第10話 絶妙な連携
村長の家の前では、フォルトとリリスの激しい戦いが繰り広げられていた。
フォルトは小動物を狩るような気持ちで、獰猛な笑みを浮かべながらリリスへと斬りかかっていったのだが、それはすぐに間違いだったと気付かされた。
「どうなってやがる……かすりもしねえ」
フォルトは驚きを隠せなかった。
「ははは、腕1本で勘弁してくれるのではなかったのか?……私に触れることも出来ないようではないか」
「はん!何言ってやがる、このクソ女! ぶっ殺すぞ」
フォルトは激怒した。
「死ねぇ! このアマっ!」
そういうと、フォルトは本気で剣を振って来た。フォルトの斬撃は、一撃、一撃が致命的な威力を持っている。万が一にも当たると、それはもう死を意味していた。
「なんだ……力が入りすぎだろう」
「うるせえ!うるせえ!」
そんな威力を持つフォルトの剣も、当たらなけばどうにもならない。つまり、リリスとは根本的な技量がまったく違うのだ。そして、いつの間にか、フォルトは攻撃どころが防ぐので手がいっぱいになっていた。
「わかるぞ……お前は弱い者いじめばかりして、強い奴と戦ってこなかったのだろう? もう防ぐだけで手一杯ではないか」
フォルトはリリスを睨みつけた。
「テメェ一体何もんだ? さっきリールとか言ったな? テメェ、リールの誰かに頼まれて来たのか!」
「リールから来たのなら知っているだろう。私の名は西神流剣術道場のリリスという者だ」
「ゲーッ! まさかテメェ! 戦闘狂リリスか?」
フォルトは青くなっていた。そして、油断したその時、リリスの斬撃を何度か受けてしまった。
リリスの剣撃によって、フォルトの服が切り裂かれ、服の下に着込んだ鎖帷子が見えた。
「お前、鎖帷子など着ているのか? そんな重いものを着てよく戦うな? この臆病者」
「うるせえ! お前、今から殺す!」
「こっちこそ、そろそろ終わりにさせてもらおうか!」
そう言って、リリスがは剣を振り下ろそうとしたが、横から飛んできた殺気を感じて、大きく後ろへ飛びずさった。
ガイーン!
リリスが元いた所へ、太い杖が突き刺さった。
盗賊のタッカーである。
「フォルト、何やってんだ、やられてるのかよ」
「……こいつ、恐ろしく腕が立つぜ」
「フン、酒なんか飲んでいるからだ……いつもの調子でやっつけてしまおうぜ」
「おう、じゃあやるか」
そういうと、フォルトとタッカーは、連携を組んで攻撃するべく、リリスを挟んで左右に位置取った。そして、同時に攻撃を開始した。
二人の連携は見事だった。
リリスが、フォルトの攻撃を躱すと、そこへタッカーの杖が飛んでくる。タッカーの杖を躱すとフォルトの剣が来る。そんな息の合った連携で、リリスを窮地へ追いやっていく。
「くっ! こいつら戦い慣れしているな!」
連携が巧すぎる――
リリスは戦い方を変えた。
フォルトの攻撃をかわすと同時に、タッカーの攻撃範囲から逃れ、前へ出てフォルトを攻撃をする。フォルトだけを狙い撃ちする作戦である。
「このクソ女!」
フォルトは狙い打ちされて、あちこちに浅い傷を付けられていた。
「おい! タッカー! もっと働け!」
「今やってるわい!」
攻撃がいちいち躱されるので、タッカーは杖をしごいて遠くまで突き入れる攻撃に変えてきた。そして、リリスを外に逃がさない。そういう巧みな攻撃で、リリスの逃げ道を徐々に塞いでいった。
そうこうしているうちに、リリスの攻撃は全くといっていいほど届かず、一方的に攻撃を受ける側になっていた。
「一体、どうなっているんだ!」
リリスは唸った。
逆に生き生きとしてきたのはフォルトだ。タッカーの加勢を得て、いつもの強気が戻って来た。
「よし、ボックスに入ったぞ!」
「後、五手で詰みだ! 一気に畳み掛ける!」
"ボックス"とは、彼ら2人の造語である。
足を使って外へ逃げることが出来ないよう攻撃で誘導し、敵を狭いエリアへ押しとどめることを、彼らは"ボックスに入れる"と呼んでいるのだ。
つまり、リリスは彼らの作り上げた死地へと足を踏み入れたのである。
リリスは防戦一方になっていた。
相手の攻撃は、常にリリスの命を脅かしている。フォルトの攻撃を受ける、躱す、いなす……そういういくつかの選択肢がことごとく潰されていて、ひとつ選択を間違うと致命的な攻撃を受けかねないのだった。
リリスの頭は熱くなってきた。途切れそうになる集中と折れそうになる心を、リリスは食いしばって奮い立たせていた。目は血走り、その瞳は大きく見開かれていく。
リリスは自分を奮い立たせて剣をさばき、刃はさらなる加速を見せた。リリスの剣撃が無数の刃に見えるかのように、凄まじい連撃をフォルトとタッカーへ加えて行った。
「うおおおおお!なめんなーっ!!」
ガガガッ!ガガガッ!
その瞬間、フォルトとタッカーの腹に剣があたる。だが、鎖帷子を着ているので、服が切れただけだ。だが、彼らの攻撃はすべてはじかれ、もはやボックスは意味のないものへと成り下がっていた。
「うわっ、粘りやがる。このままじゃ、ダメだ」
思わずフォルトが声をあげた。
そのフォルトへ、リリスは追い討ちの一振りを浴びせようと剣を前に出した時。
ガシャ!という音とともに、リリスの剣と両手に鎖が巻き付いたのだった。
タッカーの杖の先から放たれた分銅は、剣と両腕に巻き付いただけではなく、分銅が当たった衝撃で左腕を大きく腫れあがらせていた。
「あ痛ッ!」
リリスの左腕は痛みで剣に力が入らない。
ふと前を向くと、もうフォルトが長剣を突き刺す体勢で目の前まで迫っていた。
「死ねや小娘!」
フォルトが付きだす剣が迫る。
リリスは剣の下をくぐり、前に出ることで鎖の拘束を緩めた。そして、フォルトの腹を殴りつける。そして弛んだ鎖を振りまわしてフォルトにぶつけ、よろけさせた。
リリスはさらに追撃しようとしたが、今度はタッカーが鎖を引いて動きの邪魔をした。
「あっ」リリスは鎖に引っ張られ、後ろへたたらを踏んでよろけた。
鎖のせいで行動が制限される。
「やりにくい!」
リリスはぼやいた。
フォルトは剣を振りかぶって、リリスへ袈裟切りに斬りつけていく。
鎖で動きを制限されたリリスは、しゃがみながら剣を頭上にかざし、かろうじてフォルトの長剣を受けるしかなかった。
すると、すぐさまタッカーは鎖を引いて、リリスの体勢を崩しにかかる。
「うわぁっ!」
リリスはよろめいて尻もちをついた。
左手に力は入らず、体を支えることができなかったので、リリスはそのまま地面に背中をつけてしまう。
「あっ!しまった!」
リリスがあわてて顔をあげると、もうそこにはフォルトが迫っていた。
斬りつけようとするフォルトの剣が、リリスの頭上に落ちてきた。
その瞬間。
「ええええぃっ!」という気合が聞こえたかと思うと、バキィッ!という音と共にフォルトの両腕が斬り飛ばされていた。
「ぐあああ!」
フォルトが斬られた衝撃で地面を転げまわり、それから両膝をついて悲鳴を上げ、血の吹き出る両腕を凝視していた。
リリスが顔を上げると、赤い髪少女が立っていた。
エルザである。
「大丈夫?」
「もちろんだ!」
リリスは返事をした。
「気を抜くな! もう一人いるぞ!」
リリスはひざ立ちになった。
エルザはフォルトには目もくれず、もうタッカーに向かって駆け出していた。
タッカーは応戦しようと杖を上げたが、今度はリリスが体全体を使って鎖を引いたので、今度はタッカーがたたらを踏んで体勢を崩してしまった。思うように杖が上がらない。
「くそう! なめやがって!」
タッカーは杖を手放し、右手を後ろに回して腰の短剣を抜こうとした。
だが、その時にはもうエルザの剣が右目から鎖骨、そしてすべての肋骨を断ち切って、腰骨まで斬り裂いていた。
「がああああっ!」
タッカーは、切断面のすべてから血を噴出させ、断末魔のような叫び声があたり一面に響いた。
そして、握り締めた短剣の刃先ををエルザに向けたかと思うと、地面へ仰向けに倒れ落ちていった。
エルザはそれを見届けると、リリスのもとへ駆け寄った。そして、リリスの腕に巻かれた鎖を外していった。
「一度、預かります」
そう言って鎖を外すと、持っていた剣を預かって、そっと脇に置いた。
「ありがとう、さっきはもう駄目かと思ったぞ……私は冒険者リリス。お名前伺ってもよろしいか?」
「私はエルザ。この村の住人です」
「君は中々の腕前だな……この村に道場なんてあっただろうか?」
「いえ……個人的に剣を習っているだけです……それより、ここの家の子供を知りませんか?」
「君とと同じくらいの年の女の子か?」
「はい……私の友達なんです」
「その子なら、あの大木の裏に座っているぞ」
「ホントに?」
そういうと、エルザは大木の方へ目を向けると、女の子が怯えて顔を伏せているのが見えた。
「ああ、モニカ……無事で良かった……」
エルザとリリスが目を離した隙に、フォルトが立ち上がって逃げようとしていた。
リリスはそれを見つけて
「あっ! 待て!」と叫んだ。
そこに、建物の奥から2人の男がひょっこりと姿を現した。
体格のいい、熊のようにガッシリとした男と、陰湿そうな細い筋肉質の男だ。これまでの盗賊たちとは雰囲気がまるで違う。
逃げようとしていたフォルトは、その姿を見ると青くなって立ち止まり、膝をついて首を垂れた。
一体何者なんだ? エルザは不思議に思った。
エルザは戦闘に備えて中腰になり、やがてゆっくりと立ち上がった。
熊の方が低くうなるような声で聞いた。
「フォルトっ! そのザマはなんだ! 一体どうしてこんなことになっている!」
男はえらく怒っていた。
この男は盗賊団・黒い蝙蝠の頭領であるガスタである。身長は180cmくらいで、体重は100キロを超えるのだろうか。エルザには、ガスタはまるで山から降りてきた熊のように見えた。
ガスタは腰に差した長剣を抜いた。
そして、ゆっくりとエルザの方へと歩いていった。
「フォルト!説明しろ!」
ガスタは重くて低い、空気が震えるような大声を出して、フォルトを威圧した。
フォルトは青ざめた顔をして、
「女に不意打ちされて、腕を斬られてちまいました! 助けてくだせえ!」
と目に涙を溜めて懇願した。
「血が止まらねえんです」
ガスタはギロリとフォルトを睨め付け、
「この役立たずめ。すっこんでろ!」と怒鳴りつけた。
フォルトはヒイと小さく悲鳴をあげて震え、這うようにして端へ寄った。
ガスタはエルザ達の方へ近づいてくる。
割と大きな長剣も、ガスタが持つとまるで紙でも振っているかのように、軽く見えた。長剣を片手でチラチラ振ってから、エルザに突き付けて言った。
「ガキが調子に乗りやがって。格の違いってもんを見せてやるわ」
来るのはガスタだけで、もう一人の男は観戦らしい。腕を組んでニヤニヤしながらこっちを見ている。
小娘、手負いの女剣士の組み合わせ……ガスタは軽く捻り潰すつもりでズカズカと近づいていく。
エルザはガスタの方を向くと、剣を大上段に構えた。
ガスタはオッという顔をして、それからニヤリと笑った。
「なるほど、気の強そうなところは褒めてやる……面白い女だ」
「顔もなかなかいいじゃないか……俺の女にしてやろうか?」
ガスタは重く低い声で脅すように言った。
エルザからの返事は無視である。
エルザはただ、ガスタを刺すように睨みつけていた。しかし、ガスタにしてみれば、それもまた“そそる”というものだ。
ガスタは強い女が好きなのだ。
これまでも、気の強い女の頬を張り飛ばし、言うことを聞かせてきた。そして、この女にも“躾“が必要なようである。
“どうせ俺には勝てやしない“
そう思いながら、ガスタはエルザに、不用心に近づいて行った。
エルザの血は熱くたぎり、目は燃えるように熱を持っていた。
渾身の一撃を放つために、全身の毛を逆立たせ、剣を振り下ろす瞬間を見極める鬼と化していた。
そして、不用意にガスタが間合いに入ったその時。
突如、エルザが動いた。
すべてはこの時を待っていたかのように!
全身全霊を込めて!
エルザは大上段から捨て身の一撃を、ガスタの頭上へと放った。
それは、必ず倒すという決意が圧縮された、渾身の一撃だった。
エルザの剣はあまりにも早く、ガスタがそれを避ける余裕はまるでなかった。ガスタ自身もどこかで”避けなくても良い”と思ってもいたのだろう。
ガスタは片手を振り上げて剣で受けたが、エルザの剣は重かった。
「あっ!」
そう思った時にはもう、エルザの剣は、ガスタの剣もろとも彼の顔面にめり込んでいた。
「きええええい!」
エルザはその一撃を、ガスタが倒れ伏すまで、ガスタの腹へ足まで添えて、剣を押し込んでいく。
ガスタはエルザの刃を押しのけようと手を伸ばすが、その指は剣の刃で両断されていく。
やがて、ガスタの頭蓋へ刃が割り入り、血が吹き出してきた。
そしてガスタは、エルザの剣に押されるまま、背中から土の上へと倒れ落ちた。
ガスタの顔面は己の剣によって陥没し、頭頂部はエルザの剣によって柘榴のようにカチ割られていた。
エルザはそこまでやると、すぐさま立ち上がり、もう一人の男の攻撃に備えようと剣を構えたのだが、その男はもう逃げていた。
フォルトはそのまま見捨てられた。
フォルトの顔を見ると、血の流れる腕を見ながら、絶望し、この世で一番の被害者といった顔をしていたが、その哀れな顔を見た所で、なにひとつ可哀そうだとは思えなかった。
エルザは剣を振って血を飛ばし、刀身を鞘に納めた。
そして、逃げていく細長い筋肉質の男の背中を見ながら、なんとなく、今回の襲撃はこれで終わりのような気がしていた。
【 女剣士エルザ寸劇 ガスタ編】
エルザはガスタの方を向くと、剣を大上段に構えた。
ガスタはオッという顔をして、それからニヤリと笑った。
「なるほど、気の強そうなところは褒めてやる……面白い女だ」
「だが、俺はいいね!も押さないし、★をつける気もねえ……ざまあみろってんだ」
ガスタは重く低い声で脅すように言った。
エルザは大上段から捨て身の一撃を、ガスタの頭上へと放った。
さあ、エルザに唐竹割りされたくない方は、いいね!と★を押そう!(#^^#)




