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第31話 接近戦



三日月湖手前の展望所……その崖のすぐそばで、エルザとガストンはいる。


ガストンは不自然に近いほど、エルザに近づいて立っていた。それは、恋人でもない限り、接近しない距離だ。


エルザの心臓がドクンと胸を打った。そして、その鼓動はだんだんと早くなっていく。……もちろん、恋の胸騒ぎではない。命の危険を感じる緊張からである。


エルザは、足を進めて、ガストンと距離を取った。


すると、ガストンも付いて来る。そして、口を開いた。


「やあ、エルザ君……三日月湖を見てるのかね」


エルザは自然なそぶりでチラリとガストンを見たが、まだ、剣に手は触れられていないようだった。


「ええ……私は数日前に初めて故郷を出て来た田舎者ですから、こんな大きな湖は珍しいんですよ」


エルザはそう言って、作り笑いを見せた。


「この湖がなければ、ヴァルハラへも早く行けるんだがね……残念だが、今日は湖の向こう側のオーツへ行くだけで日が暮れてしまうだろうな」


ガストンは、不自然に身を寄せてくる。……エルザも、景色を見るそぶりをしながら距離を取る。


「こんな大きな湖なら、迂回するしかないですよね」


エルザは唾を飲み込んで、返事をした。


「だが、方法はなくはないんだ。この先の峠を下りきった所に吊り橋があってね。そこを渡ればすぐにオーツなんだよ」


「じゃあ、なんでその吊り橋を渡らないのですか?」


「それは橋が細くて揺れるからだよ。馬を渡すのが難しいからね」


「なるほど……」


「……」

「……」


……会話が止まってしまった。



会話が途切れて気まずいという思いと、ガストンが内通者だという疑惑……それに加えて汗臭い中年の男が、肌の熱が伝わる距離にいることも、エルザの居心地を悪いものにしていた。



ふと、遠くから、馬のいななきのようなものが聞こえた。それと同時に、馬の蹄の音がだんだんと大きく聞こえてきた。


ガストンは、その音を耳を澄ませて聞いていたが、やがて口を開いた。


「私にはね、弟がいたんだ……3つ下の弟がね」


「そうなんですか……今はどちらへお住まいなのですか?」


エルザがそう尋ねると、ガストンは目を瞑って首を振った。


「死んだよ……」


エルザは驚いて、暗い顔を作った。


「それは、本当にお気の毒です……」


そう答えはしたが、エルザはなぜ、そんな話を自分にするのか疑問に思った。


ガストンは目を開けて、また、首を振った。


「いや、いいんだ。……弟は悪い男だった……悪事に手を染めていたんだよ。それで殺されたんだ。だから、私も、死んだのは仕方のないことだと思っているんだ。……だがね、それでも血を分けた弟が死んだんだ。……悲しかった、寂しかった……殺した相手に罪はないと知りながらも、弟を殺した奴は憎いのだよ……エルザ……この気持ちは、おかしいと思うかね?」


遠くでガラガラ……と、崖の下に岩が崩れ落ちていく音がした。

そして、先ほどの、馬の蹄の音がだんだんと大きくなり、展望所で騒がしく鳴り響いた。


その時エルザは、ガストンの背後のずっと向こうに、一頭の馬に跨る黒い戦士の姿を見た。その、両手には大きな斧が握られているのだった。エルザはガストンを睨んだ。


展望所からは慌ただしい足音や、大声が聞こえだした。


エルザの心臓は、ドクドクと大きく胸を打った。


そして、ガストンは、かなり近い位置まで接近している。


その距離およそ40cm。


エルザが肘を曲げたら、指先がガストンの腹に当たるのではないか、という距離である。


エルザの全身が総毛立ち、肌が痛いくらいピリピリしだした。


エルザもガストンも、剣の柄へは手をかけていなかったが、左手で鞘をギュッと握りしめていた。


エルザはガストンの目を見て言った。


「で、弟さんは……どちらで亡くなったんですか?」


ガストンの目が大きく見開かれた。


「弟はゴント村で死んだんだよ……聞いたことがあるだろ? 名前はガスタって言うのさ!」


その瞬間、エルザとガストンは同時に動いた!


ガストンは、自分の剣を抜こうと剣の柄へと右手を伸ばしたが、エルザは、敵であるガストンの剣を奪い取ろうと右手を伸ばしていた。なにせ、肘を曲げれば届く所に剣の柄があるのだ。エルザは迷わず相手の剣を奪いにいったのである。


ガストンは少し驚いたが、鞘を握る腕をくるりと回してフェイントをかけ、エルザの掴みを回避した。そして、剣の柄を握ったのはガストンの右手だった。


「良しっ!」


思わずガストンは声をあげた。


エルザが伸ばした右手は空を掴んだが、その直後、すぐさま、ガストンの右手首を掴んでいた。これでは剣が抜けない!


「なあっ!」


そしてエルザは、驚くガストンを後目に見ながら、己の左手に握られた剣を鞘ごと前へ突き出したのである。


エルザの顔は怒りで真っ赤に染まっていた。


「てっめえ、裏で盗賊と繋がってたのかぁ!」


エルザがそう叫び声を上げると、突き出した剣の柄先が割れて中から幅5センチほどの小さな仕込み刃が現れていた。


そして、それはガストンのわき腹へと突き刺さっていく。


「あーっ!」


ガストンは回避しようとするが、エルザが右腕をガッチリと掴んで引き寄せている。


そして、わき腹に突き刺さった刃は、ミチミチミチ……と痛そうな音を立てて、ガストンの腹を斬り上げていく。


「ぬおおおおお!」


ガストンは剣を手放し、手首の拘束を関節技を使って外すと、両手でエルザの細い首を強烈に締め上げていった。そして、その首絞めでエルザを拘束したまま、エルザの腹を何度も何度も膝蹴りしていく。


「があああっ」


エルザの腹に、激しい膝蹴りの打ち込み音が鳴り、首からはゴキゴキと嫌な音がした。


「おええっ!」


だが、エルザが拘束されているということは、ガストンもまたエルザに固定されているとも言えた。


エルザは口から涎を吐きながら、とうとう首のあたりまで、力を込めて斬りあげていった。


「ぐああああ!」

「ふぬうううっ!」


エルザは顔を真っ赤にしながら歯を食いしばって首に力を込めた。


「弟の仇めっ……この、弟の仇め!」


ガストンは、口から血を吐きながら叫んだ。


エルザは食いしばる歯茎から血が出るほど、ガストンの首まで、柄先の隠し刃を斬り上げていた。


ガストンの腹や首から血が噴出する。


エルザが前を向くと、ガストンが鬼のような形相でエルザを睨みつけている。腹が斬れてしまって、もう蹴る力が出なくなっていた。 


「これだけの傷……負わせよって……俺はもう駄目だ。せめてお前を道ずれにして、あの世へ行ってやるぜ!」


「そうはいくかっ!」


エルザは隠し刃を首から引き抜くと、ガストンの手首を右手で押さえながら、隠し刃で手首を横に強く斬り裂いた。それは手首の骨も血管も断ち切るほど、エルザは力を込めていった。そして、今度はエルザがガストンの腹を蹴り押した。


「ぬおおおおっ!」


エルザは力いっぱい、ガストンの体を足で押した。


すると、首を絞めているガストンの手首がミチミチミチ……と音を立てて千切れ飛び、エルザは後ろへ跳ね飛んだ。


「フーッ! ハーッ! フーッ!……」


エルザの顔は酸欠で真っ赤になっていて、目は取れそうになるほど見開いていた。


エルザは首に巻き付いた、まるで太い針金のようなガストンの指を力を込めて引きはがし、その汚らしい両手首を地面に投げ捨てた。


そして、胸いっぱいに息を吸った。


次の瞬間、エルザは吐いた。


「おええぇっ!」


その姿を見て、ガストンが笑う。


エルザは肩で息をしながら、荒く息を吐いていた。エルザはガストンを睨みつけて言った。


「汚いんだよお前は……」


エルザはゆっくりと剣を抜いて、大上段に構えた。


そして、ガストンを一睨みすると、渾身の振り下ろしをガストンの頭蓋へと放った。エルザの剛鉄剣は、ガストンの頭蓋を断ち割り、そのまま顔面を縦に斬り裂くと、胸骨まで突き進んで止まった。


ガストンの体から、ガポガポと血が溢れ出てくる。


エルザはゆっくりと呼吸を整えてから剣を抜いたが、頭の中はまだ、酸欠でボーッとしていた。


エルザは後ろへたたらを踏んで下がり、荒く、肩で息をしていた。



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