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開会式

「和くんたちは、どうしたのかな?」

 フリル付きの真っ赤なドレスに身を包んだ女性、喜久代に問われてもジョアンヌは困惑顔だった。和哉からは先に決戦の地へ行くよう指示され、クリスと照美、兵士たちを伴って来たのだが、肝心の和哉たちが来ないのだ。

「喜久代、連中は逃げたのだろう。このまま戦にしようじゃないか」

 女性剣士が不敵に笑う。兵士の数はジョアンヌたちの方が多いが、特殊能力を持つ人数で圧倒的不利な状況だ。ジョアンヌ一人では九人の能力者を押さえることはできない。

「もう少し待つけど、女の子を待たせるなんて和くんたち、後でお説教だよ」

 喜久代の言葉に内心で賛成するジョアンヌ。正直言って、この場に来た時点でお仕置きしたい心境だった。

「待たせたな」

 その言葉に振り返ると、そこには泥だらけの和哉たちがいた。浜辺で特訓していたはずなのに泥だらけというのもおかしな話だが、特訓明けはそうなるのがお約束である。

「遅いよ和くん。お姉ちゃんを待たせて、どういうつもりなの?」

「球場の準備に手間取って」

「球場?」

 キョトンとする喜久代。野球場は広大な野原に仮設するつもりだった彼女は意味が理解できなかった。

「ヘファイストスに造って貰ったんだよ」

 指を鳴らす和哉。突然、モリモットが叫んだ。

「ガンダーム!」

「違う」

 即座に否定した和哉に対して、モリモットは後頭部を搔く。

「いやぁ、ついクセで」(注1)

「気を取り直して、いざ!」

 再び指を鳴らす和哉。上空から椅子に腰掛けた中年男性が降りて来た。続けて巨大な球場が野原のド真ん中に屹立する。

「お待たせしました。注文通りに造りましたよ」

「助かったぜ」

「庚子園球場?」(注2)

「今年は庚子だからな」

 いろいろと問題がありそうだが、出現した球場に双方の兵士たちがざわついている。

「喜久姉、そちらが先攻でいいから、三塁側を使ってくれ」

「分かったわ」

 喜久代たちは三塁側に向かう。

「じゃあ、俺たちは一塁側に入ろうぜ」

 和哉に率いられて、一同が球場内に向かうとクリスがやって来た。

「和哉!」

「クリス、無事で良かった」

「それはこっちの台詞だよ」

 和哉の無事な姿を確認して、クリスは安堵の表情だ。後ろに従うジョアンヌも微笑んでいる。

「必ず勝つから、上で観戦しててくれ」

「分かったよ、頑張ってね」

「御子殿の為……、いや九人だから守護聖(注3)でござるお」

 モリモットが何か呟いているが、その場の全員が無視した。選手一同は特訓の汗を流す為にシャワールームに向かう。

「和やん、服はどうするでござるお?」

「こんなこともあろうかと、ユニフォームを用意してある。それぞれにベストフィットするはずだから、それに着替えてくれ」

 シャワーを浴びてサッパリした後、用意されていたユニフォームに袖を通す。

「どうしてドラゴンズ?」

「東の霊獣が龍と聞いたことがある」

 佐藤の問い掛けに、和哉は即答だった。モリモットがゴソゴソと自らの荷物から小さな茶瓶を取り出した。

「これを飲めば、体力も気力も回復するでござるお」

「気が利くな」

 ムンケル(注4)と書かれた茶瓶を受け取り、和哉は前言を翻そうかと迷ったが、既に全員の手に渡っている。彼は気持ちを切り替えた。

「ポジションは、さっき伝えた通りだ。それぞれがそのポジションで憧れの選手を思い浮かべてくれ」

「おう」

「そしてこう念じるんだ。こんなこともあろうかと、憧れの選手の実力を身につける特訓をして来たんだ、てな」

「よし」

「え? ああ、待て……」

 山岡が焦る中、和哉たち一同はムンケルを飲み干した。

「これは……」

「力が漲るぜ!」

 山岡も遅れて飲み干す。その瞬間、全員の背中に背番号が浮かび上がった。

「これは、燃える展開だな」

 憧れの選手と同じ背番号を背負ったことに一同は気合が入る。

「必ず勝つぞ!」

「おお!」

 ダグアウトへ向かう和哉たち。道具は全て揃っている。試合開始を待っていると入場行進曲がスピーカーから流れ始めた。

「おっ、この曲は」

 聞き慣れた旋律に一同は懐かしさを覚える。

「馬場に鶴田に猪木にブッチャー、スタンハンセン、タイガージェットシン」(注5)

 思わず口ずさんでしまうのは、オッサン故の悲しい条件反射だ。和哉たちの対戦相手は白地に細い黒線が入った縦縞のユニフォームを着用している。

「お兄ちゃん!」

 和哉に向かって少女が駆け寄って来た。

「祐子か?」

「ホンマに会えるやなんて、感無量やわ」

 しかし、和哉の記憶の中に、関西弁で喋る少女の記憶はない。

「山岡、説明してくれ」

「それはだな……」

 説明しようとした山岡を、祐子はジト目で睨んだ。

「何や、来とったんかいな」

「夫婦仲が冷え込んでいるのか?」

 和哉は二人を見比べる。

「せやかて、この人、ウチを放って出張ばかりで帰って来よらんかったもん」

「そ、それを言うな」

「ほんでな、帰って来たと思たら、こんなしょうもない病気(注6)を持ち帰って、ウチまで巻き添えや」

「それは災難だったな」

 和哉もそう口を挟むのが精一杯だった。

「いやしかし、こんなことになるなんて、夢にも……」

「死ねば?」

 祐子の冷たい言葉に場が凍りつく。そこへ上から声が降って来た。

「紙にーさまに冷たくするのは、そこまでです!」

「あら、照美ちゃん」

 祐子は顔見知りの照美を見て、表情が和らいだ。

「そんなん言うたって、この人がしょうもない病気を持ち帰って来ぇへんかったら、こんなことになってへんもん」

「私も紙にーさまも、おかしな病気が原因で死んだから」

「俺たち全員、そのおかしな病気が死因だ」

 和哉にまで言われて、祐子は沈黙するかに見えた。

「お兄ちゃんのいけず!」(注7)

 祐子が走り去り、一同は顔を見合わせる。ホームベースを挟んで、両チームが整列した。

「それでは両チーム、出場選手の名簿を提出して下さい」

 和哉と喜久代はそれぞれの名簿を審判に渡した。審判から場内の雑用係に名簿が渡り、バックネット裏の放送席に届けられる。和哉たちは試合開始前の緊張感に包まれた。

「お手柔らかにね」

 喜久代の微笑みは余裕の裏返しと和哉は感じる。

「それでは、これよりドラゴンズ対タイガースの試合を始める。互いに礼!」

 これから始まる試合が死闘になろうとは、誰も思っていなかった。

声の想定(ボイスイメージ)

・桐下  和哉  鈴木達央さん

・聖女クリス   小林ゆうさん

・ジョアンヌ   河瀬茉希さん

・モリモット   関智一さん

・武藤   龍  玄田哲章さん

・尾藤  大輔  稲田徹さん

・佐藤  竜也  櫻井孝宏さん

・山岡  次郎  下野紘さん

・藤井  照美  伊藤かな恵さん

・藤井  羅二夫 うえだゆうじさん

・小見  敏夫  前野智昭さん

・紀井  多聞  森久保祥太郎さん

・今井  雄三  蒼井翔太さん

・ヘファイストス 中尾隆聖さん

・井ノ元 喜久代 丹下桜さん

・ペンテシレイア 日笠陽子さん

・倉田  祐子  阿澄佳奈さん



注1 ついクセで

 アニメ『機動武闘伝Gガンダム』では、主人公のドモンがガンダムを呼ぶ時に指を鳴らし、大声で叫んでいた。

 モリモットはクセになるほどアニメを見たに違いない。


注2 庚子園球場

 本家「阪神電鉄甲子園球場」は大正十三年に開場した歳の「甲子」から名付けられた。

 令和二年は「庚子」なので、「庚子園球場」と名付けるのは何ら間違っていない。


注3 守護聖

 コーエーのネオロマンスゲーム『アンジェリークspecial』に登場する九人の協力者たち。

 光、闇、夢、火、水、土、風、鋼、緑をそれぞれが司る。


注4 ムンケル

 筆者が考案したネタの一つ。

 「マッチョナミンC」の上位ドリンク剤。

 エリクサーのような効能を持つが筋力が僅かに向上するので、飲み続けると筋肉質な肉体になる。


注5 馬場に鶴田に猪木にブッチャー、スタンハンセン、タイガージェットシン

 全日本プロレスのテーマに乗せてどうぞ。


注6 しょうもない病気

 新型コロナウイルスこと武漢肺炎のこと。


注7 いけず

 関西弁で「意地悪」や「邪魔者」ぐらいの意味合いで使われる。

 この場面では意地悪のニュアンスが強い。

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