前々々日
モリモットが帰還してより二日、和哉たちは南方制圧に全力を注いでいた。二回の防衛戦で戦力を削っていた為、そう苦労はしていない。
早朝、和哉は朝稽古を終えてコーヒーを飲んでいた。彼を取り囲むように仲間たちもそれぞれコーヒーやプリンを手にしている。
「和哉、今日はどうするの?」
クリスに尋ね掛けられて、彼はコーヒーカップを卓上に戻した。
「浩と共に、決戦の方法を決めに行く。クリスも一緒に来てくれ」
彼の言葉にクリスはニッコリと微笑んだ。
「竜也たちはジョアンヌと共に南方に出撃して、残る砦の攻略を頼む」
「後一押しで完全制圧だな。しかし油断せず落として来よう」
佐藤は頷いて方針を受け入れた。
「山岡が出撃して来ないのが不思議だよな」
「紙にーさまは戦闘向きではないですから」
照美の言葉に一同は納得する。
夜明けと共に和哉たちは行動を起こした。モリモット率いる女戦士軍団に守られて、和哉とクリスは北に向かう。武藤と佐藤、尾藤とジョアンヌがそれぞれ協力して南方へ出撃だ。藤井姉弟には、急所の砦を守備させる手筈になっている。
「喜久姉、胸を掴んだことを怒ってないといいな」
「だ、大丈夫でござるお」
前回の戦闘で、図らずも胸を掴んだモリモットの歯切れは悪い。
「それより、和やんこそ口を聞いて貰えないかもしれないでござるお」
「それを言うな」
喜久代は怒ると怖い。古武術を学んだ和哉や佐藤でさえ頭が上がらないし、その彼らに制裁を加えられるぐらいの技術を持つ、ある意味で最強の女性だ。
「見えて来たね」
クリスの声で、和哉は前方に目を向けた。フリル付きの真っ赤なドレスに身を包んだ女性と、メイド、セーラー服の女子高生、剣道の面を被って薙刀を持つ女性の四人が待ち構えている。
「ゴスロリとか、あの人の趣味は分からん」
和哉はげんなりするが、これは仕方ない。野原の真ん中にテーブルを用意して待っている彼女たちの前に、和哉たち三人は進み出る。
「ようこそ」
真っ赤なドレスの喜久代は若く見えた。
「喜久姉、若返った?」
「健全マンにやられて、復活する時に組み替えたから、髪の毛サラッサラ、お肌ツヤッツヤで復活だよ」
ニッコリと微笑む彼女は確かに若さが溢れている。
「団体戦で決着したいと聞いたけど?」
「受諾してくれる?」
和哉に対して、喜久代が問い掛ける。
「その団体戦の中身を、ここで決めたい」
「いいよ」
和哉の提案を喜久代は受け入れた。
「浩、例のものを」
「あまり、気が進まないでござるお」
モリモットが取り出したのは小型の樽だった。卓上に置かれた樽には幾つかの切れ込みがあり、上部には髭を生やし、眼帯を着用した海賊の頭が載っている。(注1)
「何だ、これは?」
同じく右目に眼帯を着用している弥生が口を開いた。
「クジ引きみたいなものだ」
説明を始めた和哉の横で、刃の付いていないナイフをモリモットが卓上に並べる。
「このナイフを、樽の隙間に差し込んで、海賊を助けた者を勝者とする」(注2)
「そういうルールだったかしら?」
剣道の面の奥から疑問が聞こえて来た。
「今回は、そのルールで。勝者が決戦方法を決めるとしよう」
「早く始めましょ」
セーラー服姿の由貴の瞳が輝いている。
「人数的に多い、そちらからどうぞ」
和哉は大人の余裕(注3)を見せた。先手を譲られた喜久代たちは、それぞれの順番を相談して決める。
「順番が決まった」
まずはメイド姿の弥生からにようだ。
「何本まで耐えられるかな?」(注4)
和哉のセリフに失笑したのは喜久代とお面女性の二人だけだった。弥生は卓上のナイフを持ち、じっくりと差し込む孔を観察している。
「ここだ」
意を決してナイフを差し込むが、何も起きない。
「では次はクリス」
「うん」
ニコニコと笑いながら進み出たクリスは、無造作にナイフを突き立てた。やはり何も起きない。
「お次の番だよ、お次の番だよ」(注5)
モリモットが囃し立てると、続けて由貴が進み出た。
「ここかな?」
由貴がナイフを差し込むが、やはり何も起きなかった。
「おかしいでござるお。拙者が動作確認した時は三本目で飛び出したでござるのに」
モリモットは自らナイフを手にして、無造作に突き立てる。何も起きない。
「真打ち登場ね」
剣道の面を被った女性は足取り軽く近づくと、テーブルの横に移動してナイフを突き立てる。だが、何も起きない。
「俺の番か」
和哉はゆっくりとテーブルに歩み寄り、ナイフを手にした。特殊能力を使おうか迷ったが、運を天に任せようと、そのままナイフを差し込む。
「一周しそうだな」
何も起きないまま喜久代に順番が巡った。彼女はナイフを手にして何事か祈るような仕草をしてから、樽にナイフを突き立てる。瞬間、樽の中から海賊が飛び出した。
「切られて、飛び出て、ジャジャジャジャーン」(注6)
「……おい」
モリモットのセンスに和哉はツッコミを入れずにいられない。
「約束は約束だ。喜久姉、勝負の方法は?」
和哉が問い掛けると、佇んでいた喜久代が我に返ったように背筋を伸ばした。
「男女対抗、野球大会(注7)で、どうかしら?」
喜久代の問い掛けに和哉は首を傾げる。
「男女対抗?」
「こちらは女性のみのチームなので、そちらは男性のみのチームで対決です」
弥生が口頭で説明する。どうやら最初から野球で勝負するのが既定路線だったようだ。
「試合は三日後、場所はそちらに任せます」
「分かった」
和哉は勝負を受諾した。
「大丈夫でござるか?」
喜久代たちが帰るのを見送り、モリモットは不安顔で和哉に尋ね掛ける。
「拙者を含めて、六人しか野球を知っている男がいないでござるお」
「そうだな、まあ、何とかなるだろう」
楽観的な和哉と、同じく楽天的なクリスの二人は事態を深刻には捉えていなかった。
声の想定
・桐下 和哉 鈴木達央さん
・聖女クリス 小林ゆうさん
・ジョアンヌ 河瀬茉希さん
・モリモット 関智一さん
・武藤 龍 玄田哲章さん
・尾藤 大輔 稲田徹さん
・佐藤 竜也 櫻井孝宏さん
・山岡 次郎 下野紘さん
・藤井 照美 伊藤かな恵さん
・藤井 羅二夫 うえだゆうじさん
・佐藤 由貴 芹澤優さん
・ペンテシレイア 日笠陽子さん
・樋口 鞆絵 喜多村英梨さん
・井ノ元 喜久代 丹下桜さん
・尾藤 弥生 沼倉愛美さん
・長野 恵梨香 原由実さん
・鉄器川 華蘭 竹達彩奈さん
・鉄器川 香崙 悠木碧さん
注1 眼帯を着用した海賊の頭が載っている
タカラトミーが昭和五十年から販売している『黒ひげ危機一発』は、長年愛されている内に幾つかの改良やコラボレーション商品が存在する。2020年現在で81種類の製品が発売され世界47か国で約1500万個を売り上げている。
今年発売の最新版は樽の中に五体の海賊が入り、これらが一斉に飛び出す。更に飛距離は五倍。
他にも芸人や映画の登場人物の人形が使われている製品もある。
注2 海賊を助けた者を勝者とする
タカラトミーの『黒ひげ危機一発』の基本ルールは、黒ひげの解放なので、飛び出させた者が勝者となる。
テレビ番組『クイズ!ドレミファドン』での「飛び出させたら得点没収」というルールが世間的な誤解を招き、「飛び出させたら負け」という誤解が罷り通っている。
注3 大人の余裕
レディファーストは大人の対応。
紳士たるもの女性に優しく、大人の余裕を持つのだ。
注4 何本まで耐えられるかな?
漫画『北斗の拳』の冒頭、ケンシロウとユリアが旅立つ前に南斗聖拳のシンが現れ、ユリアを巡って対決する。
その時、ケンシロウは肘と膝の靭帯を切られた上、シンはケンシロウの胸に指を突き刺しながら「なん本目に死ぬかな~」と言い放った。
『黒ひげ危機一発』を始める際にこの台詞を放てば、更に盛り上がること請け合いである。
注5 お次の番だよ
テレビ番組『お次の番だヨ』での囃し声。
次の人を急かすので多用は避けたい。
注6 切られて、飛び出て、ジャジャジャジャーン
タツノコプロのアニメ『ハクション大魔王』がクシャミで呼び出された時の台詞のパロディ。
最新版では自由に出入り可能になり「呼ばれてないのにジャジャジャジャーン」と出現していた。
注7 野球大会
我が国で勝負と言えば野球である。
その歴史は明治時代にアメリカ合衆国から持ち込まれた時より宿命付けられていた。
明治四年に伝来したベースボールは、学生たちを主体に広がり、明治二十九年には横浜外人クラブと一高ベースボール部が国際親善試合を行い、一高が大勝した。
その二週間後、雪辱に燃える横浜外人クラブはアメリカ人のみでチームを編成して挑むも、またもや一高ベースボール部が大勝する。
ベースボール人気が高まると、明治三十六年に初めての早慶戦が硬式野球にて行われた。
その三年後、早慶戦の過熱状態によって両校の学生同士が一触即発の危険状態に至った為、早慶戦は開催禁止となった。
それから十九年、硬式野球による早慶戦は中断されていたが、大正十五年より再開される。
昭和六年、早稲田大学の応援歌『紺碧の空』が発表され、慶應義塾大学の『若き血』と共に応援合戦を繰り広げるのが定番でもあった。
戦時中は中断したが、終戦後すぐに早慶戦は再開され、昭和二十一年に慶應義塾大学が『我ぞ覇者』を、翌年には早稲田大学が『ひかる青雲』を、同じ作曲家に依頼して発表するなど対抗意識も剥き出しであった。『栄冠は君に輝く』も同じ作曲家が手掛けている。
甲子園球場を舞台に行われる学生野球大会は大正十四年から始まり、それ以前は大正四年の第一回大会の豊中球場や第三回以後の鳴尾球場で行われていた。
夏の大会が甲子園球場に舞台を移した同年、春の大会が愛知県で行われ、翌年からは春夏共に甲子園球場で行われるようになる。
このような所以で少年漫画でも野球漫画は多いが、野球をしない野球漫画もあるらしい。