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第14話 駅馬車襲撃


駅馬車の姿を見つけた山賊たちは、にわかに忙しく動き回っていた。


「おい、みんな! 集まったか? おい、誰か親分を呼んで来てくれ……お前はこっちに来て縄を積むんだ」

ニールは大声をあげて、手下たちへ指示を飛ばす。


「それ以外の者は馬を引いて、ここに集まれ!」


ニールがそう言うと、各々自分の馬を引き出してきて飛び乗り、ニールの元へ集合した。


そしてその時、岩場の陰からノッシ、ノッシと大男が歩いてきた。

山賊の親分、ドゴンである。


ドゴンは筋肉質のがっしりとした体形をしていて、身長は180cmくらい。自分の身長くらいの大きさの、幅広で大きな両手剣を肩に担いでいた。その剣の名は、通称「団扇」。縦に振れば風が来そうな外見からそう呼ばれているのだが、実際のところ、そんな平和な武器ではない。その重量から繰り出される威力は強力で、幅広な刀身は盾にもなる。そしてなにより、その巨大で恐ろし気な武器は、見せつけるだけで相手をビビらせる効果があるというものだ。


それから、ドゴンの顔なのだが……顔一面、恐ろしいほどの、無数の切り傷で覆われている。一体どんな敵と戦えばこんな傷がつくのか……あるいは何かの拷問を受けた結果なのか……それを知る者は誰もいなかった。ドゴンは少しウェーブのかかった長髪をしていて、その顔にかかった髪の隙間から、無数の傷口に覆われた細い目と獅子鼻を見ると、得体の知れない寒気を覚えるのだった。


ドゴンは、用意されていた馬の背に飛び乗った。


「駅馬車が来たか……。ようし。みんなよく聞け。今日の獲物は女だ……駅馬車に乗っている14歳くらいの小娘よ。ここら辺では見かけねえ民族衣装を着ている。そして、額に赤い印があるんだ……他のものには目もくれるな。その小娘を攫ったら即座に退却だ。金目のものを見つけたって、欲をかくんじゃねえぞ! いいか! この女には大金がかけられているんだ!」

「おう!」


「今回の駅馬車には護衛が2人付いているらしい。ニールとティムは、それぞれ2人を連れて6人で護衛を足止めしろ。ウォルターとデニスは駅馬車の足を止めるんだ。俺とリックは馬車へ乗り込んで女を攫う……いいな! 抜かるなよ? 手際よくいけ! よし! 走れっ!」

「おう!」


そう言って、山賊たちは、馬を駆って駅馬車へと向かっていった。

草原を、砂埃を上げながら、山賊たちが乗る馬は駆ける。


山賊たちは、またたく間に駅馬車へと追いついてきた。


駅馬車からすると、奴らは突然現れたように見えただろう。

突如、現れた山賊たちに、駅馬車側の慌てようが手に取るように伝わってくる。


「よし!適当にばらけて馬車を囲め! 後は手筈通りに動くんだ! こっちの狙いはあくまでも、乗客の女だ。いいか! それでは行け!」

「おう!」


そう言うと、山賊たちは、砂埃を上げながら馬車へと近づいて行く。


まず、立ちはだかったのは護衛の冒険者、アルヴィンとエルノーである。

二人はB級冒険者だが、護衛の経験は長く、連携も取れているベテランの護衛だ。二人の得物は槍。馬上から攻撃をするにはリーチが必要なので、長めの槍を使っている。


ニールとティムも、槍を抱えて来てはいるが、本来、得意なのは剣のようで、あまり槍の扱いには慣れていない。緒戦はアルヴィンとエルノーの連携にかき乱されてしまった。


「いかん! ティム! 俺たちが引きつけておくから、お前たちは背後に回れ!」


そういうと、ニールは猛烈に攻撃を仕掛けて意識をこちらへ向けさせていった。

いかにアルヴィンとエルノーがベテラン冒険者といえども、数が3倍ともなるとすべてに心を配れるものではない。 


ティムたち3人組に背後を取られて、攻撃の先を分断されてしまった。

こうなると、技量よりも数が有利だ。


いくら、アルヴィンとエルノーの技量が優れているといっても、腕は1人2本しかないのだ。6人に囲まれて、一気に攻撃をされると防ぎきれるものではない。アルヴィンとエルノーは次第に苦境へ立たされていく……つまりは山賊たちの思惑どおり、駅馬車は丸裸となったわけだ。


その頃、ウォルターとデニスは駅馬車の前をふさぐように馬を寄せて、行く手を塞いでいた。そして、何度も止まるように大声で御者を脅していた。


「おい、止まれ! 止まればお前たちに危害は加えねえ! だが止まらねえっていうんなら、馬やお前を殺して無理やり止めなきゃならねえ。おい! どうすんだ! コラ!」


御者のバートは真っ青になって震えていた。

馬や自分が殺されるのは嫌だが、馬車を止めて乗客に危害が加わるのも困る……。御者のバートは思考停止に陥って、ただ身を縮めて震えるしかなかった。


だが、そんな御者の行動も、山賊たちにとって何の抵抗にもならない。デニスは馬からひらりと御者台へ飛び移ると、御者のバートを殴りつけた。


「うがっ!」

バートは呻いて力なくのけぞると、たちまちデニスに手綱を奪われてしまった。


「端っこにどいていやがれ!」

デニスはバートを蹴り飛ばして、空いた御者台に腰を下ろすと、手綱を引いて駅馬車を止めた。


するとすぐさま、ドゴンとリックは馬車の横へと走った。そして、馬車から誰も逃げ出さないように扉の近くへ馬を寄せてから、ゆっくりと馬から降りた。


「ようし! それじゃあリック。中へ入って小娘を連れて来い。民族衣装を着た、額に赤い印がある女だ。すぐにわかる」


「へい、少々お待ちを」


リックはそういうと、駅馬車の扉へと歩いて行った。


「良し! 順調、順調」


ドゴンは非常にご機嫌だった。



リックが馬車の扉の前に立って、ドアノブへ手を伸ばそうとしたその時、馬車の内側からドアが、バン! と大きな音を立てて蹴り開かれた。


リックはその扉でバコーン! と盛大に顔面を打ち付け、吹き飛ばされたのだった。


「ぶはっ!」


リックは地面に倒れ伏し、鼻血を吹きながらうずくまっていた。


そして中から扉を蹴り開いた張本人の……エルザが姿を現したのである。エルザは民族衣装を肩から羽織って、額に包帯をグルグルと巻いていた。


「おい! なんだ手前は!」

ドゴンが叫んだ。


「うふふ、うまくいったわね? どう? 咄嗟に思いついたアイデアだったけど。こうも綺麗に決まるなんて……ドジな山賊ね」


「黙れ! 小娘!」


ドゴンが怒りをにじませて大声で脅した。


エルザは地面を呻いているリックの顎を蹴り飛ばして意識を飛ばすと、ゆっくりと剣を抜いて、下段に構え、そのままドゴンの元へと歩いていった。


「さっき小娘を連れて来いって言ったわね? 残念だけど、私はそう簡単に捕まったりしないわよ? 今まで私を追いかけてきた奴らは、みんな返り討ちにしたのだからね……覚悟しなさい」


エルザはそう言うと、剣先をドゴンへ向けた。剣の刀身が太陽に反射して、ギラリと輝きを見せた。風にたなびく民族衣装と額の包帯……もちろん、民族衣装はエイミーのものである。


「その民族衣装……額の包帯……お前が……!」


ドゴンは怒り狂って、大剣を抜いた。


それは、エルザの身長ほどもあろうかと思える長さの両手剣だった。

ドゴンはそれを見せびらかすようにしながら言った。


「こっちは10人もいるんだぞ! 女ひとりで何が出来るってんだ!」


それを聞いたエルザは鼻で笑って、


「何をいってるの? あなたは今、1人じゃないの……どこにあなたの仲間がいるのかしら?」


「うるせえ! 小娘! ぶっ殺すぞ!」


「あら? 私を攫いに来たんでしょ? 殺してもいいのかしら?」


「ちょっとくらい、手違いはあらあな!」


ドゴンはそういうと、剣を振るってきた。


さすがに山賊の頭を張っているだけあって、その斬撃は鋭かった。重さ10kg、長さは180cmはあろうかと思われる大剣。


ドゴンはそれを無造作に振りながらエルザへと迫る。


とはいえ、ドゴンは本気ではなく、脅しの攻撃である。小娘を生かして持ち帰らなければ、大金は手に入らないからだ。


エルザはその斬撃をヒラ、ヒラと躱しながら、ドゴンとの距離を取った。


そして、大振りの一撃を躱した時、その刃に剣を滑らせて懐へ入り込むと、そのままドゴンへ突きを放った。


「ええい!」


エルザの鋭い突きが飛んで、ドゴンの肩へと突き刺さった。


「うわ!」 


ドゴンは飛びのいて、振り返りざまに大剣を振るった。

エルザはそれを上へと弾き飛ばし、そのまま左の脇へと剣を突き刺した。だが、そこはドゴン。体が大きい割りには動きは機敏である。それらの傷は、すべて皮を切った程度の浅手であった。


さすがは、山賊の頭を張るだけのことはある。


「こいつやべえぞ! 生かして捕まえるのは難しいぜ! おい! ウォルター! デニス! こっちへ来い!」


ドゴンに呼ばれて、ウォルターとデニスが、エルザの背後へと走ってきた。そして、近づいて来たデニスは思わず声を上げた。


「あ!」


それを聞いたドゴンがデニスを睨みつける。


「どうした? デニス」


「親分! こいつは例の女じゃありませんぜ! こいつが、ゴントの赤い髪! 馬鹿力のエルザですよ!」


「何だって!」


これまで全力を出せていなかったドゴンは、大声で叫び出した。


「よくも騙したな! この! クソ女! 八つ裂きにしてくれるわ!」


ドゴンは傷だらけの顔を顰めて睨みつけ、両手剣を握りなおした。ゴント村の赤い髪……それはそれで、面倒な奴と当たってしまったようだが、相手の命を心配せずに戦えるのはありがたい。


「なんで! もうバレたの?」


エルザは驚いていた。


「うおおおりゃあ!」


ドゴンの本気が見える剣撃が飛んできた。


ドゴンはそれを横なぎに振りながら前へと進んで来る。その、攻撃範囲にいるものすべてをなぎ倒す、問答無用の斬撃だ。


「ウォルター! デニス!壁だ! 壁!」


「へい!」


ドゴンの言う壁とは、敵の背後に剣士を壁のように立たせて、逃げ場を塞ぐことを言う。そうすることで、ドゴンの大剣の横なぎを避けられなくする工夫である。


だが、エルザが足を止めることはない。


「こいつ、こっちに来るぞ!」


ウォルターが剣を振り下ろして牽制するが、エルザはそれを半身でかわして小手を入れる。そしてそのまま喉へ剣を突き刺した。


「うげええ!」


エルザはそのまま舞うように反転し、ウォルターの剣から身を守りながら、デニスの方へ剣を向ける。だが、その時にはドゴンの両手剣が横なぎに飛んで来ていた。


ブウゥーーンと風が吹いて、両手剣が通過していく。さすが、団扇とはよくいったものだ。

エルザは寸でのところで躱していた。


とっさに躱して、体勢が乱れたその隙だらけの所へ、デニスが刃を打ち下ろしてきた。


「もらった!」


「させるかっ!」


エルザはデニスの膝を蹴り飛ばしてひっくり返した。

「うわ! 痛ってえ!」


デニスは剣を落として泣き叫んだ。


「膝をやられた!」


「何やってんだ、この馬鹿め!」


ドゴンは傷だらけの顔を、恐ろし気に顰めて怒鳴った。


そして、重さ10キロはありそうな大剣を、まるで旗でも振っているかのように軽々と振り回し、何度も何度もエルザへと斬りかかって行った。その攻撃の速さもさることながら、ドゴンは一向に疲れた気配を見せない。底が見えない体力だ。


「くっ!」


エルザは躱すので精一杯だった。


大剣の攻撃範囲が広すぎて、エルザの剣が届かない。また、攻撃しても、うまく躱されてしまうのである。


「どうだ、恐れいったか! 俺の持ち味は尽きることなき無限の体力! いつまでこの攻撃を避け続けられるか見物だぜ!」


うるせえ馬鹿!……とでも言い返したい所だったが、エルザは息が詰まって声が出なかった。


まずい!


このまま逃げ続けるだけでは、いつかはやられる! 


不幸中の幸いだったのは、壁役の二人が早々に戦力外になったことである。この状況で後ろから剣を突きつけられていては、たまったもんじゃない。


エルザは覚悟を決めて、ドゴンの懐へ飛び込んでいった。


「何ィ!死ぬ気か! 小娘!」


「えええぃ!」


エルザは気合を発しながら、渾身の力でドゴンの大剣を受け止めた。


「何ぃ!!」


ドゴンは自分の剣を、こんな小娘が受けたことが信じられなかった。そして、さらに予想外だったことは、ドゴンは力負けして押し戻されていったのである。


「えええぃ!」


エルザの剣がドゴンの剣を押し返す。


「なめんな! 小娘!」


ドゴンは負けじと渾身の力を込めて押し戻す。

ドゴンは歯を食いしばり、さらに体重を乗せ、力をいれた。そして、ライオンのようの咆哮しながら、エルザを刃の下敷きにしてやろうと踏ん張ったのである。


「うおおおおおっ!」


ドゴンが渾身の力を刃へと込めたその時、エルザは急に剣を引いたかと思えば、ドゴンの小手を取って前へ押し、足を引っ掛けて投げ飛ばしたのだった。


「あっ!」


前のめりで力が入っていたドゴンは、勢いでそのままひっくり返って地面へ背中を付けた。


そして、エルザは、すぐさま倒れたドゴンの小手に渾身の峰打ちを叩き込んで、両手の骨を粉砕し、その流れで太腿へ一突き、剣を入れたのだった。


「ぎゃああ!」


ドゴンの悲鳴を聞いたデニスは、もう背中を見せて逃げ出していた。


赤い髪の女……。


「こりゃあ何の悪い冗談なんだ……おい! 二ール! 逃げろ! 赤い髪の女だ!」


デニスは馬に飛び乗って、一目散に逃げていく。


「赤い髪だって?」


聞き返すニールにデニスは大声で返す。


「馬鹿力のエルザだよ! 死にてえのか!」


ニールは、デニスが逃げ出すのを見た後、ドゴンが倒れているのを見つけた。


「おい!ティム! 親分がやられた! 作戦は失敗だ! 逃げるぞ!」


アルヴィンとエルノーは色めき立った。


「逃がすか! 待ちやがれ!」


逃げる6名の山賊たちを、アルヴィンとエルノーは追う。ティムとニールは、こういう逃走には慣れているのか、付かず離れず、時に左右の別れたりしながら、アルヴィンとアルノーを翻弄する。


「よし! ティム! みんな逃げたぞ! 俺たちもズラかろうぜ!」

「おう!」


ニールはそう言うと、唐辛子の詰まった煙玉のようなものを、アルヴィン目がけて投げつけた。

アルヴィンは思わずそれを斬ってしまったが、それがいけなかった。


その玉は爆散して、アルヴィンの周囲を煙でいっぱいにしたのだった。


「うわ! なんだこれは!」


目が痛くて開けてられない……煙玉をモロに食らったのである。


アルノーはアルヴィンと距離を取って、ティムとニールを追いかけようとしたのだが、すでに遠くへと逃げていたのだった。


アルノーはくやしそうな顔をしていた。


「くそう! あまり馬車から離れるわけにもいかん……このへんで追うのは断念するか」


そして、アルヴィンの方を見た。


アルヴィンは涙を流しながら、煙から逃げるように馬を走らせていた。


「大丈夫か? アルヴィン!」


「ああ、大丈夫だ……賊はどうした?」


「逃げられちまったよ」


「そうか……仕方ないな」


そして、アルノーは、馬を寄せてきて、アルヴィンに言った。


「……しかし、誰なんだ、馬車を守ってくれたあの剣士は……」


「どうやら乗客のようだな……いずれにせよ、助かったぜ」


二人は、大きく息を吐いた。そして、駒を並べて馬車へと戻ったのだった。





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