episode70 アリアの我儘③
ザバンの町は今も近隣周辺の村人失踪のことで持ちきりだった。
「解決したことをあやつらに教えてやらんでいいのか?」
太郎丸がひそひそと会話をしている二人組に視線を送りながら言う。
「自ら面倒ごとに関わるつもりはないよ」
「……それもそうだな」
リアムたちは真っ直ぐ厩舎に向かうと、壁に寄りかかりながらのんびりとした様子で煙草を燻らす老人の姿を目にした。
「──どうじゃ? その馬は早かったじゃろう」
近づくリアムたちに対し、老人は視線を向けることなく言う。足音で判断しているのかと思いつつ、リアムは改めて老人に礼を述べた。
「おかげさまで助かりました。ありがとうございます」
「それはなによりじゃ。今後とも鉄心を可愛がってくだされ」
「え…⁉️ それってつまり──」
「てっちゃん、貰ってもいいの?」
リアムの言葉を遮ったアリアが、老人の前にしゃがみ込んで勢いよく尋ねると、老人は顔をしわくちゃにさせた。
「ほーほっほ。愛称をつけてしまうほどにその馬が気に入ったか」
「うん。てっちゃんとってもかわい……い」
「鉄心だからてっちゃんか。そうかそうか、鉄心もそんなにその娘のことが気に入ったのか」
老人は体を寄せてくる鉄心の首筋を優しく撫でる。その様子をリアムは唖然と見つめるよりほかなかった。
「あの……この馬を譲っていただけるのですか?」
老人は答えの代わりにアリアの元へ行くよう鉄心を促していた。
図々しい願いであることは百も承知なだけに、断られるにしてもどう話を切り出していいものかと頭を悩ませていたリアムである。それだけに降って沸いたようなこの状況をすぐには受け止められずにいると、
「此度のことを思えば馬一頭などささやかにも程が過ぎるものじゃが、この国の危機を救ってくれたせめてもの礼じゃ。遠慮なく受け取ってくれて構わない」
そう言って老人はゆっくりと立ち上がる。今までの好好爺は鳴りを潜め、威風堂々とした老人の姿がそこにはあった。
「……あなたは一体何者なのです?」
会話から察するに、老人は明らかに悪魔との戦闘を把握している。でなければ今のような発言が出てくるはずもない。
あの場に居合わせたのは、リアムたちを除けば気を失って倒れていた村人たちのみ。ほかに人がいた気配など少なくともリアムは感じなかった。
「何者もなにも見ての通り馬を育てるのが趣味なだけの老人じゃよ。──さて、と。そろそろ仕事に戻るとするかの」
両手を腰に当てて背筋を伸ばした老人は、優しい光を湛えた目をアリアに向けた。
「お嬢さん、その馬を末永く頼むぞよ」
「うんまかせ……て」
馬の背を優しくさするアリアに再び顔を綻ばせた老人は、立てかけていた鍬を担いで厩舎の奥へ足を向けた。
リアムは慌てて声をかけた。
「ご老人、ではせめてお金を!」
リアムが懐から金袋を取り出す暇もなく「金なぞいらんよ」と、にべなく返されてしまった。老人は飄々とした足取りで馬屋の奥へと消えていく。
リアムの隣に並んだ太郎丸が鋭い視線を厩舎へ向けながら、
「あの老人、全てを知っているような口振りだった。先程一瞬だけ見せた表情といい只者ではないぞ」
「うん、わかっている」
訝しむリアムと太郎丸の横で、アリアは鉄心と楽しそうにじゃれあっていた。