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第23話 秘剣・竜巻



エルザがライナーの部屋を出ると、暗い廊下だった。


ここが何階なのか……エイミーがどこにいるのか。もしかしたらどこか別の場所へ移動させられたのか……全くわからなかった。


「まさか、この廊下には、仕掛けなんて無いわよね……」


エルザはそう思いながらも、慎重に歩いて行った。


しばらく行くと、前から盗賊が一人、歩いてくるのが見えた。エルザは咄嗟に隠れる場所を探したが、そんなスペースはどこにもない。もっと隠密に行動したかったがやむを得ない。エルザは戦うことを決意した。


すると、その盗賊はエルザの少し手前で立ち止まり、そこにあった扉を開けた。トイレである。エルザは、その盗賊がトイレに入るのを黙って見ていた。


そのトイレに入った盗賊は、エルザの知っている男だった。それは、幼馴染のアランである。


「……あの子、こんなところで何をしてるの?」


エルザはそっと剣を抜くと、アランの入って行った男子トイレの扉を開けた。アランは小便をしながら、鬱々とした表情をしていた。


そのアランの姿は、盗賊に染まり切ったものではなく、村から出て来たばかりの、少年の姿であった。


「あーあ、こんな仕事いつまでしなきゃならないんだろ。やめてどこか遠くに逃げたいな……」


アランが呑気に、ジョボジョボと小便をしている最中、誰かが入って来て、アランの後ろに立った。


「じゃあなんでやめないのよアラン」


アランは女の声にギョッとして振り返ると、それは剣を持ったエルザだった。


「えーーっ!」


アランは大慌てで声をあげた。…だが、小便は止まらない。


「エルザ! エルザじゃないか! ここは男子トイレだよ!」


アランがそう叫んだ。エルザは剣の腹で、アランの尻をバシーン!とひっぱたいた。


「痛いっ!」


アランは泣き言を言ったが小便は止まらない。


「ちょっと待って、ちょっと待って、エルザ! あーー痛いっ!」


バシバシと2、3打叩かれ、アランは悲鳴をあげた。エルザはフン!と鼻で笑った。


「なにがちょっと待てなのよ。命とおしっこと、どっちが大事なの? これが刃の方だったらあんた死んでるわよ」


エルザは叩かれながらも小便をやめないアランを見て、少しあきれながら言った。


「だって、急には止まらないって……」


アランは泣き顔で言い訳をした。それからしばらくして、アランは何かに、気がついて、エルザの方を見た。


「もしかして、さっき、ライナーさんとこに連れていかれたのは、エルザだったの?」


エルザは小さなため息をついた。


「部屋にいたえらそうなおっさんなら死んだわ。私も抵抗してこのザマよ」


アランはエルザの顔を見た。


血がべったりと付いていて、顔は所々青く腫れあがっていた。


「え! 大丈夫なのエルザ! ライナーさんは死んだの?!」


アランは驚いていた。そんなアランに、エルザは呆れ顔で聞いた。


「アラン。あなた、なんで盗賊なんてやってるのよ? この盗賊たちは、何年か前にモニカやカレンの家を焼いた、あの盗賊の仲間なのよ?」


それを聞いて、アランはビクッとした。そして、目に涙をためながら、話し出した。


「付き合ってた女の子に、騙されたんだよ。お金を全部巻き上げられて、それでここで手伝いをさせられてたんだ」


アランはそう言いながら泣いた。それを聞いて、エルザはため息しか出なかった。


「あなた、人は殺してない?」


アランは、エルザの言葉にビクッとしながら、目を真っ直ぐに見て言った。


「殺してない! 殺してない! そんなことできないって! ホントだよエルザ! 信じて!」


アランは真剣な顔をしてエルザに訴えた。エルザはまた、ため息を吐いた。


「じゃあ聞くけど、アラン。あなた、この仕事を辞めるつもりはあるの?」


エルザにそう問われて、アランは真面目な顔をして言った。


「もちろんだよ」


そう言ったアランの顔に、嘘は無さそうだった。


「黒い蝙蝠はもう終わりよ。ガルベスは死んだわ」


「ええっ? それは本当?!」


「ええ、本当よ。私が斬ったのだもの」


「すごいなあ……あんな恐ろしい人を……」


アランは絶句していた。


「とにかく私は女の子を探しているの。アラン、あなた、人質の居場所はどこか知らない?」


「え、でも、言ったら怒られるし……」


アランがそういうと、エルザは右手で力強く張り倒した。


「痛てっ!」


「馬鹿言ってんじゃないわよ! あなた、このまま盗賊を続けるって言うなら、言わなくてもいいわ。もし、足を洗いたいなら言いなさい」


エルザがそういうと、エランは考えなおして、涙目のままエルザを見た。


「ごめん。俺、怖くて考えることが出来なくなっていた。……エルザ。案内するよ……ついてきて」


そういうと、アランは歩きだした。トイレの扉まで来た時、エルザがアランの腕を引いた。


「ちょっと待って! 誰か来たわ!」


エルザはそういうと、アレンの手を引いて、トイレの個室へ入ると、そっと扉を閉めた。


足音が段々大きくなり、トイレの扉が開いた。


バクスである。


エルザとアランは息を飲んだ。


そして、バクスは、こともあろうにエルザたちの目の前まで歩いてきて、立ち止まった。


エルザの心臓は早鐘のように鳴った……エルザは、殺気を出さないよう心を落ち着かせるのに必死だった。


するとバクスはクルリとエルザたちに背を向けて、ジョボジョボと小便をはじめた。


気付かれてなかった――。


エルザの体調は万全ではないが……バクスは背後を見せている……しかも小便中だ。


しかも、剣はすでに抜いている……。


これはチャンスかもしれない。


エルザ扉をそーっと開けて、一気に斬りかかったのだった。


エルザの剣は無風のごとくバクスの背後へと迫っていた。


だがそこはバクス。ひらりとその剣先を躱すとあっという間に剣を抜き、エルザへ剣を振るってきた。そして、小便を振りまいたまま、エルザへと斬りかかって行ったのだった。


エルザもその小便の飛沫が振りかかろうとも気にせず、バクスへ必殺の刃を振るっていく。


後ろから、アランが「そうすりゃ良かったのか覚えておきます」と、とぼけた声が聞こえる。


エルザとバクス。お互い一歩も譲らぬ速さで剣を振るが、それを見事な体さばきで躱していく。ビュンビュンと剣が風を切る音だけがしばらく続いた後、ガキーン!と一度剣を合わせたかと思うと、バクスは扉近くへと飛び下がった。


バクスがエルザへ剣先を向けた時には、バクスの陰部は、すでにズボンへと収納されていた。


「お前がここにいるということは……ライナーは死んだのか?」


バクスはニヤリ笑った。


「ええ。ほんとひどい男だったから……先にあの世へ行ってもらったわ」


「お前も天国へ連れていってもらったのだろう? 男の味はどうだったのだ?」


「挑発しても無駄よ。それよりなぜ、あの状態の私がライナーに勝てたのか……気になるのでしょ?」


「ああ……ぜひ、ご教授願いたいね」


無駄口を叩いている間に、エルザは呼吸を整えていった。


やはり、体は本調子ではない。


「あの気持ちの悪い変態は、私の身体のあちこちへ噛みついて来たのよ? それで目が覚めたってわけ……」


「それで不覚を取ったのか? だから手足を縛っておけと忠告したのだがな」


「あの男は人の話を聞くようなタイプじゃないわ。……ところで私はかなり疲れているから、このまま見逃してくれるとありがたいのだけど? あなたとは万全の体勢で戦ってみたいわ」


「剣士に万全の時が訪れることなどない。相対する時、その瞬間、瞬間が勝負の時。出て行きたければ、俺を斬ってからにしろ」


それを聞いて、エルザはため息を吐いた。


「どうしても避けられそうにないわね……」


もとよりこの会話も時間稼ぎである。ようやくエルザの呼吸は整った。


エルザとて、許しを乞う気はさらさらない。バクスは厄介な相手だから、戦わないですむならそうしたいと思っただけのことである。


エルザとバクスは、剣先を向け合ったまま、微塵も動かなかった。


バクスは少し背をかがめ、こじんまりと中段に構えた。


エルザはその構えを見て確信した。


またあの技が来ると。


本人は気付いていないだろうが、少し、構えにクセがあるのだ。100%そうだと言い切れるわけではない。だが、エルザには、なんとなく、あの技が来るような気がしていた。 


だが、もし違ったら?


だがエルザは、青眼に構えて、あの技のカウンターを狙うことに決めた。


「また受けに回るか」


バクスはそうつぶやいた。


「今度は逃がさん」


バクスは今度こそ、秘剣・竜巻でエルザを葬り去るつもりだった。さっきはまんまと逃げられたが、今度はそうはいかない。


(手加減なしの、本気の竜巻で始末してやる)


バクスは闘志をたぎらせて行った。


バクスが秘剣・竜巻を二度見せたことは、これまでに一度もない。すべて、この技で葬ってきたからだ。そんなこの技を、この娘がたった半日の間で対応できるはずがない。


バクスの頭の中には、一撃入れてからの、追い込みの方に意識を集中していた。


お互いの方針は、お互いの知らぬ間に決まった。


そして、ついにバクスが動いた。


バクスの剣は、小さく回転しながら前へ飛び出してくる。


その回転の半径は、半身で躱すことの出来ない広範囲で、今回のものは以前よりも、ずっとキレが鋭かった。


前回と違って、首筋と心臓を狙う円運動で、腕と腿まで切ろうという、必殺かつ広範囲の攻撃。これを防げるはずなど、通常では考えられるものではない。


エルザは回転して迫り来る刃の動きに合わせて、右手に持つ剣の柄を左肩に当てるようにしながら、自分の剣先を下に向け、剣で体を守るようにして前へ飛んだ。


バクスの剣は、エルザの剣によって、キイン!と音を立てて弾かれつつ、そのまま前へ突き入れていく。その剣先は、エルザが元いた場所のさらにその奥へと伸びて、誰もいない空間を斬っていた。


そして、バクスの側面へと飛び出たエルザの顔の前には、伸びきった右腕と開いたバクスの腹が丸見えであった。バクスに驚愕の表情が浮かび、体が逃がしながら、空いている左手をエルザに向けた。


その、掴みかからんとするバクスの左手首を、エルザは斬り上げ、斬り上げたことで開いてしまったエルザの脇へ、バクスが剣を横なぎに振ってくる。


エルザは脇を締めて剣を下ろし、バクスの攻撃を防御した。そしてそのままバクスの剣に押し飛ばし、そのまま右上腕も斬った。


「うおおおおっ!」


そして、エルザは叫び声をあげると、バクスの体を横蹴りして、扉の方まで跳ね飛ばしたのだった。


「うううっ!」


パン!扉に背中を打ちつけてから、前かがみに片膝立ちになったバクスは、顔を上げてエルザを見た。


エルザはその、まだ死んでいない闘志を感じて、警戒を解かず剣を構えていた。


「……なぜだ?……」


そういうと、ゴフッと一つ咳をした。


「なぜ、前へ出た」


エルザに答える義理はなかったが、死ぬ前にそれだけは知りたいという、執念のようなものを感じは伝わってきた。


「その前に私の質問を聞かせて頂戴。なぜ、私たちを襲ったの?」


バクスは肩で息をしてながら、口を開いた。


「ひとつ……民族衣装の女は金になる。ふたつ、エルザ、お前には恨みがある」


「恨みですって?」


エルザは眉間に皺を寄せた。


「2年間、黒い蝙蝠の連中がゴント村を襲撃した時、お前は頭領のガスタや幹部を数名倒しただろう……暴力で成り上がった俺たち盗賊にはな、メンツってものがあるんだ。たかが田舎娘に命を落としたとあっちゃあ、示しがつかねえのさ」


「それは、あんたたちが先に仕掛けてきたからでしょ……私たちは自分の身を守っただけよ」


エルザの言葉に、バクスは血を吐きながら薄ら笑った。


「それは、お前たちの理屈であって、俺たちには関係のないことだ」


バクスは膝立ちからしゃがんだ姿勢へと変化した。


エルザは警戒して、刃を向けたままでいる。


「それに、狙われているのはお前だけじゃねえ。戦闘狂リリスだってそうだ」


「リリスもですって……」


エルザは眉間に皺を寄せて、バクスを睨んだ。


だんだんと、力を失っていくのか、バクスの体もなんだか一回り小さく見える。


「今度は俺の質問に答えろ」


バクスはそういうと、前のめりになりながらエルザを睨みつけた。エルザは剣先をバクスへ向けたまま警戒を怠りはしない。


「手品も2度目はタネが見えるものよ」


エルザの回答に、バクスは目を見開いて歯噛みしていた。


「あれを一度見ただけで、対応したというのか……」


「私にしても賭けだったわ。……もし、別の斬撃だったら、斬られていたのは私だったかもしれないわね」


「そんなバカな……」


エルザの言葉に、バクスが力なく言葉を返す。


「まあ、本当の理由は、私が剣聖セドリックの弟子だったってことかしら」


その弱りぶりに安心したのだろうか。エルザはうっかりと口を滑らせてしまった。ところがそれは、バクスの最も気に障る一言だったようで、死にかけていたバクスの目が光り、悪魔のような形相でエルザを睨みつけたのである。


「てめえ! セドリックの弟子だったのか!」


急にバクスが大声で叫び出すと、カエルのように飛び上がって、エルザへ抱き付くような形で覆いかぶさってきたのである!


「ええいっ!」


エルザは慌てて、バクスに向けていた剣をそのまま胸に突き入れた。


エルザの剣はバクスの胸を貫き、ズブズブと剣の根元の鍔に触れるまで、突き刺さっていった。


何かがカチリと、剣の鍔へ当たる。


バクスは、首筋に噛みついてでも相討ちにしようと思っていたのか、鬼のような形相でエルザを睨みつけながら死んでいた。


エルザは、覆いかぶさるバクスの体を、剣で押し退けると、バクスの死体はドサリと床へと倒れ落ちた。


その、乱れた衣服を見ると、胸のあたりに小さな刃物が、刃を前に立てた状態で貼り付けられていた。


おそらく、強く抱き付くことで、エルザに刃を斬り入れるということなのだろう。


「……史上最低な抱擁ね……」


エルザはそうつぶやくと、剣を振るって血を落とし、鞘へと納刀した。


「さあ、行くわよアラン」


エルザがそう言ってアランを見ると、アランは飛び上がってトイレから出て来た。


「ああ、わかった……案内するよ、こっちだ!」


もはや、アランにとって、盗賊団は何も怖くはなかった。軽い足取りでトイレの扉を開けると、エルザの露払いをしていった。



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