解決編その2(上)
「ちょっと待つある!!」
事件の終幕に待ったをかけたのは、王であった。
「証拠は!! 証拠はあるあるか?」
王の指摘にハッとさせられる。
たしかに菱川の自白には、客観的な証拠が1つも示されていない。
菱川の自白が狂言という可能性もなくもないのだ。
「証拠ですか? ……犯行現場の部屋を調べればいいんじゃないですか? 2つ目の隠し通路と殺人用包丁が見つかるはずです」
「そうじゃないある。その証拠は、探偵さんが犯人である、という証拠にまではならないある。もしかしたら、探偵さん以外の誰かが2つ目の隠し通路を使い、殺人包丁を仕掛けたかもしれないあるよ」
王の指摘はなかなか鋭い。謎の中国人もなかなか見くびれないところがある。
「なるほど……。たしかに僕が犯人であることを示唆する物的証拠はないかもしれないですね。一応指紋や足跡は残らないように注意しましたし。……ただ、証人はいます」
「……証人あるか?」
「ええ。僕の姿を目撃した方がいるんです」
なんとこの事件には目撃者がいたのか。
「誰あるか?」
「……実は、僕もハッキリとは分からないんです」
「どういう意味あるか?」
「昨日の午前中、僕は殺人包丁をセットして隠し通路からペンションを出ました。そのときなんですが、隠し通路の出口が、玄関から見て反対側、つまり、客室の窓側にある関係で、客室の窓から僕の姿が見えるんです。僕は、いつもこの探偵の格好をしてますから、目撃者はそれが僕だと必ず認識できます」
「なるほどあるな」
「そして、実際に、僕は2階の客室の窓から、『誰だ!?』と声を掛けられたんです」
「2階というと、東野、南山、北川がいたフロアあるな。そのうちの誰が探偵さんに声を掛けたあるか?」
「それが、僕は声を掛けられるや否や慌てて逃走しましたので、一体誰に声を掛けられたのかハッキリと見ていないんです。2階からだったことは間違いないと思んですが……」
「すると、目撃者は、東野、南山、北川の3人のうちの誰かということあるな」
「ええ。そうです」
菱川からは細部にわたる自白がなされた。
その上で、目撃者の証言まであれば、菱川が犯人であることは確定だろう。
裁判でも有罪になることは間違いない。
「じゃあ、今、私が確認するある。東野さん」
王から名前を呼ばれ、僕らが到着して以降まだ一言も発していない大学生が、ビクッと反応する。
「あなたはペンションから逃走する探偵姿の男を見たあるか?」
東野は、黙ったままで、しかし、はっきりと首を横に振った。
「東野さんじゃないあるね。それじゃあ、南山さんはどうあるか?」
「私も見てません」
「となると、残ったのは北川さんあるな。北川さんは逃走する探偵姿の男を目撃したあるか?」
北川は少しだけ沈黙した後、ゆっくりと答えた。
「たしかに見ました。『誰だ!?』と声を掛けたのも私です」
これで菱川が今回の事件の犯人であることが確定した。
何ともしこりが残る事件ではあったが、これにて一件落着である。
「くっ……はははははははははははは」
突然大きな笑い声が聞こえた。笑っていたのは、菱川だった。
「おい。どうしたんだ? ついに頭がオカシくなったのか?」
「ははははははははははは」
西田の質問を無視し、菱川は笑い続けた。
本当に頭がオカシくなったのかもしれない。
というか、今回の事件は、頭がオカシくないと起こせない気もする。
「はははははは……ついに分かりましたよ」
——分かった? 今更菱川は何を言っているのか。
「……何が分かったんだよ?」
「西田さん、決まってるじゃないですか。今回の事件の犯人ですよ」
——今回の事件の犯人? それは菱川だと先ほど自白していたじゃないか。さすがにイかれ過ぎている。
「菱川、お前だろ? 犯人は」
「違います」
菱川はハッキリとそう言った。
「じゃあ、先ほどまでの自白は何だったんだ?」
「もちろん、すべて演技ですよ。真犯人をあぶり出すためのね」
「演技!??」
「ええ。そうです」
「どこからどこまでが演技だったんだ!?」
「全部です。全部嘘なんです。僕は口寄せなんかしていませんし、犯行現場に2つ目の隠し通路なんてありませんし、殺人用包丁なんてハチャメチャな道具も存在していません。僕は哀辻と双子でもありません。それは全部僕の口から出任せです。唯一の真実は、僕が名探偵だ、ということくらいですかね」
——全部嘘。
たしかに嘘臭いとは思っていたが、いきなり全部嘘だと言われると、それはそれでにわかに信じがたい。
僕は思わず尋ねる。
「だとすると、犯人はどうやって殺したんですか? 犯行現場は完全な密室じゃないですか? それとも、犯人は南山さんなんですか?」
「ワトスン君、落ち着いてくれたまえ。今から順を追って説明しますから」
こうして、名探偵菱川あいずによる、真の推理ショーが幕を開けた。




