第3話 弟子入り志願
夕方になってから、ミラがカレンの家へ訪ねて来た。
狼騒動があってから、ミラはエルザを探してあちこちへ走り回っていたのだが、モニカの家へ行った時、エルザはカレンの家にいるらしいことを聞いて、飛んで来たらしい。
エルザの元気な姿を見ると、ミラは思わず駆け寄って抱きしめていた。
「……エルザ! 本当に無事で良かった!」
「……母さん……」
エルザは、母さんが心配してくれたのが、うれしかった。
サンドラが2人の元へ寄ってきて、エルザの背中へ手を置いた。
「ミラ……今日はうちのカレンもモニカも……エルザのおかげで助かったのよ。特にモニカなんて、エルザがいなければどうなっていたことか……家に帰ったら、バルトと一緒にうんと褒めてあげてね」
そういって、サンドラは、エルザの頭をなでた。
ミラはエルザを見ながら微笑んだ。
「わかったわサンドラ。エルザは頑張ったのね。今日は美味しいものを作りましょう。家に帰ったら、父さんに今日の話をしてあげなさい」
「うん」
それからエルザは、夕暮れの中、ミラと一緒に手をつなぎながら歩いて帰った。いつも怒られてばかりのエルザだったが、たまにはこういう母さんもいいなと思った。
家に帰ってから、ミラはご馳走を作った。エルザの大好きな鹿肉のシチューや、熊肉の串焼きもあった。これにはエルザもバルトも大喜びで、いつもより多めにおかわりをしたのだった。
「エルザよ。そろそろ、今日の魔獣退治について聞かせてくれよ」
「お腹が減りすぎて話すのを忘れていたわ!」
そう言ってエルザは笑った。そして、バルトとミラへ、今日の魔獣退治について話し始めた。
「……魔獣はね、全部で10匹もいたのよ? そのうちの5匹は私が倒したの」
バルトは驚いて目を剥いていた。
「一体、どうやって倒したんだ?」
バルトがそう水を向けると、エルザは得意になって事の顛末を話し始めた。それを聞いたバルトは手を叩いて喜んでいたが、ミラ卒倒しそうなほど青ざめていた。
「さすが俺の娘だ!」
そう言ってにこやかなバルトにミラは眉尻を釣り上げて注意した。
「バルト! あなたまで調子の良いことを言わないで頂戴! エルザ……あなたがモニカやカレンを助けたというのは本当にえらいと思うけど、今後は危険なことをあまりしないで頂戴……。母さんはショックで寿命が縮んでしまうわ」
そう言って、大きなため息をついていた。
「ミラ……エルザを助けてくれたおじいちゃんっていうのは、あの森の境に住み着いたっていう、剣術使いの先生だろ?」
「ええ。昔、王都で剣術の先生をやっていて剣聖とまで言われた人なんですってね……今は引退してアルカンディアへ来たって聞いたわよ」
「随分と年だって聞いたけど、むちゃくちゃ強いじゃねえか」
「エルザに剣を貸したと言ってたわね? 剣聖様は何を使って戦ったの?」
「私が持って来た大きなハンマーでブッ叩いてたわ」
「……なんでも使えるんだな。しかし、その剣聖様が来なかったら、エルザもモニカも本当に危なかったな」
「ホント、エルザは剣聖様のおかげで助かったようなものよ。明日にでもお礼にいかなくちゃ」
「ああ、そうだな。そうしよう」
バルトとミラがそんな話をしていると、エルザがボソリと言った。
「私も剣術を習いたいな……」
するとミラはぎょっとした顔をして、
「女の子が剣術なんて、ダメに決まってます!」
と言った。
すると、エルザはそれっきり黙ってしまった。
バルトは、そのエルザの負けん気な表情を、ジッと見つめていた。
◆
翌朝、バルトとミラは、エルザを連れてセドリックの家へと向かった。
「手土産は何にしたの?」
「剣聖様は酒好きだ聞いているからな……とっておきのを1本持ってきたよ」
手土産に隣村で醸されたワインを1本持ってきている。
3人がセドリックの家へ到着すると、彼は家の前で朝稽古をしている所だった。
「あのー、剣聖様。このたびは娘の命を救って頂いて、本当にありがとうございます」
そう言って、3人は礼を言った。
「いやいや、気にせんでください。この村に流れてきたよそ者に、暖かく接してくれてる村の皆さんのお役に立てたというなら、こちらとしてもうれしいというものです。お気になさらず」
「いえいえ、そういうわけには……これはつまらんもんですが、剣聖様がお好きだと聞いたもんで……」
そう言って、バルトはボトルを差し出した。
「ほう、これはこれは。では、有難く頂戴しよう」
そう言って、セドリックはボトルを受け取った。
「まあ、立ち話もなんだ、中へ入ってください」
そいいうと、セドリックは家の中へと入ってしまった。
バルトとミラは顔を見合わせてから、エルザを連れて、家の中へと入って行った。
3人が中へ入ると、セドリックはワイングラスを出して、軽く酒盛りの準備をしていた。早速、バルトにもらったワインを試そうというのだろう。テーブルの上におつまみなどを並べてから、3人へ座るように言った。
「さあさあ、こっちへ来て座ってください。バルトさんは飲めるんでしょう。ミラさんもどうですかな?」
「いえ、私は全然ダメですの」
「そりゃ残念だ。じゃあ、エルザさんと一緒に、果実水でも飲んでもらいましょう」
セドリックはそう言って、ミラとエルザの前に果実水を置いた。
セドリックが席に着くと、バルトとミラは改めて礼を言った。
「剣聖様、この度は本当にありがとうございました。後で娘に話を聞いて、万一のことがあったらと想像して、夫婦でゾッとしていた所です」
「いやいや、本当に気にしないでください。ワシはこれぐらいしか取り柄のない男ですからな……それにしても、おたくのお嬢さんは豪胆ですなあ。ブラックファング相手に気丈に立ち向かうのですから」
「本当に……お転婆娘で困っております……」
ミラはチラリとエルザを見ると、恐縮してそう言った。
「いやいや、そんなことはないさ。10歳の女の子がブラックファング相手に大きなハンマーを振るう姿はなかなかのものでしたよ。それに、7頭のブラックファングに囲まれた時は、万が一、取りこぼしがあって怪我をさせてはいかんと思って剣を握らせておいたのですが、それを使って2頭も打倒してしまうんですからな。ワシも驚きましたよ」
「そんな、男みたいな……それより少しは女らしさを持って欲しいものです」
「奥方様の気持ちもわかりますがな。この娘の天分は体を動かすことにあるとワシは思いますぞ。女らしさとは、ほど遠いかもしれんが、そういうこの子の得意を伸ばすことも考えてあげてくだされよ」
それを受けてバルトが聞いた。
「剣聖様の目から見て、エルザには何か光るものがあったのですか?」
そういうと、セドリックはワインをグビリ飲んだ。
「ワシは王都で剣を教えておったが……正直、こんな面白い子供は見たことがない。なんというかな、力の使い方がうまいんだよ。噂で聞いたが、この子は丸太を担げるほど力が強いのだろう? つまり、その強い力ををダイレクトに武器へ伝えることが出来ているんだ」
「体の使い方が上手いんですかね」
「そうとしか思えんな……こういうものは、理屈で知っても出来るもんじゃないから」
そういうと、セドリックはグラスのワインを飲み干した。
「エルザは、何かやりたいことはないのか」
セドリックは、エルザを見た。
エルザはじーっとセドリックの方を見ていた。
「私、先生の弟子になりたいわ」
エルザがそんなことを言い出したのでミラは仰天して椅子から転げ落ちそうになっていた。だが、バルトとセドリックは笑みを浮かべてそれを聞いていた。
「それは本当か? ……つまり剣を習いたいということだな? だが、こんな道を選んだら、本当に嫁にもらってくれる男はいなくなるかもしれんぞ」
「結婚なんて別にしなくてもいい」
「だが、エルザよ。もし本当に剣を習いたいのだったら、まずお前の両親を説得しなければならんが、一体、どうやって説得するつもりだ?」
「私に剣の才能があるって、認めさせればいいんでしょ?」
「ほう、それはどうやって?」
「私が木の棒を振り下ろすから、父さんはそれを受けてみてよ。それで納得がいったら弟子になることを許して欲しいの」
するとミラが口をはさんできた。
「こら、エルザ。先生の了解ももらってないのに勝手にそんなこと言っちゃ駄目よ!」
「え! 先生はいいよね? 私が父さんをギャフンと言わせたら、弟子にしてくれるよね!」
セドリックは笑った。
「はっはっは、面白い、やってみろエルザ。だがな、ある意味、お前の父が一番手ごわいのかもしれんぞ。なにせ、丸太を担ぐ馬鹿力のエルザの……お前の父親だからな」
それを聞いて、バルトは乗った。
「わかった。じゃあ、エルザは父さんに打ち込んで来るんだ。父さんはそれを受けるから、父さんが納得出来たら弟子にしてもらうといい」
「ちょっとあなた!」
「いいじゃないか、ちょっとした戯れだ。たかが10歳の子供が打ち下ろす棒を受けるだけだぞ。俺だって怪力で通っているんだ。このくらいの打ち下ろし、屁でもないさ」
「よし、じゃあ準備しよう」
そういうと、セドリックは部屋の奥から木剣を2本、取り出してきた。
「じゃあ、1回勝負だ。エルザの身長が足りないから、バルトさんは膝立ちで受けてもらいますよ」
「わかりました」
「じゃあ、エルザ。始めなさい」
セドリックがそういうと、エルザは両手で木剣を構えた。
バルトは片手で剣を持って、頭の上で、木剣を横に倒して構えた。
木剣を構えたエルザには、ものすごい気迫が籠っていた。
エルザの血は熱くたぎり、目は燃えるように熱を持った。
そして、渾身の一撃を放つために、全身の毛を逆立てて力を漲らせる。
その気合の入れようを、セドリックは良く見ていた。
「バルト殿。木剣は両手で持って」
セドリックがそういうと、バルトはあわてて両手で木剣を持った。
その直後。
エルザが木剣を振り下ろした。エルザは全力の一撃を、バルトの頭上へと放つ! それはエルザの強い意思が込められていた。
「ええええい!」
ガッ! ゴン!
バルトはエルザの振り下ろしを木剣で受けたが、エルザの剣は想像以上に重かった。バルトは木剣を受けた瞬間、自身の木剣の背で頭をしたたか打って、後ろへ転んでしまった。
「あ!痛ええ!」
バルトは頭をさすって痛みをごまかしていたが、これは相当痛かったようだ。
「あっはっは、バルト殿、やられましたな」
「もう、なにやってるのよ、あなた!」
「あー、痛い……。エルザ……お前のそんな細い腕のどこからこれほどの馬鹿力が出るんだ?」
バルトはヨロヨロと立ち上がりながら、自分の頭を摩っていた。
「私の勝ちね!」
エルザは胸を反らして得意気に笑った。
セドリックは椅子に腰かけて、ワインをグイッと飲んだ。
「バルト殿。片手を木刀の先の方へ添えられていたら、多分、受けられていたでしょうな」
「剣聖様、先にそれを言って下さいよ」
「ひとつは助言をしたじゃないか。それにエルザには何も助言してないんだぞ。それでは不公平ってものだろう」
そう言って、セドリックは笑った。
「というわけで、私は先生の弟子ってことね」
こうやって、セドリックへの弟子入りが認められたエルザは、住み込みで剣の修行に励むこととなった。平日は住み込みで剣の修行を、週末は自宅へ帰るというスタイルだ。
住み込みについては、バルトもミラも少し寂しがっていたのだが、エルザは会おうと思えばいつでも会える距離に住んでいるのだからと言って希望を押し通したのだった。
エルザたちが帰ってから、ひとり残されたセドリックは、残りのワインを飲み干していた。
「もう弟子は取らんと思っておったのじゃがな……」
その気持ちは本当だった。
だが、エルザだけではなく、セドリックにも火が付いていたのだ。
「あの子は面白い剣士になる……それだけは間違いない」
そう言いながら、グラスに残ったワインを飲み干したのだった。