episode67 国崩しの悪魔④
(問題ない。ちゃんと見えている)
冷静に動きを見極め紙一重で拳を躱したアリアは、そのまま悪魔の股の間を潜り抜けるように駆けながら外皮と外皮の隙間、僅かに見える足首の腱に狙いを定めて流麗な軌跡を描く。
「グボオオオォォオオオオ!!」
バランスを大きく崩した悪魔は、空気を震わす雄叫びを上げながら仰向けに倒れた。
「太郎丸は右を!」
「応ッ!」
アリアは立ち上がろうと両手を地面に突き立てる悪魔の左腕に向けて斬撃を叩き込み、太郎丸も右腕に強靭な爪を振りかざしていく。
しかし、硬質な音が響くばかりで、アリアも太郎丸も確かな感触を得るには至らない。
(硬い……でも)
アリアは斬撃を加速しながらリタの言葉を思い出していた。岩石や鋼鉄はもちろんのこと、たとえ強固な外皮を有する悪魔だろうが退魔の剣を前にして抗う術はない、と。
(──よし)
やがて退魔の剣は刃こぼれひとつすることなく悪魔の外皮に小さなひびを入れ始める。悪魔は傷ついた左腕を庇うようにうつ伏せになりながら、先端が三日月状の形をした尻尾を薙ぎ払ってきた。アリアと太郎丸は咄嗟に身を伏せて回避するも、振り子のように戻ってきた尻尾が再び太郎丸とアリアを襲う。
「当たるかよ!」
太郎丸は天を駆けるように回避し、アリアは直撃の瞬間に退魔の剣を逆さに返しながら刃を手甲に当てると、尻尾に押し付けるように剣ごと体を押し倒していく。
しなやかな動きを見せる尻尾は、唯一硬い外皮に守られていない部分だった。肉を斬り裂いていく震動が全身に伝わり、切断された尻尾の先端が地面に落ちると陸の上の魚のように跳ねている。
アリアは即座に立ち上がり、もがき苦しむ悪魔の背中に向けて再び無数の斬撃を叩き込んでいく。太郎丸は野太い声と共に高質化した毛針を悪魔の複眼に向けて飛ばした。
「ヴオォォオオオッッ‼」
苦し気な声を上げながら遮二無二体を揺さぶりアリアを振り落とそうと試みる悪魔であったが、アリアは絶妙なバランスと太郎丸の間断ない攻撃もあって振り落とすことができずにいた。
(あともう少し……)
硬質な斬撃音に混じって氷にヒビが入るような音が聞こえ始める。揺さぶりが増す中でさらに斬撃を重ね続けたいった結果、背中の外皮を砕くことに成功した。
(出、た)
水色に輝く大きな霊核があらわになった刹那、怒り狂ったように咆哮を上げた悪魔は、命核を庇うように仰向けになりながら、跳躍したアリアを吹き飛ばす勢いで右拳を突き上げてくる。
両膝を曲げ右拳にあえて足の裏を合わせたアリアは、振り抜かれた拳に自身の跳躍をさらに重ね、天空へと舞い上がった
「グルアッ!!」
「今の相手はそれがしぞ!」
立ち上がりアリアに追撃を試みようとする悪魔に対し、緑色の蒼気を全身に纏った太郎丸が四方八方から高速の攻撃を繰り出していく。
アリアは投擲の構えに移行した。
「これでおしま……い」
狙うは悪魔の頭部。退魔の剣を握る右腕に力を収束させると、ビキビキと氷がひび割れたような音が空中に拡散する。
「5……15……30……35……45……」
跳躍が頂点に達して落下が始まる刹那の無空、アリアは前のめりで退魔の剣を放った。
退魔の剣は空気を切り裂き音を切り裂き、躍起になって太郎丸を殴りつけようと腕を振るう悪魔の頭頂部に吸い込まれていく。高速回転する退魔の剣は途中で止まることなくやがて完全に悪魔を貫き地面をも穿つ。
退魔の剣を中心に爆発音が響き、派手な土煙を上げていた。
「殲滅、完了」
アリアが地面に着地すると同時に悪魔は仰向けに倒れていき、自らが開けた地面の裂け目へと落ちていく。
「退魔の剣を失くしたらリタにどやされるぞ」
言って悪魔と共に落ちていく退魔の剣を素早く口で回収した太郎丸は、そのままアリアに投げて寄越す。
「ありがと……あ」
「どうした?」
「霊核が……」
「さすがにあれを回収するのは無理だぞ、吾輩」
裂け目に消えていく水色の光。
アリアは呆然と眺めることしかできなかった。




