第19話 メガ婆
黒い蝙蝠のアジトから、デニスが連れられて来たのは、街の裏通りにある、小汚い診療所だった。
エルザに折られた膝の治療のため、闇医者に連れて来られたのである。
「ちくしょう、痛ぇ、痛ぇ……何とかしてくれ……」
簡易ベッドに腰かけながら、デニスは喘いでいた。
運び込まれてから、もう、かれこれ半日も待たされている。
デニスは早く治療をしてほしくて仕方がなかった。
「一体、いつになったら治療してもらえるんだよぉ……」
デニスはグズグズと、そんな弱音を吐きながら、ベッドの上でゴロゴロとしていた。
その時、部屋へ一人の老婆が入って来た。
「何泣き言ってんだい!」
その老婆は、デニスの座るベッドを蹴り飛ばす。
「痛い、痛い! 婆さんやめてくれ! 振動で足に響くから!」
「馬鹿言ってんじゃないよ……全く。それでも荒事を好む盗賊かね。今、お前なんかよりよっぼどひどい患者を診ていたんだよ。そっちは命に関わる感じだったからね。それに比べりゃ、お前の怪我なんて、クソみたいなもんさ。そんなにメソメソされちゃ、治療なんて出来やしない」
「待ってくだせえよ!」
デニスは慌てて頭を下げた。
「へい……すみません……我慢しますんで……頼みますから治療してやってくださいよ……」
メガ婆は、リールの悪党たちがお世話になっている闇医者である。
本当の名前はオメガというらしい。
年齢は不詳だが、かなり高齢なのは間違いない。みんなメガ婆と呼んではいるが、本当のところ、婆なのか、爺なのかは良くわかっていない。
医師としての腕は確かなのだが、少々常識を逸脱する傾向があって、医師の時代、患者に人体改造手術を施して死なせてしまう事件を引き起こし、それ以来、医師の世界から追放されている。
そして、今も、時折、盗賊たちを治療と称して、人体の魔改造を行ったりしていると言われている。
「これで良し……」
メガ婆は、デニスの膝を伸ばした状態で固定し、石膏で固めた。
そして、最後に痛み止めの注射を取り出した。
「待ってくれ!そんな恐ろしい針を打つのかよ……」
「泣き言を言うんじゃないよ。直接体内に薬を入れると早く効くんだよ。お前たちも刃物に毒を塗って斬りつけたりするだろう?あれと同じようなもんさ」
そういうと、メガ婆は躊躇なくデニスの腕に注射器を突き刺した。
「しばらく安静にして、膝の皿がくっつくのを待つしかないね。1か月ほどたってもくっつかなかったら、刃物で切り開いて金具を打つからね!それが嫌なら動き回らないことだ」
それを聞くと、デニスは真っ青になった。
「足を切り開くなんて、とんでもねえ! 頼むから切らない方向でお願いしますよ……」
「なんだい、意気地のない子だねえ……そんなんじゃ、なかなか治らないよ。まあ、いい。とりあえず、痛みに耐えられなくなったら、この痛み止めを飲むんだよ。足は曲げないように。薬がなくなったらまたおいで」
そう言って、メガ婆は松葉杖と痛み止めを渡してきた。
「へい、ありがとうございます……」
デニスはそれを受け取ると、メガ婆に礼を言って部屋を出た。
しばらくすると、メガ婆に打たれた痛み止めの注射が効いてきたのか、デニスはようやく落ち着きを取り戻してきた。
「それにしても、命に関わる急患って一体、どんな怪我なんだ?」
そんなことを考えながら歩いていると、廊下の向こう側から、何やらうめき声が聞こえてきた。
「ん? なんだこのうめき声は……?」
どっかで聞いたことのある声……。そんな気がして、デニスはその廊下を曲がった。松葉杖を突いて奥まで行くと、一番、突き当りの部屋から声が聞こえてくるようだった。
デニスは好奇心を抑えきれず、その扉をそっと開けた。そして中を覗いてみると、そこには、見た事のある大男がベッドで横たわっていた。
「ドゴンの親分……どうしてここに……」
ドゴンの手を見ると、なにやら金属の筒のようなもので囲まれていた。
デニスは驚いてしまって、思わず部屋の中へと入ってしまった。
「親分……手は一体どうしちまったんだね……」
デニスが恐る恐る近づくと、どうやらドゴンは眠っているようだった。
「眠っているのかい、親分……。それにしてもまあ、無事で良かった。どうやったかわからないが、無事に脱獄出来たみたいで……。ああ、そうか!俺が待たされていたのは、ドゴンの親分の治療をしてたんだな? なるほど、それならそうと言ってくれればよかったのに」
心配になったデニスは、ドゴンのベッドまで近づいて行った。そして、ベッドのそばまで行って、ドゴンの顔を覗き見た。
「それにしても、この鉄の筒は一体なんだ? ギブスにしては、俺のものと随分と違うし……それに鉄だと重いだろう……」
ドゴンの手についている筒は、なにやら鉄片が継ぎ接ぎされたような、隙間だらけの筒だ。
その隙間から中を覗いてみると、なんだかいろんな歯車やバネなどが見える。
「こりゃ、一体なんだ? もしかして、この筒は武器なのか? それとも、なにかをつなぐ土台みたいなもんかな?」
デニスが興味本位にジロジロ眺めてから、その左手の筒に触れようとした時。
突如、ドゴンの両目がカッと開いた。
その目を見たデニスはヒッ!と声を上げた。
そして、ドゴンの左手がデニスに向けられ、先端から触手のような形をした、金属製の捕獲器が発射されたのである。
「ぎゃああああ!」
ドゴンの捕獲器は、デニスの両腕と腹、背中に至るまでガッチリと押さえつけ、デニスにはもはや寸分の自由もなかった。ドゴンはその傷だらけの顔をデニスに向け、ギロリと睨みつけた。
「デーニース。お前、よくも俺を置いて逃げてくれたなぁ……」
「ひいいいっ!助けてくださいっ! ……助けて!」
デニスの悲鳴を聞くと、ドゴンは愉快そうに笑った。
そして、デニスの体を、捕獲器で捕らえたまま持ち上げてしまった。
「ギャーッ! ギャー! 助けてぇ!」
「俺はな、弱い者いじめが好きなんだよ。知ってるだろう? そう、今のお前みたいに無抵抗な奴をな」
「ごめんなさい! なんでもしますから! なんでも!」
デニスはそう言って泣き叫んだ。
「あ? なんでもするだって?」
「はい! なんでもしますよ! だから、お願いです! 助けてください!」
「……ようし……。じゃあ、許してやろう」
「へえ……ありがとうございます……」
デニスが落ち着きを見せると、ドゴンは拘束したままデニスを床へ降ろした。
「おい! みんなこっちへ入ってこい!」
ドゴンは大声で怒鳴った。
すると、奥の部屋から、ニールとティム、そしてリックが姿を見せた。
「お前ら……」
「よおデニス……生きてたか?」
「こりゃあ、一体、どういうことなんだ?」
すると、ニールたちは笑って
「実はな、黒い蝙蝠の助けを得て、ドゴン親分を救出したんだよ」
「えっ! そうなのか!」
デニスがそういうと、ドゴンは拘束を解いた。
「親分……メスラーの旦那にドゴン親分が捕まったって報告したのは俺ですぜ?」
「そうらしいな」
ドゴンはそう言って笑った。
「じゃあ、脱獄出来たのは、半分はアッシのおかげじゃないですかい……ひどいですぜ、親分……。死ぬかと思いましたよ」
「俺を置いて逃げたんだから、これでチャラだ……ところでデニス。お前、なんでもすると言ったな?」
「へえ、言いましたけど、俺に何をさせるつもりなんで?」
するとドゴンは、傷だらけの顔をさらに凄ませて、ドゴンに言った。
「あの、赤い髪の女を殺すのさ」
「赤い髪って、エルザですかい?」
「ああ、そうだ」
「無理ですよぉ、俺、こんな足ですぜ」
「お前に戦えとは言ってねえ。ちょっと囮になってもらいてえんだ」
「足が悪いのに囮って……」
「大丈夫だって。その辺はこっちでうまくやるから、お前は言われたとおりのことをすりゃあいいんだ」
「へえ……」
「今回の赤髪を始末するのはな、俺たちだけじゃねえ。黒い蝙蝠のガルベス、闇の銀狼のバクスが協力してやっつけるってわけだ。ガルベスとバクスが罠を張って待ってるから、そこまで誘導するんだ」
ドゴンがそう言うと、デニスはドゴンの腕に目を向けた。
「そのために、腕を改造したんで?」
「改造ってほどのことじゃねえ。俺の手首は、あいつの剣で切断されたからな。戦えるようにこしらえてもらったのよ」
「そんな! 親分、俺たちの役割は誘導でしょう? 戦うのは無しにしてくださいよ」
「もちろん、無理をするつもりはねえが、殺れそうなら殺る……そのくらいのもんさ」
ドゴンはそう言って、ニヤリと笑った。
「それで……いつやるんですかい? あの、エルザって女を」
「明日だ」
「明日?」
デニスは驚いて言った。
「明日って祭りですぜ?」
「祭りだがどうした?」
「人もいっぱいいるし、我々の仕業だって、目撃されますぜ」
デニスは不安気にそう聞いたのだが、ドゴンは怒鳴りながら断言した。
「そんなもの、気にする必要はねえ!」
ドゴンはベッドを金属の腕でドン!と叩いた。
「だから、お前はいつまでたってもダメなんだ。いいか? 祭りの真ん中だから襲ってこない、そう思うからこそ隙が出来るんだろう。戦いになっても、私のせいでみんなが怪我をしたら……そう思うから隙が出来るんだろう? 何をバカなことを言ってるんだ。そこが、悪党のアドバンテージって奴じゃねえか」
「へえ……そりゃ、そうですが……やっぱり親分はすごいですなあ」
「すごいとか言ってるんじゃねえ。いいか、俺がお前を捕獲したように、腕の捕獲器を使って赤髪と帝国の小娘を捕まえる。もしかすると、咄嗟に赤髪が小娘を突き飛ばして逃すかもしれねえ。お前はその時、小娘を捕まえて連れ去るんだ」
ドゴンは、拒否することを許さない目つきで、デニスを見た。
「それなら出来るだろ?」
「へえ……わかりました……やります、やりゃいいんでしょ? でも、俺は足が悪いんですから、失敗しても知りませんから」
デニスは盛大にため息をついた。
◆
次の日の朝、エルザとエイミーは、宿屋で朝食をとってから、リリスの道場へ向かうことにした。
エイミーは、いつもの民族衣装では目立つので、今日は平民の服を着ている。
2人は祭りに出店している屋台をブラブラと見ながら、祭りの雰囲気を楽しんでいた。
しばらく歩いていると、"ゴントの串焼き"を売ってる屋台が、エルザの目に止まった。
「ねえ、エイミー。あの串焼きを食べない? あれってね、私の故郷の料理なの」
すると、エイミーは興味深げな顔を、エルザへ向けた。
「そうなんですね? 何の肉なんですか?」
「季節によって色々だけど、この時期なら熊かしら?」
「熊ですか?」
エイミーは驚いて聞いた。
「ああ。私らの郷では、熊は良く食べるのよ。鍋にすることもあるけど、やっぱり串焼きの方が私は好きだわ。濃厚なタレを付けて食べるのだけど、脂が乗っていて美味しいの」
「へえ……エルザさんの、お郷の料理だったら、私も食べてみようかな……」
エイミーがそう言うと、エルザがにこやかに頷いた。
「うん、食べよう。私もついこの間、村を出たばかりだというのに、もう串焼きが懐かしいだなんて、可笑しいわね」
そう言ってエルザは笑った。
早速、エルザとエイミーは屋台の方へと歩いていった。
「おじさん。串焼き2本下さい」
「あいよ、ちょっとまってくれよな」
そう言って、屋台の男は、軽く焼いた肉をタレにドボンと漬けると、もう一度網の上に乗せて、火で炙った。
すると、タレの焼ける香ばしい匂いが漂って来て、口の中にツバが溜まってくるのがわかる。
「わあー。美味しそう!」
エイミーが顔を輝かせた。
「でしょ? でしょ?」
エルザはエイミーの手を取って、目をキラキラさせながら笑った……。
「あはは……顔が近いですよ……エルザさん……」
肉が焼けたら、もう一度タレをつけて、男は2本の串を差し出して来た。
「はいよ、お待ち! 2本で600エスタンね」
「はい、ちょっと待ってね……」
エルザは串を受け取って、エイミーに渡した。
「エイミー、ちょっと持っててくれる?」
「はい、わかりました」
そう言いながら、エルザは財布を取り出して、銅貨を何枚か取り出し、男の手の平に置いた。
その時。
男の手がエルザの腕を力いっぱいと握りしめてきた。
「今だ! 親分!」
男がそう叫んだ時、屋台の下から、幅2メートルはあろうかと思われる触手のようなものが、エルザの左右を挟むように飛んできたのだった。
「なんだぁっ!」
エルザの手に持っていた財布は宙を舞い、辺り一面に小銭が飛び散った。
「きゃあああ!」
エルザは咄嗟に、悲鳴を上げているエイミーを突き飛ばし、自身も剣を抜きながら飛び下がろうとしたが、僅かに間に合わなかった。その触手のようなものは、エルザの両腕と剣もろとも、挟みこんでしまったのである。
「うわっ! やられた!」
「エルザさんっ!」
「エイミー! 逃げろっ!」
「イヤあ! エルザさん! 私どうしたら!」
「走って逃げるんだ! 西神流道場へ! 早く!」
エイミーは逡巡していたが、意を決して走りだした。
エルザが前を向くと、屋台の薄い板がバキバキッと割れ、中から顔面傷だらけの男が姿を現した。
そして、エルザを持ち上げて頭上へと掲げた。エルザの足は、宙に浮いていた。
「フハハハ……捕まえたぞ!」
「お前は!」
エルザの背中に冷や汗が流れた。
「久しぶりだな、エルザ!」
「お前! 捕まったんじゃなかったの!」
「お前に会うために脱獄してきたのだ……これは嘘じゃない」
そう言うと、ドゴンはニヤリと笑った。
エルザはペッと、横に唾を吐いた。
「冗談は顔だけにしてくれる? 私は二度と会いたくないって言ったはずよ!」
するとドゴンはフハハハと笑って、
「やっぱりお前は嘘つきだ、エルザ。お前はそんなことは言ってない!」
「わからない? 察しろって言ったのよ。悪いけど下ろしてくれないかしら? もう帰りたいんだけど」
「まあ、そう言わず、もう少し付き合ってもらおう。……地獄にな」
ドゴンはそう言うと、獰猛な笑みを浮かべたのだった。
【女剣士エルザ寸劇 メガ婆編 】
メガ婆は巨大な注射器を取り出した。
「待ってくれ!そんな恐ろしい針を打つのかよ……」
「泣き言を言うんじゃないよ。いいね!も★も押さないお前たちは、これぐらいが丁度いいのさ!」
そういうと、メガ婆は躊躇なくデニスの腕に注射器を突き刺した。
さあ、デニスのように、太い駐車を差されたくなかったら、今すぐいいね!★を押そう!(#^^#)




