episode37 不協和音②
「大体さぁ。デモンズイーターがどれほどのもんか知らないし興味もないけど、神に選ばれた私に比べたら遠く及ばないんだよねぇ。しかも私は〈燥士〉の称号を持つ一流の魔導士だし」
レイチェルは耳につけている水色のイヤリングを見せつけるように指で弾いた。
戦士が強さに応じたプレートを身につけるように、魔導士の育成機関である<導魔協会>によってのみ付与できるイヤリングがある。
ちなみにレイチェルが声高に言う燥士とは、五つある階級のちょうど中間に位置している。鬱陶しいことこの上ないが、それなりの腕を持った魔導士なのは間違いない。
(あくまでもそこそこだけど)
リアムがそう断じるのにはわけがある。燥士から上が壁とされ、一生上の階級に上がれない魔導士が多いからだ。戦士がシュタールをひとつの壁としていることに状況は似ているも、難易度に置いては天と地の開きがあると言っていい。
燥士の壁を越えることが本当の才能を示す分水嶺だと思っているリアムは、魔導士としてのレイチェルをそこそこの魔導士と判断してしまう。
もちろん口に出そうものならば、これ以上なく面倒なことになるのはわかりきっているので、今打てる最善の手は聞き流すことに徹することだった。
「しかも私にはこれがある」
そう言っレイチェルが懐から取り出したのは、一見すると何の変哲もない一本の杖だった。
「希少なニレンの木から作った杖よ。これを使えば私の魔撃力は倍になる。つまりただでさえ卓越した私の力がさらに強くなるということ。──ま、魔法が使えないデモンズイーターに教えたところで価値はわからないでしょうけど」
「…………」
「──ちょっと、私の話を聞いてるの? それとも本当のことだから黙っちゃったのかしら?」
アリアに向けていやらしい笑みを浮かべるレイチェルだが、当の本人は全く意に介した様子はない。時折振り返りながら牙を覗かせる太郎丸の頭を撫でている。これは嫌がらせではなく、単純に彼女の話を聞いていないのだ。
「ふん。根暗な女」
だるいと言っていた割には本当によく動く口だと感心していれば、今度は露骨に蔑むような目をリアムに向けてくる。アリアが全く響かないのでどうやら標的を変えたようだ。
「そもそもあの餓鬼はなんでいるの?」
「はぁ……彼の立場は説明しただろ? 聞いてないとは言わせないぞ」
「説明を聞いたから聞いているの。戦うこともできないあんな餓鬼にウロチョロされたら邪魔でしょうがないじゃない」
「レイチェル、いい大人が子供を邪険にしてはいかんぞ」
レイチェルはオースティンの言葉をあっさり無視して話を続ける。
「それともデモンズイーターは餓鬼を餌にして悪魔を仕留めるつもり? それなら凄く面白いし納得もいくんだけど」
一転して華やかな声を上げるレイチェルを、しかし、リアムは引き続き受け流す。すると前を歩くアリアの肩が跳ね、「あれうるさいからそろそろ殺してお……く?」と、呟く声が聞こえた。
(もう勘弁してよ)
リアムが冗談でも殺せと命じようものならば、アリアは魔法を展開する時間を与えることなくレイチェルの首を落として見せるに違いない。
アリアの隣に早足で並んだリアムは声を小さくアリアに告げた。
「殺しちゃ駄目だから」
「なんで? レイチェルはいっぱいいっぱいリアムを馬鹿にした。絶対に許せな……い」
「おいアリア、さっきは吾輩を止めたくせに随分ではないか」
「リアムと太郎丸はちが……う」
「差別はよくないぞ!」
「太郎丸、ちょっと静かにして。言いたい奴には言わせておけばいいさ。あんな奴のためにアリアが無駄に力を振るう必要はない。僕は全然気にしていないから」
「アリアは全然気にして──」
リアムはアリアの右手をそっと握った。次第にアリアの怒りが抜けていくのが温もりと共に伝わってくる。だがそれも束の間のことだった。
「ねえ見て見て! 仲良く手なんか繋いじゃってる。これからピクニックにでも行くつもりなのかしら?」
腹を抱えて笑い始めるレイチェルに対し、フェリスがついに怒声を上げた。
「いい加減にしろ! さっきも言ったがこれは聖女様からの依頼だ! 務めを怠ればギルド長の顔を潰すばかりか俺たち自身が星都に居られなくなる可能性だってある! つまり信頼を失うということだ! 信頼を失えばどういうことになるのかわからないほど愚かではないはずだ!」
「……チッ」
「星都にいられなくなったら非常に困るぞ。なにせ星都中に俺のファンがたくさんいるからな」
得意げに口を挟んできたオースティンへ、レイチェルは立て続けに蹴りをお見舞いした。
「うっさい!脳筋は黙って私の荷物を運んでいればいいんだ!」
「こりゃいい。黙っていろときたか!」
オースティンはガハハと豪快に笑い、そのことによって怒りを加速させたレイチェルの蹴りが速さを増していく。
フェリスに二人を止める様子はなく、疲れたとばかりに空を見上げ溜息を吐いていた。
(出発してまだ30分も経っていないうちにこれだ。想像以上に惨い。本当に先が思いやられる)
リアムはフェリスに勝るとも劣らない溜息を吐いて見せた。