第13話 初めての旅立ち
エルザの王都行きが決まってから2週間が過ぎ、リールへ向かう日がやってきた。エルザが旅支度を整えた時、セドリックから声がかかった。
セドリックは、手に持っていた一振りの剣をエルザへと手渡した。
「かつて、ワシの師匠は、免許皆伝の証に一振りの剣をくれた……。エルザよ。お前への免許皆伝の証として、この剣を渡しておこう」
エルザは、セドリックから剣を受け取った。
これまで使っていた剣とは違って、少し長めの剣だ。
「先生、この剣は?」
「これは、ワシが昔使っていた剣だが……銘を剛鉄という。剛鉄という名前がお前に似合うだろう? 昔、王都に剣の名工がおってな。色々な金属を混ぜて、独自の鉄剣を作っておったのよ。それがなかなかの堅牢さを誇っておってな。少々乱暴に使ってもビクともせん」
「そんなすごい名剣を、私なんかに渡してもいいの?」
「ああ、ワシが持っていても、倉庫の肥やしになるだけだからな。持っていけ」
セドリックにそう言われると、エルザは今、手にしている剣が自分のものだという実感が、少しづつ湧いてくるのを感じていた。
「先生! ありがとう!」
「ああ。お前はエルランディを護る剣士になるんだ……この剛鉄も、その方が生きるだろう。……それからな、柄に留め金が付いているだろう。ここに幅4cm、長さ5cmほどの短い刀身が埋め込んであるんだ。何かあった時のためのお守りみたいなもんだが……まあ、覚えておいてくれ」
「うん……面白い武器ね……とっても気に入ったわ! 少し振ってみてもいい?」
「ああ、振ってみろ」
エルザはゆっくりと剣を抜いた。
そして、ブン! と一振り、剣を振るった。
「とても扱いやすい剣ね」
「だろう? ワシも気にいってよく腰に差したもんだ」
「……前の剣より少し長くて、振り回しが丁度いいわ」
「お前は背が高くなったからな。このくらいの長さが丁度よかろう。剣なんざチョコンと当たっただけでも重傷だからな。長いと何かと戦いやすいぞ。長いなりの戦い方を考えておけ」
「うん……考えてみる!」
そういって、エルザは笑った。
「では、そろそろ行こうか」
そう言うとセドリックは、エルザと共に、エルザの実家へ向かった。エルザが家の扉を開いて中に入ると、バルトとミラが見送りの準備をしている所だった。それは、到底、鞄には入りそうにないくらの、衣類や食料など、様々なものが用意されていた。
「母さん……引っ越しでもするつもり? こんなにいっぱい、鞄に入らないって」
エルザは、その荷物の物量から、両親の愛情の深さを感じていた。用意した物の数だけ、エルザの事を想って用意したに違いないからだ。
「エルザ、あなた力持ちでしょ? 持てるだけ持っていきなさい」
「持てるだけって……こんなの4分の1も持てないわよ」
それから母は、エルザに一足のブーツをくれた。
それは昔、山奥へ嫁ぐ母のために、祖父がこしらえたものなのだそうだ。牛革で作られたブーツは良く手入れされていて、エルザの足に合うようリメイクされ、履き心地良く仕上がっていた。このブーツには隠し機能があって、靴の裏と踵に仕込みナイフが内臓されているらしい。
「まあ、なんて物騒なブーツなの?」
エルザは驚いてしまった。
「そうでしょ? 私も祖父にもらった時はとっても驚いたわ。結局、一度も使うことはなかったけど、こうやってあなたを王都へ送り出すとなったら渡しておきたくなったのよ。少しだけ、祖父の気持ちがわかったわ」
「そんなおおげさな……ところで、これはどうやって使うのかしら?」
「踵はネジのキャップのようなものになっていて、クルクル回してブーツから外すと、中から刃が出るようになっているの」
試しにエルザが踵を回し取ると、中からかなり太い刃というより太い針のようなものが出て来た。
「これって、どんな時に使うのよ」
「知らないわよ、あなた考えなさい」
「それに、刃を出したら、つま先立ちになっちゃうわね」
エルザは踵を元に戻した。
「それと……靴底にあるのは、アイゼンかしら?」
「そうよ。折りたたんであるから、それを引っぱり出して展開すると、氷の上でも多少は滑らないし、つま先へ刃先が突き出して、滑る斜面でも突き刺しながら進むことができるらしいわ」
「氷壁でも登れってこと?」
「知らないわよ。アルカンディアに嫁ぐって聞いて、氷の道に囲まれた世界だと思ったんじゃないかしら」
「……私はむしろ、氷のない街へ行くんだけどね」
「まあ、護身用にいいんじゃないかしら」
「刃先を研いでみようかな? そうすると、蹴りで相手を攻撃できるかもしれないわね」
そういいながら、エルザはそのアイゼンを展開してみた。
5~6センチくらいの棒の先に刃物が付いていて、同じ個所にキャラメル2個分くらいの小さなアイゼンが付いている。そんな棒が、足の指裏あたりにヒンジで取り付けられていた。
そこから引き出すように展開すると、刃先が丁度つま先より5cmほど前に飛び出すようになっていた。
「刃が錆びないか心配だけど……これ、なかなかキンキンに研いであるわね? 武器をすべて奪われた時なんかにいいかもしれないわ」
「……そんなことにならないよう祈ってるけど」
ミラがそう言うと、エルザは苦笑した。
「それからエルザ。王都にはいろんな奴がいるからね、変な男にひっかかるんじゃないわよ!」
急に男の話をされて、エルザはうろたえてしまった。
「何言ってんのよ急に!」
「いや、あんたみたいな田舎娘は、狙われるんだから!」
「やめてよ、母さん! まだ男の人とか結婚とか、そういうの全然ないから」
「王都にはいろんな男がいるんだからね……。いいかい、男の言うことは全部無視して、その人の行動だけで人となりを判断するのよ」
エルザは顔を真っ赤にして聞いていた。
「わかったよ、母さん……。恥ずかしいわ」
エルザは母の愛情をジンジンと感じていた。そして、なんだか目が熱くなってきたのだった。
「ありがとう母さん、私は大丈夫だから。面接が終わって、しばらく王都に滞在したら、任務に就く前に一度帰ってくるから……そんなに心配しないで」
「ああ、わかったよ……でも、危ないことはするんじゃないよ……」
「うん……そんなことしないよ……母さんも、風邪とかひかないでね……」
そういうと、エルザは、母の胸に抱きついていった。
その時、セドリックから声がかかった。
「さあ、そろそろ行くぞ。そんなこと、なんで昨日までに済ませておかんのだ。馬車が出発してしまうわい」
セドリックとバルトはもう、待ちくたびれてしまって、とうとう声をかけてしまった。
「ごめんなさい! お待たせしちゃったわね? さあ、出発しましょう!」
エルザはそういうと、手早く荷物をまとめて、家の外へと飛び出して行った。
そして、バルトとミラを伴って、4人で駅馬車の発着場へ向かっていく。
エルザが駅馬車の発着場へ到着すると、エルザの友達が、見送りのために待っていた。エルザは涙を流しながら、贈り物をもらったり、抱き合ったりしていた。
バルトとセドリックは、ここでもまた、女同士の長い話が始まるのかと半ば食傷気味に眺めていたのだが、すぐに駅馬車の出発を告げる鐘が鳴り響いた。
「あ! 私、いかなくちゃ!」
「うん! 元気でね! エルザ! 頑張って!」
「ありがとう! みんなお見送りに来てくれてありがとう!」
「気をつけていってくるのよ!」
こうして、親しい人たちに見送られながら、エルザは旅立って行った。
リールへ向かう駅馬車は、2人の護衛を馬で並走させて、村からどんどん離れていく。エルザは、見送りのみんなの姿が見えなくなるまで手を振った。
はじめて村を離れるからか、なんだか涙が止まらなかった。みんなからもらったお別れの品々を胸に抱いて、エルザは肩を震わせたのだった。
◆
ゴルド村を出てしばらくすると、エルザはもう退屈していた。最初1日は悲しさと、珍しさでいっぱいだったが、馬車旅もその日の晩には飽きてきた。
窓から見える景色はずっと同じような草原で、窓の外を見るのも飽きたし、お尻も痛い。エルザはいい加減、体を動かしたくて仕方がなかった。
ゴントからリールまでの行程は、駅馬車で2日ほど。それまで立ち寄る村もないので、夜は野営地にてテント泊である。大きなテント3張りほど設営して、大勢で雑魚寝するのだった。
エルザは、たまたま寝る場所がとなりの、エイミーという女の子と仲良くなった。年齢は14歳くらいで、小麦色の肌をしており、黒い瞳に黒い髪をしていた。服装は、すこし変わった民族衣装を着ていて、頭から被れるようなフードのようなものを被っていた。そして、フードで見えにくくなっていたのだが、どうやら額に包帯を巻いているようだった。
「あなた、怪我をしているの?」
エルザが少女へ声をかけると、少女は恥ずかしそうな顔をしながら、小さい声で言った。
「いえ……怪我じゃないんです……その……ホクロを隠したくて……」
「ホクロ?」
「はい……私の生まれた郷では、みんな額に赤いホクロがあるんです。それで、色々と迫害されたりしたから……」
「そんなことで? ひどいわね……もしかして、それで……一人で逃げて来たの?」
「はい……でもみんな捕まっちゃって……私ひとりになっちゃったんです」
そう言って、少女は俯いてしまった。
「ごめんね……変なこと聞いちゃって……」
「いえ、あなたになら、なぜだか言ってもいい気がしたんです」
少女はそう言って笑った。
「なんで?」
「わかりませんけど……なんとなくです……私たちの民族は、なぜだかそういう勘はいいんです。そのせいで、攫われたり、迫害されたりしたんですけどね……」
「そうなんだ……じゃあ、私のバンダナをあげるよ。包帯だったら怪我をしているのかと思われるから、余計に目立っちゃうよ」
そう言って、エルザは鞄からバンダナを取り出し、女の子に渡した。
「ありがとうございます……私はエイミーといいます。帝国の方から国境を越えてこちらへ来ました。リールに住む親戚を訪ねようと思って、こうやって旅をしてきたんです」
「そうだったのね……私はエルザよ。私もリールの友達に会いに行く所なの。もうすぐね、リールではお祭りがあるらしいのよ。良かったら、あなたも一緒に行きましょうよ」
「いいんですか?」
「もちろん、いいわよ。親戚の家には、私が送ってあげるから心配しないで。私、こう見えて剣士だから強いのよ? 安心して」
「ありがとうございます……私、ずっと一人だったので、そう言ってもらえると、とてもうれしいです」
「じゃあ、一緒にご飯を食べようよ。それから、いろんなお話を聞かせて?」
こうして仲良くなった二人は、翌朝以降も一緒に行動することになり、駅馬車で座る座席も隣同士に座った。
「エイミーちゃんと友達になれて良かったわ。私、退屈で仕方なかったのよ」
「それは私もです。ひとりでいると、塞ぎがちになりますし」
「そうね。もっと早く声をかければ良かったわね!」
「うふふ、そうですね……でも、今が楽しいからそれでいいです」
そう言うと、エイミーはエルザに笑顔を見せた。
◆
リールとゴント村を繋ぐ街道の、草原にある大きな岩の陰に、10人ほどの不審な人物の影があった。
このあたりで時折仕事をする山賊たちである。
この山賊たちの本当の縄張りは、少し南へ下った所にある森なのだが、今日は遠出をしてこの街道まで出張ってきている。それは、ある貴族からの依頼で、昼すぎに通る駅馬車を襲うためだった。
山賊のティムは、岩場の上で物見に立っていたが、馬車が来る気配は今のところなかった。
そのティムに向かって、岩の下から仲間のニールが大声を上げた。
「おいティム、駅馬車はまだ来ねえのか?」
「ああ、まだ見えねえ……昼過ぎに通ると聞いていたんだが……」
「暑さで馬がバテてるんじゃないか?」
「駅馬車がそんな軟弱な馬を飼うかよ」
「まあ、そりゃ、そうだがな……」
ニールはため息をついた。
「今日は本当に4月なのか? 夏が来たみてえな暑さだ」
ニールがそう愚痴ると、上からティムの声が落ちてきた。
「馬鹿野郎!そんな日陰で何を贅沢言ってやがる。俺なんか、岩の上で汗だくだぜ」
「すまん、すまん。もうちょっとしたら交代するからよ」
ニールはそう言ってティムを宥めた。
「それよりもな、ニール。お前、ゴント村と言やあ、黒い蝙蝠が手酷くやられたっていうあの村だろ? そんな所からくる駅馬車を襲って大丈夫なのか?」
「ああ……その話はデニスが詳しいだろ? な、おいデニス!」
「なんだね?」
少し離れた所にいたデニスが振り向いた。
ニールが手招きして呼び寄せると、岩陰に座るようジェスチャーした。
「お前、黒い蝙蝠にいた時、ゴント村襲撃に参加したんだろ」
「ああ、そうだが……」
「黒い蝙蝠といやあ、親分のガスタもそうだが、頭のおかしい武闘派がいっぱいいたじゃないか。そんな奴らが軒並み倒されたって、一体どんなに強ぇえ奴がいたんだ?」
「ああ、あの時、ガスタ親分たちを倒したのは、2人の女剣士なんだ」
「女? 本当に女か?」
「間違いねえって。俺は丁度フォルトとタッカーの班にいて、この目で現場を見たからな」
「それなら間違いようもねえけどよ……一体、あんな命知らず共を、どんな女が倒したっていうんだ?」
「一人はな、リールでも有名な戦闘狂リリスさ。最初は、リリスを相手にフォルトとタッカーが2人がかりで戦っていたんだが、途中から赤い髪の女が割り込んできてな、フォルトの両腕を切り落としてしまったんだよ。それからは形勢逆転さ。フォルトを失ったタッカーは、持ち味を出せずに殺されちまったし……その後現れたガスタ親分を唐竹割りよ……。その後もパドレス、シリル、アーロンもその女二人にやられたって話だ。まったく、面食らったぜ……俺は、こっそり家の裏口から逃げ出したから命拾いしたってわけよ……」
デニスは当時を振り返って、冷や汗を流しながら語った。
「ガスタを唐竹割りって、どんな怪力なんだその女は……」
「いや、見た目は背の高い田舎娘みたいなんだがな」
「まさか、その赤い髪の女は乗ってねえだろうな?」
「変なこと言うなよ! 縁起でもねえ。そいつは村に住んでるんだ。馬車の護衛じゃねえよ」
「その赤い髪の女……一体、どんな面してんだ?」
「背は高くて、細身の女さ……見た目はただの田舎娘って感じだ。名前はたしかエルザとか言ってたな。ゴント村の連中は、馬鹿力のエルザって呼んでるらしいぜ」
その時、ティムが遠目に砂埃が上がっているのを見つけた。
「おいっ、噂をすりゃあ、馬車が来たぜ」
ティムの声が、上から落ちて来た。
「来たか……」
ニールたちは顔を上げた。
「ようし、ほんじゃあ、ひと暴れしにいくか! おい、みんな! 準備しな……駅馬車が来たぜ。さっさと集まりやがれ!」
「おう!」
草原の、岩場の陰でうごめく影たちの存在を知らぬ駅馬車は、のんびりと進みみながら、待ち伏せポイントへと近づいていく。
それはまるで、獣が大きく開けた口の中へわざわざ歩いて行く小鳥のような、緩さを感じる光景だった。




