episode30 南の聖女④
「お答えいただきありがとうございます。依頼内容は消えた村人の捜索及び関連していると思われる悪魔の殲滅ということでよろしいですか?」
「はい。雲を掴むような話で申し訳ありませんが」
「問題ありません。次に報酬の話をさせていただきます。まずは腕試しを含めた悪魔討伐の件ですが、当然悪魔の強さに応じて報酬額は変動するとお考えください」
「相場をわたくしは知りませんが、最低でいかほどの費用がかかるのですか?」
「最弱の悪魔であれば聖金貨三枚を頂戴します」
「最低金額は聖金貨三枚からということですね。承知しました」
サリアーナはよどみなく告げてくる。さすがに金払いは悪くないと思いながら、リアムは言葉を続けていく。
「続きまして本依頼の件です。正直に言わせていただければ不確定な要素が多分に含まれますで、報酬とは別に着手金として聖金貨一枚を頂戴します。こちらもよろしいですか?」
「問題ありません」
「ありがとうございます。では契約書をお渡しいたしますので内容をお読みいただき聖女様のサインをお願いいたします」
「わかりました。イズモに渡してください」
イズモに歩み寄ったリアムは、カバンから取り出した契約書を差し出す。イズモは舌打ちをしながら荒々しく受け取ると、契約書に目を走らせた。
「……法外な金額といい、貴様らに都合のいいだけの契約書だな」
「作成側に都合が良いのを否定はしませんが、悪びれずに言えば契約書とは元来そういうものです」
「ぬけぬけとよく言う」
「上位捕食者である悪魔に対して我々は常に命をかけているのです。その点においてはあなたがた神聖騎士団も同じでしょう。むしろ妥当な金額だと思いますが」
「我々は戦女神テレサの名の下に地上から悪魔を抹消するべく戦っている。貴様ら金の亡者と一緒にするな」
「まぁあなたと議論するつもりは毛頭ありません。それよりも早くその契約書を聖女様にお渡ししてください。──また聖女様に怒られますよ」
言ってリアムは薄い笑みを浮かべた。
「……クソ餓鬼が」
イズモは壇上の階段を静かに上がり片膝を落とすと、布地の隙間から恭しく契約書を差し入れる。
しばらくして布越しから筆音が聞こえてきた。
「イズモ」
「はっ」
再び布地の隙間に手を入れて契約書を手にしたイズモは、リアムの前に立つと勢いよく胸に叩きつけた。
「受け取れ」
「どうも」
サリアーナの署名が入っていることを確認し、リアムはカバンの中に手早く納めた。
「着手金はギルドにお送りしておきますので直接ギルド長からお受け取り下さい」
「わかりました。ではこれにて失礼いたします」
「何卒よろしくお願いします」
アリアに目配せして退出しようとした矢先、イズモに呼び止められた。
「なんでしょう?」
「貴様らが悪魔の討伐に失敗した場合、当然報酬はいらないんだよな?」
「着手金はいただきますがほかはおっしゃる通りです。失敗してなお報酬を要求すれば人はそれを詐欺と言うでしょう」
「貴様は見届け人の生死に関わらないと言っていた。これも間違いないな?」
「間違いありません」
「ならその逆もまた然り。貴様らがくたばろうとも見届け人は一切関知しない。そういうことでいいんだよな?」
「もちろんです。悪魔に殺されようが喰われようが捨ておいて構いません。ほかに聞きたいことはありますか?」
にこやかに問うリアムへ、イズモは大扉に向けて顎をツンと上げた。
「もう用はない。さっさとここから立ち去れ」
「では失礼いたします。──アリア、行くよ」
「うん……べっ」
去り際にイズモに向かって舌を出すアリア。射殺すようなイズモの視線をこれでもかと浴びながら二人は聖光宮を後にする。
大扉が閉まる直前、一瞬だけ嫌な臭いをリアムは嗅いだような気がした。