第30話 待ち伏せ
セラスたち一行は、砂煙をあげながら、草原を駆け抜けていく……。地平線の彼方から、朝日が昇って一行をオレンジに染めた。
馬の足は速く、顔に当たる風は冷たい。そんな肌寒い空気の、夏は終わったと思わせる朝であった。
リールからヴァルハラまでは、馬で2日ほどかかる距離がある。セラスたちは、その中間地点オーツという街まで駒を進めるつもりであった。この草原を抜けると山間部に入るが、その山間部の入り口あたりで、オーツまでの道のりの3分の1といったところである。
セラスたち一行は、順調に草原を抜けて、間もなく山間部に入ろうとしていた。
その後方で、セラスたちと一定の距離を取って追っているのが、西神流道場のブレットとダグラスである。2人は目深いフードを被りながら旅人を装ってはいるが、その筋骨隆々の体格は、羽織っている外套では隠し切れないほど逞しかった。
「おい、ダグラス。あそこに岩陰があるだろう。そこに井戸が掘ってあるんだ。そのあたりで追手が来ないかどうか、様子をみようじゃないか」
「ああ、わかった。水場なら、盗賊たちが立ち止まるかもしれないしな……。何か情報をこぼしていくかもしれん」
「よし、じゃあ、止まるぞ」
そう言って、2人は馬を岩陰へと走らせていった。
そして、表からは見えないような奥へ馬をつないで、井戸のある表まで歩いて出て来た。
そして、弓や剣などの武具を取り出して、戦う準備を整えた。
「来るかな?」
「来るさ……」
そう言いながら、2人は待った。
もちろん、何もないに越したことはない。
ほら、バットの言ったとおりじゃないか、と言いながらリールに戻りたい。
だが、2人は知っていた。こういう時のリリスの勘は当たるってことを。
2人が水場についてから、30分ほど経った頃。リールの方角から砂煙が立つのが見えた。
ブレットとダグラスは、顔を見合わせた。
「来たな……」
「ああ」
「じゃあ、隠れて様子を探ろう……いいか、無理をして戦闘をするなよ?」
「わかってるって……かなり人数もいそうだし、無理はしないさ」
「お前は血の気が多いからな」
「馬鹿言うなって……俺だってわきまえているさ」
ダグラスはそう言って、すぐそばの草叢へと身を潜めた。ブレッドは、岩陰に隠れる。
しばらくすると、砂煙は大きくなり、10人ほどの男が、馬に乗って水場へと入ってきた。
男たちは馬を降りて手綱を柵へ結びつけると、中央へ集まって石の上などに腰を下ろした。
それは、丁度、ダグラスの潜んでいる草叢の目の前……ほんの2メートルほどの位置だった。
しばらくして、リーダーらしき男が大声をあげた。メスラーである。
「もうすぐ山間部に入る……これが最後の打合せになるからようく聞け。ガストンは、峠の手前にある展望台へ誘導すると言っていた。そして、ジョー。お前の突入にあわせて、内通者たちが大暴れすることになっている。お前の登場が祭りの合図なんだ」
そう言うとメスラーは立ち上がった。
「俺は先に行って準備することがある。バウドンとネイダーは俺についてこい。……ジョー、お前たちは15分ほどしてからここを出ろ。」
そういうと、メスラーは馬に飛び乗り、手下二人と一緒に、山の方へと走って行った。
その一部始終を聞いて、ダグラスは冷や汗をかいていた。
「やっぱり、リリスの勘は当たっていたか……」
残された敵の数は7名。……結構な人数だ。
「なんとかリリスの助けになりたいし、このまま指をくわえて見送るのも、なんだか癪に障るな」
ダグラスはそう思って、ブレッドを見る。
ブレッドは、首を横に振った。
だが、手を伸ばせば届く距離、目と鼻の先に盗賊が無防備に背中をさらしているのを見ると、ダグラスは斬りかかりたい衝動に駆られていた。
今、飛び出せば、ダグラスは即座に3名ほど斬り伏せる自信があった。そして、ブレッドの位置からだと2名は大丈夫だろう。
そうなれば、2対2の勝負に持ち込める。
その状況で、2人が遅れをとることは無いだろう……なにせ、2人とも西神流道場の、四天王の一角を占めているのだから。
ブレッドとダグラスが、草叢に隠れてそんなやりとりをしていると、先程、ジョーと呼ばれていた、黒い鎧を着た男が立ち上がって、自分の馬の方へと歩いていった。その男こそ、リールでは処刑執行人と呼ばれているジョーである。頭に黒い兜と、鼻を隠す程度の黒い仮面を付けている。
だが、無口な彼は、どうも手下たちとうまく交流ができていないようだ。手下たちはジョーが恐ろしいようで、ジョーが動くたびに目で追うように見ている。
しばらくすると、ジョーが立ち上がった。そして、馬の方へと歩いて行ったのである。まだ、無口なジョーは、出発すると声をかけたりしないが、まだ15分経っていないのである。
盗賊たちは顔を見合わせて、行くのか? まだなのか? こそこそ話合っていた。
その間、盗賊たちの意識は、ジョーの方を向いていて、ダグラスたちには、全く気付いていないようだった。しかも、武器を携帯していないものまでいることに、ダグラスは気付いた。
黒い鎧が馬に飛び乗った。体格の良い筋肉質の体は、馬上で大きな存在感があった。
それを見た手下は、出発を悟って一斉に立ち上がった。
ダグラスは、そんな様子に歯噛みした。
こんなチャンスはもう来ない。
ダグラスは数秒、逡巡していたが、顔を上げると槍を掴んで草叢から飛び出して行った。
「ダグラス! 貴様っ!」
ダグラスが飛び出した以上、ブレッドは、不本意ながらも援護せざるを得なかった。
一番近い盗賊は数歩の距離。一瞬で接近し、槍で突き刺した。
「ぎゃああ!」
盗賊の悲鳴が、戦いの合図となった。背中から血しぶきが飛んで、ダグラスを朱く染めた。
「なんだ! 敵襲か!」
「おい、一体どうなっている!」
自分たちは襲う側で、まさか襲われるとは思ってもいなかったのだろう。
そのうろたえぶりはすさましいものがあった。剣も持たすに休憩していた者など、背中を見せて逃げの一手である。
「油断しすぎだっ!」
ダグラスはそう言いながら、逃げる盗賊の背中を2人ほど突き伏せ、ブレッドもまた2名を槍で突き倒した。こうしてダグラスの不意打ちは成功し、瞬く間に5名の盗賊が戦闘不能に陥り、残るはジョーと剣も持たずに休憩していた馬鹿な盗賊の2人になったのである。
「ジョーの旦那! 敵襲! 敵襲ですぅ!」
逃げ惑う1人の盗賊がそう叫ぶと、馬に跨ったジョーは、すぐさま馬首を翻して、ブレッドとダグラスの元へと走り寄って来た。
図らずも2対1となった。
数の有利さに加え、四天王2人で相手で立ち向かうのである。先ほどとは打って変わって、優位性は自分たちの側へあるとダグラスは思った。
「ええええい!」
「おりゃああ!」
ダグラスはりゅうりゅうと槍をしごいて、ジョーへ突きを入れる。連撃に次ぐ連撃。その槍の速さと様々な方向からの打ち込みが、ジョーへと襲い掛かったのである。
西神流道場では、槍や投擲武器など、様々な武器の使い方を学ぶ。リリスが鉄球を投げていたのも、その一環である。その中でも、ダグラスは槍が得意な男だった。並の男が一度突く間に、ダグラスは3度も突き入れるほどの腕前。ブレッドもまた、ダグラスほどではないにせよ、槍で一流といわれる腕前である。
そんな2人が連携して、同時に攻撃するのである。攻撃される側としては、たまったものではない。
まずはブレッドが正面から攻撃し、ダグラスは背後に回って死角から攻撃をする。
しかも、怒涛の連撃である。
「えええい!!」
「おおおっ!」
ブレッドとダグラスが気合を入れながら攻撃をするが、ジョーは一言も声を発しない。まるで、機械人形のようだ。
ブレッドとダグラスは、凄まじい勢いで、槍を突き入れ、叩き、振り回していった。
だが、一体どれだけ攻撃を続けただろう‥…。彼らの槍は、一度としてジョーの黒い鎧へとどかなかったのである。
「一体、何なのだ、この男は!」
ブレッドとダグラスの額に、脂汗がにじみ出て来た。腕も軽く疲労がたまってきている。
やがて、2人の攻撃は、ジョーに届かないどころか、だんだんと外へ、外へと槍を弾き飛ばされるようになっていた。
「くっ! なんて力だっ!」
弾かれた槍に体を持って行かれ、攻撃の手が緩んだ隙に、今度は斧の斬撃が降ってくるようになっていた。
「あっ! くそ!」
気が付けば、ブレッドとダグラスは防戦一方になっていた。時折、汗が目に入って沁みるが、それをぬぐう余裕など、今の2人には全くなかった。
2人の攻撃が緩むにつれ、ジョーの攻撃は勢いを増していく。
「グおおお……これほどの技量をもった男がいたなんて!」
ダグラスは脂汗を飛ばしながら、必死で槍を振り回してなんとか防御し続ける。
だが、斧の勢いは刃を重ねるごとに増し、その重い斧の斬撃に翻弄されるままになっていた。
ブラッドも、斬撃を受ける度に、体が左右に振られていく。
もはや、足さばきとか、構えとか、そういうものは一切使えなかった。2人はただただ、本能のまま、必死で斧を受け続けることしか出来なかったのである。
「ううむ……!」
黒い鎧の男が、なにやら呻き声をあげた。 イライラしているのだろうか。パッと斧を長めに持ち変えて、遠心力も使ってガンガンと打ち始めた。
2人の槍は、斧を受けたせいで、ささくれ立ち、もはや握り手を滑らせながら突くことはできない。ゆえに打撃系の攻撃にシフトしていたのだが、そうなるとジョーの動きがより一層、激しくなるのだった。
脂汗が飛び散らせながら、必死に槍を振るうダグラスだったが、そんな防戦一方な状況が、たったひとつの ミスで終わりを告げることになる。
槍のささくれが酷くなったため、ダグラスの手の平が引っかかって動作が甘くなり、防御が間に合わなかったのである。
「あっ!」
ダグラスがそう叫んだ瞬間、ジョーの目が光った。
「ぬん!」
ダグラスの胸へ、ドドドドッ! と、ジョーが斧の先端で放った5蓮突きが突き刺さった。
「ぐあああ!」
ダグラスは血を吐いて背中から地面へ落ちて行った。その時思い切り背中を打ったため、一時的に息が吸えなくなってしまった。
「あ、が……が……」
ダグラスは呼吸困難に陥り、胸を押さえながら動けなくなってしまっていた。
「ダグラス!」
ブラッドが叫んだ。
そして、次の瞬間、ジョーが持つ2本の斧は、ブラッド一人に向けられることになった。
今度はジョーからの激しい連撃である。2本の斧が、まるで2人から攻撃してくるかのようだった。
死角へ、死角へ……逃げる方へと……躱す方へと、ブラッドの嫌がる所へ攻撃を仕掛けてくる。もはやブラッドは、目だけがグルグルと動き回るだけとなって、ジョーの動きを、完全に見失ってしまっていた。
「ぐあああっ!」
ブラッドの悲鳴とともに、右胸に斬撃が走り、血が飛び散っていった。
そして、倒れ行くブラッドの頭へ、ジョーが斧を振る。
倒れゆくブラッド目掛けて放たれた斧は、ブラッドの頭の上を通過した。だが、そこをジョーは斧を反転させて真下に振り下ろし、斧の腹で頭を叩いた。
「があっ!」
ブラッドは頭から血を流し、意識を失いながら、地面へと倒れ伏した。
ジョーは槍をブン!と振って血を飛ばすと、もう一人の盗賊へ声をかけた。
「おい、バズ! 予定より随分と遅れている……行くぞ」
「ジョーの旦那、止めはもういいんで?」
「もう。何なのだお前は。時間がないと言ったのが聞こえなかったのか? 馬から降りるのも面倒だ。……お前が馬から降りて止めを差してこい」
するとその盗賊は慌てて、
「い、い、いえ……死に際に反撃されそうなんで、やめときます……」
するとジョーは大きなため息を吐いた。
「……だったら黙って従え!」
「は、はい、すみません……ジョーの旦那……」
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「ああ、メスラーに嫌味を言われる……一気に5人も失ってしまった……」
そうぶつくさいいながら、ジョーは、馬を走らせていった。ジョーの意識はこれからの戦いにあった。なにせ、ジョー自身の到着が、戦闘開始の合図なのだから。
「昼飯が終わって出発でもしたらどうするんだ……こんな奴ら、もう戦えないだろう。今はどうでも良いわ……」
「へい、すみません!」
そう言うと、ジョーたちは山の方へと駆けていった。
◆
「やっぱり大きいな、三日月湖は」
「東西に60kmはあるらしいぞ。山の谷間がせき止められて、水が溜まってできたらしいぜ」
オルトランの部下、アントニーとテッドが、湖を見ながら話している。
「渡し舟でもあったらいいのにな」
「昔はあったらしいが、今は湖賊に邪魔されて、やってる人はいないらしいぜ」
「それで、湖を迂回しなければならないのか。領主は何やってんだか……」
昼過ぎに、峠の手前にある展望所に着いたので、一行は大休止し、早めの昼食を取ることになった。みんなが会話をしながら昼食を食べている中、エルザは手早く食事を済ませて、展望所の端まで歩いて行った。
ふと振り返ると、セラスやリリス、オルトランなど事情を知る者は、食べ物を軽く口に入れるくらいで、警戒を怠る様子はなさそうだった。
エルザは、遠くの景色を眺めた。展望所からは三日月湖が一望出来る。
エルザは、柵のない展望所の端まで歩いて、足元の崖を見下ろした。その崖は2mほどストンと落ちていて、そこから薄く草の生えた急斜面が40mほど続いていた。
「斜度は35度ほどあるかしら?……もし、ここに雪が積もったら、スキーが出来るかもね……でも、先生は、ここを滑ろうって思うかしら?」
確かにスキーをするには良い斜面だ。だがその先がまずい。滑った先は、三日月湖へと向かう渓流が流れる谷底なのだから。
斜面終わりの部分……つまり谷底への落ち口とでも言ったらいいのだろうか。崖の際には、木がまばらに生えていた。
「こんなに木が少ないなんて。以前、土砂崩れでもあったのかしら?」
エルザはそんなことを想像しながら、この崖を眺めていた。
エルザは、考え事していたせいで、人の接近を許してしまっていた……。足音に気付いて振りかえると、ガストンがすぐそばに立っていたのである。
押されれば、すぐに落ちてしまう、崖のそばなのに。
ニヤついたガストンの姿を見て、エルザの心臓は大きく跳ね上がった。




