episode27 南の聖女①
「イズモ、それくらいにしておきなさい。わたくしがお呼びした大切なお客人ですよ」
イズモは「はっ」と短く答えて一歩退く。リアムは改めて壇上の中心に視線を向けた。
サリアーナの声は聞こえるものの、その四方は薄紫色の布地で覆われていて姿を見ることができない。辛うじて映し出される影が認識できる程度だ。
甘い匂いが漂うのは香をたいているせいだろう。壇上に置かれた香炉から糸のように細い紫煙がたゆっている。
(呼びつけておいて顔を見せないつもりか?)
訝しむリアムの心を察したのか、サリアーナが申し訳なさそうに告げてきた。
「まずはイズモの発言を心よりお詫びいたします。それと本来であればこんな布越しにお話しするのは大変失礼なのですが、はやり病を患っておりますので顔をお見せすることかないません。どうかご了承ください」
「そういうことであればこのままで構いません。では早速依頼内容をお聞かせください」
「申し訳ありません。今は依頼内容をお伝えすることができないのです」
「……それはどういうことでしょう? 我々も暇ではないのですが」
依頼があるからこそデモンズイーターを呼び寄せただろうに、ここに至って教えることができないとサリアーナはのたまう。
リアムの口調は自然と厳しいものになった。
「貴様、サリアーナ様に対してその言いようは無礼であろう」
「イズモ、おやめなさい」
「は……」
「失礼な申し出であることは重々存じておりますが、依頼を受けていただく前に噂の実力がどれほどのものなのか見せていただきたいのです」
リアムはなぜ今さらと問うことはしなかった。珍しい申し出ではあるも、実力を見せて依頼人を安心させるのも仕事の範疇。拒否する理由はなかった。
「具体的にはどう実力を測るのですか?」
イズモを見やりながらそういうと、小さな笑い声が耳に届いた。
「イズモと腕試しをしていただくわけではございません」
「サリアーナ様、私は一向に構いませんが?」
不適な笑みでこちらを見てくるイズモに対し、リアムもまた同じような笑みをもって返す。サリアーナは口を慎むようにとイズモを嗜めた。
「腕試しの方法ですがここより南東にある森に現れた悪魔を討伐していただきたいのです」
悪魔討伐はデモンズイーターの本分である。リアムはすぐに了解した旨を告げた後、ただしとつけ加えた。
「腕試しといえど悪魔を狩るのです。当然その分の報酬も頂くことになりますがよろしいですか?」
「問題ありません。つきましては見届け人なる者の同行をお許しいただきたいのですが構いませんか?」
「目的が目的なので断る理由はありません。ただひとつ懸念があるとすれば、私たちに同行する酔狂な者がいるのか、ということです」
サリアーナは少しの間を置き、
「人とはとかく噂に流されやすいものです。ただ見届け人に限って言うならば、リアム様の懸念は心配ないかと思われます」
心配ないかどうかはともかく、少なくてもサリアーナの発言は組織が流している噂を信じていないことを示すもので、イズモに至っては小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。