第20話 祭りの騒動
串焼きの屋台は破壊され、木片が飛び散る……
祭りの屋台通りは、逃げ惑う人々の足音、悲鳴とざわつきで、大騒ぎになっていた。
ドゴンに持ち上げられていたエルザは、無駄話をして気を逸らしているうちに、拘束されながらも足の裏に手を近づけて、靴裏のナイフを展開していた。
「もう少し付き合ってもらおう。……地獄にな」
ドゴンがそう言った時、エルザは、身体のバネを思いっきり使って、爪先に展開したナイフを、ドゴンの首筋に突き刺した。ナイフは頸動脈を切り裂き、血が噴出する。
「ぐあああ、何だあ?!」
ドゴンは顔を背けたが、エルザのナイフの届く範囲だ。エルザは、ドドドド……と、何度もドゴンを突き刺していった。たちまち、ドゴンの顔は朱に染まった。
「ドゴン親分!」
一緒にいたニールは叫んだ。
完璧に捕獲した……そう思っていた。
だが、なぜだかドゴン親分の方が血まみれになっている。ニールは剣を抜いて走っていた。
「ティム! リック! 女を殺せ! 親分がやられている!」
ニールがそう叫ぶと、ティムとリックもすぐさま反応した。
「なんだって!」
二人は驚いて剣を抜くと、エルザに向かって刃を向けて走った。
ドゴンはナイフで斬られて、顔をエルザから背けていたが、拘束を解かない限り、ナイフの届かない位置へと逃げることは出来ない。ドゴンはたまらず、エルザを地面へ叩き下ろした。そして、ドゴンは、左手の金属筒に内臓されていた5枚の爪を展開した。
「これでもくらえ!」
ドゴンの目はエルザを見据えていた。
地面に足がついたエルザは、もうドゴンへ攻撃は出来なかった。だが、逆に言うと足の自由を手に入れたということだ。エルザは自分を中心に回転運動を起こして、ドゴンを振り回していく。
「うおおおお!」
ドゴンの体が、屋台の柱へとぶち当たっていく。バキバキっと音を立てて屋台が崩れ落ちていくが、エルザはお構いなしに回転させていく。その動きに巻き込まれたのが、ティムやリック、ニールたちである。回転するドゴンに当てられて、余計な斬り傷を負ってしまう。
「痛ってえ!」
「うわ!危ねえ!」
「とりあえず離れろ!」
3人は慌てて、回転するドゴンの体から距離を取った。
エルザは回転させながら、ドゴンの体を様々な物体へぶつけていったが、それはある意味、防御も兼ねている。周囲にぶつけるものが無くなった時、ドゴンは腕を曲げて5本の爪をエルザへと振るってきた。
「死ねえ!」
「えええい!」
ドゴンが振るう上腕をエルザは足で蹴り返し、そのまま肘の内側へつま先を2、3回突き刺し、筋を切断した。
ドゴンの肘がダラリと下がる。エルザはそのまま肩も蹴り入れ、肩の筋をも切断した。
「ぐうう!」ドゴンが呻いた。腕を封じられたドゴンは、エルザへと蹴りを放った。少し目を回していたので力が乗ってなかったが、それでも大男、ドゴンの蹴りだ。威力はかなり強い。エルザは腹に蹴りいれられ、口から胃液を吐いた。そして、今度は逆に、ドゴンが左腕を、エルザを拘束したまま振り回し、隣の屋台へと叩きつけた。
「ぐわぁっ!」
木片が飛び散って、屋台の柱が折れ飛んだ。
腕で防御出来ないので、顔から柱へ打ち付けられ、エルザは鼻血を噴出した。
だが、急にドゴンの動きが緩慢になってきた。
それもそのはず、ドゴンは首から血を吹きながら戦っているのだ。それは、ドゴンの体に想像以上の負担を強いることになっていたのだった。
「ううう……くっ、いかん……」
ドゴンは急に動けなくなってしまった。
二人の戦闘が膠着したと見るや、ティムとリック、ニールの3人は、再びエルザを刺し殺そうと走り出した。
「死ねやこのアマ!」
3人がエルザに向かって剣を振り下ろす。
エルザは彼らの突き出す剣に向かって、ドゴンの体を振りまわし、盾替わりに突き出した。
「また、親分を盾にしやがって!」
ニールは苦虫をかみつぶしたような顔をしながら、別方向から斬り入れようとした。だが、それはエルザの罠だった。
ドゴンの体で見えなかった死角から、エルザのつま先が見えたかと思ったら、ニールの小手を斬り裂いていたのだった。
「あっ!」
ニールは剣を落としてしまう。
ニールはしゃがんで、剣を取ろうとした時、もうその目の前にエルザのつま先が迫ってきていた。
「ぐあああ!」
ニールは首筋から血を吹きながら、倒れた。
「ニール!」
思わずティムが叫んだ。
「ちくしょう!なんて足グセの悪い女なんだっ!」
次々と仲間が倒され、ティムは泣きそうになっていた。
しばらくすると、振り回されているドゴンの体にふらつきが見え始めた。エルザの汗で拘束器が滑り始めたのだ。
ドゴン本体を武器として戦うエルザにしてみれば、滑るのは取り回しが悪くて困ると思っていたのだが、動き回るうちに、ひょこっと右腕を抜くことが出来た。
「抜けた!」
抜けたはいいが、拘束器が緩く絡まり、微妙に足かせとなって邪魔で仕方がない。
エルザは左手で拘束器を抱え、右手を伸ばしてドゴンの右腕を取り、ドゴンの5本爪を振り回しながら応戦していく。それはまるで、2人でダンスを踊っているかのように見えたのだった。
だが、そんな優雅な光景とは別に、爪の攻撃はなかなか鋭かった。リックは、5本爪に気を取られていて、エルザが放った蹴りを、腹に受けてしまった。
「ああっっ!腹をやられた!」
「おいリック!」
ティムの動きが止まったその一瞬を、エルザは逃さなかった。
自分の剣を抜き出したエルザは、剣を抜きざま、ドゴンの左腕を一息にブッた斬ったのである。
噴出する血しぶき……は、思ったより出なかった。……おそらく、すでにドゴンは絶命していたのだろう。
そして、エルザはティムとリックに剣先を向けた。
ティムは、リックに目で合図する。
それを見たリックは、頷いてから言った。
「エルザ! お前の相手はもううんざりだ。ここまでやって、お前を殺せなかったのは癪にさわるが、まあいい。ほれ、あそこを見ろ。タミル族の女はもらった。お前はそこで、ドゴンの親分と仲良く抱き合ってな」
そういうと、2人は一目散に駆け出した。
「あ! 待てっ!」
エルザは、リックが指さした方向へ目を向けた。すると、一人の男がエイミーを肩に担いで逃げていくのが見えた。
エルザもすぐさま駆け出そうとしたが、どう考えてもドゴンの腕は邪魔だ。
エルザは、倒れているニールの鞘を拾うと、内側からコジて押し広げ、後は腹をへこませたりしながらようやく拘束器から抜け出した。エルザは大きく息を吐いた。そして、ドゴンの血だらけになった顔を見た。
「顔の傷が、少し増えたみたいね……」
エルザはため息交じりにそういうと、靴のナイフを収納して、ティムとリックが逃げた方向へと走っていった。
エルザが角を曲がると、通りの一番奥で、一人の男がエイミーを肩に担いで歩いていた。
肩に担がれたエイミーは、泣き叫び、手足を振って抵抗しているが、盗賊の男には全くこたえた様子はなく、そのままエイミーを運んで行った。だが、足が悪いのか、片足をひきずるように歩いている。走れば必ず、追いつけるような速度だ。
「エイミー! ……待ってて、今助ける」
エルザはエイミーに向かって走って行った。
エルザはあっと言う間エイミーたちがいた場所に辿り着いたが、エイミーを担いだ盗賊は、地下に降りたような痕跡だけを残して姿はもうなかった。その痕跡とは、地下へ向かう階段に、エルザがエイミーにあげたバンダナが落ちていたのである。
「……きっとエイミーが教えてくれたんだわ」
エルザはそう思うと、地下への階段を降りていった。
階段の下は真っ暗だった。エルザは、全身を耳にして、慎重に先へ進んでいった。地階に降りると、一番奥の部屋の、扉が少しだけ開いていた。盗賊たちは、エイミーを連れて、あの扉の中へ入ったのだろうか。
暗闇に目が慣れてきたエルザは、あたりを見回してみたが、あの扉の中以外に扉や窓、通路などは見当たらなかった。
「やはり……あそこしかないのね……」
エルザは、なんとなく、おびき寄せられてられているような気がして躊躇していたが、エルザは覚悟を決めて、扉の中へと入っていった。
扉の中へ入ると、細い通路が続いていた。
その通路はすぐ先で左へ折れ曲がっていて、またすぐUターンするように左へと廊下が続いていた。こうやって幾度か曲がったりしているうちに、自分がどっちの方角を向いているのかわからなくなってくる。
エルザは罠に気を付けながら、慎重に歩みを進めていく。廊下の先、次の曲がり角では、右に廊下が進んでいるようだった。
曲がった先は、奥の突き当りまで下りの斜面となっていて、そこから左に道が続いているようだった。
エルザはその緩い坂道を下っていく。すると、背後でゴゴゴ……と、石か何か引きずるような音がするので振り返ってみると、曲がってきた道が、降りて来た壁によって閉じようとしていた。
エルザは慌てて駆け戻ったが、同時に、その突き当りの壁がゴゴゴゴ……と音を立てて開き出した。
「何だあれは!」
エルザは叫んだ。
壁の中から巨大な鉄球が姿を現し、今にも廊下の斜面を下って来そうだったからである。
エルザは咄嗟に鉄球へと飛び込んで行って、転がり始める前に体全体で抑え込んだ。
「ぐううう……!」
その鉄球は、とんでもなく重いものだった。
その殺人的な重さの鉄球が、今にも転がり出さんとエルザに圧力を加えていた。怪力のエルザといえども、この重さでは何分ももたない。
腹に力が入り、息も少ししか出来なかった。
「ぬうおおお……んんんんん!……息が……詰ま……る……!」
エルザは鉄球が入っていた部屋の中を目で探り、鉄球を乗せた床板を上へと引いている太いロープの存在に気が付いた。
「ぐううっ……あれを……切れば、転がりを……止められる……か……!」
エルザは踏ん張りながら片手で剣を抜いて腕を伸ばした。
頭に血が上り、額には血管が浮き出ていた。鼻血が口まで垂れてきている。
「むおおおおお……!」
届きそうで、届かない。やっとのことで、剣先がロープへと触れる。
「んむおおおおお……!」
時折息継ぎをしながら、少しずつ、太いロープを切断していく。
そして、数分後、苦労しながらもロープを切断した。
片側のロープが切れると、前へ押し出ようとする圧力がガタッと弱まった。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ……」
エルザは細かく何度も息を吐いた。
「はぁはぁ……もう少し……もうひとふんばり……頑張れ私……」
そう言って、今にも折れそうになる心を励まし、もう片方の、ロープの切断にかかる。
そして、数分後……もう片方のロープを断ち切って、エルザはようやく鉄球から解放された。
「はぁ……終わったぁ……」
エルザは疲労困憊で、汗びっしょりだった。
もうしばらくここから動きたくなかったが、エルザはこんな心落ち着かない場所で、休憩するつもりはなかった。
鉄球が転がらないよう、その辺に転がっていた端材を楔代わりに打ち込むなどして、エルザは先を進んだ。
しばらく歩くと、薄っすらと線のようなものが見える。
「なんだろう? これは……」
近付いてみると、鉄線のようだった。
エルザは寒気がした。
「もし、私があの鉄球から逃げるように走ったら、この鉄線で首を斬られていたってわけ……?」
エルザは、忌々し気に、剣を振って斬ろうとしたが……やっぱりやめた。
「この鉄線……妙に張りがあるわね……」
エルザは、違和感というものを大切にしている……。違和感を感じる時……それはエルザの感性が、何かメッセージを伝えようとしているのだと思うからである。
エルザは少しさがって、床を調べてみた。すると、少し色の新しい場所がある。エルザは剣と鞘とを紐で結んで長くし、色の新しい場所を避けて立った。持ち手を長くした剣で、遠くからその鉄線を切った。
すると。
鉄線のすぐ下の床が崩れ落ち、落とし穴へと落ちていったのである。
エルザは顔面蒼白になっていた。
「どれだけ私を殺したいわけ……」
エルザは崩れていない床を慎重に歩きながら、先へ進んだ。
そして、突き当りを左へと曲がっていった。
◆
この通路の突き当り……つまり今、エルザが曲がっていった壁なのだが、そこには細いガラスの窓が入っていて、そこから盗賊たちが、奮闘しているエルザの一部始終を鑑賞していた。
「はははは、なかなか面白い芝居だったぞ!」
ガルベスは大声で笑った。
「あそこで鉄球を押さえに行くとは思わなかったな……」
そういうのは闇の銀狼の剣士、バクスである。
「どれだけ重さがあると思っているんだ? 普通は背中を向けて走るところだ」
「だが、そのおかげで命拾いしただろ。それにしても、黒い蝙蝠のアジトは、どうしてこんなに物騒なんだ? こんな所、足を踏み入れただけで終わりじゃねえか」
「ああ。こういう罠というものは、だいたい入ったら終わりなんだよ。多少、運が良かったところで、死ぬのが遅いか早いかの違いしかない」
「ふふふ、まあそうだな。だが、次の廊下を抜けるようなら、今度は俺自身が戦わせてもらおう……面白そうな女剣士だからな。まあ、無理だろうが」
そういってニヤつくバクスを見て、ガルベスは笑った。
「上で酒を飲んでるライナーは、出来れば女を殺さず生け捕りにしろって言ってたが、あの女は力が強すぎて生け捕りは無理だ。ここで死んでもらった方がいい。せめて、その最後だけは、俺たちを楽しませてから逝ってもらおうか。果たして次の廊下で生き残れるか……エルザの踊りを楽しませてもらおうぜ。」
「おう、次の廊下の方へ移動しよう。余興が始まっちまう」
ガルベスは、そう言いながら立ちあがった。




