表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/6

解決編その1(下)

【ノックスの十戒】(再掲)



1 犯人は、物語の当初に登場していなければならない


2 探偵方法に、超自然能力を用いてはならない


3 犯行現場に、秘密の抜け穴・通路が2つ以上あってはならない


4 未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない


5 中国人を登場させてはならない


6 探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない


7 変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない


8 探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない


9 ワトスン役は、自分の判断を全て読者に知らせねばらない


10 双子・一人二役は、予め読者に知らされなければならない




 先ほどの数千倍の衝撃が広間に広まった。


 しかし、菱川はそんな様子など意に介さずに、淡々と説明を続ける。



「犯人が誰であるのか。それは決して神のみぞ知るわけではありません。どんな難事件であっても、大抵の場合、犯人が誰かを知っている人間が2人います。犯人自身、そして、被害者本人です。ですので、私はこれから被害者である哀辻悔人さんを口寄せし、犯人を名指ししてもらおうと思います」


「……本当にそんなことできるか? 口寄せなんて超自然能力がこの世に存在してるとでもいうのか?」


「僕は名探偵ですから、多少の超自然能力は扱えます」


 菱川の説明は少しも説明になっていない気がする。



「もっとも、口寄せに関しては条件があって、生前の死者と面識がないと呼び寄せることができないんです。死者の具体的なイメージが口寄せには必要ですから」


「それじゃあ、無理なんじゃないですか?」


「いいえ、北川さん。今回に関しては、無理じゃないんです。なぜなら、僕は生前の哀辻さんと面識がありますから」


「……なぜ?」


「これは本当にたまたまなんですが、1週間前にバスで哀辻さんと隣同士の席になったんです。彼が隣の席に座ったとき、突然、僕の第六感が働きまして、僕はその第六感に従い、彼に話しかけたんです。そこで彼の名前や素性を聞きました」


「なんたる偶然なんだ……」


「名探偵にはそういう要素も必須なんです」



 菱川は、ポケットから黒光りする数珠を取り出すと、それを平手ですり合わせ、目を瞑り、南無阿弥陀仏を唱え始めた。



 哀辻は、早速降臨した。



 菱川の目つきとオーラが一瞬にして変わったのである。



「……あれ……ここは広間か……もしかして、まだ俺は生きてるのか?」


 声色も先ほどまでの菱川とは違っている。



「いいえ。あなたはもう死んでいます」


 菱川——否、哀辻に対して僕がそう答えると、哀辻は「そうか……」とうなだれた。



「哀辻さん、あなたを殺した犯人を教えてください」



 哀辻は、少し考えた後、


「分かりません」


と答えた。



「俺、寝てる間に突然包丁で刺されたんです。俺が目を開けたときには部屋にはもう誰もいませんでした」


「犯人は電光石火であなたを刺し、そのまま電光石火で逃げていったということですか?」


 哀辻は頷いた。



「そうとしか考えられません。俺は犯人の気配すら感じませんでした」


 哀辻が犯人を直接目撃していないというのは、致命的であった。


 せっかく菱川が超自然能力を使ったにもかかわらず、事件の真相解明には役に立たなかったのである。



 僕は、念のため、哀辻に質問をする。



「哀辻さんを殺害しそうな人に誰か心当たりはありますか?」


 哀辻に誰かに恨まれているという自覚があったとしても、それが宿泊者の誰かであるという可能性は極めて低い。

 なぜなら、宿泊者同士は昨日まで全く面識がない他人同士だからである。

 とはいえ、状況から考えて、犯人は宿泊者のうちの誰かに違いないだろう。


 ゆえに、哀辻に心当たりを聞いたところで、おそらく有益な情報は出てこない——はずだった。



 しかし、哀辻は、僕が想像だにしなかった人物の名前を口にした。



「菱川あいずです。あいつには、僕を殺す十分な動機があるはずです。僕を殺そうとする人間なんて、あいつしかいません」


「!!?」


 その場にいた全員が驚きのあまり言葉を失っているうちに、口寄せは解除され、哀辻はどこかに行ってしまった。


 ふらりと大きくよろめいた後、菱川が、広間の面々に問いかける。



「どうしましたか? 哀辻さんは誰が犯人だと言っていましたか? 口寄せしている間、僕の意識はないので、どなたか教えてください」



 しばしの静寂。


 その後、


「菱川さんです」


と南山が正直に答えた。



「……ん?」


「ですから、哀辻さんは、動機から考えると菱川さんが犯人なのではないか、と言っていました」


「……そうでしたか……」


 哀辻を口寄せしたときとはまた違った様子で、菱川が纏う雰囲気が急激に変わった。



「犯行シーンは目撃されていないので大丈夫だと思っていたんですが、バレたら仕方ないですね。そうです。哀辻悔人を殺したのは、僕、菱川あいずです」


「ええええええぇぇぇぇ!!??」


 あまりの急展開に、僕も含め、広間にいた全員が驚嘆の声を上げる。



「菱川、本当にお前が犯人なのか?」


「ええ」


「だとすると、どうやってやったんだ? 部屋は密室だったし、菱川には、別の館で推理をしていたというアリバイもあるんだろ? 菱川には今回の犯行はできないはずだ」


 菱川は首を振る。



「いいえ。僕にはできたんです。ある()()()()を使うことによって」


「トリック?」


「そうです」


 菱川が説明した「トリック」の内容は、耳を疑わざるを得ないものであった。



「まず、みなさんは気付かなかったようですが、犯行現場となった哀辻の部屋には、隠し通路が2つありました」


——隠し通路が2つ。そんな大胆な仕掛けがあっただなんて。



「1つ目は、王さんが見つけたもので、南山さんの部屋へと繋がっています。2つ目は、床をスライドさせたところにあるのですが、ペンションの外に繋がっているんです」


「それは気付かなかったある」


「普通、隠し通路は1つしかないですからね。1つ見つけたら満足し、2つ目を探そうとは思わないでしょう」


 菱川の言うとおりだ。

 この館を建築した人間は、なぜ1つの部屋に2つも隠し通路を作ったのか。単なるキチガイに違いない。



「僕は、その2つ目の隠し通路を使って、哀辻の部屋に侵入しました。もちろん、部屋から出るときもその隠し通路を使いました」


「ちょっと待て。隠し通路を使ったのは分かったが、アリバイはどうなるんだ!? 哀辻が殺された昨日の深夜、菱川は別の館にいて、華麗な推理を披露していたんじゃないのか?」


「ええ。そうです。ここから車で5時間以上かかる場所にある別の館にいました」


「じゃあ、無理じゃねえか。菱川には完璧なアリバイがある。それとも、まさかここにもトリックがあるということか」


「……ええ。トリックがあります」


「どんな?」


「凶器です」


 凶器というと、哀辻の胸を突き刺していた包丁のことだろう。


 果たしてその包丁にどのようなトリックが施されていたというのか。



「実はあの包丁、最新の科学技術が詰め込まれた『殺人用包丁』なんです」


「……さ、殺人用包丁?」


「アメリカとかが戦争用に殺人ロボットを開発しているじゃないですか。あれと一緒です。あの殺人包丁を使えば、遠隔操作で、人を殺すことができるんです。内蔵された赤外線カメラで人の急所の位置を認識し、確実に仕留めてくれます」


「……言ってる意味が全く分からないんだが」


「たしかに素人には分からないかもしれないですね。最新鋭の技術ですから。簡単に言うと、あの包丁は、僕が、WIFIネットワークを使い、リモコンで指示を出すことによって、ジェット噴射でピュンっと飛んで、勝手に心臓を刺してくれるんです」


 そんなおそろしい凶器が開発されていただなんて、僕は初めて聞いた。



「ですから、僕は、殺害の瞬間、このペンションにいる必要がないんです。僕は、昨日の午前中にこのペンションに来て、隠し通路から侵入し、哀辻が1階の台所を使っている間に哀辻の部屋に入り、目立たない位置に殺人用包丁をセットしておいたんです。そして、哀辻が戻って来る前にまた隠し通路を使って外に出ました」


「それで、昨日の深夜、自分が別の館にいる最中に、遠隔操作で殺人用包丁を動かし、哀辻を殺したということか」


「そのとおりです。完璧なアリバイトリックですよね」


 たしかに完璧である。


 完璧すぎるがゆえ、もはやトリックとは言えないのではないかという気さえする。



「……動機は何ですか? 菱川さんは1週間前に偶然哀辻さんに会っただけの関係なんですよね? それなのにどうして哀辻さんを殺したんですか?」


 南山がした質問は、僕も疑問に思っていたものだ。

 

 「名探偵」という社会的地位をかなぐり捨ててまで菱川が殺人を犯さなければならなかった動機とは一体何なのだろうか。おそらくは止むに止まれぬ事情があったに違いない。



 菱川の答えは、僕が少しも予想していなかった方向で衝撃的なものだった。



「実は、哀辻とは昔から面識があったんです。いや、面識なんてものではありません。僕と哀辻は同じ腹から生まれた双子なんです」


「……双子?」


「一卵性ではないので、少しも似ていませんがね」


——探偵と被害者が実は双子だった。


 そんな展開、果たして誰が予想しただろうか。



「名字が違うのは、僕と哀辻の母親が、僕らを産んでからすぐに死亡し、僕らはそれぞれ別々の人の養子として引き取られたからです。とはいえ、哀辻は、僕に対して頻繁に連絡をしてきました。そして、僕の探偵稼業について色々とバカにしてきたんです。『虚業だ』なんて言って」


「だから殺したんですか?」


「ええ。そうです。他人には理解されないかもしれませんが、塵も積もれば山となる、というやつです。昔からの色んな恨み辛みが積もり積もっていたんです。口寄せの結果からすると、哀辻自身も僕から恨まれているという自覚はあったみたいですね」



「哀辻さんのポケットに身分証が入ってたある!」



 そう言って、王が「哀辻悔人」名義の運転免許証を提示する。この謎の中国人は、勝手に被害者のポケットの中まで漁ってたというのか。おそろしい。



 菱川は王から免許証を受け取ると、自分の財布の中から「菱川あいず」名義の運転免許証を取り出し、テーブルの上に2枚を並べた。



「ほら生年月日欄を見てください。哀辻と僕の生年月日が全く一緒でしょ? 僕らは正真正銘の双子なんです」




 菱川は、「これがすべての真相です」と言って、推理——否、自白を終えた。



 こういう想定外のことが起きた場合、僕はどうするべきなのだろうか。

 ワトスン役として、どう立ち振る舞うべきなのだろうか。



 僕は俯く菱川の顔をじっと観察する。


 実は、僕は、菱川はいつか人を殺すんじゃないかと胸の内で思っていた。


 菱川の目は、人殺しのそれだな、とはじめて会ったときからずっと思っていた。



 このことを今まで読者に黙っていて、大変申し訳ない。心より謝罪申し上げる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ