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六回表

 場内整備が終わり、和哉たちが守備についた。

 この回から投手が和哉に交代し、佐藤が三塁手に入る。奇しくも喜久代らと同じ交代劇となった。

 タイガースの最初の打者はペンテシレイアである。左打席に入った彼女が構えるのを見て、和哉は不敵に笑う。

「打てると良いでござるな」

「うるさい」

 モリモットのささやき作戦に彼女は乗って来ない。マウンド上の和哉は大きく振り被って、投球を開始した。

 身体全体を使った躍動的で豪快な動きから生み出される投球は佐藤とは段違いの速さで、ペンテシレイアは反応できないまま腹部にその豪速球を受ける。

「ぐ……」

「デ、デッドボール!」

「スマン、力んでコントロールが乱れた」

 和哉はマウンド上で帽子を脱いで謝る。しかしペンテシレイアは蹲ったまま動かない。

「おい、担架だ!」

 審判の呼び掛けに応じて、三塁側から担架を持って双子の姉妹が飛び出した。三塁コーチ(注1)の喜久代が本塁近くに歩み寄る。

「代走を出したいのですが……」

「緊急事態だし、登録されていない者でもいいよ」

 和哉はルール上は禁止されている行為を許可した。臨時代走(注2)ということで審判も特別に承諾する。

 無死一塁、走者はブリュンヒルデ陣営の女性兵士が務める。

 次の打者は男性観客から熱い視線を集めている長野だ。

「今度は何に喩えてくれるでござるお?」

 モリモットのささやき作戦。既に和哉は投球動作に入っている。

「そうね、恵梨香が喩えてあげるわ。私が……」

「ストライク!」

 和哉の豪速球がミットに収まった。長野はキョトンとしている。モリモットは何喰わぬ顔で和哉に返球した。

「続けて貰えばいいでござるお」

「そう? それじゃ恵梨香が……」

 なおも喋ろうとした彼女は右足の激痛に絶句した。

「デッドボール!」

「スマン、また手元が狂った」

 和哉が謝っているが、長野はそれどころではない。右膝の横から豪速球を受けた為、あらぬ方向に足が曲がっていた。再び担架を持った双子の姉妹が飛び出して来て、長野を医務室へと連れてゆく。

「代走を」

 再び代走に女性兵士が呼ばれた。これで無死一塁、二塁である。

「お兄ちゃん、私はキチンと避けますよって」

 次の打者は祐子だ。ニコニコ微笑みながら打席に入った彼女に、モリモットのささやきが始まる。

「和やん、今夜はすき焼きにするらしいでござるお」

「ストライク!」

 祐子は身動き一つしなかった。

「それをアーンされて食べるでござるお」

「何いうてんの?」

「ボール」

 祐子は気が気でなくなる。だから和哉の投げた球が自身に向かって来ているのに気付いた時には既に遅く、腹部にその豪速球を受けていた。

「大丈夫か?」

 ドラゴンズナインは全員が白々しいと思っていたが、一塁手の山岡が駆け寄る。

「祐子、しっかりしろ。傷は浅いぞ」

「あんた、冗談いうてるヒマがあるんやったら、ちゃんと抱き締めてんか」

「ああ……」

 山岡は妻の身体を抱え上げてギュッと抱き締めた。それから担架で運ばれてゆく。

 代走が出て無死満塁。打者は樋口だ。モリモットはタイムを掛けると、マウンドに内野陣を集めた。

「和哉、長野はあれではこちらに来ないだろう?」

「俺の妻に思い切りぶつけて、この差は何だ?」

「論点がずれているでござるお」

 めいめいが勝手なことを言っていては話は治まらない。

「山岡殿が集めてくれた情報によると、次の樋口殿はサブリーダーのような位置付けのようでござるお」

「そうだな」

「ここは歩かせて、彼女に試合終了を決断させるのが良いと思うでござるお」

 モリモットの提案に一同は感心する。

「それが良さそうだな」

「確認だが、お前たちの娘はどうする?」

 和哉が尾藤と佐藤の顔を見る。二人は神妙な面持ちだ。

「できれば、穏便に」

 佐藤の言葉に和哉は苦笑いを浮かべる。無言の尾藤の思いも察しが付いた。

「じゃあ、ここからは失点を重ねるが、辛抱しろよ」

「分かった」

 一同が頷いて守備位置に戻ると、和哉はふうと大きく息を吐き出した。

「プレイ!」

 審判の試合再開を告げる声に、モリモットは定位置へ腰を下ろした。

「バットを振る必要はないでござるお」

「え?」

 樋口が呆気に取られている間に和哉は投球を始めている。

「ボール!」

 モリモットは淡々と返球し、再び外角へミットを構えた。和哉が振り被って投球する。

「ボール!」

 一見してそれと分かるボール球に、樋口は困惑していた。

「何の策なの?」

 だがその問いにモリモットは答えない。

「和やん、制球が定まらないでござるお」

「ボールスリー!」

 あっと言う間にカウントを悪くしてもモリモットの態度は変わらない。樋口は大差で負けていることを思い返して、グリップを握り直した。

「ボール! フォアボール」

 樋口が一塁に歩き、押し出し(注3)でタイガースが得点する。突如、球場全体が光に包まれた。何事かと三塁側を見れば、尾藤の娘がその眼帯を外している。

「燃える展開だ、打つぞ!」

 左打席に入った弥生は打つ気満々である。モリモットは内角への投球を要求し、和哉も頷く。

 振り被って和哉が豪速球を投げた。細かくぶれながら分身したように見える球に弥生は避ける気配もない。

 ドスッと鈍い音がして、硬球は弥生の腹部に当たっていた。

「デ、デッドボール!」

「こんなものか」

 何事もなかったように弥生は一塁へ向かう。押し出しで追加点を挙げたタイガースだが、球場全体は静まり返っていた。遊撃手の尾藤だけが苦笑いしている。

「流石、ミーの娘」

「頑丈過ぎでござるお」

 茫然としていたモリモットの前に小柄な少女がやって来た。次の打者、鉄器川香崙だ。

 和哉は振り被って初球を投げる。内角への投球は構えていた香崙の左腕に当たった。

「デッドボール!」

「痛~い」

 香崙は激痛が走る腕を押さえて転げ回る。手当ての為に医務室へ下がり、代走が出された。

 次の打者はその香崙の双子の姉、華蘭だ。憎しみの炎が宿る視線でマウンド上の和哉を睨む。

「プレイ」

 審判の合図を待ってから和哉は振り被った。

「妹の仇!」

 スイングバックした彼女の左太股に激痛が走る。

「うああ!」

「デッドボール!」

 華蘭もまた医務室へ運ばれた。三塁コーチの喜久代と樋口が交代したが、去り際の視線が和哉に刺さる。観客席も怒りの雰囲気に包まれつつあった。

 次の打者、佐藤の娘である由貴の瞳には恐怖の色が窺える。

「流石にこれはマズイでござるお」

 モリモットは一計を案じ、内角への投球を要求した。和哉はサイン通り、由貴の身体スレスレに豪速球を投げ込む。

「きゃあ!」

 由貴は悲鳴を上げて尻餅をついた。

「当たったでござるか?」

「え?」

「当たったでござるお!」

 モリモットは強引に由貴に投球が当たったと主張する。そこへ三塁の守備に着いていた佐藤が駆け寄った。

「由貴、ケガはないか?」

「お父さん……」

「……もういい、デッドボール」

 球審が死球を宣言し、由貴は一塁へ。これで九対五で無死満塁である。喜久代に本塁打が出れば同点だ。

「ここで、タイガースの選手交代をお知らせしますぅ」

 場内アナウンスは照美の声だ。打席にも球場内にも喜久代の姿はない。

「バッター、井ノ元選手に代わりまして、チアー・チェリー選手」

「は?」

 聞いたこともない名前に和哉たちは呆気に取られた。瞬間、タイガースダッグアウトから光が溢れ、人影が飛び出す。

「ある時は可憐な箱入り娘、またある時は天才錬金術師、またまたある時は埴輪。しかしてその実体(注4)は、正義と愛の使徒、チアー・チェリー! あなたの悪いハート、打ち抜いちゃうぞ」

 丈の短い桜色のワンピース、腰にはサッシュベルトを巻き、胸元は大きなリボン。昭和の魔法少女(注5)みたいな服装をした女性がそこに立っていた。

「何をやっているんだ、喜久姉?」

「違う。私は正義と愛の使徒、チアー・チェリー!」

「まあいいや。喜久姉がホームランを打てば同点の場面だ。勝負しよう」

「望むところよ。私はチアー・チェリーだけど」

 チアー・チェリーは左打席に入った。

「ど真ん中だから、打ち損じないよう、気を付けるでござるお」

 モリモットの囁きにも彼女は耳を貸さない。和哉は大きく振り被り、渾身の力で豪速球をモリモットが構えたミットの位置、ど真ん中へ投げ込んだ。

 チアー・チェリーもまたフルスイングで打ち返す。豪速球はその速度のまま、和哉を目掛けて迫った。鋭い打球は和哉のグラブの中に収まる。それらは瞬きするほどの刹那に起こったため、反応できていないタイガースの走者を尻目に、三塁、二塁と送球されてアウトを取った。

「トリプルプレー(注6)だ、喜久姉。残念だったな」

声の想定(ボイスイメージ)

・桐下  和哉  鈴木達央さん

・小見  敏夫  前野智昭さん

・尾藤  大輔  稲田徹さん

・佐藤  竜也  櫻井孝宏さん

・武藤   龍  玄田哲章さん

・今井  雄三  蒼井翔太さん

・紀井  多聞  森久保祥太郎さん

・モリモット   関智一さん

・山岡  次郎  下野紘さん

・聖女クリス   小林ゆうさん

・ジョアンヌ   河瀬茉希さん

・藤井  照美  伊藤かな恵さん

・藤井  羅二夫 うえだゆうじさん

・ヘファイストス 中尾隆聖さん

・鉄器川 華蘭  竹達彩奈さん

・佐藤  由貴  芹澤優さん

・井ノ元 喜久代 丹下桜さん

・ペンテシレイア 日笠陽子さん

・長野  恵梨香 原由実さん

・倉田  祐子  阿澄佳奈さん

・樋口  鞆絵  喜多村英梨さん

・尾藤  弥生  沼倉愛美さん

・鉄器川 香崙  悠木碧さん



注1 三塁コーチ

 野球のルールの一つで、攻撃側は一塁と三塁のコーチボックスにそれぞれコーチを配置する必要がある。

 役割としては走者に代わって打球の行方や返球の状況を把握し、進塁や停止の指示を出すこと。

 本来は専属で行われるのが望ましいが、人員の都合により交替しても構わない。


注2 臨時代走

 高校野球で行われる特別規則で、負傷などにより進塁できない場合に打撃が終わった直後の選手を代走として塁上に送ることができる。

 通常の代走では選手交代が発生し、代走を送られた選手はそれ以後の出場機会はないが、臨時代走の場合は復帰出場が認められる。

 なお本来は登録選手のみだが、物語上では規則を逸脱して登録されていない臨時代走を認めている。


注3 押し出し

 満塁で四死球を与えると、走者が一つずつ進塁するので得点が与えられる。


注4 しかしてその実体は

 この台詞は永井豪さんの漫画『キューティーハニー』でお馴染みだが、大元は片岡千恵蔵演じる名探偵・多羅尾伴内である。 


注5 昭和の魔法少女

 昭和の魔法少女や魔女っ子は、四十年代のミニスカートブームに乗っていた為、普段着に近いワンピース姿が主流だった。

 魔法が使える理由が、魔女の娘など先天的な出自に由来する場合と、未知との遭遇により後天的に与えられる場合に分けられる。

 記念すべき第一作は、昭和四十一年に放映された、横山光輝さん原作の『魔法使いサリー』である。サリーは魔法の国の王女なので、先天的に魔法が使える。

 続く、赤塚不二夫さん原作の『ひみつのアッコちゃん』が『サリー』の後番組として成功し、ここに魔女っ子・魔法少女系の基礎ができたと言える。アッコちゃんは鏡の精から魔法の道具を貰っているので後天的な魔法使い。

 女の子が変身して戦う路線は永井豪さんの『キューティーハニー』以降の流れであるが、このバトル系が主流になるのは平成の名作『美少女戦士セーラームーン』の大成功まで待つことになる。


注6 トリプルプレー

 三重殺と言われる珍しいプレイ。無死からアウトを三つ一度のプレイで取ることで成立する。

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