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第15話 エルランディと毒虫



逃げていく盗賊の背中を見ながら、エルザは思った。


「今、馬鹿力のエルザって言わなかった???」


エルザは、盗賊たちが付けた自分に対する二つ名に、軽く衝撃を受けていた。


「村でも"馬鹿力"って言われてたけど……顔も知らない盗賊に言われるなんて、何か嫌!」


エルザは頭を抱えてしまった。


そこへ、アルヴィンとエルノーが馬で駆け戻ってきて、エルザに声をかけた。


「やあ、君、加勢してくれてありがとう……僕の名はアルヴィン。こっちはエルノーだ。この駅馬車の護衛さ」


そう言って、二人は馬から降りてきた。


「私はエルザ……ゴント村の住人で、この駅馬車の乗客よ。あの山賊が馬車の乗客に危害を加えようとしたから、自衛のために戦ったの」


「助かったよ。で、こいつは?」


「みんなが親分って呼んでたから、きっと、この盗賊団の親分ね。尋問してみたら、何か詳しいことが分かるんじゃないかしら……」


アルヴィンが、倒れているドゴンを見ると、手首から先を折られているのか、ありえない形をしていた。


「峯打ちで手の平を砕いたの。後はお願いしてもいいかしら?」


「ああ、任せてくれ。こいつは縛り上げて、リールの自警団へ突き出してしまおう」


「じゃあ、私は馬車に戻るわね……」


「ああ、ゆっくりと休んでくれ」


そういうと、エルザは馬車へと戻っていった。


車内に戻ると、乗客から、口々に感謝の言葉を述べられた。


「いえ、私は旅の剣士なので……お気になさらず……」


エルザは逆に恐縮してしまって、顔を真っ赤にしていた。

そして、エイミーの横へと腰を下ろした。


「エイミー。服を返しておくわね」


そう言ってエルザは、借りていた民族衣装をエイミーに手渡した。


「エルザさん……助けてくれてありがとうございます……もう少しで私……連れ戻されるところでした……ご迷惑おかけしてすみません……」


エイミーは恐縮して、エルザに頭を下げた。


「いいのよ……あなたは被害者でしょ? あやまる必要なんてないわ。それよりエイミー。あなた、ずっと、あんなのに追いかけ回されてたのね……。ほんと、辛かったわね……」


「……はい……。リールに着いたら、落ち着いた場所で、私の事をちゃんと話しますね……」


「ああ、言いたくなければ、無理に言わなくてもいいんだからね? ただ、しばらくは私たち、一緒に行動した方がいいわね。あなた一人じゃ、盗賊から身を守れないでしょ?」


「はい……ありがとうございます……エルザさん、あなたとお知り合いになれて、本当に良かったです……」


そういうと、エイミーは泣き出してしまった。


「怖かったっ……今度こそ! 連れて行かれると思った……」


そういうと、エイミーは緊張が解けたせいか、エルザの胸に顔を埋めて大泣きしていた。エルザはやさしく背中をさすりながら、やさしく声をかけた。


「大丈夫よ、エイミー。私が守ってあげるわ……だから安心して……」


エルザはそう言いながら、エイミーの涙に濡れた自分の胸に、ほんのりと温かみを感じていたのだった。





騎士団長のセラス・バクスターは、父、エドガーの呼び出しに応じて、王宮にある応接室へと向かっていた。エドガーの呼び出しは、セラスの都合を考えない急な呼び出しだったようで、セラスは少々イライラしながら、早足で歩いていく。


セラスは、女性ながらその地位と技量で王都の第3騎士団長を任されている。少しカールした金髪を持ち、青い瞳と高い鼻、スラリとした整った面立ちをしていて、股がヘソにあるのではないかと思われるくらい、スラリと伸びた長い脚をしていた。



「父上は一体、何の用だというのだ……私も暇ではないのだぞ」

心の中でそう文句を言いながら、セラスは応接室の扉を叩いた。


「誰だ?」


「父上、セラスです」


「おお、セラスか……入ってくれ」


エドガーの入れという声を聞いたセラスは、応接室の扉を開けた。


「失礼します」


「セラス……忙しい所すまないな。お前に聞いてもらいたいことがあってな」


「何の御用でしょう」


セラスがそう聞くと、エドガーは1通の手紙を見せた。


「父上……これは?」


「これはな、セドリックから来た手紙だ……あいつめ、剣の道を捨てて田舎暮らしを始めるとか言っておったが、結局、弟子を育てておってな。その弟子をバクスター家の騎士にしたいと言ってきたのだ」


「はい……でも、手紙には平民とありますが、父上はそれでよろしいので?」


「それは、どこかで養子縁組などするつもりなのだが、このエルザという弟子は女ながら凄腕でな。黒い蝙蝠というリールの盗賊団を、たった二人で壊滅させたそうなんだ」


「たった二人で? いくらなんでもそれは話を盛り過ぎなのでは?」


「ああ、ワシもそう思うがな。その、もう一人というのが、西神流のリリスだ。エルザ自身、単独で3人の幹部を倒し、リリスと共同で2人倒している……この娘をな、お前の騎士団に、騎士見習いとして配属させようと思っているんだ」


「戦力が増えるのは嬉しいのですが、うまくやっていけますかね? 他の団員との関係もありますし、貴族の作法も出来ていないのでは?」


「ああ、いろいろ心配なことは多いがな……。だが何より、エルランディ様のお気に入りで、将来的には近衛騎士として、身の回りの護衛をさせたいそうなのだ」


「エルランディ様がそこまで? 二人は面識があるのですか?」


セラスはとても驚いていた。


「第一王女・アイリス様がお元気な頃、エルランディ様は田舎へ引きこもっておっただろ? 実はその引きこもり先がセドリックの家だったのだ。その時、エルザと固い絆で結ばれたと言っておった。だから、この娘の騎士団入りは、エルランディ様の肝いりなのだ。だから、お前には騎士としての教育を頼みたい。いいか、同じ女同士、親身になってやってくれ」


セラスはため息をついた。


「ご命令とあれば仕方ありませんが、正直気乗りしませんね……だいたい、そんな平民にエルランディ様の護衛などと、任せて良いものでしょうか」


「まあ、反対意見が出るだろうことは承知している。だがな、この魔界のような王宮で、エルランディ様が心を許せる者は限られておるだろう?」


「まあ……未だ落ち着かぬ王宮の有様には、私も心を痛めておりますが……」


「だろう? 決して裏切らず、しかも剣の腕も立つ……そんな娘は貴重なのだよ」


「そうですね……理解しました。で、そのエルザは今どこに?」


「手紙によれば、今、リールにいる頃だろう。日曜日の馬車に乗って王都へ向い、バクスター家へ月曜日に顔を出す予定になっている」


「リールですか……この時期、リールは春祭り……なるほど、呑気なものだ」


「そう目くじらを立てるな。リールの西神流道場で他流試合をしてから来るということなのだ。ついでにお祭りに寄っても、バチはあたらんだろ」


「まあ……父上のおっしゃる通りですが……」

正直、セラスは気に入らないのだ。


「まあ、何かとお前に負担になることは確かだろうが……だが、お前もそう決めつけずに、一度会ってからその人となりを見て見ろ。嫌いになるのはそれからでも遅くはない。なにせ、あのエルランディ様がお気に召したというのだ。そんなに悪い子ではないと思うぞ」


セラスはもうひとつため息をついた。


「はぁ、そうですね。確かに父上のおっしゃるとおりです。それでは月曜日に、そのエルザと会ってみることにしましょう」


「ああ、頼むよ。そうしてくれ」


その時である。


応接の扉がドンドンドン!と激しく叩かれた。


「緊急事態が発生です! 失礼してもよろしいでしょうか!」

「何事だ! 入れ!」


エドガーがそう声を掛けると、執事のカールが飛び込んできて、小声でそっと報告した。

「エドガー様、大変でございます……エルランディ様が……毒に倒れました!」


「なんだと!」

エドガーとセラスは、大声を出しながら立ち上がった。


「どういう状態なのだ? 命に別状はないのか?」


「今すぐ、命を落とすとかそういうわけではなさそうです……しかし、長くは持たないとのことで……」


「まあ、医者でもない、お主を問い詰めても答えは出ないだろう……今、エルランディ様はどこへおられる?」


「お部屋で、お医者様が診ておられます!」


「よし、わしらも行ってみよう。セラス、いくぞ」


「はい!」


エドガーとセラスが駆け付けると、部屋の前には派閥の貴族たちが集まっていた。

ブラントン伯爵家のエドワードと、アスター子爵家のローマンである。


「おお、エドガー殿」


「早いな、エドワード殿、ローマン殿も……で、エルランディ様のご様子は?」


「今は、容体が落ち着いておられるが、危険なことは変わりないらしい」


「これから快方に向かう、とかいう話ではないのか?」


「ああ、命に別状がないとはいえ、それには期限があるらしいのだ」


「期限だって?」


「ああ。見たことのない毒虫に刺されたようなのだ」


「毒虫? 一体誰がそんなものを?」


「疑わしい侍女が一人いるにはいるのだが……さきほど発見された時には、すでに殺されていたよ」

「どう見ても暗殺じゃないか」


エドガーは、拳を壁にぶつけた。


「とりあえず、中に入って、詳しい話を医師に聞いてみるといい。薬の話など、ワシらでは説明できんことも多いからな」


「ああ、そうするよ」


エドガーとセラスは、部屋の中へと入っていった。


部屋の中の大きなベッドに、エルランディが静かに眠っていた。

見た感じでは、ただの流行り風邪に見えなくもない。

エドガーは、医師を見つけると声を掛けに行った。


「バクスター家のエドガーと申します。先生、エルランディ様のご容態はいかがなもので?」


「これは、大変なことになりましたな……まずはこれを……」


そう言って、医師が取り出したのは、1匹の、赤い虫の死骸だった。


「この虫は……?」


「ええ、この虫が、エルランディ様に噛みついたものと思われる虫です」


「この虫は、一体どんな毒を?」


「この虫は南方の大陸に棲息するカミキリムシの一種で、名前をセアカカミキリといいます。捕食動物に食べられないために毒を持っているのですが、その毒が遅効性でして、人間がその毒を受けると流行り風邪のような症状が出ます。そしておよそ10日ほどした時、容態が急変して命を失うといわれています」


「10日!で、先生、薬や治療でなんとかならないのですか?」


「解毒剤が手に入れば、おそらく命は助かると思われます」


「治療法が全くないわけではないのだな?」


「それなのですがね……なかなかその薬を置いている店がないのですよ」


「王都では手に入らないというのか?」


「そうです……。そもそもこの薬は、南国で病に見せかけた暗殺に使われたりするものなのです。ですから、あちらの国では、解毒剤を常備していることが多いのですが、この王国で取り扱う店は1、2店あるかないかでしょう。王国も広いから、いちいち聞いて回るだけで期限が来てしまう。取り急ぎ、どこかに在庫がないか、南国に詳しい者から情報を集めている所なのですよ」


「なんだそれは! 非常に危ういじゃないか」


エドガーが拳を握りしめていると、一人の従者は入ってきた。


「失礼します。薬の在庫がありそうな店が見つかりました」


「なに! で、それはどこだ?」


「ヴァルハラという街にある、アリス薬店という店にあるそうです」


「ヴァルハラだと……」


ヴァルハラとは、王都から馬で2日ほど走った先にあるアラタカ山にある街である。


「ここから、ヴァルハラまでおよそ3、4日といったところか……往復していたら8日はかかるな……先生、エルランディ様は、8日持ちますか?」


「10日くらいは大丈夫なので、8日で解毒剤を持ち帰ることができたら、十分に助かります」


それを聞いて、エドガーの表情は明るくなった。


「よし!それでは早速薬を取りに行く隊を編成するぞ!」


エドガーがそう言うと、セラスがそれを遮った。


「お待ちください、父上。その役、我が騎士団がお引き受けします」


「セラス、お前が行くというのか?」


「当然です。一つはスピード……一つは強さ……そして何より信頼できるかどうかです……今すぐ出立できて、途中発生するであろう妨害をはねのけ、エルランディ様を裏切ることのない者といえば、我が騎士団しかないではありませんか」


エドガーはしばし沈黙していたが、意を決して言った。


「よし、セラス、お前に任せた! 今すぐヴァルハラへ向え!」


「はっ!必ずや薬を持ち帰ります」


「よし! すぐさまメンバーを選定しろ。薬の情報や食料、金などはこちらで用意する。1時間後に門の前へ集合だ。良いな!」


「ははっ!」


そういうと、セラスは部屋を出て行った。


期限はあと8日! なんとしてでも、エルランディ様を救わなければならない。


セラスの目に力がこもっていた。


「いかなる困難があろうとも、必ず私は薬を持ち帰るぞ! ゆく手を阻むものはすべて斬ってくれるわ!」


セラスはそう思いながら、唇をかみしたのだった。





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