episode35 疾風③
(少しだけ寝るつもりだったのに……)
再びのノック音に返事をしながら扉を開ければ、カリンが二人の男と共に立っている。
ひとりは40代くらいだろうか。堂々とした体躯で、いかにも武人といった雰囲気を全身から漂わせている。もうひとりはお付きといった感じの温厚そうな老人だ。
(セフィリナは使いの者を寄越すって言ってたけど、どう見ても片方は使いって感じじゃないぞ)
怪訝に思いながら部屋に招くも、男は険しい顔を崩さないままぞんざいに手を振った。
「すぐに済むのでこのままでよい。此度は下賎な野盗共から我が娘を救ってもらったそうで礼を言う。──ジルエ」
「はっ」
リアムの前に進み出た老人は、懐から取り出した紫色の布を丁寧に広げて見せる。視線を落とせば一枚の聖金貨が置かれていた。
「これは?」
当然どういったものかわかった上でリアムは問うたのだが、なにを勘違いしたのか男は尊大な口調で言う。
「平民では見たことがないのも仕方がないが、それは金貨百枚分に相当する聖金貨というものだ。遠慮なくとっておくがいい」
「──必要ありません。金が欲しくて娘さんを助けたわけではありませんので」
男は一瞬目を丸くするも、すぐに薄ら笑いを浮かべる。明らかにこちらを小馬鹿にした笑みだ。
「無理をするな。平民が一度に金貨百枚を手にすることなどそうそうあることではないぞ。素直にありがたがって受け取っておけばいいのだ」
ここまで言いたいことを言う男に、リアムは段々腹が立ってきた。セフィリナを娘と口にしたことで、目の前の男がバーンシュタインツ家の当主であることはわかっているが、初めから平民に名を告げる必要性を感じていないのだろう。
傲慢極まる男の態度にリアムは子供じみた行為だとはわかっていても、これ見よがしに懐から取り出した袋を逆さにし、中身を盛大にぶちまけた。
「…………」
「御覧いただきましたか? あいにく聖金貨には不自由していません。どうぞこのままお帰りください」
「旦那様……」
老人は困ったように手のひらの聖金貨と男を交互に見つめる。男の顔はみるみるうちに赤く染まった。
「──下らんことに貴重な時間を費やした。帰るぞ」
「は、はい!」
困り顔で立ちすくんでいるカリンにらみを利かせた男は、肩を怒らせながら立ち去っていく。右往左往する老人はリアムに向かって小さなお辞儀をし、慌てて主人の後を追っていった。
「あれほんとにセフィリナのお父さ……ん?」
「そうみたいだね」
「全然似てな……い」
アリアが散らばっている聖金貨を拾いながら言う。顔はともかく性格は確かに正反対だが、それでも娘を救った者たちに対し、バーンシュタインツ家の当主自ら足を運んだことに一定の評価はできる。
(だからって二度と相手をするのはごめんだけど。──ま、結果面倒ごとが早く片付いたからこれ以上の文句はないけど)
所詮大貴族の御令嬢であるセフィリナとは、一時的に道が交わっただけ。これでもう二度と会うこともないだろうと、リアムの頭の中は早くも依頼の件に移行していた。