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地獄の特訓

 ヘファイストス陣営を併呑した和哉たちは、九人揃ったメンバーを呼んでモーニングコーヒーを飲んでいた。

「いよいよ明日だな」

 決戦を翌日に控え、一同の表情も引き締まる。

「ここはやはり、特訓だな」

「そうでござるな。海と山のどちらにするでござるお?」

「山だとお前ら胴着を着て、右眉を剃り落とし、自然石割(注1)に挑戦しそうだよな」

「それは武藤ぐらいだろう」

「海か」

 チラリと和哉はプリンを頬張るクリスや、静かにコーヒーを飲んでいるジョアンヌへ視線を移した。

「特訓ですか?」

 突如、勢い込んで照美が瞳を輝かせる。

「ハイジャンプ投法を修得するのに、バイクをジャンプで避けるんでしょ?」

「あれはボークだ」(注2)

「ええ? でもルール違反じゃないって……」

 照美の野球知識がおかしいことに和哉は即座に気付いた。

「アニメの見過ぎだ」

「ロープでタイヤを引き摺って守備練習とか、階段の上からドラム缶に入って転がり落ちて回転を身体に憶え込ませたり、崖から逆さまに吊るされて打撃練習したり、完熟トマトでバントの練習をしたり、日本刀でスイング練習するんでしょ?」

「……現実的な練習が一つしかない」(注3)

 和哉は脱力する。

「海の砂浜で特訓でいいじゃないか」

「そうだな、砂浜で練習したチーム(注4)も甲子園に出場したからな」

 山岡の提案に一同は頷いた。

 ヘファイストス陣営の本拠地だった城から目と鼻の先に砂浜はあった。そこへ和哉たちは水着姿で集合する。女性陣も水着に着替え、ビーチパラソルを設営し、日陰にレジャーシートを広げた。

「転生して良かった」

 感涙が出そうになる男性陣一同。意外とスタイルの良い照美はビキニタイプの黒い水着に白のパーカーを羽織っている。

 ジョアンヌは白の一体型水着、腰から下は紺色のパレオを巻いて、頭上にはツバの広い麦わら帽子を被っていた。

 クリスは青のフリル付きビキニで、ジョアンヌとお揃いの麦わら帽子を被っているが、二人共、照美とは比べるべくもない幼……もとい、モデル体型だった。

「和やん……」

 胸のない二人の水着姿にやや気落ちしている和哉の肩をモリモットが叩く。

「女性の価値は胸の大きさで決まる訳ではないでござるお」

「そうだな」

「むしろ、貧乳(注5)は希少価値、ステータスでござるお!」

「な、何だって~?」

 力説するモリモットに男性陣は驚く。更に何かを言おうとしたモリモットではあったが、背後からジョアンヌに殴られて沈黙した。

「男はすぐにそういう視線で見るから嫌われます」

 キッと睨むジョアンヌに、男性陣の頬は引き攣る。

「和哉、どう? 似合う?」

「ああ、似合ってるよ」

 クリスの無邪気な笑顔に、和哉は微笑んだ。

「特訓、頑張ってね」

 華のような笑顔で応援されて、和哉はもちろん、シュガー四天王、秩父三銃士も相好を崩す。

「よし、頑張るぞ!」

「おお!」

「み、御子殿の為に……」

 気合を入れ直した一同に、モリモットは何かを呟いて失神した。

 和哉たちは基礎体力向上を図って、砂浜で特訓を続けていた。モリモットは日陰で目を覚ます。

「ここは?」

「気が付きましたか?」

 モリモットの顔を覗き込むように身を乗り出して来たのはジョアンヌだった。顔同士が近い。それもそのはず、彼の頭はジョアンヌの太股の上に乗っていた。(注6)

「少しはデリカシーを持って下さい」

「場を和ませようと……」

 反論しようとしたモリモットは、ジョアンヌに睨まれる。その剣幕に彼は口を閉ざした。

「浩殿の優しさは知っているつもりです。だからこそ、もう少しデリカシーを……」

 ジョアンヌは言葉を途中で切ると、不意に立ち上がった。モリモットの頭は彼女の太股から落ちて、後頭部を砂浜にめり込ませる。

「危ないではありませんか!」

 彼女の左手には硬式ボールが収まっていた。それは特訓中の男性陣から飛来したものだ。危険を察知した彼女が受け止めなければ、それはモリモットに当たっていたかもしれなかった。

「まったく……」

 気を取り直して足元を見ると、彼女の両脚を覆うパレオの中にモリモットの頭が入っていた。瞬時に耳まで真っ赤に染め上げたジョアンヌは、反射的にモリモットの腹部へエルボードロップを放つ。視界を遮られていたこともあって、モリモットは避けることも、身構えることもできずにそのエルボードロップを食らった。

「何をやっているんだ、浩たちは?」

 痴話喧嘩を始めた二人に和哉は呆れる。

「和哉、特訓が終わったら海で一緒に遊ぼうよ」

 輝く笑顔でクリスが駆け寄って来た。その後ろからは照美が胸を弾ませて追い掛けて来る。

「ダメですよ、クリスさん。皆さんは特訓して、背中に戦士の証として光の獅子(注7)が出るまで頑張らないとならないのですから」

「漫画の読み過ぎだ」

 頭痛が起きそうな照美の歪んだ野球知識に、和哉は閉口する。その彼の頭の中に声が響いた。

『男たちの視線が、姉さんの胸に集中しています。これは、事件です』(注8)

「お前はホテルマンか」

 佐藤のツッコミ。

「み、皆さん、そんな目で見てたんですか?」

 照美はパーカーを胸の前で引き合わせて、胸元を隠す。

「一人ずつ、指導の必要がありそうですね」

 黒いオーラを纏ったジョアンヌは、手にした剣を抜き放とうとしていた。

「二人とも大袈裟だよ。和哉たちには頑張って勝って貰わないとならないのだから、お仕置きは負けた時でいいでしょ」

「クリス様がそう仰るなら」

 剣の柄から手を離すジョアンヌ。振り返って微笑み掛けるクリス。照美は少し口を尖らせていた。

「これは、負けられないぞ」

 ジョアンヌによるお仕置きを想像して、男性陣には悲愴な覚悟が芽生える。それは絶対に勝つという闘志へと変換されるのであった。

声の想定(ボイスイメージ)

・桐下  和哉  鈴木達央さん

・聖女クリス   小林ゆうさん

・ジョアンヌ   河瀬茉希さん

・モリモット   関智一さん

・武藤   龍  玄田哲章さん

・尾藤  大輔  稲田徹さん

・佐藤  竜也  櫻井孝宏さん

・山岡  次郎  下野紘さん

・藤井  照美  伊藤かな恵さん

・藤井  羅二夫 うえだゆうじさん

・小見  敏夫  前野智昭さん

・紀井  多聞  森久保祥太郎さん

・今井  雄三  蒼井翔太さん



注1 自然石割

 梶原一騎さん原作、つのだじろうさん作画の漫画『空手バカ一代』で登場する技術。

 極真会館創設者の大山倍達(おおやまますたつ)さんの一代記の体裁をとり、山籠もりして得た技術の一つが自然石割である。

 皆さんも山籠もりして、まずは電線の雀を落とすことから挑戦してみよう。


注2 ボーク

 投球での反則行為のこと。

 梶原一騎さん原作、井上コオさん作画の『侍ジャイアンツ』では、「ハイジャンプ魔球」や「大回転魔球」などの奇想天外な魔球が登場した。

 この魔球を実戦で使ったのが中日ドラゴンズの抑え投手、板東英二さんである。

 本人談ではあるが、どちらもボークを取られたとのこと。

 なお、「分身魔球」は硬球を握り潰せなかったので断念したらしい。


注3 現実的な練習が一つしかない

 「日本刀でスイング練習」は王貞治さんが一本足打法を完成させる為に行った練習方法である。

 残る練習方法の内、「完熟トマトでバント練習」は、こせきこうじさんの漫画『県立海空高校野球部山下たろーくん』の中で登場する練習方法で、この二つ以外は『侍ジャイアンツ』に登場する練習方法である。


注4 砂浜で練習したチーム

 コージィ城倉さんの漫画『砂漠の野球部』は鳥取砂丘に隣接するオアシス学園が舞台だった。


注5 貧乳

 昔は「俎板」とか「洗濯板」と言われたものだ。

 吉岡平さんの『鉄甲巨兵SOME-LINE』では「えぐれ胸」と表現されていた模様。

 また、菊池たけしさんの『超女王様伝説』では「戦艦の装甲板」など、表現の幅がある。

 神坂一さんの『スレイヤーズ!』の主人公、リナ・インバースも無い胸を揶揄されていたが、女性の価値は胸の大きさでは決まらない。


注6 太股の上に乗っていた

 太股の上なのに、膝枕とはこれ如何に。

 女性の膝枕で耳掻きとか、リア充爆発しろ!


注7 背中に戦士の証として光の獅子

 原作・滝直毅さん、作画・山本コーシローさんによる漫画『硬派!埼玉レグルス』では、裏社会の野球チームと戦う選手たちの背中に、特訓や試練を乗り越えることで獅子の文様が発現した。

 『埼玉レグルス』はかなりぶっ飛んだ内容なので、ネタ元としては使えない。


注8 姉さん、事件です

 石ノ森章太郎さん原作の『HOTEL』をTBSがドラマ化した際に、登場人物の一人、赤川一平がナレーションで語る決まり文句。

 原作の漫画にはなかったはずである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初期に評価をして、その後は続いている感覚で読んでいましたが、〇部として独立しているという事は、応援ポイントをその度に入れないと後半が読まれない可能性があるという事ですよね? 応援ポイント…
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