第12話 姉を想う
エルランディが去る……!
降って湧いたような別れの知らせが、エルザの胸を寂しさでいっぱいにした。
いつかは帰る……それはわかっていたけれど、エルザにはそれがあまりにも唐突に思えた。
「ごめんね、エルザ……」
「エル姉…… いつ……いつ帰るの?」
「……明後日の朝に、馬車で立つわ」
「明後日……」
エルザは、急に涙がこみあげてきた。
「大丈夫よ……これで、お別れになるわけじゃないから……。ね? 明後日まで……私と一緒に、楽しくおしゃべりをしましょう」
エルランディは、エルザをそっと抱きしめた。
「それとね、エルザ……あなたに言っておきたいことがあるの」
「……改まってどうしたの?」
「もう、薄々わかっているとは思うけれど、私はこの国の第二王女なのよ。第二王女の、エルランディ・マルヴィナ・エスタリオン……これが私の本名よ」
エルザはさほど驚いた様子は見せなかった。
「やっぱり……。高貴な方だとは思っていたわ」
「……まあ、これだけ一緒にいればわかるのかもしれないわね。今回、剣聖様の家に匿ってもらったのは、王都でややこしい政争があったからなの。私はそういうことから避けたくてここに来たのよ。でもね、この間、お姉さまがご病気になられて、王位継承権を放棄されてしまったの。だから、私は王位継承権第1位となってしまって、派閥の旗頭に担ぎ出されることになってしまったのよ」
そういうと、エルランディはため息をついた。
「……王国といっても、貴族はそれぞれが領地を持つ独立した国のようなもので、王族はそれを束ねている盟主のようなものなのよ。もちろん、王族には様々な決定権があるし、権力も、動かせるお金も大きいけどね。……そんなだから、力のある貴族同士が対立すると、こういう政変が起こったりもするのよ」
エルザは、貴族のことはよくわからなかったが、エルランディの置かれている立場はなんとなく理解できた。
「だから、私は帰らなければならないわ。それでね、ここからが本題なの。……エルザ、あなた、私の護衛騎士になりなさい」
突然の申し出にエルザは驚いてしまった。
「えっ? 私が護衛騎士に?」
「そうよ! 叔父様やメリルとはもう打ち合わせ済よ。そして、あなたが王都へ行きたがっていることも叔父様から聞いているわ。王都に来るなら私の所へ来なさい。他の所へ行くなんて私が許さないわ。いい? わかった? エルザ。……あなた、もうすぐしたら成人よね? 成人を迎えて、叔父様から許しを得たらすぐに王都へ来なさい。私の護衛騎士のひとりなるのよ」
エルザはそれを聞いて、正直うれしく思っていた。
「そこまで私のことを考えていてくれたなんて……でも、平民の私が騎士だなんて、なれるのかしら?」
「何を言ってるのよ。あなたはリールの盗賊団を壊滅させた剣士なのよ?……そんな実績を持って騎士団に入ってくる新人なんて、聞いたことがないわよ。それに、騎士になる段取りは叔父様と相談してあるから……ただ、貴族の作法は身に付けなければならないけどね。面倒くさいけど」
そう言ってエルランディは笑った。
「……私はね、信頼できる人に、そばにいて欲しいのよ。エルザ。あなたはそれに適任だと思うのよ。私を助けてくれる?」
「もちろんよエル姉……王女様にこんなことを言うのは失礼かもしれないけど、この半年間、一緒に過ごせてとっても楽しかったわ……私、本当にお姉さんが出来たみたいだと思ったの。だから私、護衛するのがエル姉なら……私は命をかけてあなたを護るわ」
「……待ってるわよ。……だから、これでお別れじゃないの」
「うん……私、必ず王都へ行くから!」
そう言って、二人は固く手を握った。
メリルは、その握られた二人の手の平へ、そっと手を添えながら、やさしく声をかけた。
「お嬢様……帰りは少し、寄り道をしながら帰りましょうか。エルザ……今は山桜があちこちで咲いてますよね? どこか素敵なところはないかしら?」
すると、エルザはパッと顔をあげた。
「森の中に、天池という鏡のように周りの景色を映す池があるの。そこは山桜の群生地だわ」
「じゃあ、エルザ。そこに案内してくれる?」
「ええ、もちろんよ!」
すると、エルランディにも笑顔が戻って来た。
「そうね……いつまでもメソメソしていたら、わたしたちらしくないわ! エルザ! あなた、最後の一日を湿っぽくしたら承知しないわよ? 私を楽しませてよね!」
エルランディはそう言って、いたずらっぽく笑った。
その日は、ポカポカとした、風のない暖かい1日だった。
3人は、天池へ行った後、大きな滝や薬草の群生地などを巡って、夕方頃に家へ戻った。
◆
2日後の朝、納屋から馬車を出してきたメリルは、馬とつないで出発の準備を整えていた。
王都からも迎えが来ていて、エルランディを迎える隊列が出来上がっていた。
エルランディとエルザは、固く抱擁を交わしてから、お別れの挨拶をした。
「エルザ。いい? 必ず王都へ来るのよ」
「うん! 必ず行くわ!」
エルランディは、しばらくエルザを見つめていたが、メリルに即されて玄関を出た。
セドリックは、エルザに向かって言った。
「エルザよ、城の護衛もいるから、玄関を出たらエル姉などど呼んではならぬぞ。礼儀よく、言葉も丁寧に話すようにな」
「はい……」
エルザが玄関を出ると、エルランディは毅然と歩いていた。
護衛の者たちは片膝をついて、礼を取っており、そのエルランディの後ろ姿には王女の風格が漂っていた。
「それではエルランディ様……出発いたします」
そういうと、白い綺麗な馬車は、ゆっくりと進んでいった。
エルザは涙をこらえながら白い馬車が行くのを見送っていた。
馬車がエルザの前を通り過ぎる時、馬車の小窓から、エルランディの優し気な視線が向けられたのがわかった。そして、薄紅色の花をヒラヒラと振った。……昨日の山桜である。
エルランディの姿は、瞬く間に見えなくなってしまったが、エルザの瞳には、山桜の薄紅色が焼き付いて離れなかった。
……やがて、それは涙で滲んで見えなくなっていった。
◆
ゴント村襲撃から半年が経ち、黒い蝙蝠幹部のメスラーは、ようやく残党をかき集めて体勢を整えていた。
黒い蝙蝠の幹部連中はほとんどゴントで討ち取られてしまったので、幹部連中で残っているのはメスラーと、居残り組の幹部、ガルベスだけであった。
ガルベスは、身長が180cmほどの体格の良い男で、いつも短い片手剣を腰に差していた。ガルベスの戦い方には謎が多い。
というのも、戦いに入るまでの用意が周到で、相手が実力を発揮する前に倒してしまうからだ。それだけに、ガルベスの強さを疑う者もいるのだが、実績だけを見れば、フォルトやシリルに劣らないほど、強者を葬ってきているのだった。
「とりあえず、密売ルートや闇市、用心棒といった金になる所はうまく押さえたんだな?」
「ああ、その点は大丈夫だ」
「しかし、よく立て直したもんだな。見事だガルベス」
「このくらい大したことはないさ……しかし、メスラー。あの、赤い髪の女はどうするつもりだ。戦闘狂リリスもそうだが、あいつら二人に幹部が軒並みやられたとあっちゃあ、俺たちのメンツは丸つぶれだ。これからの商売がやりにくくていけねえ」
「もちろんだガルベス。この落とし前は命で持って償ってもらわなければならねえ。だが、うちも人手が足りないっていうのが正直な所だ。だから、外部の人間に依頼するつもりだ。その辺、2、3あたってみるから、金の用意だけしておいてくれ」
「ああ、まかせておけ。だが、戦闘狂リリス並の剣士と戦うなら、それなりに金がかかるだろう?」
「あんなクソ強い奴とまともに戦う奴なんていねえさ。暗殺……それから人質な。もうひとつは弓だ……その3つで進めるつもりだ」
「フッフッ、あいつら一般人が嫌がりそうな手だな……」
そういうと、ガルベスがニヤリと笑った。
「それからな、これからのことなんだが、ある王都の貴族から仕事の話が来ている。裏で色々と汚い仕事をして欲しいんだとさ。まあ、それはいいんだが、何せ人手が足りねぇ。どっか適当な盗賊団に協力してもらいてえんだが、どこか知らないか?」
メスラーが、キラリと目を光らせた。
「どっか、小さい組織を潰して、うちへ取り込んでしまうか?」
ガルベスがそう言うと、メスラーはニヤリと笑った。
「そういう返事を待ってたのさ……ガルベス。お前はそっちの線で動いてくれるか? 俺は闇の銀狼と手を組めるよう話を付けてくる」
「闇の銀狼だと? そんなに大がかりな仕事なのか?」
闇の銀狼とは、リールの街で、黒い蝙蝠と勢力を二分する武闘派の盗賊団である。ガルベスは訝しげな顔をして、メスラーを見た。
「詳しいことはまだ決まってないらしいのだが、とにかく武力が必要になるはずだ……数というより、俺やお前クラスの暴力が必要なんだ」
「うーん、そうなると、闇の銀狼くらいしか選択肢はないわけか……」
「そういうことになるな。あそこは斧使いの、無敵のジョーがいる。あいつが出るだけで、勝負は決まったようなもんだからな」
「それは心強いが、金の方は大丈夫なのか?」
「ああ、それは大丈夫だ。前金で1億エスタン。成功したらさらに1億。なかなかいい話だろう?」
メスラーは、どうだ?という顔をして、ニヤリと笑った。
「前金が入るのは助かるな……人を集めやすくなる」
「奴ら、近々王都で政変を起こすらしいからな……」
「そりゃ、朗報だ。荒れた世の中は、俺たちにとっちゃあ天国さ。まあ、儲けさせてもらおうぜ」
そういうとガルベスはニヤリと笑った。
◆
エルランディが王都へ帰ってから1年後、エルザは16歳になった。アルカンディアも春になったが、相変わらず山の空気は冷たいままだ。
この国では、16歳で成人を迎えて、親の保護下から離れて生活したり、婚姻したり出来る年齢となる。エルザにも、何人かの男衆から婚姻の申し出があったが、すべて断っていた。
「エルザ、ちょっといいか」
セドリックがエルザを呼んで、テーブルの席に着くよう手招きした。
「エルザよ、お前も16歳になったから、将来のことも色々決めないとな……。それで、ワシの実家、バクスター家の騎士団に入れるよう段取りをしておいた。それでな、再来週、王都へ行って来て欲しいのだ」
「王都へ……?」
「ああ、王都だ。お前は騎士見習いからはじめることになるだろうが、その顔合わせだな」
「それじゃ、私……剣で生きていけるのね」
「そうだ。お前は騎士になるのだからな」
エルザは顔をあげて、セドリックへ力強い視線を向けた。
「私、頑張るわ!」
「ああ、期待してるぞ。お前みたいな実戦経験者は、どこの騎士団でも喉から手が出るほど欲しいだろう。実力は申し分ないから、そっちの心配はしてはおらんが、礼儀や挨拶とか……貴族教育の方が心配だな……お前にしてみたら、そっちの方が大変かもしれんな」
「……ああ、私、そういうのは全然自信がないわ」
そういうと二人は顔を見合わせて笑った。
「王都に行くのはいつなのかしら……。実はリリスから春祭りのお誘いが来ているの」
「その祭りはいつあるんだ?」
「それが再来週の金曜日なの」
「金曜日か、それなら、それが終わってから、そのまま王都へ向かえばいいさ。翌週の月曜日に面談出来るように手紙を書いておくから、それでいい」
「春祭りに行ってもいいの? うれしいわ!」
「はっはっは、祭りに行きたかったのだろう? 顔に書いてあるぞ。遠慮せずに行って来い。どうせ、リリスの道場へも顔を出すんだ、半分、出稽古みたいなもんじゃないか」
セドリックはそう言って笑った。
「とりあえず、しばらくの間、実家でゆっくりしてこい。ワシは王都の各方面へ、エルザはリールを経由して王都へ向かうと手紙を書いておこう。お前もエルランディとリリスに手紙を書いておけ」
「うん! 今晩にでも書いておくわ!」
そういうと、二人は顔を見合わせて笑った。
とうとう王都へ行く!
エルザの胸は躍った。
再来週には、馬車に乗って王都へ向かうのだ。
「なんだか嘘みたいね。緊張するわ」
その日の夜、エルザはなかなか寝付けなかった。
「はやく、エルランディに会うために、頑張っていろいろ覚えなきゃね」
エルザはそう言うと、うまくいきますようにと、夜空の星へ願いをかけたのだった。




