事故物件クリーナー3
以来、動画の視聴中にチャンネルを替えられてもいちいち目くじら立てるのはやめにした。
幽霊はパソコンにアクセスできない。
同居人を通してしか動画サイトを観れない不便を思えば、可愛いわがままも許せてくる。
他にも変化があった。
「いけね」
バイトに遅刻しかけ慌てて家を飛び出し、アパート前の通りに出た所で電気の消し忘れに気付く。
明かりが灯る窓を見上げて舌打ち、既に間に合うかどうかギリギリだ。
電気代をとるかバイトをとるか、究極の二者択一を迫られ逡巡していたら、窓ガラスの向こうが暗くなる。
留守番中の幽霊が消してくれたのだ。
この手のフォローは何回もあった。
台所の戸棚をかきまわしてコーヒー瓶をさがしていたらそれとなく位置をずらして冷蔵庫の上に置きっぱと知らせ、燃えるゴミの日に寝過ごそうもんなら忙しいラップ音で急き立てる。
「名前がねーと呼びにくいな」
廃棄弁当を片付けたあと、虚空に向かって話題を振る。
「幽霊だからユウさん、ってのはどうかな。年下だったらユウちゃん?どっちでもいいけど。越してきて一か月、結構お世話になってるじゃん。電気を代わりに消してくれんのは勿論だけど、こないだ風呂の蛇口を閉め忘れた時も、ユウさんが教えてくれたから間一髪水道屋を呼ばずに済んだ」
先日の出来事だ。
風呂場で大きな物音がしたんで驚いて駆け込めば、プラスチックの台からシャンプーやボディソープの瓶が軒並み落下し、浴槽からは水があふれかけていた。
「あん時ゃサンキュー、ユウさん」
はにかみがちに礼を述べる。
ユウさんが俺が付けた名前を気に入ってくれたのか、ださいと不満がってるかはわからない。部屋には独り言が虚しく響くのみ。
ユウさんは喋れない、触れない、目に見えない。
でも確かにそこにいる。
冷蔵庫から缶ビールを二本とりだし、片方をローテーブルの向かい側に置く。
プルトップを引いて打ち合わせ、悪戯っぽくほくそ笑む。
「献杯。……酒飲める享年か知んねーけど、死後なら大目に見てくれ」