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第29話 それぞれの出発


翌朝、エルザが目覚めた時には、もうエイミーとバットは、メイスとともに出発した後だった。


「もし、私が起きていたら、エイミーを止めたのに……」


エルザはそう言って、心配そうに空を見上げた。


「エルザ……すまなかった。だが、エイミーはお前を案じて手を上げたのだぞ。力になりたかったのだ。その気持ちを汲んでやってくれ。彼女の治癒魔法はきっと役に立つ。そして、騎士のメイス殿と四天王バットが護っているから心配はいらん」


リリスの言葉に、エルザは前を向いた。


「そうね。あの子が決めたことだもの……」


「ああ。人は守られるばかりじゃ駄目なんだ。……さ、エルザ。軽鎧とマントなどを用意している。それを身に着けて、西門へと向かおう」


「うん……何から何までありがとう、リリス」


そう言いながら、エルザは旅支度を始めた。


与えられた軽鎧は革製で、所々に薄い金属板が貼ってある。両肩と胸回り、股上は硬く作られていて、腹の部分だけ鎖帷子のように柔軟な作りになっていた。要するに、急所の集まる体の中心だけ護るデザインである。


エルザは軽鎧を着用した後、腰に名剣・剛鉄を差した。


「思いのほか、鎧というものは心強いものなのね」


軽く小さい鎧とはいえ、体中に刀傷を負わされたエルザにしてみれば、守られている安心感があった。


エルザが身支度を整えると、リリスが紅茶を入れて待っていた。


「少し、話したいことがある……」


リリスはそう言うと、エルザを椅子に座らせて、昨日セラスと話し合ったことを伝えた。

その内容の中で、特に驚いたのは、ギルドマスターガストンが裏切るかもしれない……ということだった。エルザは最大限の警戒をしつつ、セラスの護衛を務めなければならなかった。



旅支度を整えたエルザとリリスが西門の前に来ると、セラスの他、騎士のバートンとアデルが立っていた。そして、リールの騎士、オルトラン。そして彼の部下、アントニーとエドウィン、チェスター、テッドがいた。


その向こうには、ガストンと、彼が連れてきているA級冒険者・赤龍のブレスのメンバー、キース、ベリー、ヘクターが立っている。


総勢、14名……意外と大所帯だ。もっともガストン側の人員4名を除けば、10名だが。


「まさか、ウインダム男爵様が、加勢をして下さるとは思いませんでした。頼もしい限りですな」


ガストンはそう言って笑っていたが、目は笑っていなかった。なんとなくイライラしているのが目に見えてわかる。


そして、ガストンが連れて来た3人の冒険者……。3人ともギラギラした目つきをしていて、なんとも悪ずれしているように見えた。裏切者かもしれない……そう聞かされると、悪い人間に見えるものかもしれないが……。


エルザはリリスと一緒に、ガストンやオルトランたちへ挨拶をしてまわった。


騎士のオルトランは、とても気さくな人物だった。


「やあ、きみがエルザかい? 僕はオルトランさ。よろしく頼むよ」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


オルトランがそう言うと、そばにいた騎士のアデルがニコリを笑いながら話に割り込んできた。

金髪碧眼の、さわやかな青年である。


「君がリールの悪魔どもを退治してくれたから、今日は結構精鋭を連れていくことが出来たよ」


「そんな、退治なんて……」


アデルの軽口に、エルザは赤くなった。


「ははは、また、旅すがら、盗賊退治の話を聞かせておくれよ? 楽しみにしてるから」


そういって、アデルはさわやかに笑っていたが、エルザは赤くなってうつむいてしまった。

その様子にリリスは驚いたようで、エルザの耳元で小声でささやいた。


「エルザ。君はああいうタイプが好みなのか?」


リリスのその言葉に、エルザは顔を赤くして否定した。


「な、なに言ってるのよ! リリス!」


「ははは、冗談だ、冗談」


「冗談じゃないわよ! あのアデルって人、私じゃなくて、ずっとリリスを見てたわよ!」


「えっ、そうなの?」


「もう、私、こういうの、慣れてないだけだから」


リリスが振り返ると、アデルと目があった。

アデルは微笑むと、片手をちょっとだけ上げた。


リリスは少しだけ頭を下げると、顔を朱くして前を向いた……。


そんな話をしながら、2人は今度はガストンの所へ挨拶に行った。


「やあ、リリス殿にエルザ殿……。しばらくの間よろしく頼むよ」


「はい……こちらこそ、よろしくお願いします」


エルザは、先ほどのアデルとの一件があったせいか、顔を真っ赤にしたまま、弱弱しい声で言った。


ガストンは、奥に立っている3人の男を指さした。


「奥に立っている赤い服を着ているのが、剣士のベリー。背の高い白い服が回復役ヘクターだ。そして、黒い服の来ている男前が魔術師のキースだ。キースもヘクターも、本職の剣士ではないが、剣の腕前もなかなかのものだ。頼りにしてやってくれ」


エルザはか細い声で、はぁいと返事をして、3人に向かってお辞儀をした。


「なんだありゃ?」


エルザが去ってから、ベリーは拍子抜けしたような声を出した。


「どうしたんだ?」


ヘクターがベリーの方へ振り返った。


「いや、あの女だよ……ガストンが目の仇にしてるって女さ。エルザとか言ったか。何がはぁい、だ。本当にあんな小娘に、ガスタはやられたのか?」


「侮るなよ。人は見かけによらんからな」


「そうは言ってもな……。背は高いが……それを言ったらヘクター、お前の方が高いし、ガタイもいい。いくらなんでも負ける気がしないなあ」


ベリーはそう言ってあくびをした。


「だが、油断するな。あの女の二つ名は馬鹿力のエルザとか言ったか……。あのドゴンの剣を受けて押し返したらしいからな」


それを聞いて、ベリーの目が光った。


「それ、本当か? フカしてるんじゃねえのか? 二つ名が馬鹿力だとか……力自慢かよ。まあ、後で俺が試してやるよ」


そう言うとベリーはニヤリと笑った。


そこで、セラスから集合の声が飛んだ。


「全員、馬に騎乗して現地へ向かう。草原での走行では、斥候役のガストンと道案内のバートンが先行。真ん中の本隊には、先頭にベリー、それから私、セラス。そして私の両側にリリスとエルザ。後ろにアデル。本隊最後尾にキースとヘクター。後方警戒にオルトランたち5名にお願いする。以上だ」


「了解しました!」


「それでは、出発するぞ! 出来るだけ急いで現地へ向かいたい。よろしく頼んだぞ!」

「応!」


こうして、セラス率いる本隊は、リールの街を出発した。


リールの街へ寄ることによって、見た目の戦力増強にはなったが、内通者がいるかもしれないという不安材料を抱えることにもなってしまった。それはセラスにとっても、ガストンにとっても、緊張感を強いられる展開である。


破裂寸前のゴム鞠に空気を継ぎ足していくような……そんな緊張感が膨らむ中、エルザたちはヴァルハラへと出発したのだった。





セラス達一行がリールを出た頃、南門近くにある宿屋の一室で2人の男が話し込んでいた。


一人は元黒い蝙蝠のメスラーである。もう一人は闇の銀狼・戦闘部隊のジョーという男だ。

話し込むと言っても、ジョーは寡黙な男なので、しゃべっているのは一方的にメスラーである。


「おい、奴ら出発したみたいだぞ」


と、メスラーが声をかけるが、ジョーはただ頷くのみで返事はない。


ジョーはいつだってこうなのだ。他人と喋ったり、挨拶したり、一緒に酒を飲むなど他人との交流をできるだけ避けている感じだ。


組織でも、物を運んだり、金を稼いだりといったことは一切しない。だが、その戦闘力は組織一。黙ってただ相手の命を刈り取るのが彼の仕事だ。


今まで一度たりともしくじったことはない。


ジョーに狙われたものは確実に殺される。それが、闇の銀狼を恐れさせる恐怖の象徴となっているのだった。


ジョーの出身は謎で、闇の銀狼のメスラーがどこからか買ってきた子供に戦闘を仕込んだと言われている。身長190cm、体重は90キロほどあって、筋肉質で無駄のない、引き締まった体をしている。身体能力は抜群で、剣や格闘技も名人の域に達していた。


あらゆる武器を扱えるジョーだったが、おのれの使う武器は、剣ではなく斧を選んでいた。それは、2本のバトルアックスである。片手で振り回せるサイズなので、そんなに大きなものではないが、柄が長く刃は鉞のように下に長い刃渡りの斧となっている。


リーチでこそ剣に劣るものの、その破壊力は強大。そして、その幅広の刀身を防御にも生かす工夫がジョーにはあった。


ジョーの特色は、何と言っても、その圧倒的なパワーである。


その全力を乗せた斧の一撃は、斬られた者の身体を両断するほどであり、2本の斧から来る連撃は休む間を与えないほど速く、しかも重い。場合によっては投擲もある。ジョーの攻撃は、全くつけいる隙が見当たらないのだった。


そんなジョーの参戦に、メスラーは大いに満足だった。


戦闘に関しては、危うい様子を見せたことがなく、確実に結果を出してきたジョーが今回の仕事に絡んでいる。それだけで勝ったも同然だと、メスラーは思う。


「ふふふ……間違いなく、ジョーは最強だ。ジョーには不意打ちでも勝てねえ。もし、勝てる奴がいたらそいつは悪霊かなんかだ。あいつらは、数だけ増やしたみたいだが、それもジョーの前では無駄なことだ。ガストンが5人いても、ジョーにはかなわないさ」


そう考えると、メスラーは笑いが止まらないかった。


「作戦は完璧だ。ガストンの裏切り。ジョーの追撃。さらに魔獣部隊コレタの待ち伏せ……。これだけお膳立てしたんだ、いくらエルザやセラスが強かろうがこの包囲網は突破できまい。だから、俺はエルザ殺しに集中させてもらうぜ。誰がなんと言おうと、それだけは譲らねえ」


メスラーはニヤリと笑ったて立ち上がった。


「さあ、仕事だジョー。出発するぞ。あいつらをコレタの所まで追い立てるんだ」


ジョーはギロリとメスラーを睨みつけると、無言で立ち上がった。







ジョーは無口だった。


無口だったというより、他人との関わり方がわからない男なのだった。


他人の気持ちを汲み取ったり、他人に自分の気持ちを伝えることが苦手なのだ。


子供の頃、ジョーは王国北部にあるウズ村という所に住んでいた。山間の痩せた土地にある貧しい村だ。そこで家族や友人たちと暮らしていたのだが、ある日、盗賊団の襲撃にあってしまう。


押し寄せてくる盗賊たちは、村人や家族を殺し始める。絶叫と悲鳴が、ジョーの耳に突きささってくる。ジョーの大切な人たちが、ジョーの目の前で虐殺されていく……幼い頃に経験した、盗賊によるウズ村襲撃……。ジョーは、ウズ村唯一の生き残りなのだった。


襲撃から逃れ、森へと逃げたジョー。人より体も大きく身体能力も高かったジョーは、なんとか逃げることは出来たものの、所詮は子供。食うに困って路頭を迷うことになってしまう。


そして、飢えに苦しむ数日を過ごした後、ジョーは突然、村を巡回している人買いに攫われてしまい、武装集団に売られてしまうのだった。


その、武装集団での生活は過酷だった。弱い奴は訓練で死ぬか、人間爆弾にされた。ジョーは、他人と仲良くするのが苦手だった。もし仲良くなった者がいても、命令されれば2人は殺し合いをしなければならないからだ。ジョーはすっかり心を閉ざして、やがて人間兵器のようになってしまうのである。そんな中で生き残ったジョーは、みっちりと戦闘訓練を叩き込まれた後、闇の銀狼に高値で売却された。そんな男に価値を見出すものは、裏の世界にしかいなかったのである。


だが、人殺しをさせられる日常に、ジョーは心の中で悩んでいた。


なぜ天は、俺に人殺しの才能を与えたのか。人を殺すことでしか生きていけない、人の命を奪うことでしか己の価値を見出せない。それはジョーが抱える大きな悩みなのだった。


愛するものも、愛される人もいない。孤独で暗い毎日は、まるで永遠に続く闇のトンネルのようだった。自分で人生を切り開く力もなく、命を刈り取る仕事でジョーの心は涸れていく。


そして、今日もまた、メスラーに急かされて馬に乗る。


命を刈り取る死神は、案内人の蝙蝠に引かれて、新しい戦場へと走っていくのだった。




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