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第26話 気がかり





エイミーは、エルザのことが気がかりだった。


エルザは、つい数時間前まで、悪魔のような盗賊たちと死闘を繰り広げていたのだ。治癒魔法をかけていた時、あちこちに刀傷があった。それに、麻酔も打たれていたのだという。エルザはそんな状態ながらエイミーを助け出し、道場まで運んでくれたのである。


そんな満身創痍のエルザに、お偉いさんたちが集まって、一体、何をさせようというのか……。エイミーはエルザのことが心配でならなかった。


応接室に入った人たちは、長時間、籠り切りになっていた。……エイミーは、その扉が遠目に見える程度に距離を取りながら、廊下の片隅で立っていた。


やがて、応接室の扉が開かれ、中からリリスとエルザ、それに続いて貴族の令嬢と護衛騎士、ギルドマスターが出て来た。


玄関先で少しだけ会話をした後、彼らは玄関を出て行ったのだが、エイミーはその時のギルドマスターの顔が気になった。ギルドマスター・ガストンは、エルザのことを、一瞬、憎々し気な目で睨みつけたのである。


そのことに気付いた者は、その場にはいないようだった。

他人の悪意に鋭敏な、エイミーだからこそ気が付いたことなのかもしれない。

エイミーは、胸がキュウっと締め付けられるような気がした。


「あの人は一体なぜ、エルザさんを……」

エイミーの心に疑惑の火が灯った。


ギルドマスターたちが帰った後、エイミーはすぐさまエルザの元へと駆け寄った。


「エルザさん……。あまり無理しちゃ駄目ですよ……。まだ病人なんですから」

エイミーは今にも泣きそうな顔をして、上目遣いにエルザを見た。


「うん、エイミー。わかったわ……。明日の準備はリリスがやっておいてくれると言ってくれてるし……私はもう休ませてもらうことにするわ」


エルザのその言葉に、エイミーはぎょっとした。


「もしかして、明日からどこかへ出かけるんですか?」


「うん。……ちょっとね……。私の大切な友達が、病に倒れてしまったのよ。その人のために、薬を取りに行くことになったの」


エイミーは、それを聞いて、首を振った。


「駄目ですよ! 無理をしては……他の方に任せる訳にはいかないんですか?」


エルザは、自分の体を心配してくれるエイミーに微笑みかけ、髪をなでた。


「心配してくれてありがとう、エイミー。でもね……薬を取りにいく道のりは、とても困難らしいの。力を貸して欲しいとお願いされたわ。その薬を必要としている友人は、私にとって、とても大切な人なの。もし、人任せにして、薬が間に合わなかったら、私は一生悔やむと思うわ。だから、そうならないためにも私は行くことにしたのよ」


「そんな……。エルザさん……そんな傷だらけの体で……」


エイミーは目に涙を溜めていた。


「わかりました。私も出来る限りの魔力を使って、エルザさんを治してみます。だから早くベッドへ戻ってください」


エイミーはそう言って、エルザの手を引いた。


「ありがとうエイミー。無理を言うけどお願いするわね。……リリス、申し訳ないけど、先に休ませてもらうわ」


「ああ、エルザ。ゆっくり休んでくれ……。明日の朝は、誰かにお越しに行くよう言っておくから……」


それから3人はお休みの挨拶を交わすと、エイミーはエルザの手を引いて寝室へと歩いていった。


エルザをベッドに寝かせたエイミーは、服を脱がせ、傷に手をあてて治癒魔法をかけていった。おそらくこれと、明日の朝にもう1回治癒魔法をかけるのが、エイミーにできる限界だろうと思う。


「少しはマシになるとは思うけど、完治したわけではないので、無茶をしたらダメですよ……」

エイミーは治癒しながらエルザに話しかける。


「わかったわ……でも、エイミー……治癒魔法って、とっても心地の良いものね……」


「ええ。それは、少しづつ治っている証拠でしょうね。そのまま、眠れるようなら、眠ってしまってください」


「ええ、そうさせてもらうわ……。私が眠ってしまうまで、お話して頂戴ね? 少し、心細いから……」


「ふふふ、盗賊をやっつけてしまうエルザさんが心細いって、そんなことがあるんですね」


「そりゃ、そうよ……女の子だもの」


そういうと、エルザとエイミーは顔を合わせて笑った。


「ねえ、エルザさん。……エルザさんが助けたい友人って王女様なのよね? エルザさんはどうして王女様とお知り合いなんですか? ……もしかして、エルザさんはお貴族様なんですか?」


するとエルザはびっくりしたような顔をした後、コロコロと笑った。


「あははは、私がお貴族様なわけないわよ。私は木こりの娘。……私に剣を教えてくれた先生が貴族の生まれだったのだけど、その先生の元へ、第二王女のエルランディ様が半年ばかり休養に来られたことがあったの。エルランディ様は、それは素敵な方だったわ。私を妹のようにかわいがってくれたのよ。私にとっては、素敵な思い出だわ。……身分が違いすぎるから、もう、あんな接し方は出来ないけれど、騎士になって、あの方をお護りすることが、私の、次の目標なのよ……だから、何としてでも、薬を取りに行きたいの……」


「でも、エルザさん……。無理をしては駄目ですよ……基本、怪我人だということは忘れないでください」


「わかってるわ……エイミー。それは忘れないわ……。それにね、私、あなたのことも、妹のように身近に感じているのよ……。早く親戚の方が見つかるといいけど……。もう少し、ここで待ってみてね。私も薬を届けたら、あなたに会いにリールへ戻ってくるから……」


エイミーは、その言葉を聞いて、涙を流していた。


「エルザさん……私は何度も命を救って頂いて……私こそ、エルザさんのことを本当のお姉さんのように慕っています……」


しかし、エイミーのその言葉は届いたのか、届かなかったのか……。エルザはすやすやと眠りについていた。だが、エイミーは言葉として伝わることが出来なかったとしても別に構わない気がしていた。エルザがエイミーのことをどう思おうと、エイミーはただ、エルザを慕うだけだからだ。


しばらく治癒魔法をかけ続けていると、魔力の出が悪くなるのがわかった。


「ああ、今日はもう終わりね……」


エイミーは、もう少し頑張りたいと思ったが、肝心の魔力が切れたのだからどうしようもない。明日の朝、少し早起きしてもう一度試してみようと思って、治療を終えることにした。エイミーは、エルザの寝間着を整えて、そっと部屋から出て行った。


エイミーが部屋を出て、自分にあてがわれている部屋へ戻ろうと歩いていると、食堂に灯りがついているのが見えた。そこにはリリスの他に、3人の男の人が座っていて、何やら話し込んでいるようだった。


「……ああ、そうだ。あの、ギルドマスター。ガストンという男はなんだか嫌な感じがする」


そう言っているのは、女性の声……。リリスだ。


「本当かよ? 仮にもギルドマスターだぞ? それに、元S級冒険者だったんだろ? 考え過ぎじゃないのか?」


その会話を聞いて、エイミーは、思わず食堂に飛び込んでいた。


「私もあの、ギルドマスターは嫌な感じがします」


椅子に座っている全員が、一斉にエイミーの方を向いた。


「エイミー……。君も見ていたのか?」


「玄関から出て行くところを、廊下の陰から見ていました。あの人は、一瞬ですが、エルザさんのことを、憎々し気に睨んでいたんです」


それに対してバットは反論する。


「だけど、何の証拠もないんだろ? 憎々し気に睨んだっているのも、君の主観じゃないか」


「それは、そうですけど……」


エイミーは俯いてしまった。


「バット。お前の言うことは確かに正論だ。それに、この手の話は、証明するのが難しい。しかしな、お前も剣士ならわかるだろう? これは勘だ。私の中の、剣士としての心が危機を告げている。あの男からは、エルザだけでなく私に対しても敵意を感じたのだ」


「私はタミル族といって、少しだけ感情を感じ取る力が強い民族の出身なんです。私には、あの方は盗賊と同じ雰囲気を感じました」


リリスとエイミーの主張に、バットも頭を痛めた。


「それって、女の勘っていうやつだろ? お前ら2人はその中でも勘がする鋭い方だとは思うけどよ。それだけで、ギルドマスターを疑うってのもなあ……」


そう言ってバットは頭をかいた。


「何も、ギルドマスターを襲ってくれと言ってるんじゃない……万が一の為だ。一緒にチームに参加して、万が一の場合に備えたいということなんだ。盗賊の奇襲ならまだやりようがある。だが、味方だと思っていた奴が裏切って斬りかかってきたら、たまったもんじゃないからな。……もちろん、何もなければ、それに越したことはないのだが」


リリスはバットの顔を、真正面から真剣な顔つきで見て言った。


「嫌な予感がした時は、それを丁寧に拾い上げて良く検証することが大切だ。それでも嫌な感じが払しょくできなかったら、何等かの対策をした方がいい。私がそう感じたからには、必ず何かあるのだ。多くの者はそれを、気のせいだとか、考えすぎだと言って、見て見ないふりをしがちだが、そんな奴が罠で殺られるのだ」


バットは両手をあげた。


「わかったわかった。協力するよ。ブレットとダグラスもそれでいいか?」


「ああ、他ならぬリリスの頼みだ。協力するのもやぶさかではない」


「じゃ、決まりだな」


バットはそう言うと、リリスにニヤッと笑顔を向けた。


「みんな……すまない」


リリスは心持ち頭を下げた。


「待ってください! リリスさん! 私も連れて行ってください!」


気が付くと、エイミーは声をあげていた。

驚いたのは、リリスの方だった。


「おいおい、私たちがどんな危険なところに行こうとしているのか、わかっているのか?」


「はい……、わかっているつもりです……。だからこそ、行きたいと思ったのです」


エイミーは、強い決意をもって、リリスを見据えていた。

バットは、エイミーを見た。どう考えても強そうには見えない。


「お嬢ちゃん……。剣か魔法が出来るのかい? 気持ちは嬉しいんだが、危険が迫っても、守れるかどうかわからないぜ?」


「ええ。私は治癒魔法が使えます……。血止めや、刀傷、打撲の治療など、使いようによっては、怪我をした人を救えるかもしれません」


リリスもバットも考えこんでしまった。


「確かに、治癒魔法使いはありがたいが……」


「その前に、命を落とすかもしれんからな」


リリスはしばらく考えて、こう言った。


「よし、これからセラス様のところへ、こっそりと行ってくる。そして相談をしてみよう。それでOKが出たら連れて行く。駄目なら諦めてくれ。助っ人を呼ぶと言っても、色々と共有していきたい情報もあるしな」


「ああ、そうしてくれ。もし、お前の勘が正しければ、ここやセラス様のところにも監視の目がついている可能性がある。くれぐれも用心していくんだぞ」


「ああ、わかった。明日の朝、詳しい話をするから、みんなは先に休んでいてくれ……あ、バットだけ起きて待っていてくれよ……少しだけ打合せがしたい。ブレットとダグラスは、朝5時に玄関前へ来てくれ。エイミー、君もだ」


「……わかりました」


「ようし。久々に荒事の予感だ。みんな、道具の手入れに余念なきように……。それでは行ってくる!」


リリスは立ち上がった。


そして、黒い外套を纏うと、裏口から密かに抜け出し、あっという間に闇の中へと紛れ込んでいった。



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