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第21話 呆気ない勝利


秋も深まり、アルカンディアも随分と涼しくなって来ていた。

昼間は陽気な日差しで暖かくても、夜になると冷え込んでくる。

セドリックは、チーズやソーセージなどをつまみに、ワインを飲んでいた。


「エルザがいなくなると、途端に寂しくなったな……。これまでの共同生活は、ワシがあの子を教えてやるためのものだと思っていたが、実のところ、ワシがあの子に支えられておったのかもしれん」


エルザが王都へ旅立ってからわずか3日ほどなのに、会話をする相手がいないというのは、なんとも言えない寂しさを感じるのだった。


「いかん、いかん。このような閑静な生活を望んでここに来たのだろう。今日はつまらんことを考えるわい……早めに寝るとしよう」


セドリックはそういいながら、ワインを飲み干した。



セドリックがベッドへ潜り込んでからしばらくして……。


裏山で黒い人影が3つ、うごめいていた。


「おい、大丈夫なんだろうな?」


「あ? 何がだ?」


「この家の住人だよ」


「ああ。老人が一人住んでいるだけだろ」


「本当に、老人だけなのか?」


「なんでそんなこと言うんだ?」


「いやあ、あまりにも報酬がいいもんでよ……なんかもっと危険なことがあるんじゃないかって思ってさ……」


「何を馬鹿なことを言ってやがる。敵を脅すために身内を一人攫うんだろうが。つまり、利用価値はあるが強くはねえってことだよ」


男はヘラヘラ笑った。


「まあ、それならいいんだが……」


男がそう思った時、目の前の男が2人、突然地面へと倒れ伏した。


「うっ!」

「があっ!」


ドサッ!


「な、何だ? 一体何が起こったんだ?」


男が暗闇の中へ目を凝らすと、一人の老人が木刀を持って立っていた。


「先に姿を見せたら逃げられるから、お二人さんには先に眠っといてもらったよ」


「お前一体……何者なんだ……」


「わざわざ名乗るもんかね。さあ、夜は長い。誰から頼まれてここに来たのか、ゆっくりと話してもらおうか……」


そういうと、セドリックは木刀を振り下ろした。



セドリックは、気絶した3人をロープで縛りつけると、叩き起こしてセドリックの家まで歩かせていった。


「さあ、これからじっくりと事情を聞くとしよう。おそらく、おそらく黒い蝙蝠の手先なんだろうが……エルザもやっかいな連中に目を付けられたもんだのう。今頃はリールでリリスとお祭りを楽しんでいる頃だろうが……。まあ、無事でいてくれよ……」


セドリックは、夜空の星を見ながら、そんなことを考えたのだった。





エルザが突き当りを左に曲がると、また廊下が続いていた。


「一体、どんな仕掛けが待っているのよぉ……」


エルザは慎重に歩きながら、先へ進んだ。


暗がりの中を歩いて行くと、20mほどの何もない廊下があった。


「どう考えても、何もないことはないわよね……」


エルザは、背中に背負っていた鞄を下ろすと、必要な中身を取り出して、廊下の先へと放り投げた。すると、その鞄が床に落ちた時、壁のレンガとレンガの隙間から、ザシュッと鉈のようなものが飛び出してきた。


「………」


エルザは頭を抱えてしまった。


「どうするか、ちょっと落ち着いて考えよう」

そう言いながら、エルザは安全な手前の廊下まで後戻りした。






その頃、ガルベスは、次の廊下にある覗き窓の前に立って、エルザの様子を観察しようと待っていた。


「おかしいな……」


なかなかエルザが来ないので首を傾げていると、バクスは声をかけてきた。


「どうした? 来ないのか?」


「ああ……もう来てもいい頃なんだが」


「どれどれ、俺にも見せてみろ」


覗き穴は二つあるので、二人は仲良く肩を並べて覗いてみる。……しかし、人の気配が全くない。


「死んだんじゃないのか?」


バクスが割りと真面目にそう言ったのだが、ガルベスは首を振って否定した。


「えー、嘘だろ! あの鉄球を躱した女がそう簡単に死ぬわけがない」


バクスは肩をすくめた。


「えらくあの女を買っているんだな……じゃあ、気長に待つしかねえか……」


「そうだ。待つといっても、そう長い時間じゃない。数分のことだ」


その時バクスは嫌な予感がして後ろに飛んだ。


すると、ガキーン!とバクスのいた所に剣が走った。


「ガルベス! 逃げろ!」


バクスが叫んだが、ガルベスは除き穴の顔を当てたまま、エルザに首を斬り裂かれていた。


「うああああ……」


ガルベスは、掠れた音を喉を鳴らしながら、崩れ落ちて行った。


「お前が馬鹿力のエルザか」


バクスはニヤリと笑った。


剣士には、長年の培った練習の賜物というか、鋭い独特の勘というもの備わっている。

それが、バクスを危機から救っていた。腕っぷしは強いがただの盗賊であるガルベスにはそれがないのだろう。


バクスは、剣の柄に手をかけながら、鞘はエルザに見せていない。


敵の見えない位置に鞘を隠し、静かに刀身を出して斬る準備に入るという、技があるという。


エルザは警戒していた。


「あなたたちには、ホント酷い目にあわされるわ」


「ふん、それにしては元気な姿を見せてくれるじゃないか。……まあ、あの鉄球を押さえつけたのは見事だった。だが、もう少し、我々にショーを見せて欲しかったな」


バクスがそう言うと、エルザは露骨に嫌そうな顔をした。


「覗きなんて、趣味が悪いわね」


「ははは! 随分と楽しませてもらったぜ。……ところでお前はどこからここへ移動してきたんだ? ちゃんと廊下を通ってこなきゃ駄目だろうが」


「ハン! 馬鹿みたいに罠だらけの廊下なんて通るわけないじゃない」


「ほほう、そうか、じゃあ、あの鉄球の裏からこっちに通路に来たんだな」


「あなたに話す義理はないわよ……」


こんなたわいもない会話をしながら、二人の剣士は間合いの探り合いをしている。


エルザは抜き打ちを警戒し、バクスは斬るチャンスを伺っている。


バクスはジリジリと後ろへ下がっている。


この、覗き窓がある狭い空間で戦いたくないのだろう。


その時、エルザの頭の上からバシャバシャ!っと血が降って来たかと思うと、ガルベスが覆いかぶさって来たのである。


「うおおおおお!」


エルザの首に両手を巻き付け、鬼の形相をしたガルベスが、エルザの肩に噛みついていた。


「きゃあああ!」


気持ちの悪い血のりをべっとりと付けられ、涎を垂らしながら噛みつくガルベスに、エルザの背筋には虫唾が走っていた。


このチャンスをバクスが見逃すわけがない。


エルザに向かって斬り掛かっていた。


エルザは、手に持っている剣を上段に構えるついでにガルベスの額を突き刺し、そのままバクスへと振り下ろした。


「ええええぃ!」


バクスは剣を受けたが、思いのほか重い剣だったので、横に流してしまう。だが流しきれずに頬を切ってしまった。


「なんて、馬鹿力なんだっ!」


バクスは、思わず通路の前まで下がった。


「エルザ。ここは狭いからこの先の広場で勝負しよう。……その、首に巻き付いているものを引き剥がしてから来い……先に行って待っているぞ」


バクスはそう言うと。通路の向こうに消えた。


肩で息をしていたエルザは、慎重にガルベスの腕を外して、バクスを追って通路へと歩いた。


通路の向こうは、白い空間だった。


20m四方の広さがあり、天上はガラス張りで日の光が燦燦と降り注いでいた。空間には、薄っすらと霧のようなものが漂っていて、明るい空間ながら視界はさほど良くなかった。


部屋の奥にバクスが立っていた。エルザはバクスの方へゆっくりと歩いていく。バクスはゆっくりと口を開いた。


「エルザよ……お前の剣は確かに強いが、最後の決め手は力技なのだな……馬鹿力のエルザとは良く言ったものだ。だが、それは剣士としてどうなのだ? ワシが、お前の剣技のほどを見てやろう」


エルザは抜き身の剣を手に持ったまま、バクスの方へと近づいて行った。エルザが近づいて行くと、バクスは中段に構えた。少し背をかがめた、こじんまりとした構えだ。それに対してエルザは、青眼に構えてカウンターを狙うことに決めた。


「ほう、受けに回ったか」


バクスはそう話しかけてくるが、エルザは黙殺する。そして、しばらくの間、沈黙が続いた。今回は、おしゃべりに応じるつもりはない。お互いの剣の挙動に、一挙一動しながら、探り合いをしていく。


エルザが近づいて行くと、バクスは中段に構えた。

少し背をかがめた、こじんまりとした構えだ。


エルザは思った。


この構え。

どこかで見たことがある。


どことなく繊細な構え。


先生から昔話を聞く中で実演してもらったあの構え……先生が斬られたあの必殺技に似ている。エルザがそう思った時、バクスが動いた。バクスの剣は、小さく回転しながら前へ飛び出してくる。


バクスは手のひらの握りをうまく使って、コンパクトに円運動を起こし、回転させながら素早い2太刀を放つ。ただ最後の瞬間、片手だけになって剣を伸ばし突くことで、相手が思っている以上に斬撃が奥へ伸びるのである。


回転させながらの片手突き。これこそバクスの必殺技、秘剣・竜巻という技であった。


竜巻を放った時に見せる、キラキラと光る2度の煌めき。その剣の光を見た者は必ず死ぬと言われている。


「うわぁーーーっ!」


予想以上に剣が伸びて来るが、エルザは剣先を下に向けてガードしながら、全力で床を蹴って斜め後方へ飛んだ。


バクスの剣の切っ先がエルザの胸を薄く切る。そして、一連の動作で回り来るバクスの刃は、ガキン!とエルザの剣とぶつかり、火花を飛ばす。その追撃を、エルザは潔い飛び退がりでなんとか躱しきったが、無様に尻を床に打ち付けながら転倒していた。


この技の怖い所は半身で躱そうとしたら斬られるし、後方へ下がっても斬られるということである。回転しながらの伸びる剣。これを初見で躱すのは至難の技であり、エルザの潔い飛び退がりが、結果としてエルザを救ったのであった。


「あれを躱すか!」


バクスは尻もちをついたエルザに向かって、追撃のニノ太刀を加えていく。


一の太刀をかわした時は、ニノ太刀が必ず来ると思って行動する……そう教わったエルザは、無様に転びながらも心構えはできており、襲ってきたバクスの剣撃を、剣で受けながら、前へ転がる。


そこへ三の太刀が飛ぶ。


今度はそれを躱す余裕があった。転がりながらそれを躱すと、バクスの足首へと斬撃を放った。


「えい!」


バクスは後ろに飛んでそれをかわし、追撃してきたエルザのニノ太刀を受けながら、いま一歩後ろへ飛び退いた。


バクスは冷や汗をかいていた。そして内心、ライナーに詫びた。


(悪いがライナー。こいつの生捕りは無理だ)


初めは竜巻で手足を斬りつけて、生捕りしようと考えていたバクスだったが、そんな甘い戦い方ではこっちが危ない。バクスはエルザを本気で殺しにいくことに決めた。


一方、エルザは、逆にバクスを討ち取るつもりで剣に集中していた。エルザは知っているのだ。先ほど受けたこの技こそ、剣の師匠、セドリックを斬ったという「竜巻」という技に違いないと。そして、目の前の男こそ、セドリックを斬ったというバクスに違いないのである。


さあ、今度は私の番だ。エルザは強引に斬りかかろうと覚悟を決めて、エイ、エイと声を出して気合いを入れた。


ところが、エルザがこれから攻撃に転じようとしたその時、この闘いは唐突に終わりを告げる。


エルザの踏んだ足下のタイルが動いて、ガスが噴出してきたのだ。


「あっ!」


まさに、斬りかかろうとするタイミング……。


その一呼吸の間に、思わずそのガスを吸ってしまったのである。


「しまった!」


エルザは飛びずさったが、遅かった。……意識が急激に朦朧としてきている。


「なにこれ?……麻酔ガスか……?」


バクスを見ると、エルザがら距離を取って、口を布で塞いでいる。エルザはそのまま片膝をついた。


「嘘でしょ?」


エルザは信じられないといった顔をして、バクスを見た。


「剣技を見るんじゃなかったの?」


そう言って睨むエルザに、バクスは大きなため息をひとつ吐いて言った。


「すまんな。ワシもその罠は知らなんだ。……だがまあ。なんだ、世の中そんなもんだ」


そんな声を聞きながら、エルザは徐々に意識を失っていった。


しばらくすると、エルザは完全に意識を失って、床に倒れ伏したのだった。



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