07 いい加減になさってください!
厨房に不穏な空気が流れてる。というかアミィールもアドラオテルも暴走してる。これは止めるしかない。
「もう見て居られない、私は止める!」
「お手伝いします、セオドア様」
「魔法なら任せて!」
「アルティア皇妃様、無闇に魔法は使ってはなりません、私が止めます」
全員が身を乗り出そうとした時パァン!と大きな音がした。全員が動きを止めて見ると___セラフィールが下を向いて手を合わせていた。
そして、そのまま口を開く。
「お母様…………アド………いい加減になさってください!!!」
「ッ!?」
「うわっ!」
セラフィールがそう叫ぶとゴオッ!と風が吹いた。2人の体が揺らぐ。正確にはそれは風ではなく___魔力だ。並々ならない魔力の渦を起こしながら涙目で怒鳴る。
「御二方はお父様のお菓子作りの何を見ていたのですか!お巫山戯にならないでくださいまし!
御二方はまずお片付けをしてください!」
「は、はい」
「お、おお………」
「まったく、皆様は勝手です!レシピがあるのに使わないとは何事ですか!計らないとダメじゃないですか!無闇にものを壊すものではありません!
本当にお父様を喜ばせる気があるのですか!?」
「…………セラ」
セラフィールの中の何かがキレたのか饒舌になりながら手を動かす。未だ5歳だと言うのにテキパキとバターや砂糖を計って卵も丁寧に割っている。
驚いたのは俺だけではなく、アミィールが片付けをしながら俺の疑問を聞いてくれた。
「セラ、どうしてそんなに手際が良いのですか………?」
「お父様とお菓子作りをしてれば分かります!分量を考え、正確な手順で、丁寧に、気持ちを込めてお父様はしています!
分かったのでしたらお母様は丁寧に生地を混ぜてください!アドは型抜きをするならちゃんと台を綺麗にしてて!」
「……セラぁ……」
セラフィールの言葉にセオドアは滝のような涙を流す。確かにセラフィールとよくお菓子作りをする。教えたことをこうして活かしてくれるのがもう嬉しい。嬉しいしか言えない。
なにより、あの気弱なセラフィールが暴走列車のようなアミィールとアドラオテルを叱ってるのに泣ける。セラフィール、成長してる………
もう目が当てられないくらい泣いてるセオドアを優しい目で周りは見守った。確実にセラフィールはセオドアに似たんだと実感させられる。
その後はセラフィールの指示通り2人は動いた。そりゃあ、アミィールはヘラを折ったり、アドラオテルは隠れて生地を食べたりしてたけど、しっかり言うことを聞いていて、とうとう生地が出来上がった。後は型を抜くだけ。
アドラオテルは既に小さな生地で星型を大量に作ってる。セラフィールはそれを横目にくい、とアミィールの服を引っ張った。
「お母様、お願いがあります」
「?どうしました、セラ」
「ナイフで、大きなハート型を作って欲しいのです」
「ハート型………?」
料理下手というか、可愛い物に疎いアミィールは首を傾げる。セラフィールは置いてあった小さなハート型の型抜きを見せた。
「この形です。わたくし、大きなハートをお父様にプレゼントしたくて………」
セラフィールはもじもじしながらそう言う。アミィールは少し驚いた顔をしたけどすぐに小さく笑った。
「ええ。セラには沢山助けられたので、それくらいさせてくださいまし」
アミィールはそう言ってナイフを手に取り迷わず生地を切った。実はアミィールは包丁やナイフ捌きだけは上手なのだ。
その頃にはセオドア、鼻血噴射。もう全てが可愛い…………アドラオテルが星型を一心不乱に頑張ってくり抜いてるのも可愛いし、アミィールが一生懸命丸めて普通のクッキーを作ってるのも可愛いし、セラフィールも大きなハートを作ってくれたんだぞ…………?
「………セオドア様、鼻血が………」
「テッシュを」
「あ、ありがとう………アルティア皇妃様、私はあの空間に混ざりたいんですが、いいですか?」
「それはやめて。アミィールに怒られるから。貴方は何も知らない、知らないことにするのよ」
ピシャリ、とダメだと言われ肩を窄めたセオドアだった。