episode43 絶望の鐘は高らかに鳴る②
「ハハハッ! どうしたけがわらしい悪魔め! 俺の片腕と片目を奪っただけで満足したのか! 俺はまだこうして生きているぞ!」
「やめろオースティン!」
「いいや、やめないね!」
一歩退いたことを好機だと捉えたのか、大きく足を踏み出したオースティンが悪魔の脳天に向けて戦斧を振り下ろす。だが、戦斧にいつもの勢いは感じられない。
案の定、オースティン戦斧は軽々と躱されてしまった。
「レイチェルは死んだんだ! 今の俺たちに勝ち目はない。ここは一か八か逃げるべきだ!」
フェリスの必死な説得にオースティンが応じる様子はまるでなかった。オースティンの片目と片腕を奪った悪魔は、再び笑っているような鳴き声を奏でながらさらに後退を続けていく。
(圧倒的に優勢なのになぜここで下がる……まさかオースティンを誘っているのか⁉)
これまでの悪魔の行動から考えれば決してあり得ないことではなかった。
「奴はお前を誘っているんだ! 挑発に乗るな!」
フェリスの声が聞こえていないはずはないのだが、オースティンは獰猛を顔に張り付かせながらなおも足を前に進めていく。
(くそっ!)
説得が無理ならせめて加勢したいところだが、目の前でこれ見よがしに鳴く悪魔が自由な行動を許すとはとても思えない。
結局今のフェリスにできることは、ただひたすらオースティンに自制を促すことだけだった。
「オースティン頼む。頼むから逃げてくれ……」
「まだまだこれからだああッ!」
失くした腕からは今もおびただしい量の血液が流れ落ちている。常人であればとうに気を失っていてもおかしくないこの状態で、なおもオースティンは衰えることのない戦意をたぎらせ、再び戦斧を振り上げる。
その精神力は驚嘆に値するが──。
「……ガハッ!!」
戦斧が振り下ろされる機会は永遠に失われた。オースティンは大量に吐血し、両膝をガクリと地に落とす。オースティンの腹を食い破るように突き出ている四本指の手の中には、テラテラと光る腸がこれ見よがしに握られていた。
「オースティン……」
オースティンの背後に立つ悪魔の仕業であることは、もはや疑う余地もなかった。
フェリスの正面に立つ悪魔が再びカナカナカナと鳴き声を発すれば、穿たれた腹から腕を引き抜いた悪魔は腸を握り締めたまま、オースティンの頭に向けて大きく振りかぶった。
(疾風は、終わった……)
死と常に隣り合わせの仕事に就いていても、どこかで自分とは無縁なものだとフェリスは思っていたし、プラティーンの称号まで上り詰めたという自信がそれを裏付けてもいた。
(俺自身も自惚れていたということか。レイチェルに偉そうに説教できる立場じゃなかった……)
頭が完全にひしゃげたオースティンを、緑色の悪魔たちはまるで幼子が玩具で遊ぶように何度も地面に叩きつけてはカナカナと鳴いている。
いいようにオースティンの亡骸が弄ばれていることに対し、フェリスは怒りを覚えるよりも先に、自分はあんな風に殺されるのは嫌だと、ただひたすらに神へ助けを乞うことだけだった。