表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/85

第27話 赤龍のブレス


リールの街の西側には、商人が多く住むエリアがある。

そこに、一軒の中規模なお屋敷があった。


ダウル商会の支配人、ダウルの屋敷だ。


ダウルは元B級冒険者である。

有能な冒険者だったダウルは、稼いだ資金を元手にして商売を始め、魔物素材や薬草などを扱い手広く儲けていた。いわゆる今、最も勢いのある新興勢力の商人なのだった。


その、ダウルの屋敷近くに、3人の人影が見えた。


この3人は一応、冒険者だ。パーティー名は「赤龍のブレス」といって、A級冒険者として活動をしている。


前衛の斬り裂きベリー、回復役の薬屋ヘクター、魔法使い火事場のキースの3名である。


表向きは冒険者だが、裏では汚れ仕事も請け負う犯罪者としての一面を持つ、なんとも薄汚れたパーティーなのである。


「明日からガストンさんのお供でヴァルハラまで行くっていうのに、あの人は、前日にこんな仕事をさせるのかよ」


「そうぼやくなキース。仕事をした後、街から離れる用事があるなら、身を隠すのに都合がいいじゃないか。ましてやギルドマスター直々の依頼だ。疑われることはまずないだろう。喜ばしいことじゃないか」


「そうは言ってもよ、ベリー。明日の朝6時出発だぜ? お前だって眠くてあくびが止まらないと思うぜ。……なあ! そうは思わねえかよ、ヘクター?」


「それに関しては同意だが、そんなことを言っても仕方がない。さっさと終わらせて帰るだけさ……。それに、ギルドマスターの後ろ盾は失いたくないからな」


「そうだ。後ろ盾があるからこそ、裏で汚れ仕事をしていても、お咎め無しなんだからな」


「フン! 取り締まる側の冒険者ギルドのトップが、暗殺の依頼も取りまとめているなんざ、みんな夢にも思っちゃいないだろうがな」


「ホントそうだな。……まあ、そんなことはどうでもいい……さっさと終わらせて、帰るとしようぜ。俺は眠りたいんだ」


「違げえねえ。……おい、そろそろ覆面を被っておけ」


そう言いながら、3人はダウル邸の門までやってきた。


門の前には2人の警備員が立っていた。


「それじゃ、行くか」


そう言いながらヘクターは、警備員に剣を抜いて近づいていく。


「何だお前は!」


「それ以上近づくな!」


「近づくなだって? ああいいとも……これ以上近づかないでやろう」


ヘクターはそう言うと、剣を中段に構えて、剣先をひとりの警備員へ向けた。

 

すると、バシュッ! バシュッ! と音がしたかと思うと、警備員は腹から血を流しながらうずくまったのである。


もう一人の警備員は、驚愕の表情を顔に浮かべながら、倒れた同僚を見ていた。


「何だ……一体何が……?」


警備員がヘクターを見ると、ヘクターはニヤリと笑って剣を構えた。

警備員はうろたえて剣を手放した。


カラン……と剣が地面に落ちる音がする。


「……魔法か? 頼む! 許してくれ! 命だけは!」


「ふむ、命を助けろと? ……いいだろう。だが、その対価は払ってもらわなければならないな。まずは、そこの門の鍵を開けろ」


「わ、わかった……今、開けるから!」


警備員は、震える手で鍵束を握ると、門の横にある通用口の、鉄の扉にある鍵穴へと差し込んだ。

ガチャリと鍵が開くと、警備員はギーッと金属のこすれる音を出しながら扉をゆっくりと開いた。


「ご苦労、ご苦労……」


「で、では、助けてくれるので……」


警備員が脂汗を流しながら振り返ると、その視線の先には、ヘクターの剣先があった。


「ちょっと、鍵を開けたじゃないですか!」


警備員が脂汗を流しながら、両手を広げて抗議したが、ヘクターはニヤリと笑うだけだった。


そして、剣の鍔にある5ミリ程度の穴がピカリと輝くと、警備員の眉間にドスンという音を立てて石ころが突き刺っていた。


「ぐぁあっ!」


警備員は、悲痛な顔で恨めしい目をヘクターへ向けながら、その場へ崩れ落ちた。

額は割れ、血がこぼれていた。


「相変わらず、えぐいな。お前の魔剣は。だが、お前なら、そんな石ころを飛ばさなくても、剣で斬った方が早かっただろう」


「こんな雑魚に使うまでもないのだが、たまに使っておかなければ、射撃勘が鈍るからな」


そう、この剣は、射撃する魔剣……ストーンバレット。


これはヘクターが改造を施した魔剣なのだが、土魔法の魔石が埋め込まれていて、魔力を込めると小さな石を生成し発射される。そのため、被害者の死体を見ても、凶器はその辺の石つぶてだと思わせることができるわけだ。


それよりも、剣と剣で打ち合っている時に発射されると、相手の剣士はたまったものではない。中段に構えたと思ったら、ノーモーションで石が飛んでくるのだ。


「それにしても、簡単に扉を開けちゃって。安い給料で雇おうとするから、こんな雑魚しか集まらねえんだよ」


キースがそう言うと、ベリーは首を振った。


「いや、高くても、こんな退屈な仕事には、腕利きは集まらんぞ。それにな、いくら腕利きでも、こんなところに突っ立って暇を持て余していたら、腕も錆びついて駄目になっちまうだろう」


そう言いながら、3人は中へと入って行った。


まずは、事前にもらっていた情報をもとに、使用人たちの寝込みを襲っていく。ベリーたちは、声ひとつ立てさせないよう口を塞いで、剣で刺していった。


そして最後は商会の主・ダウルの寝室である。


キースは部屋へ入るなり、夫婦の眠る布団をはぎ取った。


「おら! 起きな! 朝だぜ!」


いきなり、布団をはぐられたダウルは驚いて目を覚ます。

布団には、ダウルとその妻が、裸のまま眠っていた。


「お前ら一体何だっ!」


ダウルは起き上がったが、裸なので手元に武器もない。


ダウルは素手で、キースとベリーへ殴りかかっていく。


そんな相手に、2人は剣を抜くなどという、無粋なことはしない。


2人がかりでボコボコにして、ゆっくりと甚振るのだ。


ダウルはそこそこ戦える冒険者だった。だが、キースとベリーの武力は突出している。しかも2対1だ。


しばらくすると、ダウルは血を流しながら床へと倒れ伏した。


「良し、準備運動はこのくらいで良し……」


そういうと、ベリーは、ベッドへと向かって改めて布団をはぎ取る。


「キャア……許して……許してください……」


中から蚊の鳴くような声がして、裸の女が丸く蹲りながら震えていた。


「許して……許して……」


ベリーは女の手を乱暴に引っ張りあげた。


「お前が、そんな恰好で寝ているのかいけないんだよ」


ベリーはそう言いうと、女を裸のまま引きずって隣の部屋へと向かった。


「俺はちょっと一汗かいてくるから、お前らはそいつと遊んでろ」


そう言うと、ベリーは扉の向こうに消えた。

その一部始終を見ていたダウルは、ふらつきながらも立ち上がって、拳を構えた。


「妻を……妻を一体どうするつもりだっ!」


ダウルは血の涙を流しながら、吠えた。


キースとヘクターは、ニヤニヤしながらダウルに言った。


「さあな。だが、だいたい解んだろ? 何をするか。……お楽しみさ」


「ちくしょう!」


ダウルが飛び掛かろうとするのを、キースは制止した。


「ちょっと待った。……お前、女房のことが心配なんだろ? いいのか? そんな投げやりな態度で。いいか。……正直に金の在処を吐けば良し。吐かなければ……お前の女房の命はないだろうな」


ダウルは拳を握りしめ、近くにあった小さなテーブルに叩きつけた。


「ちくしょう!」


ダウルは苦々しく歯をギリギリと噛み締めると、顔をあげて言った。


 「わかったよ! わかったから……妻だけは許してやってくれ……」


「フフフ……素直になるのはいいことだぜ……」


キースがそういうと、ダウルは裸のまま、隠し金庫のある部屋へと先導して行った。

そして、金庫の前で魔道具を起動させて、重い扉を開いていった。


「さあ、ここにあるものが金のすべてだ。権利書も借用書も、現金もここに入っている。あとは妻の鏡台にいくつか宝石があるくらいだ。さあ……頼むから妻を解放してくれ……頼む」


キースとヘクターは、言葉を失っていた。


「ほう……これは中々の金額だ」


「持って帰るのに骨が折れるな……」


そこで、奥の部屋から女の悲鳴が響き渡った。


「ぎゃぁぁぁ!」


ギョっとしたのはダウルである。


「何だ? 何なんだ? 今の悲鳴は!」


ダウルは縋るような顔で、キースとヘクターを見た。


「やめてくれよ! なあ。金の在処は教えただろう? 頼むよ! 妻にひどいことしないでくれ!」


キースはヘラヘラと笑った。


「あいつは変態なんだ。体を切り刻んで、血を見ながらするのが好きなんだと。頭おかしいだろ」


ダウルの顔は絶望で真っ青になり、それから怒りで真っ赤になっていた。


ダウルは言った。


「なあ! 妻への乱暴はやめさせてくれ! ここにある金はもちろん、土地や建物の権利書など、換金し辛いものも、金に換えて渡すと誓うから! 頼むから妻への乱暴はやめさせてくれ!」


「ほう」


ヘクターは関心を示すかのように声をあげた。


「なかなか魅力的な提案だが、却下だ」


「なっ、なぜだ?」


「金庫が開いた今、もう手に入ったようなものじゃないか」


「そんなっ……じゃあ、お前ら嘘をついていたのか! 金の在処を吐いたら、妻を助けると言ったのは嘘だったのか!」


「おいおい、俺はお前の女房の命はないと言っただけだぜ?……まあ、金庫の在処を吐いたからといって、助かるとは言ってないがな」


「ちくしょう! すべて出鱈目なのか! この嘘つきめ!」


そう罵られると、キースの顔色は変わった。


「そこまで、言うならチャンスをやるぜ。今からお前に5分、時間をやる。その間に剣と防具を身につけるんだ。そのうえで、俺を倒してみろ。そうしたら、俺たちはここから立ち去るぜ」


そういうと、キースは剣を鞘へ納めた。


それを見て、ダウルは無言で服を着始めた。


「俺は、金を運び出しておくぞ」

そういうと、ヘクターは、金を背嚢に詰めて、下に用意している馬車へと運び出す作業を始めた。

ヘクターが部屋から出て行くと、ダウルはニヤリとした。


これはチャンスかもしれない。

ダウルは服を着て、靴を履いて防具を装着し、剣を腰に差した。

そして、剣を抜いて、剣先をキースへと向けた。


それを見たキースは、待ちくたびれたとばかりに、雑に剣を抜いた。


「用意は出来たか? じゃあ、相手をしてやろう」


「ほえずらかくなよ!」


そういうと、ダウルは斬りかかって行った。


ダウルの剣は、重めの長剣。

振り回しながら、キースへ斬りかかっていく。


キースはダウルの剣を受けとめ、お互い剣と剣とを打ち鳴らす、激しい戦いとなった。

剣と剣とがぶつかり合って、ガンガンと金属音が鳴り響く。


単純な力という点では、2人の力は拮抗しているように見えた。


それもそのはず。


ダウルはその剣撃の激しさから、暴風のダウルと呼ばれていたのだった。怒涛のような振り下ろし……そこには怒りに満ち溢れ、いつもの数倍力が籠っているかのように見えた。


早く倒さないと、ダウルの愛する妻の身が、どんどん危険にさらされていく……。


ダウルは怒りのため、我を忘れたバーサーカーとなっていた。


ガキン! ガイーン!


鋭い刃と刃がぶつかり合う。


剣と剣との衝突で薄い刃先は欠けて飛び散り、その破片は2人の顔や体に突き刺さっていく。

そして、あまりに打ち合いが激しかったため、ダウルの剣先が折れ飛んだのである。


折れた剣先は、ヒュルヒュルと飛んで、壁へと突き刺さった。


「まだまだっ!」


怒りに燃えるダウルの剣は、まるで強大な鈍器のように、相手を打ち潰そうと叩き落としてくる。

その、振り下ろされた剣をキースは右に弾き飛ばして、そのままダウルの左腕を斬り落としたのだった。


「ぐああああっ!!」


ダウルの剣は、腕ごと床へ、ボトリと落としていた。

血が噴出し、みるみるうちに床が赤く染まっていく。


「なかなか、良い戦いだったが、俺にはまだまだ及ばねえ感じだったな」


キースはそう言うと、ニヤリと笑った。


「くそ! もう少しだったのに!」


ダウルはその場で膝を付いて、そう叫んだ。

その言葉に反応したキースの目が、だんだん細くなっていく。


「もう少しだって?」


キースは笑いだした。


「あはははは、お前は、どれだけ節穴なんだ。B級冒険者風情が、本気で勝つつもりだったのかよ?」


「なんだと?」


「まあ良い……冥途の土産に見せてやろう……。俺の必殺技をな」


キースはそう言うと、なんだか小さな玉のようなものを投げてきた。

ダウルは剣でそれを弾こうとしたが、それは剣に触れるとすぐさまそこで割れて、中の液体がダウルの頭から降り注いだ。


「これは……!」


ダウルはギョッとした。


「この臭い液体……まぎれもなく、油!」


ダウルはキースへ顔を向けて睨みつけた。


「その通り。それは油。そして、この剣の名はフレイム。その名の通り炎を纏う剣……」


そう言うとキースは剣に魔力を込めて行く。魔力が入るに従って、刀身が赤く炎に包まれ、チロチロと揺らめいていた。


「その技……お前、まさか! 赤龍のブレス!」


「そのとおり! 見ろ! この剣から立ち上がる炎は、龍のブレスみたいだろう? さあ、知られてしまったからには生かしておくわけにはいかねえ……死んでもらうぜ」


「ぐうう、やめろ! ……やめてくれ!」


「もう、遅い!」


そして、キースが魔剣フレイムを振ると、剣先から炎の玉が飛んで、ダウルの体を包み込んだ。


「ぐああああ……!」


燃え上がるダウルの体。断末魔の悲鳴を上げながら、時間をかけてゆっくりと焼かれていく……。


「マイン……マイン……すまない……すまないーっ!」


そう言いながら、ダウルは焼かれていく。


「あああーーっ!」


ダウルは叫びながら、妻のいる部屋へと歩いていこうとしていた。


だが、その歩みもすぐに緩慢となって、ついには動かなくなった。


ダウルは立ったまま燃えていた。……だが、やがて、ドスンと音を立てて倒れ落ちた。


ヘクターが部屋に入ってきて、キースに声をかけた。


「終わったか?」


「ああ、終わった。まあまあ楽しめたぜ。あんたの言う通り、予行練習は必要だな。ガストンさんの仕事じゃあ、この技も使うことになるかもしれねえ」


「そうだな」


キースがヘクターと話していると、ベリーがすっきりとした顔をして帰ってきた。


「キース、もう終わったのか?」


ベリーはシャツの前ボタンを留めながら、キースの方へと歩いてきた。


「ああ、終わったよ。あんたが遊んでいる間にな」


「へへへ、すまんな」


「まあ、いいさ。その代わり、明日はぞんぶんに働いてもらうぜ。俺たちは少々疲れたからな」

「ああ、任せておいてくれ」


そう言うと、ベリーは笑った。


「ところで女はどうした?」


今度はヘクターが聞いてくる。


「死んだよ」


「死んだか……」


「ああ……。それじゃ、とっとと、お宝を運び出して帰ろうぜ」


ベリーは袋を掴んで金庫へと向かった。



「ベリー。てめえが一番運ぶんだぞ。なにせ仕事をさぼっていたんだからな」

「ははは、じゃあ、もうひとがんばりするか」


そう言いながら、3人は金目の物を運び出して、そのまま馬車で逃げ去った。


次の日、騒ぎを聞きつけた自警団によって屋敷の中が捜索されたが、中にいた侍女や執事、護衛からコックに至るまで、すべての命が断たれていたという。そして、最も凄惨だったのは、妻のマインの遺体だった。


マインは裸のまま首を絞められ、全身、至る所に刀傷があり、鼻や指などの欠損部位が多数見られたという。


その腕は虚空を掴み、爪には何者かの血肉が詰まっていた。そして、マインの顔は、恐怖と絶望、怒りと悲しみで歪み、何才か年を重ねたかのように皺だらけになっていて、それが貼り付いたように硬直していたという。その様相はまるで悪鬼のごとく恐ろしいものだったそうである。


「ああ、マイン……お前は地獄を見たのか!」


「なんと……なんということを……」


この屋敷で働いていた侍女や執事の家族をはじめ、多くの人々が屋敷に駆け付けた。

そして、この凄惨な光景を見たものは、立っていることすらできず、その場へ膝をついた。


滂沱、ただ、滂沱だった……。


集まった人々は、この鬼畜の所業に対して、涙を抑えることが出来なかったのである。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ