ってセラスの後を追うのだった。
囲まれていた騎士たちをジョーが蹴散らしたため、体勢を立て直すことができた赤龍のブレスの面々は再度攻撃体勢に入ろうとしていた。
その時キースは、セラスたち3人が街道へと逃げ出しているのを見逃さなかった。それをみたキースはニヤリと笑って言った。
「見ろ、ここはガストンの予想通りになったぜ」
それを聞いたヘクターが振り返った。
「おう、じゃあ、俺たちは、コランの元へ追い立てればいいんだな?」
「そのとおりだヘクター。おい! ベリー! 行くぞ!」
キースはそう叫んだが、キースはすでにチェスターと戦闘に入っており、それどころではなかった。
「こいつを殺したら追うから先に行っててくれ!」
ベリーは声だけで返事をして、チェスターへと剣を振るっていった。
キースは、周囲を見回して、ジョーとベリーなら大丈夫だと判断したのか、馬の腹を蹴った。
「おう、じゃあ先に行ってるぜ、早く追いついて来いよ」
そう言って、キースとヘクターは、セラス達の後を追って、街道へと入っていった。
◆
テッドとエドウィンを倒したジョーは、次の標的をセラスに定めて馬を走らせていた。
そのまま戦闘の群れへと突入したまでは良かったが、セラスの元へたどり着く前にオルトランに行く手を阻まれてしまった。
「行かせるかよ!」
そう言って、オルトランは槍を振り回してジョーを殴打した。
オルトランに殴られたジョーの額には、青筋が浮かんでいた。
ジョーは、無言で二挺の斧を構える。
「食らいやがれ、この!」
オルトランは、槍を振るってジョーと飛びかかった。オルトランは杖術に長けていたので、どちらかといえば、槍で斬りつけるというより、棒で殴りつける攻撃がメインだ。相手が棒の攻撃を受けたら、その反射で反対側の棒先が飛んでくる。オルトランはそんな素早く鋭い連撃を得意としていた。
だが、ただ殴打するわけではない。殴打している棒の先には、槍の穂先が付いているのである。鎧を着ていなかったら、ジョーもただでは済まなかっただろう。
だが、有効打を与えられたのは初めだけだった。
ジョーは器用に両手の斧で棒の攻撃をさばきはじめ、その流れで斧を振るうようになってきた。そして、オルトランが受けに回れば回るほど、ジョーの攻撃の手数が増えるという、悪循環に陥っていった。
その、打ち込みの差は次第に広がっていき、いつの間にかオルトランは防戦一方となっていた。ジョー、お得意のパターンである。
両手の斧をブンブン振りながら、相手の馬の尻へ尻へと自身の馬を寄せていき、オルトランの背中を取ろうとぐるぐると回る。
オルトランは背後に回られまいと必死に応戦するが、ジョーの斧は重く、攻撃をしのぐだけでも体力が削られていった。
オルトランは槍の穂先と石突の、棹の両端を必死に振りながら攻撃を凌ぎ続けた。
そこへ、アントニーが駆け付けてきた。
そして、アントニーも、ジョーの背後を取ろうと馬を操る。だが、馬の位置取りなど関係ないとばかりに、ジョーは2人まとめて相手をする。ジョーは、アントニーを左斧、オルトランはを右斧で相手をし、二人相手、ゆうゆうと互角に渡り合っていた。
だが、そのうち形勢はジョーへと傾いてきた。アントニーが疲れてきたのだ。
斧の勢いは刃を重ねるごとに増し、その力と速さに、2人は攻撃も防御も……まさに斧に翻弄されるままになっていた。
先に耐え切れなくなったのは、アントニーだった。
ジョーの重い斬撃に力負けし、槍を持つ手に力が入らなくなっていたのである。
それを見抜いたジョーは、次第にオルトランからアントニーへと、攻撃のウエイトを移していった。するとアントニーはとうとう音をあげて、
「ちょっと無理だっ!」
アントニーは叫んだ。
そして、アントニーが馬を数歩下げて場から逃れようとしたその時、アデルが乱入してきた。
「街道へ逃げろ、アントニー! こいつの相手は俺が受け持つ!」
「すまないっ!」
そういってアントニーが下がろうとした一瞬、馬に目を向けた時だった。ジョーの斧はアントニーの頭蓋を叩き割っていた。
アントニーの頭蓋に刺さる斧の刃は即座に抜き取られ、その血しぶきをまき散らしながらオルトランやアデルへ向けて斬りかかっていた。
「ああっっ!」
とアントニーが絶望と共に意識を失い、血を噴きながら馬の背から落ちていった。
「アントニーっ!」
アデルは叫び声を上げたが、他者の心配ができるほどの余裕を、ジョーは与えてくれはしない。
今度は斧の柄についている鎖をつかんで、鎖鎌のように振り回し、アデルへと投げつけてくる。アデルは槍を振るって防御するが、運悪く鎖が槍に絡まって、自由を奪われてしまった。
そして、その動きが止まった一瞬、ジョーの斧がアデルの胸を割った。
「ああーっ! これまでか! オルトラン様……後は頼みますぞ!」
アデルは血を吐きながらそう叫ぶと、己の体に突き刺さった斧を両手で掴み、鎖を腕にからませたまま、そのまま動かなくなってしまった。
「アデルっ!」
オルトランは、アデルが作ったこの瞬間を逃してはならないと思った。
怒りに震えていたオルトランは、アデルの馬へと駆け寄って、その背に飛び乗ったかと思うと、固定されたジョーの腕を突き刺そうと鎧の隙間へ、槍の穂先を突き刺していった。
「おのれ、黒い戦士め、皆の仇! かなわぬまでもせめて一矢、報いさせてもらうぞ!」
だが、怪力で体をよじってそれを逸らすジョー。
だが、斬りつけたその刃は、ジョーの腕から血を流させていた。
「うおおおっ!」
オルトランの、全力の槍がジョーへと降り注ぐ。ジョーは早々にアデルに奪われた斧を諦めると、1本だけでオルトランと対峙していった。
槍の連撃を放つオルトランに、斧でさばくジョー。
もはや意識を手放したアデルの体という、不安定なものでつながった2頭の馬上で、ガンガンと金属が激しくぶつかり、槍と斧が火花を散らしていた。
オルトランは、隠し持っていた短剣をジョーの馬めがけて投擲する。
ジョーが馬をさばいて回避した時、アデルが握る鎖を持ってジョーを引き寄せた。馬の動きと反する力を加えられ、体勢を崩したジョーめがけて、短く持った槍の穂先で打った。
「ぬおっ!」
ジョーはその槍を斧で受けた。
オルトランはその跳ね返りを利用して、槍を回転させ、ジョーの首筋を狙う。
片手を塞がれたジョーは、1本の斧で防戦一方となる。
「いけるか!」
オルトランがそう思った時、今度はジョーがその怪力で持って鎖を引いたのである。
「何っ!」
ジョーに鎖を引かれ、体勢を崩したオルトランが引き寄せられた先には、ジョーの斧が飛んできていた。
オルトランもまた、相討ち覚悟でジョーの顔へと槍の穂先を飛ばしていた。
「ぬおおお!」
オルトランの槍は鎧を首回りを破壊してもぎ取ったが、その身を傷付けることは出来なかった。
逆にジョーの斧はオルトランの鎧の隙間へ深々と突き刺さる。血管が切れたのだろうか、血が噴出していた。
「ぐあああっ!」
オルトランは血を吐きながら唸った。
「もはやこれまで……」
オルトランは、落ちかけた馬から飛び降りて、思い切りジョーの腕へ体重をかけた。
「うおおおお!」
すると、ジョーの腕が変な方向へ曲がった。
「うぐっ!」
ジョーは思い切りオルトランの顔面を斧で殴り付けて、オルトランを吹き飛ばした。
そして、止めの一撃を首筋へと突き入れたのだった。
リールの精鋭たちは、たった1人の男の手によって、ものの十数分で壊滅してしまったのだった。
 




