一回裏
一回表、タイガースは四連打を浴びせましたが無得点に終わりました。
ピンチを切り抜けたドラゴンズ、どのような攻撃を見せてくれるでしょうか?
さあ、タイガースの守備練習が終わり、バッターボックスには桐下選手が右のバッターボックスに入ります。
背番号02(注1)、これはお兄ちゃんと掛けているのでしょうか?
注目のマウンドは、ペンテシレイア選手、左の投球です。
ピッチャー振り被って、第一球投げた!
ボール。
外角、大きく外れました。
「初めてのマウンド投球で、感覚が掴めないようですね」
果たしてそうなのでしょうか、二球目は高く逸れてキャッチャーの樋口選手も取れません。
マウンド上のペンテシレイア選手、苛立ちを隠せず足元を蹴っています。
「和哉さんのこういう時の落ち着いた態度、神経を逆撫でするんですよね」
三球目、これまた外れて、ボール。
ノーストライク、スリーボール。まだストライクゾーンに投球が入りません。
初球狙いのタイガースに対して、桐下選手のジックリと見る姿勢はなかなかに焦れったい思いがあるかもしれません。
四球目、内角低め一杯に入りました、ストライク!
やっとストライクを取りました。
桐下選手、ピクリともバットを動かさずに見送っています。
さあ第五球、外れてボール。フォアボールです。
ドラゴンズ、労せずしてノーアウトのランナーが出ました。
続くは二番、小見選手は左のバッターボックス。背番号51。先程の守備では、その背番号に愧じない(注2)レーザービームを思わせる素晴らしい返球を見せました。
「この選手は野球をよく知っているようですよ」
さあ、マウンド上、ペンテシレイア選手、投げました。
ストライク。
キャッチャーからピッチャーにボールが返球されましたが、ランナーの桐下選手は二塁への盗塁に楽々成功しています。
「今のは潜伏を使ったみたいですぅ」
茫然とするタイガースナイン、誰も気付いてなかったようです。
さあ、ここは気持ちを切り替えたいマウンド上のペンテシレイア選手。
バッターに対して投げました。
小見選手、バントだ!
一塁手の前に打球が転がる。尾藤弥生選手が打球を拾って、一塁ベースカバーに入った香崙選手が送球を受け取り、ワンアウト。
この間に桐下選手は三塁に進んでおります。
「実に素晴らしい送りバント(注3)ですね」
次に迎える三番バッターは巨漢の尾藤大輔選手、これは長打を期待したくなる場面です。背番号は7。
ピンチの後にチャンスあり、さあ今度はドラゴンズ先制のチャンス到来です。
右のバッターボックス、尾藤選手。その巨体と相俟って、凄まじい威圧感です。
マウンド上、ペンテシレイア選手、セットアップポジションから投げました。
初球狙い、尾藤選手のバットが唸る!
弾き返した!
これは大きい、ライトの倉田選手の頭上を越えるか?
しかし倉田選手も俊足を飛ばして懸命に打球を追い掛ける。
桐下選手はタッチアップ(注4)に備えて、三塁で待機しております。
倉田選手、打球に追い付いた。グラブを懸命に伸ばしてキャッチ、ツーアウト。
しかし桐下選手は悠々とタッチアップして、ホームイン。
先制点はドラゴンズ。
尾藤選手、抜けていれば長打間違いなしでしたが、犠牲フライ(注5)に倒れました。
「ノーヒットで得点(注6)とは、驚きですぅ」
ツーアウト、ランナーはありません。
四番の佐藤選手が右のバッターボックスに向かいます。背番号は17番。
タイガースはマウンドに内野陣が集まって、今の失点について何やら井ノ元選手が声を掛けました。
タイガースの選手が守備に戻って、試合再開です。
ペンテシレイア選手、振り被って、投げた!
内角高め、佐藤選手が思わずのけ反る。
ストライク。
「厳しい球ですね」
確かに、厳しいコースでした。
次の投球は、外角低め一杯。佐藤選手、手が出ません。ツーストライク、追い込まれました。
さあ、ピッチャー振り被って、第三球を投げた。
ド真ん中、佐藤選手空振り三振!
今のボール、沈みましたか?
「はい、フォークボールですぅ」
「先程、井ノ元選手の指示は変化球を使うようにとの指示だったかもしれませんね」
スリーアウト、チェンジですが、ドラゴンズは貴重な先制点を奪いました。
タイガースダッグアウト。(注7)
「ねえ、私たちはヒット四本で無得点なのに、和くんたちはノーヒットで一点先制って、どういうことなのかな?」
喜久代は妹分の祐子に声を掛けた。
「お兄ちゃん、容赦あらへんな」
「鞆絵さん、キャッチャーマスクは外して下さいね」
ネクストバッターズサークルに向かおうとした樋口を、喜久代が呼び止める。
「背番号やけど、お兄ちゃんの背番号02からして、けったいやもんな」
ポジションと背番号が合致するのは一塁手の山岡だけだ。
「何か意味があるのかしら?」
考え込む喜久代。彼女たちが和哉たちの背番号の意味に気付くのは、まだまだ先である。
一方のドラゴンズダッグアウトは先制点奪取に湧いていた。
「浩、作戦成功だな!」
「当然でござるお。この背番号19には栄光の歴史(注8)が刻み込まれているでござるお」
不敵に笑うモリモット。
「次は祐子ちゃんからでござるか。ちょっと揺さぶりを掛けるでござるお」
「程々にしておけよ」
和哉は苦笑する。ドラゴンズメンバーはグラブを装着すると、それぞれの守備位置へと散って行った。その寸前に、モリモットは山岡に何かを伝える。
試合は始まったばかりであった。
声の想定
・桐下 和哉 鈴木達央さん
・小見 敏夫 前野智昭さん
・尾藤 大輔 稲田徹さん
・佐藤 竜也 櫻井孝宏さん
・武藤 龍 玄田哲章さん
・今井 雄三 蒼井翔太さん
・紀井 多聞 森久保祥太郎さん
・モリモット 関智一さん
・山岡 次郎 下野紘さん
・聖女クリス 小林ゆうさん
・ジョアンヌ 河瀬茉希さん
・藤井 照美 伊藤かな恵さん
・藤井 羅二夫 うえだゆうじさん
・ヘファイストス 中尾隆聖さん
・鉄器川 華蘭 竹達彩奈さん
・佐藤 由貴 芹澤優さん
・井ノ元 喜久代 丹下桜さん
・ペンテシレイア 日笠陽子さん
・長野 恵梨香 原由実さん
・倉田 祐子 阿澄佳奈さん
・樋口 鞆絵 喜多村英梨さん
・尾藤 弥生 沼倉愛美さん
・鉄器川 香崙 悠木碧さん
注1 背番号02
0番、00番以外に0で始まる背番号で登録されたのは、日本プロ野球の公式戦に出場した選手では唯一人しか存在しない。
それが阪急ブレーブスから阪神タイガースに移籍した、松永浩美選手である。
史上最高のスイッチヒッターの呼び声高い松永選手は、その長打力と俊足を活かして活躍した。
左右打席本塁打を日本人選手として初めて達成した選手でもあり、累計六回の記録は平成十九年に破られるまで日本記録だった。
なお背番号の意味は「鬼」である。
注2 その背番号に愧じない
背番号51の外野手、それも右翼手で有名な選手と言えば、イチロー選手である。
その強肩から繰り出される、一直線の返球はレーザービームと形容される。
注3 送りバント
通常の打撃はバットを振り回して、その反発力を利用して遠くへ弾き返すが、バントは全く逆に打球の勢いを最小限に抑えて守備側が捕球するまでの時間を稼ぐ技術である。
送りバントは塁上のランナーを進塁させる目的でバントを行う。
打者自身も内野安打を試みる時は、セーフティバントと呼ばれる。
なお、ツーストライクからのバントはスリーバントと呼ばれ、塁線を越えてファールになると、打者はアウトになる。
注4 タッチアップ
野球のルールでは、打ち上げた打球が地面に着くまでに野手が捕球するとアウトになる。この時、塁上のランナーは始めの塁上からは動けないが、フライを捕球して打者のアウトが宣告された後は、次の塁を目指して走塁できるようになる。
注5 犠牲フライ
タッチアップを成功させたフライは、犠牲フライと呼ばれる。
通常は外野フライが多い。
注6 ノーヒットで得点
これまた珍しい記録があるが、エラー絡みの記録しか検索できない。
かつて本文と同じような得点を記録した記事があったのだが。
注7 ダッグアウト
多くの方々はベンチと呼ぶが、野球用語ではフィールドと同じ高さであればベンチ、掘り下げられていればダッグアウトと呼ばれる。
近年は観客席を増やす目的でダッグアウトにする球場が増えているので、ベンチは学校グラウンドを野球場にしている事例でしか見掛けないかもしれない。
注8 栄光の歴史
捕手で背番号19を背負った有名人は、野村克也選手のみである。
捕手として、唯一の三冠王であり、数多くの記録を保持していた。
野村克也選手が兼任監督時代の南海ホークスはずば抜けて強く、黄金時代と呼ばれている。
後継球団のソフトバンクホークスが強さを発揮しているが、正捕手の甲斐拓也選手が背番号19を背負っている。
仮にソフトバンクホークスが優勝を重ねれば、黄金時代を支えた捕手の背番号として伝説に箔がつくだろう。