第17話 エルザの魔法
リールの街へ運び込まれた山賊のドゴンとリックは、自警団の地下牢へ放り込まれていた。
この世界では、警察や裁判所といったものはまだ成熟しておらず、街の治安維持は自警団によって行われている。そのため、有罪や無罪、罪の軽重なども、担当した自警団次第で程度に差があったりするともいわれていて、担当者の裁量によって割と適当に裁かれていたのだった。
そして、自警団の事務所では、駅馬車の経営者ロジャー、自警団団長のエルビス、冒険者ギルドマスター・ガストンが、まさにドゴンたちをどう処分するか相談をしていた。
「とりあえず、奴らのアジトはどこにあるのか、吐かせないとな……そこにいろんな盗品が眠っているはずだ。どう思う? ガストン」
そう、エルビスは言った。
「確か、奴らのアジトは、南の森の方だということは掴んではいたが、詳しい場所までわからなかったからな。ドゴンに吐かせるのは良い手かもしれない。だが、逃げた仲間も結構いたらしいじゃないか。俺がその盗賊だったら、今ごろ荷物をまとめて、よその場所へと移動しているはずだ」
「それじゃ、もう処刑するしかないってことか?」
エルビスが、自分の首に手刀を当てて、左右に動かした。
「そうだな、あまり有益な情報がないようなら、サッサと殺してしまうに限るだろう……ああいう人間は生かしておいても、また犯罪を繰り返すだけだ」
そこで、被害者でもあるロジャーが声をあげた。
「ちょっと待ってください。それでは私どもの被害はどうなりますか」
「被害と言ったって、今回の事件では何も被害は出ていないと聞いているが?」
「そうは言っても、これまでに何回も襲撃に会ってますからな。出来れば賊の財産か何かで補填したいものです」
「じゃあ、ロジャー殿は、冒険者でも雇ってアジトへ向かわせますか? 行っても蛻の殻だったら、それこそ大損ですぞ」
盗賊の処分について、なかなか意見がまとまらず、時間だけが過ぎていった。しびれを切らしたガストンは、席を立った。
「なかなか話がまとまらんな。少し私はお手洗いへ行かせてもらうよ」
「ああ、ゆっくりとしてきたまえ」
「あまり、ゆっくり出来る気分でもないがね……」
そう言いながら、ガストンは部屋から出ていった。
ガストンが部屋から出ていった後も、ロジャーとエルビスはかみ合わない意見を言い合っていたが、そこへ出て行ったはずのガストンが、息を切らして駆け戻ってきた。
「大変だ! ドゴンが脱獄しているぞ!」
「なんだと!」
二人は驚いて立ち上がった。
「地下牢は?」
「誰もいない」
「見張りは?」
「気絶している」
エルビスは頭を抱えてしまった。
「なんてこった!」
そういうと3人は、ガストンを先頭に地下牢へと向かった。
すると、意識を失った自警団の見張りが倒れており、檻の鍵は開けられて、中には誰も入っていなかった。
「ちくしょう! いつの間に……!」
エルビスは歯噛みした。
「おそらくリールの盗賊どもが協力をしたのだろうな……。だが、ドゴンの怪我は重い……そう遠くへは行っておらんはずだ。ここからは、冒険者ギルドとしても動くことにしよう……エルビス殿も、自警団で色々と追跡されると思うが、連携を取ってやっていきましょう」
「わかった……」
エルビスは悔しそうにうなだれていた。
ガストンは立ち上がって、剣を手に取った。
「それでは、私は失礼しよう。これから冒険者ギルドへ行って、逃げた盗賊どもの手配をしなければならないのでな」
そういうと、ガストンは踵を返して自警団の事務所を出ていった。
その頃、裏路地を駆けていく盗賊たちの姿があった。
黒い蝙蝠の幹部、ガルベスである。
ガルベスの後ろを走るのが、顔に無数の傷がある男……ドゴンである。ドゴンは足を刺されているので、部下のリックが介添えしながら走っている。
その後ろにガルベスの手下ミリム、ドゴンの部下、ティムとニールが続く。
「へっへっへ、こんなにうまくいくとは思いませんでしたね」
「ほんと、ガルベスさんのおかげですよ」
ティムとニールがそういうと、ガルベスは鼻を鳴らしていった。
「お前たちが使えると踏んだから、助けたまでだ……それに、俺たちと同じく、あの赤い髪の女が許せんのだろう? このメンバーであの女を殺しにいくぞ」
ガルベスがそう言うと、ティムもニールも、目を輝かせて協力を誓った。
「ああ! 願ってもないことですぜ!」
「まずはドゴンの治療を行わないとな……これから闇医者の所へ向かうからついてこい」
するとドゴンは初めて口を開いた。
「すまねえな……助かったぜ……」
「礼にはおよばん。すべてはあの、赤い髪の女を倒した後だ……」
ガルベスは、その細い目をドゴンへ向けた。
ドゴンは、首を縦に振った。
「まかせておいてくれ……今度は俺も役に立ってみせるからよ……。それにしても、ギルドマスターがあんたたちと繋がっていただなんてな……さすが黒い蝙蝠だぜ……」
「ふん! 少し前まで落ち目だと思っていたくせに……良く言うぜ」
そう言ってガルベスは鼻で笑う。
「いやいや、そんなことはねえ。黒い蝙蝠が、今だリールの街で強い影響力を持っているのは、俺も知っている……。これからは、俺もいろいろと協力させてもらうぜ」
「ああ、頼む。……そのためにも、早く良くなってもらわなくてはな……」
ガルベスは、物事が自分の計画通りに進んでいることに、内心、ほくそえんだ。
◆
駅馬車を降りたエルザとエイミーは、エイミーのメモを元に、親戚の家を探していた。
書かれていた住所を探して尋ねると、そこは、とても人気のない、近くに川が流れている、雑草が生い茂るただの草地だった。
「おかしいわね……。聞いた所によると、このあたりなのに……」
「引っ越してしまったのでしょうか……」
エイミーはしょんぼりと、小さな声でつぶやいた。
「仕方がないわね……とりあえず、今日の所は私の泊まっている宿で、一緒に休むことにしようよ。明日になったら、私の友達に、何か知らないか聞いてみるからね。その友達の家は、長い間リールで剣術道場をやっているから、何か情報を知ってるかもしれないわ」
「はい……何から何まですみません……エルザさんに会ってなかったら、私どうなっていたか……」
「ははは、そんなこと言わないの」
エイミーは、川のほとりの土手に腰をおろした。
エルザは、エイミーの横に座って、その元気のない背中を撫でた。
その優し気で温かい手の平を背中に感じて、エイミーはエルザを見上げてほほ笑んだ。
「私、帝国の少数民族、タミル族の女なんです」
エイミーがポツリとつぶやく。
「もしかして、そのタミル族というのが理由で追いかけられてたりするのかしら?」
エルザがそう聞くと、エイミーは頷いた。
「……私たちタミル族は、生まれつき治癒魔法に長けた女が多く生まれる民族なんです。数年前に、その事を知った帝国の軍部が、私たちを狩り集めだしたんです」
「ひどい連中ね……治癒魔法の使い手を集めて、軍部の医療班にでも入れるつもりなのかしら?」
「帝国では、戦争の準備をしているって、もっぱらの噂です。それで、私たちは故郷を捨てて逃げて来たのですが、仲間はみんな捕まってしまいました……」
「この国に入っても、それは変わらなかったってわけね」
「私たちを捕まえたら、帝国に高値で売れるらしいのです」
「そうだったの……」
「でも、私たちの魔力では、浅い傷を治す程度のことしかできません……。命に関わる深手や病気の類は治せないのです。……というより、やろうと思えば深手を治すことも出来るのですが、その時は命を落とすか、恐ろしく老化すると聞いています」
「……帝国は、上層部の人間が大怪我をした場合、それをさせるつもりなのね……」
エルザは言葉もなかった。
ただ、肩を抱いてあげることしか出来なかった。
「でも、私は魔法を見たことがないの。人によっては、火を吹いたり、雷を落としたり出来るんでしょ?」
「魔法は、そんな万能な力じゃないですよ……。実際はもっと地味なものです」
「そうなの?」エルザは驚いて聞いた。
「そりゃあ、そうですよ。元々人の体内には"魔力"というものが流れていて、それをエネルキーとして使うことができるのが"魔法使い"なんです。体の中のエネルギーなんてしれてますから、火を吹く程度の魔法を使うだけで、魔力が枯渇してしまうなんて良くあることです」
「人の体の中の魔力って、そんなに少ないの?」
「サラマンダーという5m程度の魔獣で、1日、火球5発程度と言われてますね。人なら1日1発が限界でしょうね。……だから、私たちの治癒能力もそのエネルギーなりのものです。限界を超えて、己の命を代償にして、生命エネルギーを注ぎ込んだ場合にのみ、重症患者を治したりできるのです。……でもそれは、親が子の命を救う時など、私たち民族の中でも、使うのはとても限られています」
「だから、それを使ったら、多くの場合、命を落としてしまうのね……」
エルザは少し悲しげな目をした。
「なんかさ、魔力を貯め込んだり、増幅させたりとかは出来ないの?」
「魔石に魔力を貯めこんだりして、武器や杖などを介して発現させることも可能ですが……そういった魔力を意識して操作したり、効率をあげたりして、使い道をいろいろ模索したりする人は、"魔術師"っていわれる人たちになります。……そんなことが出来るのは、ほんの一握りの人だけですけどね」
エイミーの話を聞いて、エルザはがっかりしていた。
「なんだあ。魔法ってもっと派手なものかと思っていたけど、意外と地味なのね」
「そうですよ。昆虫や蛇などが毒を持つように、魔獣には、その特性に合わせた魔力が宿っている、ということなんです」
「そういうものなんだ……」
「ちなみに、エルザさんも、魔法を使ってますよ」
「えっ! 私が魔法を?」
エイミーのその言葉に、エルザはびっくりしていた。
「エルザさん気付いてないかもしれませんが、無意識のうちに身体強化の魔法を使ってますね」
「それって本当に?」
「やっぱり自覚ないんですね?」
「うん、今まで考えたこともなかったわ」
エルザが驚いていると、エイミーは、なぜだか納得したような顔をして言った。
「山賊に襲われて、エルザさんが大男の大剣を受けたことがあったでしょう? その時、身体中の魔力が全身を駆け巡る様を感じましたよ」
「私は、子供の頃から力は強かったから、あまり考えたことはなかったけれど、これが魔力によるものだったのかしら?」
「もちろん、元から力は強いのだと思いますが……ここぞという時の馬鹿力や、殴られたりした時の耐久力など、魔力が後押ししていると思いますよ。考えてみてください、こんな細い腕であんな大男の剣を押し返すなんて、普通は出来ませんから……。エルザさんみたいに魔法を自然に使えて、気付かず発動している人は時折いるんですよ」
エルザは驚いて、目がこぼれそうになるくらいに大きく見開いていた。
「そうなんだ! 驚いたわ! 昔から、馬鹿力とか剛腕とか言われてよく馬鹿にされてのよ? じゃあ、私の場合は魔力を身体強化のためのエネルギーとして使うことが出来ているってことなの?」
「そういうことですよ」
「ありがとう、エイミー。あなたのおかげで今日は良いことが聞けたわ。私も、自分なりに魔法の勉強をしてみることにするわ」
「ええ。何かお手伝いできることがあれば、言ってください」
そんなことを言いながら、それ以降も二人のたわいもない話は続き、気が付けば日が落ちそうになっていた。あまり遅くなってもいけないので、二人は宿屋へと向かって歩いていくことにした。
エイミーは、こんなに人と話をしたのは久しぶりだった。
エルザにたくさん、自分の思いを吐き出したことで、エイミーは、自分の心の中にあった色々なわだかまりが、少し薄くなっているのを感じていた。エイミーは、宿屋へと向かう足取りが随分と軽く、感じたのだった。
◆
賊に襲われた後、セラスたち一行は、リールの街へと急いでいた。1度目の襲撃は軽く退けることが出来たが、貴族がらみの妨害がこの程度で終わるはずがないと、セラスは考えていた。
一度襲撃を受けた以上、どこかに伏兵でも潜ませていると考えるのが普通である。不用心に進むのは危険なのだが、出来れば、日が落ちる前にリール近くまで行きたいというのが本音である。日が落ちれば、それはそれで奇襲を受けやすくなるからだ。セラスは、急ぎながらも慎重に、なかなか神経をすり減らしながら馬を走らせて行ったのである。
そして一行は、街道の両端に木々が生い茂る、伏兵を潜ませるにうってつけの場所へと到着した。その時、セラスの警戒は極限にまで高まっていた。
「ん? なんだあれは……」
街道の真ん中に、ローブを目深にかぶった一人の男が立っている。
どう考えても、怪しい。
セラスは叫んだ。
「全員! 最大警戒!」
「はっ!」
すると、ローブの男は、右手を高く掲げたかと思うと、手のひらから火球を生み出し始めた。その火球は、直径30センチほどもあり、それが3つも生み出されている。
「いかん! 回避せよ!」
セラスは仲間に向かってそう叫ぶと、自身はグレイブを投げ捨て、ローブの男めがけて馬を駆った。
ローブの男は、準備が出来たのか、前方へ手を振って火球を放った。
「はあああっ!」
男の手の動きに合わせて、それは、猛スピードで前へと飛び出してきた。そして、上へ下へと蛇のようにうねりながら、街道をふさぐような動きをして、避けることの難しい軌道を描いていた。
「うおおおおおっ!」
セラスは腰の剣を抜いた。
その剣の柄には、大きな赤い魔石が輝いていて、セラスの気合とともに煌々と輝き始めていた。
この、セラスの使う剣こそ……バクスター家の家宝・魔剣グラムドレイク。
その剣の柄には赤い竜の魔石が埋め込まれ、いかなる魔法をも斬り裂くという。
「ぬおおおおおっ!」
セラスはローブの男へと突進する。
そして、セラスに火球が迫った時、左になぎ払うように火球を斬った。
「なに? 火球を斬っただと!」
驚いたローブの男は、火球を切裂いたその刃が迫り来るのを見て、己の持つ短剣を抜いた。
だが、その時には、セラスのグラムドレイクが男の喉を突き刺していた。
「遅いわっ!」
「ぐあああ!」
ローブの男が吹き飛ばされ、地面い倒れ落ちた時、セラスはすぐさま飛び降りて、心臓を刺した。
「私の馬は火球など恐れはせん!」
セラスは剣の血を振るって、周囲を警戒した。
その頃、草むらの中では、魔術師がやられたことに、動揺が走っていた。
「ギンブル先生がやられた!」
「なんで、魔法が斬れるんだ!」
「こんなはずでは!」
盗賊どもは口々に弱音を吐き出したが、それを拳で黙らせる二人の男がいた。
「戦いの場で弱気を見せるな! この馬鹿ども! 死ぬぞ!」
「へえ! すみません!」
この男こそ、武闘派で鳴らす王都の盗賊団、双頭の竜のリッキーとトニーである。双頭の竜という名前の通り、このリッキーとトニーが看板の盗賊団である。
リッキーとトニーは双子の剣士で、その息のあった連携から逃れたものはいない……そう言われるほど、王都では、この二人の存在は恐れられていた。
「必ず勝つ! そう強く思う気持ちが己の力を十二分に引き出すのだ! いくぞ! クソども! 気合を入れろ! 相手はたった一人だぞ。 全員で斬りかかってこい!」
「おおお!」
盗賊たちは、一斉に木々や草むらなどから飛び出してきて、セラスの方へと走り寄ってきた。
セラスと魔術師との対戦は、一見セラスの勝ちのように見えたが……実はそれが囮だったとしたら……?
先走って進んだセラスの回りに、味方は一人もいなかった。
「仕組まれたか!」
襲い来る10名ほどの盗賊たち……。
セラスの背中に、冷たい汗が流れ落ちた。




